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石川幸夫の教育・子育てブログ
教育評論家・教育研究家 石川教育研究所 代表の独り言

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「幼い内から」

 先ほど、テレビ朝日から帰ってきました。朝6時に家を出たのですが、高速道路が混み、局に着いた時間は番組開始ギリギリでした。松江市教育委員会の「はだしのゲン」閉架措置に対する撤回は、なんとお粗末な幕引きであったか、問題の本質を抜きにした撤回説明は、教育委員会の存在すら、自ら否定する内容でした。VTRが映し出されているスタジオでも、コメンテーターの皆さん、司会者のお二人から声が聞こえてきませんでした。呆れてしまい言葉にならないという状況でした。

 今回の件を改めて考え直してみても、教育委員会という立場でありながら、後先のこと、子ども達のことを考えることなく、まさに「思考なき決断」の恐ろしさにことばが出ません。知識偏重、ゆとり教育、この国の教育の行く末が見えてしまいます。
 この問題の本質はここにあります。本の存在を否定することを教育委員会がすべきではありません。それぞれの立場に添った本があっていいのです。教育は、自ら思考し判断できるように子ども達を指導すれば良いのであって、その手前で情報の操作をすべきではありません。

 今回の件を通して、皆さんは何をどのように捉え、考えましたか。描写に対する反応は年齢によって様々です。彼らは、残虐なシーンでも笑って過ごす事ができるほど、クッションを心のどこかに持っています。目を背けることもあります。それぞれ子どもなりに対応ができるのです。特に、対象が本物ではなく絵で描かれてる場合はなおさらです。残酷なシーン等に対する彼らの表現は様々ですが。それ自体内容を茶化しているとは言いにくいのです。おおよそ、今回のように大人目線で判断するのですが、知識が先に立ち、現実を見ることができない大人であることを露呈してしまいました。

 幼い頃芽生える「疑問」、それは、単なる好奇心ではありません。母なることばで形成されてきた心に、更に知性という、心を包み込み豊かにする力となります。考えるには、見ることが大切です。聞くことが大切です。幼児教育の重要性はここにあります。幼児期に一番必要な「ことばの習得」、更に「心の形成」があります。そして、この先に「疑問」から始まる「思考」があるのです。「思考の芽」はことばの習得と共に成長し、疑問となり探求心へと繋がっていきます。ここで大切になるのが「情報」です。自分の疑問に応えてくれる(対応してくれる)対象の最初は、両親、保護者です。最近では、ここで子ども達は躓きます。何故なら、両親が保護者が応えてくれないからです。賢い両親・保護者は、解りやすく説明していくでしょう。そして、「あなたはどう思う?」と思考を促すでしょう。更には、疑問の対応に書籍(図鑑など)という存在を示すことになるでしょう。図書館の活用もそうです。こうして、子どもは考える事、悩むことを繰り返し、物事の道理を理解して行きます。勿論、その過程で思考力をつけていくのです。
 

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