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石川幸夫の教育・子育てブログ
教育評論家・教育研究家 石川教育研究所 代表の独り言

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命の尊厳

「生命誕生と死」
 
 今朝は、3時半に起き身支度を整え、迎えの車をまった。道路が予想以上に空いていて、スムーズにTBSテレビに到着した。朝の情報番組である国分太一さん司会の「いっぷく」に出演するためだ。教育評論家として、佐世保で起きた高一女子殺害事件について意見を求められた。また、教育委員会の「命を大切にする教育」についても同様だった。本番前の時間、出演者の方々と打ち合わせをしたが、フリートークであったため、様々な意見が出された。国分さんからも、教育の立場からの意見を求められた。申し訳ないが、本番という時間制約がある中よりも、多くの意見が交わされ、返ってこちらの方が良いのではと思うほどだ。
 
 今回の事件は一言で語れるほど単純な問題ではない。大人の勝手な解釈で着地点を見つけ出すことは避けなければならない。当然、学校に責任を被せることも。ただし、被害者、加害者、両者の立場から見つめ、感じる必要があるだろう。最近起こる事件はテレビドラマを超えている。現実離れした事件の内容は、複雑な要因が多用に絡み合い、それは、人間によって単純な殺傷事件と化していく。取材されたサンデー毎日編集長 潟永さんがこの事件の複雑な面を語ってくれた。「事件は一つ一つ違う。共通点もあるが、まったく別のものだ。」と。世間では「猟奇的殺人」と扱いたがっているが、人間的にまだ未成熟であり、心の発達に問題を抱えているだろうと思われる被疑者、反対に眦戮奮慘呂了ち主である被疑者。だが、人の行動は高度な能力を持っていたとしても、「情動」で大きく左右されることが解る。想像力も並外れて持っていたと思われる被疑者が、この事件を起こすことで何故自分の未来を予測出来なかったのか、精神面、脳機能の面についての検証が急がれる。
 
 「命を大切にする学習」当たり前の事を、改めて子ども達と共に話し合い、論議し合うことの空しさを感じてしまう。他国には見られない、命を大切にするという文化は、我が国の日常から垣間見ることができる。その一つが「いただきます」という食事の前に言い放つ「命への感謝の意」である。現在、多くの犬や猫などの小動物が私達の知らない所で殺処分されている。親族殺人も目立っている。命の軽さは、人間に対してだけではない。広義に考えれば自然破壊そのものが命の尊厳を無視した行為だ。ものを粗末に扱い始めた私達は、行き着くところ命さえ粗末に扱いかけているのではないか。まずは、被害者である女生徒のご家族のケアが必要だ。また、ショックを受けている周囲の、生徒達のケアを十分すぎるほど行うべきだ。被害者のご遺族には大変申し訳ないが、これを機に、私達全員が我が身のこととしてこの事件を受け止めるべきではないだろうか。問題を広げる気はさらさら無いが、戦争という文字もちらほら政府から感じられる昨今である。改めて、生命の尊厳を、その誕生から見つめ直した教育が必要ではないだろうか。「生教育」つまり生きる為の教育が。そして、もう一つ付け加えるならば、今回の被疑者に「感情」という心の表現を感じる事ができない。凶器の準備などを考えると、冷静な状態であることが伺える。友人を何と見ていたのだろう。機械の分解ではなく人に向けられた所に、「生」と「死」を捉え切れていない心の歪みを感じる。後天性なのか、先天性なのか、ここからは脳科学でしか解明できない領域になる。

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