ここから本文です
石川幸夫の教育ブログ
石川教育研究所 代表の独り言

自信が持てるように!

「自覚を促す学習」間違いから始まる思考の整理

 イメージ 1久しぶりに、めいっぱい授業をこなしています。今、夏期講習のまっただ中です。授業で子供達と接し、子供達の学習についての問題点を探っています。頭の中が数式で満たされてしまいました。

 やはり、学習について自信のない子は多くいます。特に、最近入室してきた子は、声も小さく、書く文字も自信のなさを示すように、薄く、小さな文字を書きます。授業を通し、自分自身を見つめて貰いながら、理解を高め、そして、自信に繋げていく指導は、時間はかかりますが、子供達に備わる力はより確実さを増します。「自尊感情」を年頭に置き、それを授業に活かして行く、ただ知識を教え込むこれまでの教育では、これからの時代に向かって良く子供達の真の力にはなりません。

 学校教育も、民間教育も、知識の詰め込みという機械的な授業から早く脱却しなければ、自分達の存在意義が失われてしまいます。「知識を活かす!」これからの教育に課せられた課題は、子供達の思考力を如何に高めていくかが大きな争点になっています。その為の題材として、子供達の間違えた問題と、何故間違えたのかをこの夏期講習の目的としました。

 子供達が間違えた問題と答えを板書し、全員にもう一度解き直して貰います。そして、何故、何処で,どのようなミスを犯したのかを考えて貰います。そのミスが、単純な計算ミスなのか、では、何故そのような計算ミスをしてしまったのかを考えて貰います。また、途中まであっている場合もあります。では、どんな勘違いで、ミスの方向へ行ってしまったのかを考えて貰います。ミスの分析から、自分自身の理解力の度合いがわかってきます。また、自分の弱点も理解して行きます。最終的には、どのようにすれば間違えなくなるのかをまとめて貰います。

 自分の間違いが、責められるのではなく、学ぶ為の、また、より理解力を深めるための教材になる、まさに、学習の意識化が行われます。ミスから学ぶ、誰でも犯すミスは、分析し、問題点を探ることでより理解力が深まる事を知ります。量ではなく質を見ることで、子供の学習に対する意識が変化します。これは、実際に正解を出した子にも、考え方の整理や、思考の修正に役立ちます。正解の中には”偶然”もあり得るからです。

 出来なかった問題についても、改めて、他の人がミスをした問題での分析から、自分がわからなかった理由に気付く事があります。この気付きは、学習を意識して取り組んでいる証拠です。気付く事は、それだけ,問題の意味を理解していなければならず、積極的な学習を意味しています。こうして、ミスを受け入れる事で、問題の本質に迫ることが出来るのです。

 既に、お気づきの方もいると思いますが、自尊感情・自己肯定感を持って貰うための授業は既に始まっています。「ミスを認める」、自分自身の能力を知る事、そこには、「全く理解していないと思っていたが、少しの修正で問題を理解し解けるようになった。」と自己分析出来るようになり、ミスや間違いを隠すことなく、また恐れないようになって来た子供の姿があります。「学習とは、こうして理解して行くものなのか!」と、学習の仕方を身につける子供もいます。

 イメージ 2こうして、間違いに付いて考え、分析していくと、授業中、至る所から声が聞こえてきます。板書は、近代教育の中では古くさく,時間のかかるものと少し否定される傾向があります。しかし、黒板の一点を全員が見て、そこに書き込みながら本質に迫っていく様は、なかなか体験できません。思考のぶつかり合い、様々な視点、具体的な授業進行は、子供の理解力をより確かなものとしてくれます。問題のやり直しの解き、子供の表情には、失い欠けていた自信を取り戻した思いが表れています。

 学習を進めることは、学習を通し自尊感情や自己肯定感を高めていくことだと思います。その手前で、挨拶や返事など、学習とは違うもう一つの資質を意識していなければなりません。これからも、学習の中で自尊感情を高めることを意識した授業を作りあげたいと毎日臨んでいます。

この記事に

「様々な立場で」

 イメージ 1国会中継を見ていて、真実には真実で返さなければいつまでたっても平行線を辿るのだと言うことが解る。具体的な資料に対し、人の記憶という目には見えないもので応える。これでは真実はなかなか見えて来ない。ウソをつくとその上にまたウソを重ねなければならず、真実の否定からでは説得力がない。

 ボスとリーダーの違いが今回の国会中継ではっきり見えてきた。ボスは、周囲を駆り立てる事で存在する。対して、リーダーは周囲を導くことで、存在の意味を示している。政治でも、会社経営でも、実は教育現場でも、それぞれがリーダーを求めていると思う。政治の世界も、間違いなくボスの存在はあったが、皆を導くリーダーが存在しなかった。今、社会が求めているのは、ボスではなくリーダーなのだろう。

 ボスは、「私」と自分を称し、リーダーは「私達」と、共に一緒であることを協調する。この差は大きい。そして、リーダーは「協力」を頼みとし、ボスは立場と権威に依存する。そこに両者の大きな違いを見ることが出来る。

 教育にこれまでの認知能力中心の指導に加え、非認知能力の重要性が急浮上してきた。これは、子供達の育む対象がより人間教育を主とした「人格形成」に主眼を置くことを意味している。その上に、より洗練された認知能力と、更に、メタ認知への期待が高まっている。一方、社会が「リーダー」を欲している背景には、リーダの持つ資質が、社会全体に薄れていることを示唆している。ボスが行う仕事などの効率化の波は、仕事をより単調なモノへと変化させた。対してリーダーは、常に仕事を興味深い対象とし、仕事への意欲を呼び起こしている。若者が夢を持てないと嘆くが、恐れを引き出すボスの存在は、多くの若者から夢や希望を奪っている。リーダーは、若者達に「確信」を育んでいる。情熱を産み出している。

 イメージ 28月に「非認知能力」をテーマとしたセミナー(月刊私塾界主催)が行われる。教育現場で子供達と接している立場から、自信を失っている子供達を数多く見てきた。自己否定感に満ちた小中学生を見るに付け、どうにか、この子達に笑顔をと思い頑張っているが、気付くことは、皆共通して、人と話が出来ない、挨拶が出来ない、お礼が言えない等、人としての根本的な資質の低下が目立つ。「非認知能力」の指導は、言葉で表すほど難しくはない。幼児期からの非認知能力の指導は、その有無でその後の経済的影響は計り知れないという。社会に、リーダーを輩出すること、それは、認知能力に加え、人としての資質を高める指導や子育てがなければ成り立たないだろう。セミナーに登壇する事になり、もう一歩突っ込んだ話しをと考えている。何故なら、毎回、私塾界のセミナーに参加する教育関係者の資質が高いからだ。

この記事に


「科学と心理学と教育と」

 イメージ 2幼児教育には、「リズム・テンポ・スピード」が大切だと言われています。それは何故なのでしょうか。また、幼児と大人の大きな違いの一つに「言葉の認識=語彙数」の違いがあります。この違いは、教育の現場では大きな壁となります。何故なら、語彙数は集中力に比例すると言われているからです。言葉の理解が授業の集中に繋がる、このことは、幼児だけでなく、小中学生にも通じる事です。幼児教育を原点とし、教育も脳科学や認知心理学など、科学を応用する時代に入りました。

 幼児と大人の違いは様々な点で見られます。幼児は多動だと言われています。良く動き回ります。幼児の体内リズムである脈拍を見ると、100〜140もあります。たいして、大人は60〜100です。このリズムは、幼児の生活に直結します。幼児に、ゆっくりなリズムで指導すると、直ぐに飽きてしまいます。逆に、速いテンポや軽快なリズムで行うと授業についてきます。

 イメージ 1また、集中力を時間で見ると想像以上に短く、人の集中はおよそ15秒間隔で途切れ、数秒でまた集中するというサイクルを繰り返すことがわかっています。こうしたことを前提に子供達を見ると、例えば、テレビのコマーシャルも、15秒CMと30秒CM、30秒以上のCMでは集中の度合いが全く違い、15秒を越えるCMでは途中で目をそらします。また、CMの中でも、リズム・テンポの良い音楽と同じフレーズの言葉を繰り返すCMほど良く覚えます。

「子供に注意するとき等、ゆっくり、かみ砕いて,分かり易く説明しましょう。という育児書に書かれていることやコメントをそのまま行っても効果がない。」、と良く耳にします。それは、先ほどの調査や研究のように、幼児には、言葉の理解が不足していることと、長い説明には集中力がもたないことから、「分かり易く、短く」が適切です。言葉の意味を理解出来ない状態では、その意味を理解出来ないので、まず、事の良し悪しをしっかり伝えるようにするのが適切です。いわゆる「諭す」は、年齢が上がり、多くの言葉の意味を理解する年齢からだと思います。

 イメージ 3幼児の脳細胞は、生後急速な勢いで各神経細胞同士が結びついて行きます。この神経の結びつきは、五感等を通し得られる情報を刺激として細胞間の神経網が形成されていきます。その後、せっかく形成された神経網は間引きが行われ、必要な神経網のみが残ることになります。この時期、小学校入学の6〜7歳前後から、本格的な学習が可能となります。つまり、積極的学習を行う時期に入ります。この手前の幼児では、如何に、学習の土台となる基礎を築くかが求められます。それは、座学の習慣であり、遊びの大切さです。手先、指先を使う遊び、身体のバランスをとる遊び、空間認知能を高める遊びなど、これまでの遊びが、脳科学で分析するととんでもない、脳へ刺激になっていたことがわかってきました。「よく遊び,よく学べ」昔の言葉であっても、内容は真理を突いていたことがわかります。

 子供の心には「汎心性」という、物には魂が宿っているという思いがあります。玩具にも、草花にも。この心は、上手に育んでいくと物を大切にする子供に育ちます。遊んだ後、片付ける際に「早く片付けなさい!」ではなく、「○○ちゃんもおうちに帰る時間だね。おうちまで連れて行ってくれますか?」の方がより自然に受け止めてくれると思います。こうした児童心理を、子育てマイスターの講座に取り入れています。子育てマイスターの講座には、こうした児童心理や認知心理学が至る所で扱われています。「教育と科学」の融合は、子育てにも変化を与えています。

 私が指導させて頂いている幼児教育では、様々な種類の知的刺激が速いテンポで行われていきます。フラッシュカードでは、発声・発音等、幼児期だからこそ大切な正しい言葉の発し方を学びます。そして、見ること聞くことを同時に学び、この学習が記憶力と集中力と繋がって行きます。また、俳句を行うのですが、これは日本語のリズムを養う為です。5・7・5のリズムは子供に自然な言語表現を与えてくれます。短い単語、短い俳句、幼児だから復唱可能な文字数で構成されています。子供の発達に合わせた指導、幼児の心の発達を考慮した指導は、脳科学や認知心理学などのエビデンスを受け、今後は、非認知能力指導などを加え、新たな基礎教育に生まれ変わります。
 

この記事に

気付かせる授業

「一方通行にならないために!」

 イメージ 1幼児教育や小学生教育を行っている先生方の研修で、五十音表にどんな内容の表が可能か考えて貰うことがあります。また、子供に推薦する五十音表とはどんなものかを考えて貰います。教室内の掲示は、飾りではありません。学習で使用するものです。そこで、工夫された掲示を考えて貰うのです。ところが、「エッ、五十音表ってそんなに種類があるのですか?」と逆質問を受けてしまいます。さて、どんな五十音表が考えられるでしょうか。

 漢字同様、ひらがなにも多くの表記があります。まずは「清音=あ、い、う…」、次に「濁音=が、ぎ、ぐ…」、そして「半濁音=ぱ、ぴ、ぷ…」などがあります。その他には「促音=たっ、ちっ、つっ…」「長音=かあ、きい、くう、けい、こう…」「拗音=きゃ・きゅ・きょ…」などがあります。これらから促音を除いた表記は五十音表で表現が可能です。更に、「段」と「行=列」を表現した五十音表が考えられます。こうして、表にできると言うことは、これらの表記が規則性を持っていることを示しています。幼児でも,小学生でも、学習に合わせて五十音表を掛け替えてあげる配慮があっても良いのではと思います。辞書引きの時は、五十音表の「段」を貼っておくなど、五十音表を活用できます。

 「きる・かう・きく・かくす・たつ・あむ」さて、この言葉に共通するのは何でしょう。フラッシュカードで行うと、数回で気付く子が出てきます。もっと簡単なのは「たのしい・かなしい・くるしい・こわい・あおい・くさい」もうお解りでしょう。『正解は、語尾に「い」が付くことば、これを「形容詞」と言います。』と指導を行います。先ほどの正解は「五十音表の「ウ段」で終わる言葉=動詞」と指導します。

 イメージ 2算数でも、分数のフラッシュカードを使い、大きさの同じ分数に気付きいて貰います。フラッシュカードは、様々な気付きの授業や指導に使えてとても便利です。例えば、漢字カードで次の漢字を行うと「深・湖・海・流・泣・池・浅」、「さんずいのつく漢字」として、気付くことが出来ます。部首の説明にはとても便利です。こうして、算数でも、国語でも、どこか共通する所や、意味など、気付くことで学習に対する興味や楽しさがわいてきます。

 こうした指導は、中学生で、一次関数のグラフが書けない子にも応用します。実際に、基本となる式のグラフを写し取って貰います。書写です。Y=2X、Y=3X…と書いて貰い、何か気付いた事はないかと尋ねます。そこには、一定の法則があり、そこに気付けばY=2X+2等のグラフも、直ぐに理解できます。ここでの質問は、すべて「何か気付いた事はない?」です。難しい質問ではありません。学習する内容には、一定の法則がある。簡単な事から、この法則を見つけ出す。それが学習の面白さに繋がって行きます。こうした授業をするとき、フラッシュカードやタイルなどの教具は欠かせません。また、こ授業を通して、子供が「アッ!」と気付いたときの顔がたまらなく輝くのです。この瞬間がたまらない喜びになります。

 教え込みの授業に対し、気付いても貰う授業には楽しさがあります。何かに気付くことは、結構楽しいことです。自分で発見できた喜び、気付いた事の喜びは学習に対し積極的になります。「自己教育力」を付ける上でも、指導する側の取り組みも重要になります。ただ、事前の準備に時間がかかりますが。

 

 
 

この記事に


「自己教育力(学習力)を培う3つの要素!」

 イメージ 1私達の生活は、日進月歩という言葉が霞むほど、「秒進分歩」の勢いで進化し続けています。科学の世界では、あの癌でさえ、今後20年で根治できる技術が開発されようとしています。情報化時代では、より高度な技術革新が行われており、それは指数関数的進歩と言われています。つまり、倍々に加速度がつくという意味で、明日は今日の2倍、明後日は今日の4倍、そして、20日後には100万倍を超えます。

 教育の現場も、これまでのように、人の持つ知識量による評価から、更に、上を行く、知識と知識を掛け合わせた新たな発想、つまり思考力や想像力、そして、分析力や表現力が問われるようになって来ました。これらは、自発的に学ぶ能力が必要で、いわゆる指示を待っているような状態ではこれからの教育には乗り遅れてしまうことを意味しています。教育は、社会と密接な関係にあります。教育と社会、双方の循環的なシステム、リカレント教育が、求められています。その一環として、2020年から本格的に施行されるのが新指導要領です。

 イメージ 2私達を取り巻く経済社会も、10年のスパンで新しい職業が次々に誕生し、同時に、これまでの職業が姿を消し始めています。いずれ子供達が活躍する社会は、之までとは違う新たな職業が中心になる可能性を秘めています。進歩と退化、そして、変化に対する対応は、子供達に基礎能力の充実が求められるでしょう。その為に、自ら学ぶ、つまり「自己教育力(学習力)」を養う指導が必要になります。人から言われて学んでいるようでは、その学習量は知れています。自分から積極的に学ぶ姿勢を持たなければ、当然のことですが時代から取り残されていきます。それほど、急速に時代は変化しています。

 《自己教育力:3つの課題》
 
 自己教育力」を持つためには、3つの課題が考えられます。

1,自己効力感:自尊感情:自己肯定感
 一般社会では「自己啓発」に関する書物が人気ですが、既に、子育ての段階からこうした「自己効力感:自尊感情:自己肯定感」が求められています。自己肯定感は、自分自身を見つめ、理解し、その上で目標に向かい努力する力を与えてくれます。その過程で、特に「努力帰属」と呼ばれる訓練が大切だと言われています。それは、物事の成功・失敗は自分の努力に帰属するという考え方で、そこから、自分自身を見つめ、次に到達可能な状態へと導くことを意味しています。自己肯定感のない、子供も大人も、どこか悲観的でまた、無力感に陥っている場合が多く、そこから抜け出せません。その為、まず自分を知ることから始まるのです。

2,知的好奇心を養う
 2番目として、知性を高める「知的好奇心」を高めることがとても大切になります。これは、幼児であれば、3〜4歳の頃から「知的好奇心」を持ち始めます。これは、以前にもお伝えしたとおりです。既に、この年齢が過ぎていても、子供であれば大なり小なり好奇心を持っています。子供の関心事に耳を傾ける事が、人間の本能である「知りたい」から「知的好奇心」へと導かれます。勿論、大人であっても年齢に関係なく、「知的好奇心」を満足させる生き方にシフトすることをお薦めします。


3,夢や目標を持つ
 3番目として、「夢や目標を持つ」ということです。自分の目指すゴールや場所、目標の設定がなければ、無目的な生活や学習になります。自分の設定するゴール、そのゴールからまた何が学べるか、それが,自分にとってどれだけ自身の人生を豊かにしてくれるかを考えます。子供が臨む学習が、自分にとってどのような意味があるか、物を知るという事、考えると言うこと、それはどの年代でもあることです。そこに数学など必要なのか?と、よく子供達は口にします。初めから,意味のないものとしているのは、自身の人生に目標がないことも原因かも知れません。数学は、論理数学的知性と言い、物事を論理的に考える方法を学ばせてくれます。知らず知らずの内に、皆、数学的思考で生活しています。実際に、生活を振り返って見て下さい。意外にも算数・数学的判断や思考が多いことに気付かれる筈です。初めから難しいと諦めず、目的と目標をもって臨む、その先に、自分自身が望むであろうゴールが見えてきます。

 こうして、自分にとって適切な目標は「引く力」となります。また、知的好奇心は「押す力」となります。更に、それらを「支える力」「自己肯定感」です。こうした3つの課題を、少しずつ、少しずつ重ねていきます。「自己教育力」は、子どもの為だけに存在する力ではありません。大人においても必要な力です。
 子育てマイスターが,教育と、ビジネス社会の専門家がタッグを組んでいる意味がここにあります。まさに教育と社会のリカレント教育が講座に活かされているのです。

この記事に

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事