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石川幸夫の教育・子育てブログ
教育評論家・教育研究家 石川教育研究所 代表の独り言

遊び脳から学習脳へ!

「夏休み明け、明日から学校!」

 イメージ 1学校が始まるおよそ2週間前、我が教室内は、学習への厳しさを増す時期に入ります。長い夏休みが明け、それまでの意識から学習へ意識を向けて貰う為です。二期制の学校では、夏休み明けに定期テストが組み込まれています。正に、彼らの、頭の中のスイッチを学習に切り替えなければなりません。

 今夏、自分の課題を達成した子が多く出ました。ひとり一人違う課題を夏休み前に話しておきました。特に小学生には、スマホ使用の自己管理、自分で考える”思考”を大切にすることの2点でした。自分自身が認めていた、スマホの長時間使用について取り組んだ子は、ゲーム時間の短縮に挑み、4時間もしていたゲームを、1時間以内に縮める事が出来ました。スマホの長時間使用がもたらす悪影響についての話しが、目覚めたきっかけだそうです。「スマホの話しは、上から目線で、”すまほをやめろ!”と言われるより、自分にとってとてもショックで、”もう病気になっているかもしれない”と思いました。でも、今なら、そして、自分から計画的に時間を少なくすれば大丈夫と言われ、頑張ろうと思いました。」とある男児が語ってくれました。今では、スマホでのゲーム時間は大幅に短縮され、家族がそれを認め始めています。

 自分で考える”思考”を大切にするでは、考える為に,「問題文を何度も読み返すようになった。」と話してくれた子がいます。お盆明けの授業では、その効果が出始め、課題プリントに夢中で取り組むようになりました。「自分考えがあっていると凄く嬉しい!」と、問題を解く喜びを感じ取ったようです。こうした、子供の自律は、少しの変化も見逃さない、家族や,教育関係者の「目」が大切です。結果より努力を誉める。その努力が,次の段階で成果として現れてきます。考える事が苦手で、面倒くさがっていた子が、自分で考え始めると、集中という意味を理解できたと言いました。この気付きは大きく、思考と集中は、相互に影響し合った人の持つ最大の能力になります。保護者の方にも、余りにも教えすぎは良くない。自分で考えることを伸ばしていくので!と、協力を仰いでいました。教えない指導を徹底し、子供の,思考を整理し板書したり、メモで書いたり、考え方を”まとめる”という学習法も伝えました。授業で行ったテストでは、予想以上に手中して取り組み、大幅に解答率が上がりました。

 この頃から、彼らの脳は、徐々に学習モードへと切り替わっています。思考と集中がそれを後押ししてくれます。スマホ依存を恐れた子は、スマホでその日その日のニュースを調べ始めました。「今日のニュース」は今も続いており、子供達の視野が広がるのを肌で感じています。既に、学校が始まっている子供達もいるのですが、お盆明けの夏休み授業は、学校が始まる前のウオーミングアップとしてかなりの効果を上げたのだと思います。つまり、遊び脳から、学習脳への切り替えは、彼ら自身が行ったと言えます。正に、自律学習ですね。

 本日、NEWSポストセブンから「置き勉」についての記事が配信されました。宜しければお読み下さい。

「依存社会の中の新たな依存『学習依存』」

 イメージ 1私の祖父は宮大工の頭領だった。関東の神社仏閣にその祖父の”作品”がある。宮大工は、弟子に教えることはなく、皆、頭領や兄弟子の仕事を見て覚えるという。意識にない者に教えることほど難しいことはなく、自らが学ぶ姿勢を持って初めて、その仕事を見せて貰えるのだそうだ。掃除も大切な仕事で、兄弟子の”かんなくず”を拾い、その薄さを手本にしたと聞いた。もっと、もっと祖父の話を聞きたかったと、今更ながら思う。祖父に対して、「江戸の頭領」という言い方を幼い頃何度も聞いた。弟子も多くいたようで、DNAが騒ぐのか、宮大工を扱った番組を見ていると胸が熱くなる。(写真は、祖父の手による日光東照宮にある二荒山神社)

 先日書き上げた原稿の中に、「自ら学んで得た学習の質と重み、そこから得られる充実感は、教え込まれた学習とは比べものにならない程大きい。」と、書いた。教育格差が叫ばれて久しいが、自ら学ぶ姿勢を示す生徒と、指示や命令に従っている生徒の差は歴然としている。実は、意識を持って学習に臨むことはさほど難しくない。自ら学ぶ姿勢を示す生徒は、ごく自然に学習状態に入る。短いながらも、その生徒の人生が、意識を持って臨むことを体感し、それによって得られる達成感を感じているのかもしれない。楽することを幼い頃から覚えてしまった子は、概ね努力には背を向ける。最早、能力とは関係なく、楽という無自覚な生活からは怠惰という言葉しか思い浮かばない。よく、大人は子供の頃の遊びは大切だと言う。しかし、その遊びにも「質」がある。今の遊びを想像すると、それが大切だとはなかなか胸を張って言えないところがある。

 何故、多くの人達がゲームにはまるのか、それは、ゲームの構造が人の心理を巧みに突いているからだ。それを「ツァイガルニック効果」と呼ばれている。つまり、未完のタスクに人ははまりやすいのだ。ゲームにきりがないのはこのためだ。だから、完了してしまうと,そのゲームへの興味は直ぐに薄らぎ,次へと意識が向いていく。そして、長時間のゲームとなり,気がつくとゲーム依存という病的疾患に陥っている。

 モノに頼る、人に頼るなど、何かに頼ることが多くなってきた。最近ではアルコール依存、薬物依存など、人々の心の成長が気になる。実際、私達は何かに頼り切っている。それは、災害が起こると実感できる。停電などすると、電気に頼っていることを実感し、断水になると、水に頼っていることを実感する。便利な世の中だから、つい”楽”をしてしまっている。教育の現場を見てみると、幼稚園や保育園では、箸の持ち方から、トイレトレーニングまで先生に頼っている。何度、このブログでも話しをさせて貰ったが、学習においても、自ら学ぶ生徒と、先生などの指導に頼る生徒に二分される。この両者に入らない生徒は、初めから学ぶ事を拒否している。学習依存と呼ばれ、誰かの指導に頼る生徒は、せっかく指導しても、それを記憶せず、記憶できず、また聞けば良いと安易な考え方を持つ。だから、一向に成績が上がっていかない。誰かがまた教えてくれるからだ。自ら学ぶ生徒は、この部分が大きく違っている。自律学習のできる生徒は「わからない」という結論を出すまでの道のりで大きな違いを見せる。そこには、様々な思考を巡らせ、幾つもの考え方で問題に切り込んでいく葛藤がある。だから、その生徒から質問が来たとき、私自身、身構えて聞く事にしている。直ぐにヒントを出すような、解答を導くようなことはけしてしない。それは、生徒に失礼だからだ。まずは、問題文を何度か読んで貰い、どのような考え方をしたのか尋ねる事にしている。その際にも、生徒は思考を重ねている。だから、聞き方が違う。こうして、問題についてやりとりをしているとき、自らヒントを導き出し、自力で解いていく。ここで、この生徒はまた大きくステップアップしていく。

 学習依存の子は、直ぐに「わかりません」という禁断の言葉を口にする。塾の先生など、指導しても「わかりません」という言葉を聞くと直ぐに反応する先生が多い。問題文を読みもせず,問題の内容を考えもせず、”見た”だけで、直ぐに「わかりません」という子は、学習依存に近づいている。「教えない指導」難しいが、それが理想だろう。人の持つ「志」という言葉が眩しく見える。



「表記や数式への様々な解釈が……」

イメージ 1 「秋の日はつるべ落とし」と言いますが、気がつくと外は真っ暗に、いつの間にか日が落ちるのが早くなっています。昨夜も熱帯夜にも関わらず、外では虫の音が聞こえています。温暖化の影響も、自然からの悲鳴だと思うと、こうした季節の移り変わりは、今まで通りの自然を感じさせてくれます。大切にしなくては!

 子供たちと授業をしていて、小数計算の表記や、かけ算式の表記などに一貫性の無さを感じました。どこで習ってきたのか、小数では「0」を線で消したり、また、そのままにしたり、時には消しゴムで消していたり、小学生の算数指導では、「0」は省くときと、補うときがあると指導しますが、理科で扱う場合は、少数以下の記述も正確さを求めるために大切だと言われています。ところが、小学生が学ぶ算数では、先程のように、省いたり、補ったり、筆算指導の中で行われています。「0」は省かず、そのままにしておくのが良いという意見は、ここ数年で聞くようになってきました。

 また、以前にも取り上げましたが、2×3も3×2も答えは同じなのだから、どちらでも良いという考え方を示される方がいます。交換法則では、足し算、かけ算はどちらの数を置き換えても答えは変わりません。こうした事から、細かく式の順序を教え込まなくても良いのではという”意見”になります。同時に、その方が”合理的”という意見もありました。

 そして、、最近では、平行の捉え方で、間違いを指摘され、改めて教科書に書かれている表記を読み返し、「先生の言っていることは間違っています。」と自分の考えを主張してきた子供に対し、その確認をしたのは保護者であることがわかりました。つまり、教科書に書かれている説明文の読解に誤りがあったのです。子供は、当然ですが戸惑い、自分で判断できない状態に陥っています。

イメージ 2 小学校などで行う学習指導とは何なのでしょうか。例えば、小学2年生に対し、合理的な指導と何でしょう。加法、減法、そして、乗法と指導が進み、数の概念形成では第2の出発点という指導です。足し算でも、引き算でも、それぞれの中に幾つかの概念があり、その問題解決の中で、足し算を選択したり、引き算を選択します。算数は積み重ねの学習であることを忘れてはいけません。能力の高い子であれば、交換法則も理解するかも知れません。しかし、現行の指導体制では、こうした意見は返って子供たちが判断に迷ったり、正しい認識を持てない中で育ってしまいます。

 つまり、積み重ねの学習であると言うことは、系統性を重視し、子供の成長に合わせた指導が展開されているのです。各個人に併せた到達度を設定し、指導を行うことが教育上理想的な姿ですが、それを今の教育現場に押しつけても解決は難しいでしょう。すると、こうした大人の意見が、教育現場とかみ合わず、最終的に巡り巡って子供たちの学習理解に大きな影響を及ぼすのです。教科書の説明文を読解できなかったことなどは論外ですが、実は、教育現場では、こうした被害に遭う子供たちが多いと聞きます。中受験の子に、方程式で指導したりすることもその一つかもしれません。

 学校でも指導に疑問を感じる。それは確かにあることなのですが、学習指導に関しては慎重であるべきだと思います。これは、家庭学習が重視されて始めていることから、今後、こうした悩みを持つ子供が増えるのではないかと想像するからです。家庭では親が指導をする、こうした当たり前の光景の中に、実は多くの親が悩んでいます。この問題をどう教えて良いのか?今後、子供だけでなく、悩める親も増えてくるのでは……

「何で成績が上がらないの?」

イメージ 1 世の中では、あちらこちらでクレームの嵐です。何かにつけ、文句を言ってくる人が多いそうです。テレビでも取り上げられている、孤独老人の問題行動が今朝のニュース番組でも取り上げられていました。でも、クレームが絶えないのは、教育機関なのかもしれません。最近、学校に対する見方が変化し、学校はサービス業だという認識の人が出てきました。それは、塾に関してもそうです。ただ、最近でこそ、文科省も塾の存在価値を認めていますが、以前は、取り合って貰えず、始めて上場を果たした塾は、その担当が現在の経済産業省だったと聞いています。それ故、塾はサービス業という位置づけがされています。

 先日連絡を頂いた塾の先生から、「こんなクレームが多くなってきましたと」嘆いていました。それは、「せっかく高いお金を払って塾に行かせているのに、成績が上がってないじゃないですか!」というクレームだそうです。その際、以前、セミナーで聞いた私の話を思い出したと言います。それは、子供の学習に対する姿勢の変化と親の変化です。塾で講師のアルバイトをしている教え子も、「僕たちの頃とずいぶん変わってきました。とても教えづらいです。」と、その変化を感じていたようです。特に、男の子は、話しても言葉が返ってこない場合が多く、「ノートやプリントを見て、理解しているかどうかを見定めるしかない。」と言っていました。また、こちらが何か指示をしなければ何もせず、テキストや筆記具も出さない有様だとも。

 成績は、本人の意思によるものが大で、「水飲み場まで連れて行くことはできるが、水を飲むかどうかは本人次第」という言葉がありますが、「成績を上げたい!」と本気で思う場合と、ただ、親に言われたから来ていると言う状態では、自ずと成績にその結果が出てしまいます。ベテランの先生も、学力がなくても、「やる気」さえあれば伸ばすことができると言いますが、その「やる気」が持てないのです。ある中学生が試験前、遅くまで勉強をしていると、「何遅くまでやってんの!」と親に叱られたそうです。こうした話しは良く聞くようになってきました。どこかで、親子して学習の優先順が落ち始めているのです。

 以前、塾ブームが起きたとき、フランチャイズの塾が流行り、教育には縁のない人たちまでが塾経営をしたという時代がありました。そして、最近では、個人経営の塾が少なくなり、大手塾がその数を増やしています。そんな中、講師の人数が足らない状況が出てきました。更に、せっかく獲得でき講師の質が取り沙汰されています。現在、講師の殆どは大学生などでまかなわれていますが、その大学生の学力が下がっているというのです。次第に、塾もAI化され、講師のいない塾も出てくる可能性があります。

 学力を上げるには、学校や塾だけではなく、家庭の協力も必要です。そして、何より、子供自信のやる気です。来年度から新たな指導要領で出発する教育界。そして、大学受験の変革も行われます。教育界は、新たな学力時代を迎えます。大学改革は、まだ全容が明らかでなく、英語判定について未定や疑問のところが多く、予断を許しません。学力時代に突入し始めている教育界です。子供達も学習について意識を持って取り組むことが求められています。塾に入れておけばという安易な考えでは、これからの社会に適応できない子供として育ってしまいます。自ら学ぶ子供を社会が求めているからです。

「登校日前日に焦り始める子」

イメージ 1 長い夏休みも今週いっぱい、ところが、聞こえてくるのは「宿題が終わらない!」と焦る子供たちの声。家庭では親も必死で我が子の手伝い、「誰の為の手伝いなの?」と思ってしまうほど。しかし、要注意です。子供たちの学力は、こんな宿題の扱い方にも出ているのです。

 学力の高い子、計画性のある子は、夏休み前から準備し、ほぼ1週間で殆どの宿題をやり終えます。ところが、まだ大丈夫と余裕すら見せる子は、1週間前になっても「まだ1週間もある!」とポジティブに捉えています。同じ1週間の過ごし方でも、早めに、そして計画的に宿題を終える子とは大きな違いです。中には、ラストの1週間で全ての宿題を終えるという、逆バージョンの子もいるのですが、大半は、宿題量とそれに費やす時間を計算できない子は、最悪の場合、幾つかの宿題を未提出という醜態を見せてしまいます。調べてみると、提出日前まで半ば徹夜状態で仕上げる子の学力は低く、また、物事について計画的に行えないという結果が出ています。

 私も、昨日、記事原稿を仕上げ送りましたが、連載や、取材記事など、期日のある原稿の執筆が重なると、計画していても、突発的な取材が多いので、どうしても狂わされてしまいます。昨日は原稿用紙10枚ほどになってしまい、ようやく締め切りに間に合いました。教室の生徒にも、学習の計画性を伝えています。

 イメージ 2音読学習に効果があると実感した生徒たちに、学習の習慣付けの為、毎日の音読を指示しています。特に、休み明けの2週間後に定期テストがある東京の中学生は、学校開始後、直ぐに授業姿勢が整うよう、テスト対策と共に音読の指示を出しています。学習計画は、来年の教育改革を前に、子供たちが自覚し、進めていかなければならない課題になります。ところが、夏休みに建てた子供の学習計画を壊してしまうのが、意外にも両親である家庭が増えています。海だ、山だ、キャンプだと、なんと、この夏休みに13回も旅行に行ったという家族まであります。どうしたら13回も行けるのか不思議でなりません。これでは、計画的に宿題をこなすことは不可能でしょう。

 勿論、家の中だけで過ごすよりも、開放的な海や山で過ごすことも大切です。それでも、学力の高い子は、環境が変わっても、読書の時間を設けたり、学習の時間を作るなど、歯を磨き、顔を洗う習慣と同じ感覚で学習を日課としています。旅行先では、旅行先でしかできない学習も工夫するようです。「朝早く起き、お風呂でさっぱりした後に学習をしたら、とてもはかどった。」という子供もいました。また、夜、都会では普段は見ることができない星を観察してしてきた子供もいました。デネブ・アルタイル・ベガの夏の大三角形や、天の川、北極星、カシオペア座等、本にある星達がその形をしていることに感動したと話してくれました。また、流れ星を幾つも見る事ができたと目を輝かせていました。

 学力差は、普段の何気ない事の積み重ねで生じます。その差は、年々広がっていきます。特に、夏休みのように長期間の休みの後は、その差ははっきりと成績に現れてきます。夏休みに入る前、ネット配信されている「ポストセブン」に夏休みの宿題についての記事を書かせて頂きました。その中で、「長期間学習から遠ざかる子は、学習姿勢を回復するのに、同じ時間を要する!」という内容から、危機感を感じ、逆に毎日の学習を習慣づけられましたと、嬉しいご連絡を頂きました。休みの過ごし方、今更ですが大切ですね。

 

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