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石川幸夫の教育ブログ
石川教育研究所 代表の独り言

「大人にもある!備わっていない学習動作」

 鉛筆を正しく持てますか?
 正しい座り方ができますか?
 雑巾の正しい絞り方ができますか?
 のり付けを上手にできますか?
 紐を結ぶことができますか?
 紙を折ることができますか?
 …

 イメージ 1子供達の動作を見ていて、「動作の形ができていないなぁ」と感じる事が良くあります。躾だけでなく、生活習慣や生活動作と共に、学習動作にも形として備わっていない面が目立ち始めました。「型はめ教育」は良く批判される対象なのですが、人の動作は、スポーツと似たところがあり、「型にはめる」重要性もあるのではと思います。私は,剣道部でした。まさに「竹刀の握り」「正眼の構え」「三挙動」など型から指導が入ります。

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 指導者研修(基礎教育の)では鉛筆の持ち方の確認から入ります。正しい鉛筆の持ち方ができなければ、基礎学習指導はできません。しかし、年々正しい鉛筆の持ち方ができない方は増えています。食生活が箸よりもフォークやナイフ、そして、スプーンを多く使うようになり、指先の器用さも低下してきているのでしょうか。

 授業中、子供達の姿勢も悪く、特に、最近では教科書やノートを斜めにしている子を数多く見かけます。すると、当然ながら身体も斜めになりよじっています。家の中に和室がない家庭も増えてきていて、正座をする機会も減っています。こうした所作の有無は、例えば「畳の縁(へり)」「敷居をまたぐ」などのことばに理解にも影響してきます。生活や文化の変化は、教育現場にも少なからず変化を与えます。

 イメージ 3器用さの面では、コンパスや分度器を使用した作図などにも現れます。指先を使った独楽回しはコンパスの基本にもなっていましたが、この指導に時間がかなりかかってしまいます。三角定規で平行を書く場合も、左右の手が上手く噛み合いません。ただ、こうした内容は訓練で矯正が可能なのですが、染みついてしまった癖はなかなか直りません。学習そのものも大切なのですが、それに伴う学習動作も学ぶ必要があります。

 本棚の整理、部屋の整理なども学習の一つです。元にあったところにもどす、後片づけ、部屋の整理整頓も一つ一つが学習です。指示や命令して行わせる事ではありません。自分の事は自分で行う。自立ということばの手前には、その基本である,生活動作の学びが必要なのです。会話も、この中に入ります。目上の人と話すときの言葉遣い、こうして見ていくと,家庭内で行うことの多さにびっくりしますね。
 

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ことばを変えて!

「ことばの不思議」ことばを変えただけで…

 授業中、生徒と何気ないことばのやり取りがあります。それを聞いていると、低学年の子が丁寧語で先生に話しかけます。一見当たり前の様な光景ですが、低学年で丁寧語を使い,先生と話せる子は少なく、それは、家庭の高い資質を物語っています。不思議なことに、子供も大人も、ことばの汚さは悪しき行動となって表れます。心の下地はことばで形成される、このことを実感します。

 子育てでも、知らぬ間に「ことば」で、子供を追い込んでいることがあります。どうしても、子供を非難したり,けなしたり,責めたり、無意識でことばで追い込むことは意外に多いのではないでしょうか。指示、命令語は子育て中によく聞くことばの代表です。お母さんの気持ちがきついことばで表現され、それが、子供を追い込んでいく結果へと繋がります。

『お母さんは、お母さんのメッセージを伝えてみては!』

 我が子に対してのことばの代表に「早くしなさい!」があります。小学生になると
「宿題やったの!」と問い詰める言い方も目立つようになります。これは、子供に対して言うことばですが、自分に向けると言い方にすると、印象は大きく変わります。

 「8時までに食べてくれると,お母さんとても助かるんだ!」と具体的な時間指定、自分の気持ちも伝えます。このことばの後、時間通りに食べ終わってくれると、「ありがとう」ということばが出てきます。

 「宿題やったの!」も「今日も主題出てるの?」「何時からはじめる?おやつの用意しておくね!」と変えてみます。こうした言葉がけは、威圧感がなく、自然の形で子供に学習を促しています。場合によって、このようなことばは、子供との会話も自然と行いやすくなります。きついことばを発すると、表情もきつくなります。聞いた側も、きついことばからは反発心が芽生え、つい反抗的な態度になったりします。

 行動を促す言い方は、子供の自尊心を傷つけることなく導く事ができます。時には、放つことばの主語を自分に変えてみると子供への圧迫感も亡くなります。「8時までに食べてくれると、お母さんとても助かるんだ!」ということばなどは、主語の置き換えです。ことばの引用一つで、伝え印象は大きく変わります。実際に,ことばを変えてみると、お母さんの心の負担やストレスも解消されていきます。初めのうちは慣れないと思いますが、こうした言い方に慣れてくると、子供とのトラブルが減少していくことに気付かれる筈です。

 

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「算数、国語にも思考とイメージ」

 イメージ 1子供は集団で育つと良く言われます。それは、集団の中で、自分以外の友達を見て自分より優れている面を見たり、考え方を学んだり、遊び方に工夫を持てたり、様々な刺激を受けるからです。この子供達を大人側から見ると「比較」という見方がされてしまいます。でも、子供達を見ていると、他の友達の優れている所や性格を「受け入れる」となるのです。これが、自己肯定感の基礎でもあります。

 大人の中には、自分を過大評価したり実際より大きく見せようと考える方がいます。そして、このことが自己肯定感であるという勘違いをしている場合があります。これは、行き過ぎた自尊感情で、以前にも申し上げた自信過剰となってしまいます。比較ではなく、自尊感情(自己肯定感・自己受容)とは、自分の人生における自分の価値や存在意義を認める感情です。自分を認められなければ、日々の生活から現在、そして、未来に至る迄ネガティブな生活になってしまいます。

 これからの学習は「思考重視」と言われています。この思考は、様々な考え方を受け入れる力があることで更にパフォーマンスを上げて行く事ができます。自己肯定感の中で「他者の考え方を受け入れる」というスキルが、実は自分自身のスキルを上げていることに繋がります。アクティブラーニングという学習指導法が現在小中校の教育現場で行われています。この底辺のスキルこそ、自己肯定感なのです。

 イメージ 3国語指導も、読んで設問に答えるという、問題集形式・ドリル形式の学習からは、問題を解くテクニックは鍛えられても、本来の学習である思考・共感・想像・批評はできません。自分自身の考え方が必要になってきているからです。幼児期から自己肯定感を鍛えると言う意味は、こうした「思考」を重視する学習に最も必要な感情の一部なのです。以前にも紹介した「月の輪グマ」の授業は、物語の展開を、自身の仮説を立てて考える内容にしました。話しを途中で切り、そこまで印象に残ったシーンを簡易な絵に表して貰います。そして、次の展開を創作して貰います。理科授業で考えれば「仮説」となる部分です。物語の授業は、音読から、文意と内容を深く読み取る授業に展開します。そして、話しが佳境に入ってくると、物語の展開に、子供の意思、つまり、希望や願いが含まれてきます。「人間に追い詰められ捕らえられる寸前の子熊、その光景を瀧の上の掛けから恐ろしいほどの声で威嚇する母熊」、物語は,ここで切られ、絵でその光景を描きます。絵にすることで、その場の状況を具体的に思い浮かべられるからです。ここで、次の展開と共に子供達同士の論議が始まります。

 テーマが動物の親子なので,自分自身の環境と照らし合わせたり、共感したり、論議に熱が入ります。そして、結末へと導いて行くのですが、この間、子供達の創作したストーリーがもう一方で出来上がっています。何度、この授業をしても、最後は感動的です。できる限り、この授業は毎回保護者に参加して貰いたいと思うほどです。結末が載っている最後のプリントを貪り読む子供達の姿に感動し、彼らがまとめたこの物語の主題に感動します。そして、自分の考えたストーリー、挿絵、そして、主題が書かれたプリント、思考とイメージが連動した授業です。

 イメージ 2算数では、ストーリー展開を地球するような面白さはありません。しかし、「なぜ?」「どうして?」という疑問に応える授業は可能です。数学的要素や思考力を高める要素になる好奇心や疑問ですが、この芽を摘んでいるのが保護者や先生であることをもっと知って貰いたいと思います。もし、子供が次のような質問をしてきたらどのように答えますか?

 ・4+5×2=14 なぜ18じゃないの? 何で掛け算から先に計算をするの?
 ・何で円の面積の公式に3.14が出てくるの?「半径×半径×3.14」
 ・分数の割り算は,何で逆数にして掛けるの?

 これまでは,ただ教えられた通り計算をすれば良かったのですが、その理由説明がこれからの教育には大切になります。今、タイル指導が再び脚光を浴び始めている背景には、こうした「論理的思考」の重要性があげられ初めているからだと思います。
文章問題も含め、計算で大切な合成分解、足し算の繰り上がりや,引き算の繰り下がりなどの説明も数字だけでは難しく、タイルという具体的な動きや数量が確認できる教具は今後更に必要になってくるでしょう。

 文章問題では、《文章読解・作画・立式・計算・答えの整理・解説》までが指導のワンセットになります。作画は、《問題を絵に表す・線分図で表す・テープ図で表す・面積図で表す・図形で表す》という、問題の具体的イメージが求められてきます。そして、解説では、作図した絵や図を使い分かり易く説明をしていきます。間違えてはいけないのは、これを子供達が行うと言うことです。こうした学習は、個人授業では学習で受ける刺激の範囲が狭く、短絡的な思考に陥ります。集団の良さは、多くの意見から、解法に向けての刺激を数多く受けられることになります。しかし、あくまでも問題を解くのは個人です。これから、新しい学習形態が誕生してくるかも知れません。個別が主流でしたが、民間教育(塾など)でも、少人数の集団授業はこれからの授業の主流になるかもしれません。

 こうした、新たな教育の展開には、文科省も推奨する「自己肯定感の育成」は教育界だけでなく、子育て真っ最中の、家庭の努力範囲に含まれてくると思います。ただ、自己肯定感・自尊感情の行き過ぎた観念は、自己中心性を招きその先には,真逆の自己否定に陥る場合もあります。それは「自己」に重点を起きすぎる為です。
 
 子育ても、正しい「自己肯定感」を学ぶと良いでしょう。宣伝になってしまいますが、子育てマイスター協会の講座を是非お受け下さい。講座内容も、三期生誕生と共に更にアップグレードされ、より充実した内容になりました。

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「なぜ、数年で能力差がうまれるの?」

イメージ 2 昨日、こんなニュースがありました。
『兵庫県西脇市立小学校の20代の男性教諭が5月、授業中に手遊びをやめない男児に対し、カッターナイフの刃を出して「爪を切ってしまうぞ」などと注意していたことが17日、市教委への取材で分かった。教諭は「落ち着いた環境で授業をしたかった。やりすぎた行為だった」と話しているといい、市教委は保護者が謝罪を受け入れていることなどから処分しない方針。』 産経新聞 6/18(日) 8:25配信    

 教師の体罰や暴力行為がニュースになる度、一方的な解釈は危険だと思うようになっています。記事の中にあるように「落ち着いた環境で授業をしたかった。」という言葉に頷く先生は多いのではないでしょうか。教師の問題と共に、子供側の状態にも触れるべきだと思います。3年生という時期はギャングエイジです。ベテランの先生でも手を焼きます。今の子供達は、「叱られる」事の意味を理解出来ない子が多く、「注意」などでは自分を律することなでできないのです。授業に真剣に向かう教師ほど、また、子供のことを思う教師ほど熱くなってしまいます。そこに理性が働くのですが、それにも限界はあります。

 小学校の入学時、この時点での能力差は広がっているように感じると現場から声が上がっています。また、「能力差だけでなく、子供の資質という面でも差が生じていいます。」という声も多く、「自分勝手に振る舞う子は増えてきた!」と頭を抱えています。子供達は、誕生後の6年間でなぜ差が生じてしまうのでしょうか。

 先日行われたフォーラムで名刺交換をさせて頂いた、幼児教育に関心のある塾のA先生は、「子供達の能力差は、自然でも偶然でもなく、必然だと思います!」と仰いました。「今、なぜ幼児教育なのか、その意味がよくわかるようになってきました。中学生の学力低下や意欲の無さで悩み、小学生指導の重要性を感じていたのですが、既に幼児でも差が生じていることにショックを受けました。少なくとも、年中から指導を開始すれば、格差解消に役立ちます!」そして、今問われている「非認知能力」の重要性を身に染みて感じていると付け加えられました。やはり、現場の先生方と話しを積み重ねて行くと、躾の有無が成績という能力差に表れているということで一致しました。更に分析していくと、子供の理解力に行き着きます。それは、読解力であり、集中力であり、全て語彙力という,子供の持つ言語力の高低差だという結論に達しました。言語力、語彙力は、子供の思考を促し、理解の原点ともなっているからです。

 「甘やかす」という言葉があります。これは、両親や祖父母、または子供を取り囲む大人達が子供に取る行動です。子供の自立を促す子育てに、「つい」という言葉でを付け「甘やかしてしまう」行動は良くあることです。最近、昔の事を思い出すことがことがあります。以前、年長や年中の子供達を引率して、1泊2日の合宿に行った事があります。幼児が親元を離れ2日間を過ごすのきつい事です。でも、この経験は、辛抱することを覚え、自分で着替えることなど自立への道になります。この合宿を経験した子は一回りも,二回りも大きく成長します。しかし、合宿を終え、子供を親元に引き渡した瞬間、リュックを「重いだろう!」と親が持ったり、「疲れたろう」と抱っこして帰る保護者がいました。子供は必死で頑張ってきたのです。しかし、その経験や体験で得た力は一瞬で消え失せていきます。自分でする事を覚えてきたのですが、「甘やかし」は、子供の自立を阻害してしまうことがあることを知って欲しいと思います。幼児期は、毎日が学習です。その学習を妨げているのが親なのかも知れません。

 イメージ 1合宿に行くと、子供達と思い切り遊び、沢山の話しができました。いつもは、教室で学習指導を行いますが、その時の成果が。こうした寝起きを共にする合宿で現れます。団体生活ですから、時間を守らなければなりません。食事も、自分で動かなければ食べられません。すると、他の子供が全部一人でできる様子を目の当たりにします。その姿から学び、自分一人でしようと努力をします。そして、大切なのが「ことば」です。自分の欲求もことばで伝えなければなりません。正しいことばを使わなければ先生には伝わりません。家庭では「お母さん、水!」で済んでいたことが、ここでは「先生、コップに水を下さい。」と言わなければ先生は水をくれません。教室でことばや文字を指導したことが、ここで活かされます。

 非認知能力、この能力を得るには、間違いなく「ことば」が必要です。「ことば」は理解を産みます。ことばは思考を促します。躾という、自分自身を飾る能力には、その前提として「ことば」を得る必要があります。幼児期でしかできない、絵本による言葉がけ、会話等々、子供に沢山のことばのシャワーを浴びせましょう。言語力の差が理解力の差に繋がり、そして、思考力の広さと深さを決定づけます。「はじめにことばありき!」美しいと言われる日本語を沢山与えて上げましょう。

 

 

 
 
 

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「『大人』の資質が問われる?」

 子供も大人も、年齢に関係なく高めたい自己肯定感ですが、情報の氾濫する中で誤解も招いているようです。ご存じの通り、自己肯定感は、認知心理学などで使われる専門用語です。自己肯定感以外には、自尊感情・自己受容・自己効力感・非認知能力などの言葉が数多く並びます。それぞれ、ほぼ同意語として扱われることが多いようです。

 ただ、子供の成長発達は、親の関わり方が重要であることは間違いなく、特に乳幼児期の子育てに大きな関心が寄せられています。そして、認知心理学者から認知能力と呼ばれる、人の知的能力(言語・思考・記憶・学習・知覚)分野の,いわゆる能力開発に対し、もう一つの情動知能・感情的知性と呼ばれる非認知能力的関わりは更に重要な要素を持つ事がわかってきました。このことは、幼児期を過ぎた小学生以降の子供達に対する指導にも変化が生じると考えられています。

 子育てで一番変化が出るのは、子供の行動に対する親の対応と言動です。以前取り上げた例のように、子供の犯した行動をどのように対応するか、親の資質が問われていると思います。このこと自体、子供を預かる保育士・予知園教諭・幼児教育の指導者の資質も当然問われる事になります。子供にはまだ自己コントロールが出来る能力が未発達です。特に、幼児の場合、自分が悪いことを犯したという実感はなく、同時に、語彙数の少なさから難しい感情を言葉で表すことなどほぼ出来ない状態です。特に男の子は、男女の性差は大きく、女児ほど言葉を巧みに使う事が出来ません。それ故、どこかで暴力敵行為に走ってしまいます。

 幼児期は、簡単な言葉で子供の心を探ります。「どんなとき怒るの?」「どんなとき叩きたくなるの?」等、子供が話しやすい環境を整えます。多くの場合、我が子が他の子に暴力を振るったとき、一方的に子供を責めてしまいます。当然、親として叱るわけですが、難しい事かも知れませんが、ここで、叱る前に一呼吸置き,先程のようなことばを掛け、子どもの心の中を覗きに行きます。すると、子供なりに、自分の行動について言葉少なに語り始めます。その時、子供の心情をことばに変えてあげるのです。子供は、自分の気持ちをお母さんが理解してくれたと感じ、安心します。大切なのことはもう一つ、相手を叩いてしまったことに対する対処法を一緒に考えてあげることです。これは、起こした行為についての善悪とその理解、その時の感情整理、そして、対処法という、これからも起こるであろう事の学習になります。この過程には、「叱る」という親の行為は何処にもありません。子供は、まだ学びの段階だからです。自分のしたことを理解する、これからも何度かあることだと思います。しかし、その都度、こうした対応を親がとることで、自分の行為を自分自身で見つめ、自分で判断できる環境が整っていきます。こうした親の関わりが、自尊感情を芽生えさせ、自己肯定感への高まりとなっていきます。

 もう一つ、大切な事があります。それは、親子間の会話です。更には、子供が理解し,思考する上で大切なことばを数多く持たせてあげる事です。絵本の読み聞かせ、どんな本を読みたいのかを尋ねたり、絵本の続きを考え手貰ったり、お母さんの創作した物語を寝しなに聞いて貰ったり、あそび遊びを沢山してあげて下さい。お子さんと一緒の時は、スマホも電源を切っておくぐらいの気持ちが大切ではないでしょうか。

 子供達を指導する側も、時に、その行為だけを見て,子供を責めてしまいがちです。しかし、子供のトラブルは、未熟さ故起こるもの、だから,子供に寄り添い、子どもの心の代弁者になることだと思います。「忙しい」殆どの大人がこのことばで逃げてしまいがちです。子供の成長を見る大人だからこそ、「忙しさ」の中で、子供の成長するタイミングを見逃してはいけないのだと思います。まさに、問題を引き起こしたときこそ、親の出番、先生の出番、大人の出番です。何故なら、彼らが成長する一番のタイミングだからです。

 こうして、自分自身の行動を考える事が出来る子は、その後の認知能力、つまり教科学習にもその考え方が活かされていきます。そして、まだ、こうした自分の行動を考える事が出来ない子には、早い内から学習の過程で指導することが大切ではないでしょうか。学習の中でも、先程の幼児のように、問題解決能力を付ける指導が可能です。ただ、それは、年長から2年生くらいまでの間が一つの期間ではないかと思います。それは、算数で考えると、加減乗除の計算概念、量と測定の単位の概念、そして、図形概念など、算数や数学の今後を占う基礎概念が出揃うからです。

 ただ、概念形成を短時間で復習することが可能な指導法があります。それが、フラッシュカードです。幼児期のカードは、未知に対する先行体験と、集中と記憶という認知能力を高めることが多くの目的でしたが、小学生以降は教科指導の役割を持ちます。今、ある教室専用に開発している漢字カード(その他も)も、短時間の繰り返しを視野に、基礎の学習を思い起こさせる学習として行います。

 こうした、基礎知識を元に、思考する学習を組み立てていきます。まずは、計算問題では、解法手順であるアルゴリズムの徹底を行い、計算ミスのない指導を徹底します。文章問題では、国語でも算数でも、情景や状態を簡易な絵(後に線分図やテープ図・そして面積図へ)に表す事を指導します。イメージ力のない子は、この繰り返しで基本的なイメージは3ヶ月で出来ていけると思います。また、算数指導では、タイルを使います。タイルは、テープ図や線分図の導入にも使用できます。この指導法に付いては、後日またこのブログでご紹介したいと思います。
 

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