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石川幸夫の教育ブログ
石川教育研究所 代表の独り言

幼児教育に対する期待

「地方に誕生した幼児教室」

 先週、山陰地方の鳥取県倉吉市に出向いていました。I先生から依頼を受け、学習支援の教室の開催と、幼児教室開設に向けたご指導をこの数ヶ月続けてきました。高校受験などに向けた中学生対応で、低年齢からの教育の必要性を以前から感じられていたそうです。昨年、10月、倉吉市の中心部を大きな地震が襲いました。今回も、市内を車で移動中、まだブルーシートで覆われた家屋が何軒もありました。地震後、単なる復興ではなく、自分でできる教育からの復興を考えられたそうです。

 I先生とは20年来のお付き合いで、当時、私がご指導させて頂いた「書写」を実践され、その成果はセンター試験で、なんと満点を取られた生徒さんもいらしたとお伺いしました。幼児教育、そして低学年指導は、子供の精神性も高め、素直な学習姿勢を形成できる、まさに地域でできる人材育成です。開講から、定員になるほど、幼児教室に対する期待は高かったようです。当初、年長だけと考えていましたが、指導されている先生も、我が子達に実践すると2歳児のお子さんが最も反応が良く、吸収も早い事から、2歳児からの指導に向け積極的になられました。

 こちらで行われている内容は、地方も都会もなく、共通した内容で行われています。ただ、おおきな違いは、自然の豊かさです。倉吉の方は当たり前に映る自然も、都会の子供達からすれば、でっかい公園そのものです。わさび栽培ができるほど綺麗な水、山も海もあり、季節の概念など実体験が即可能な恵まれた環境です。幼児教育をするならこんな環境と、以前から思い描いていたものが揃っています。子供達の資質を高める非認知能力の指導は、自然相手にできる内容も考えられます。

 情報化社会では、無自覚な育児放棄が蔓延します。子育ての時期に最も多くの情報交換が必要なのは我が子です。直接的な情報交換から、子供はコミュニケーション能力を養います。情報伝達と、自分の意思、想い、気持ち、考えを伝えるのに、言葉が最も適していることを知ります。しかし、その言葉(会話)も、スマホに奪われ、話しをしても聞いてくれず、から返事ばかりが返ってくる状態を産んでいます。育児放棄が無自覚な状態は、子供に対しての指示命令語を増加させます。こうした傾向を今、肌で感じています。幼児教育は、こうした傾向をいち早く察知し、親子関係を回復する道順を付けていきます。幼児教育は、子供中心の教育ではありません。親子で学ぶことが沢山あります。

 幼児教育に対する期待は、地方も都会もありません。思考力を重視する教育改革は、ますます幼児教育なしには到達出来ないレベルへと高まっています。幼児の場合は能力差と言うより、月齢差が際立ちます。その為、一斉で行われるフラッシュカード・俳句・表読みは集団の良さで引っ張られていきます。その後のプリントで個別の目標設定がされます。毎回見学される保護者は、我が子の、我が孫の成長を具体的なプリント学習で確認できます。聞く姿勢、見る姿勢をどのように指導していくのか、その過程も知ることができます。漢字指導もフラッシュカードを中心に開始されています。最先端の幼児教育を、理祖的な少人数で行う、今後の課題は、地方でしかできない、地方だからできる指導があります。

 I先生が力を入れている支援学習部門、ここでは、幼児教育の指導法を活かした指導法を提案しました。成績に問題を抱えている子供達への指導として、聞く力を備えることを指摘させて頂きました。言葉の選択能力、集中力、語彙力などの力を上げるため、聴写指導を提案しました。人の話を聞くことになれていない子は、「聞く」という学習を積み重ねてこなかった傾向があります。その為、無学年で行う聴写は、互いの刺激が加わり、より効果的な環境を生み出します。先生方の研修では数多くの質問が飛び交いました。指導の基本に幼児教育がある。四時教育に対する期待は、保護者だけでなく、先生方にも広がり始めました。

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「若い世代に受け入れられる精神論(非認知能力)」

 イメージ 1「幼児教育の経済学」以降、非認知能力について、若いご両親の関心が高まって来ました。昔からある精神論が受け入れられなくなったのですが、その代わりに、「人間教育」という「心の教育」が論議されるようになりました。やはり、学習面だけでなく、どの時代も「心」についても大切に思ってきたのでしょう。その後、こうした精神論は科学的エビデンスで新たな道が切り開かれてきました。認知心理学からは「EQ=心の知能指数」が、そして、認知能力=知性に対し「非認知能力」が加わりました。

 塾でも、子供達の心理面・情動面への関心が高まりました。学習中心だけの指導では、子供達の能力を高められなくなって来たからです。保護者の抱く「塾に入れれば(入れば)成績は上がる」という考えはもう過去のものかも知れません。一定の学力を有する生徒は学力向上もありますが、基礎学力のない生徒は、既に大きな変化を示している入試に対応できなくなってきます。思考と記述という、子供達の最も苦手な内容からの出題傾向は、短時間では受験体制にまで到達しないからです。

 イメージ 2これからの10年は、科学の進歩による大きな生活の変化、社会の変化、求められる人材の変化が予想されています。既に、化石燃料の枯渇はもうカウントダウンに入っており、これまでとは違う産業革命が起こると予想されます。私達は、新たな想像と創造の社会に子供達を送り出すのです。今の我が国の状態は、年齢に関係なく、無関心派が多く、危機意識に欠けていると識者が嘆きます。実際、そうなのかも知れません。その為なのでしょうか、形を変えた精神論も復活は、私達の中の無意識の内の危機感なのかも知れません。学力の二極化はより明確になり、社会における人間関係も二極化へと進むのかも知れません。

 新たな精神論の復活により幼児教育に多くの関心がよれられ始めて来ました。幼児教育という考え方は、アメリカでも旧ソ連でも国力の要として国家規模で研究されていました。「教育の過程」「新幼児教育論」「就学前教育」などの書籍は、様々な教育研究者、心理学者等が加わりまとめられてきた教育の専門書です。しかし、この段階では、神経生理学、大脳科学、認知心理学などはまだ発達過程の人間科学でした。しかし、これらは指数関数的進化を遂げ、現在に至っています。それまでの認知能力に対し、認知能力をコントロールする非認知能力の存在は、教育現場で語られていた精神性の重要性を見事に証明して見せたのです。それは、予想を超え、ヘッドスタートを幼児期に据えたのです。それは、遺伝学の中の成熟優位説ではなく、学習優位説を選択することになりました。つまり、人の発達には遺伝的要素(血液型・骨格等)もあるが、後天的環境と学習による刺激が知的発達を促す、と定義したのです。

 来年は、大学の受験生が激減する2018年問題の年です。更に、小学生に新指導要領が実施されます。教育界が大きく動く最初の年かも知れません。先週の木曜日、金曜日、鳥取件の倉吉市に職員研修と講演会登壇の為出向いていました。東日本大震災、熊本の大震災の影に隠れていますが、倉吉も、熊本自身の数ヶ月後大きな地震が襲ってから1年が立とうとしています。市内にはまだブルーシートに覆われた家が目立ちます。物理的復興だけでなく、子供達の将来を、教育の先を読んだ地元の塾が動き子供達の学習支援と、幼児教室の開講に踏み切りました。幼児期から、忍耐力・協調性・コミュニケーション能力等の非認知能力を鍛え、同時に言語を中心とする認知能力を鍛えていこうと、多くの保護者や教育機関からも理解と協力を得ています。
 教育で倉吉を再生する!子供達の未来を切り開く!まさに、地方創世なのかも知れません。

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「子供の成長を考える」

 木曜日、金曜日と、鳥取の倉吉市にお邪魔していました。朝五時半に起き、羽田から鳥取空港へ、東京は晴天で暑いという気候でしたが、鳥取はあいにくの雨、そして、卯すら寒さを感じるほど、気温差がありました。午後から早速職員研修が始まります。ぶっ続けの研修の後は、7時から始まる後援会です。外は土砂降りの雨、果して倉吉の人達は来てくれるのだろうか?ところが、始まってみると予想以上の参加者でした。本当に感謝です❗講演内容は、10年後の予想です。教育改革の話、教育や社会はどう変わるのか?あれも話したい、これも伝えたいと、少し欲張りすぎました。参加された方の中には、保育園の園長先生や保育士の方、地元の新聞社の方等もお越し頂きました。強行スケジュールでしたが、これからは、地方も想像力を働かせば、地方創成も可能だと実感しました。

 鳥取から帰り、メールの確認をしていると。、ある人気番組から取材依頼が来ていました。まだ、その内容はお伝え出来ませんが、教育、そして、子育てに関係する内容です。考えてみれば、子供の人間関係、悩み事の内容、将来のこと等、大人目線だけでなく、子供目線の必要性も感じました。

 色々と収穫のあった二日間でした。今日は、連載原稿最終確認と、取材対応でこの時間になってしまいました。明日は、気合いをいれて更新したいと思います。

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「人の能力は、環境なのか?遺伝なのか?」

 先週の土曜日、ツインクルのポリスじろうさんのラジオ番組の収録がありました。今回のゲストはモノマネ芸人コンビダブルネームのジョーさんでした。子育てについてのトークで盛り上がってしまい、時間をオーバーしてしまいました。これまで、何人かの芸人さんと子育てトークをしてきましたが、今回のジョーさんも、子供想い、奥さん想いです。でも不器用なのか、その思いを上手く伝えられないようです。今度は、奥さんを呼んでみようかという話しにもなりました。

 帰りの電車の中、フェイスブックにシェアされていた記事に目が止まり、暫く何度も読み続けてしまいました。その内容は「遺伝か環境か」でした。こうした内容では、どうしても二者選択のような扱いになります。その方が対比し易いからでしょうか。私は現場の人間ですから、学説よりも目の前の子供達を見ていて、当然ですが事実を優先してしまいます。この記事では、やはり幼児教育を否定的に捉えられていました。「子供の発達過程を大切にし、レディネスのできていない子供に無用な学習を押しつけるべきではない。」という、成熟優位説に基づいたご意見だと思います。

 成熟優位説は、人の能力は遺伝に大きく左右されるという考え方です。対する考え方は学習優位説で、子供は環境に大きく左右されると説いています。フェイスブックの記事をそのまま軽く読んでしまうと、成熟優位説であれ、学習優位説であれ、子供の成長発達を見逃してしまうかも知れません。「心身の準備(レディネス)が出来ていない子に無用な学習は意味がない。」という意味の表現は、返って子供の学習環境を否定しかねません。何故なら、成熟優位説(遺伝)でも、子供の成長に関する影響度は50%であると定義づけています。つまり、あとの50%は環境によるものなのです。こうした二者選択的な子育てについてはあまり賛成できることではありません。また、記事からも幼児教育に対する偏見が見てとれました。百聞は一見にしかず、様々ある幼児教育を十把一絡げにした批評は参考になりません。

 行動遺伝学の調査研究では、知能・性格・自尊心・技術的センスなど多岐渡り、その結果は、遺伝と環境がほぼ半々という驚きの結果が出ました。子供が最も影響を受ける家庭生活では、同じ遺伝子を持つ親子が暮らすわけですから、学習面も性格面も、日常の生活習慣から影響を受ける筈です。それは、遺伝的影響も同じ屋根の下に暮らせばより強くなります。私は、遺伝の影響と言えども、親自身が環境を形づくっているのではと思います。

 たぶん、保護者の方がよくご存じなのかも知れません。遺伝も環境もどちらも大切なのだと言うことを。家柄、学歴、勤め先、年収、昔から結婚に関し、先の内容が結婚条件の上位を占めていました。ここには、遺伝も環境も、どちらも含まれています。また、「氏より育ち」という昔の言葉があります。まさに昔から教育の大切さを説いていたのです。環境とは、家庭と学校などを含めた「教育環境」を指しています。

 子供の成長発達を考えると、大切なのは「素質と自覚」だと思います。素質があっても、それを本人が自覚しなければ自分自身を高めることはできません。また、素質に書けていたとしても、自覚により、自分自身を高めることが可能です。素質を持ち自覚し、自らを高める、自己肯定感が求められている意味がよくお解りだと思います。多様化する時代だからこそ、二者選択的発想ではなく、本質を捉えた、最も良い方法を実践していく、小池都知事の言葉を借りれば、遺伝と環境についてアウフヘーベンすることだと思います。

 明日は、早朝から職員研修と講演の為、鳥取に参ります。スケジュールが立て込み、ブログの更新ができないかも知れません。ご了承ください。

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「基礎教育と応用教育の違い」

 「気付いたり、発見して貰う指導へ」、知識優先の学習指導では、これまでも「詰め込み教育」と言われ批判されてきました。来年度から始まる教育改革を前に、教育現場も生徒達の指導法に苦慮しています。「思考力を付ける」という言葉は、多くの塾で、キャッチフレーズの一つとして使われてきました。集中力についても同様です。しかし、現場では誰もが、その具体的指導法に悩み続けてきました。それは、今でも「教え込み」の指導が殆どで、場合によっては単なる生徒任せのところもあります。

 ここで、基礎教育と、それ以降の応用教育について、それぞれの特性を活かした指導法を考える必要性を感じています。学習はステップアップ、徐々に難易度や理解力の高さを上げていきます。学力遅滞児が表面化するのは、最近では2、3年生から始まっています。学習能力について、その結果が明白な算数では、小学2年生で、数の第二の出発点と言われるかけ算の学習を行います。ここで、かけ算九九の暗唱で大きな差が生じ始めます。かけ算九九の習得が遅れると、その次に学ぶ割り算で急ブレーキがかかる状態になります。

 また、国語の漢字学習でも、1年生の配当漢字の80文字が、保護者の油断を誘っています。私は、小学校入学準備として、年長対象に漢字教育などの学習を薦めています。漢字には、字形・画数・筆順・音読み・訓読み・送り仮名・熟語・部首など、覚える要素が広く、その基本が1年生の漢字学習に盛り込まれています。この時期を疎かにすると、2年生ではその倍である160文字になり、3年生では200文字に増えます。この積み残しが、語彙の不足、言葉理解の不足に繋がり、思考力にも大きな影響を与えています。

 幼児から低学年の指導は、基礎教育という重要な学力の土台となる為、「教え込み」による指導が向いているのかも知れません。このように書くと、強制的な学習指導と捉えがちですが、そうではなく、学習刺激として、見る学習、聞く学習、読む学習などの基礎学習指導等がこれまで系統的に行われなかった為、その整備が必要だと考えられます。丁度、この時期の子供達は好奇心が旺盛であり、リズム・テンポの良い指導法が、彼らの生体リズムにも合い、より学習効果を上げていくことから、基礎知識の獲得期としても重要な指導になるのではないでしょうか。すると、学習の仕方も、鉛筆の持ち方、姿勢矯正などから指導ができると思います。

 対する高学年は、学習の応用期です。3年生までに習う漢字や計算は、日常生活で最も有効的に使用できる学習の代表例ばかりです。小学4年生以降は、それまで得た知識を、思考という新たな考え方や発想に変換していく時期です。だから、それまでの力を持ち得ない子は、学習について行けなくなるのです。今後は、この段階で更に格差が広がるだろうことを予想されます。先週も、低学年までに、家庭学習の定着、習慣化を達成された方から嬉しいメールが届きました。幼児期から始められ、基礎教育の重要性、そして、家庭学習の習慣付けが、親から見ても安心な学力を維持し始めていると書かれていました。

 高学年からは「教え込まれる教育」ではなく、子供自ら学ぶ姿勢で臨まなければいけません。学習の自立時期です。例えば、何度もお話をした、小学4年で学ぶ、面積の学習です。私は、図形で使われる名称を、フラッシュカードで行います。子供達は、タイルを使い、正方形・長方形・平行四辺形・三角形・菱形・台形などの公式を考え出します。公式を学び、面積を求めるのではなく、自分で公式を導き出し、面積を求めるのです。すると、何故「公式」があるのか、「公式」の意味や意義を感じ取り、理解していきます。教わる教育から、自分自身の能力を使い、思考を積み重ねます。円の面積の公式も、同様に、試行錯誤しながら求めていくのですが、ここでは、それまでとは違い、公式を知ることから始め、公式の成り立ちを分析し、何故「半径×半径×3.14」なのかを探ります。多少時間はかかるのですが、理解、定着、発展と考えると、自ら考え学び得た学習結果は、新たな「知識」として、彼らの脳に蓄積されていきます。やはり、基礎教育と応用教育では、指導法に大きな違いがあっても良いと思います。高学年では悩み、考え、思考することの繰り返しから、発見や気付きが生まれます。その基礎は、幼児期から3年生までの9年間です。

 学ぶ事の大切さは、幼児も大人も、年齢による違いはありません。人は、常に学んでいるからです。

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