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石川幸夫の教育・子育てブログ
教育評論家・教育研究家 石川教育研究所 代表の独り言

子供と環境

「環境自体が人の関わり方の手がかり」

 イメージ 11週間ほどでクリスマスです。10年程前まで我が家もイルミネーションで飾り、私の住む50軒余りの家で、飾り付けをしていて多くの人が見物に押しかけていました。最近では我が家も含め殆どしていません。あの震災からでしょうか。今日は、山下達郎の「クリスマスイブ」をバックに、ブログを更新しています。

 環境の変化を一番先に感じるのは子供達のようです。自尊感情・自己肯定感という個人を主に考えることをここ数年勉強してきました。そして、今後に向けてもう一つの視点である環境について考えを深くしていきたいと思います。子供達は幼いほど知的環境に植えています。また、同時に知的好奇心も強く、それ故、自分の身の回りで起きる変化にとても敏感です。やはり、自己肯定感を持つ、自尊感情を持つ、子の過程に、学校や塾、その他教育機関に家庭を加えた教育環境の整備が望まれます。ただ、現実は一体化と言うより、それぞれが、それぞれの考え方で活動しているに過ぎません。

 これまでのテレビゲームの普及等を見ても、子供に影響を与える環境は、子供を中心に同心円状に広がりました。これ自体、一つの環境システムだと思います。今では、スマホがこの環境システムの中にあり、「依存症」という歓迎できないレッテルを貼られています。すると、先日のテレビ取材で紹介したように、繋がりを求める孤独な子供達の間で、「勉強動画」が密かなブームとなっています。「勉強動画」が流れている間は、スマホを触ることもなく、「集中して勉強できる!」と、子供達は異口同音そう言います。

イメージ 2 小学生、中学生、高校生と子供の成長に伴い、子供にとって環境の変化があるのは、学校です。そして、その逆で、変化のない環境が家庭と言うことになります。教育と言う環境で見ていると、子供の学習に関心はあるものの、それを求めるのは学校や塾で、家庭に教育環境を求めたり、そのように変化する事はごく希です。教育と言う捉え方で、学校と家庭、塾と家庭では一致していないことが多く、その不一致である環境下にいる子供達は、学習成績が振るわず、保護者から多くの小言を受けています。家で、勉強をしたくなる環境、それを、子供自覚だけに押しつけ、待っているようでは家庭環境として今一度考える必要があるでしょう。環境自体が人の関わり方の手がかりを持っているからです。

 「志」、人生一生のテーマを持つ、唱歌「故郷」に、「志を果たしていつの日にか帰らん」という詩があります。時代の変化あるものの、「志」は誰もが持てるものです。ただ「志」という言葉を子供に伝えて行かなければ、見せなければ子供は持つ事が出来ません。「故郷」の最後に出てくる言葉、当時の人は、「志」を持って故郷を離れ、広い社会へと向かっていったのでしょう。多様化する社会、その先に待ち構えているといわれている技術的特異点はくるのか、変化する社会に対応するには、学校と塾、学校と家庭、塾と家庭、そして、教育と社会が結びついた環境の整備が求められているように思います。「ヘリコプターペアレント」という言葉があります。子離れできない親を指しています。子供の上空を飛び回り、子供に不都合なことがあると急降下してきて干渉を始める、自己肯定感を持たなければという時代、 これでは、変化する時代に親子で対応できなくなる、そんな危機感を感じます。

 このブログでも、誰でもできる学習法として「教科書の読み込み」があります。家で教科書を音読する、この効果が兄弟で姉妹で出てきました。教科書を読む声が家の中にこだまし、兄弟も影響を受け、同時刻に音読を始めたそうです。「家庭環境の変化」と両親は喜び、両親もテレビを消し、読書や新聞を読む時間に充てられたそうです。読む事は自己教育の身近な学習法です。子供の心の環境が変わる、勿論、夢や志を持ち、その行く先を見つめ行動を開始する。教え子のこうした変化から、改めて環境という二文字を見つめ直しました。

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「文章問題を解く」

イメージ 1 中学生になり、1学期から2学期で学ぶ文字式、方程式で数学を苦手な教科にする子供が増えます。ここで、小学生の頃頭を悩ませ続けた文章問題に再会するからです。そして、もう一つ、論理的思考に苦しむことになります。

 学習も高学年になるに連れ、思考力を要しますが、思考の構成が重要になって来ます。文章問題を読解し、式を組み立てる、その時、細かく式を立てる子供と、一つの式でまとめて行く子供がいます。ここからも、子供の考え方、思考の道筋が見て取れます。勿論、問題から幾つもの式に分かれることもあるのですが、それでも中心となる式があり、その他の式は、その中心となる式を構成するための予備式になります。一つの式にまとめきれない子は、国語で言えば主題を読み取れない子で、今、何を求めているのかさえ見失ってしまうこともあります。

 式は分断せず、できる限り一つの式にまとめること、これが思考力を鍛え、次の発達を呼び込みます。単位換算などは予備式ですから、木の幹にあたるものではありません。式をまとめる、それには、計算の順序、記号の理解、括弧の使い方などの理解が必要です。子供達の答案用紙を見ると、この重要な式が見当たりません。特に、学力の低い子に多く、問題を解くアルゴリズムが定着していないようです。これまでの学習にあった内容が未消化で終わると、文章問題を一つの式でまとめるという、算数における分析総合の学習の内「総合」ができなくなります。

 算数の学習の中に還元算があります。「ある数を2倍し、その数を5倍した数を加えたものは、7の21倍に等しい。ある数を求めなさい。」小学生が苦手とする問題です。実は、この還元算、民間教育時代に小学3年生で指導していたという経験を持っています。指導していた子供達は、幼児からの持ち上がりで、精鋭の子供達でした。当時、指導する対象は3年生までで、その後は受験塾にという考えで指導を行っていました。その為、低学年の文章問題の指導は、徹底していました。文章問題を行うとき、文章の読解は勿論、立てた式の説明は必ずして貰っていました。文章問題は、物事の道理を深めるにはもってこいです。子供の持っている知識は浅く、狭く、だから、文章問題を通してじっくり考えてもらい、図式したり、絵に表したり、勿論タイルを使ったり、常に自分の持っている知識をフル動員して貰います。すると、知識は知識でなくなります。

 時代を反映してか、子供達は色々な事を知っています。私の幼いときと比べ情報量は比較になりません。しかし、その情報は、この時代であれば簡単に手に入ります。また、簡単に情報を借りることもできます。しかし、自分の持つ知識で思考し、そこから得た考え方や真理は、知識から見識に変わったもので人からは借りることのできない知の財産です。文章問題は、抽象思考と具体的思考を繰り反しながら、論理的思考を養ってくれます。だからこそ、やりっ放しにしないで、式を一つにまとめることを徹底します。そして、自分の解いた方法や考え方を言語化します。言葉で説明したり、文章に残します。これからの時代、思考の言語化はとても大切な課題になるはずです。
 
 

 

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「ベルメゾン”Hotcott”のTVCMがオンエアーされました。

イメージ 1 幼児教育の指導者研修で20年以上前から提唱してきた「7秒のハグ」、以前TKYOUMXテレビの「ひるキュン」の芸能人の子育て相談コーナーに出演した際、控え室にMCの田中みな実さんが来られ、「先生、もう少し話しの内容についてご相談したいのですが。」と、子育てに必要な内容について質問されてきました。そこで、お話をしたのが「7秒のハグ」でした。田中さんが、かなり関心を持たれたので、その日のゲストの熊田曜子さんにこのお話をお伝えしました。

 番組終了後、このことをブログに書いたのですが、このブログをお読みになった広告代理店の方から、お電話を頂き、千趣会のベルメゾンで売り出している「Hotcott」という自然素材である綿を使ったインナーのイメージに合うと言うことで、私のコメントと共に、「7秒のハグ」というイメージでCMがつくられることになり、本日近畿地方を中心にオンエアーされました。関東地方はまだなのでYouTubeで見る事ができます。是非ご覧下さい。
【BELLEMAISON】ホットコット2018冬_フルver.【#7秒ハグ

 CMをご覧になった方から感想が寄せられ始めました。「心が温かくなるCMです!」「心のオアシス」という表現もありました。「我が子を抱きしめたくなりました。」とも頂きました。「こんな時代に、温かさを届けてくれるCM」など、皆さん有り難うございました。お子さん、ご主人、奥さん、恋人、友達同士、ワンちゃん、猫ちゃんとどうぞハグして下さい!

 

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音読と素読

「語彙の獲得と語感を鍛える!」

イメージ 1 あと10日程でクリスマスです。そして、私たち民間教育では冬期講習へと進んでいきます。今年の文字が「災」でしたが、その1年を顧みる暇もないほど忙しい年末年始を迎えることになります。今冬の講習のテーマを考えていたのですが、新たに入塾してきた中学生の指導をしていて、昨年以上に言葉の知識が足りないことを実感しました。そこで「音読と素読」を冬期講習のテーマにしようと思いました。

 私の担当は算数・数学が中心です。問題は吉備システムという、問題のデータベースから引っ張り出しプリントを作成するシステムを使用しているのですが、算数も数学も、教育改革や教科書改訂が行われても、問題そのものに変化はありません。正負の数で指導しべきこと、関数で指導すべきことに何ら変わりはないからです。すると、何年もの間、同じ問題を選択することがあります。すると、昨年辺りから「先生、問題の意味がわかりません。」という質問が多くなってきました。それも、基本的な言葉の意味を聞いてきます。子供達の興味関心が学習に向いていない、残年ながらそれは理解出来ます。しかし、ここまで言葉の理解、語彙の少なさが目立ってくると、無関心ではいられません。英語担当に聞くと、英単語を覚えることが苦手で、豆テストでも、途中入室生の平均点は下がり続けていると言います。

 イメージ 2そこで、冬期講習は音読と素読の徹底と言うことになりました。ある塾さんから、同じような悩みの相談を受け、音読と素読をお薦めしました。素読は当研究所の素読集を使用することになりました。以前から素読指導に興味を持たれていたようで、外国語学習の基礎のなるという私の説明から、機会があったら導入してみようと考えられたそうです。素読集は漢詩を集めたもので、一つの漢詩が音読み、訓読みに分かれています。漢詩は、我が国の偉人達が学んだものであり、寺子屋時代でも扱われていた、言わば外国語の教科書のようなものでした。子供達は、和訳が苦手で、日本語とは語順の違う英語に戸惑っているようです。日本語の語順すら曖昧で、語感が十分でない子供が英語を学ぶにはその基礎が十分ではありません。馴染みのある漢字、子供達には漢詩にあまり抵抗感がないようで、すんなり指導に入れます。

 音読は、問題文も含め、声に出すことを徹底します。既に、教科書の読み込みを徹底し始め、今期の定期テストで成果を上げる子が出始めました。苦手だった理科も教科書をしっかり読み込み、授業や問題に取り組んだお陰で、「先生、学習の仕方がわかりました。」と笑顔で、テスト結果を報告してくれました。読む事は学ぶ事の第一歩、基本中の基本です。読む事が少ないから、読み間違いや、自分勝手な解釈で問題を解いています。間違いなく、今の子供達は、音読が不足しています。その為、間違った言葉の使い方や、言葉自体が間違って覚えている場合があります。これでは確かな思考はできません。

 絶対値、符号、等号、不等号、逆数、和、差、積、商、値、四則、項、約分、通分、指数、2乗、累積、移項、代入、対応、方程式、座標、中点、原点、変域、対称、軸、双曲線、底辺、上底、下底、底面積、体積、容積、垂直、平行、線分、二等分線等々、中学1年の数学では、細かくはまだまだありますが、このような専門用語を使い指導が行われます。一度でも使えば、この言葉を理解しているとして授業は進められます。これは、当たり前ですが他の教科でも同様です。子供達が、学校などの授業について行けないのはこうした学習用語、学習の専門用語を理解していない場合が多く、その原因こそ、教科書の読み込み不足なのです。多分、授業を受けていて、先生の説明がちんぷんかんぷんである子は多いのではないでしょうか。

 全教科に影響を与える「読解力」、数学に読解力なんて!と思われるかも知れませんが、実は、問題文の意味を理解出来ない子は数多くいます。特に中学生では、問題文が敬体分から常体文になる事が多く、戸惑う子供達もいます。音読は、こうした文体の違いに慣れ、言葉を吸収する為にも、音読から五感を養い、言葉を学ぶことが求められます

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怖いものがない子供達

「怖いから、うるさい・危ないへ」

 イメージ 1地震、雷、火事、親父、これは、私たちの幼少時代、最も恐れていた対象です。親父とともに、先生もその対象に含まれていました。この中で、「親父」とは、子供を叱りつける大人達を指していました。近所のおじさんは、子供の行動に対しての躾を担っていたのだと思います。もうすぐ平成も終わりを告げますが、今では、子供を叱りつけると、それ自体を「パワハラ」呼ばわりされる世の中です。また、危ない人、うるさい人と揶揄され、社会の片隅へと追いやられてしまいます。

 子供達の天敵は次第に姿を消し、我が物顔で闊歩し始めるようになりました。子供には怖いと思わせる対象がいない。昔よく聞かされた閻魔大王と鬼の話しは、今では「地獄」という本になり、平成の子を恐怖の底に落とし込んでいます。親に尊厳はなく、優しい友達みたいな親に、子供は誰が仕付けるのでしょうか。お隣の国韓国で、客が暴力や暴言で店員に迷惑を掛けているというニュースが流れました。お客様は神様という時代は終わったと言われていますが、こうした大人達の傍若無人の行動に政府が動くという事態を見て、我が国でも、同じようなことが起こるのではと内心恐れています。子供の姿は、親の姿であり、大人の姿なのです。なるほど、店員に暴言を吐き、暴力を振るう姿は、多くの子供達も目にするでしょう。子供は大人を手本としています。

 子供達の周りには、いつの間にか怖い存在の大人がいなくなりました。多分、子供がその存在を消したのではなく、親と呼ばれる大人達自身が消したのでしょう。結果、子供達が悪いことをしても、見て見ぬふり、聞いて聞かぬふり、「災」いが自分に降りかからぬように。今年を表す文字が「災」と決まったようです。さらなる「災」がないように祈るばかりです。
 

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