「親を見透かす、子供の行動?」「什の掟」
一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ 一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ 一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ 一、弱い者をいぢめてはなりませぬ 一、戸外で物を食べてはなりませぬ 一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ ならぬことはならぬものです (今の時代には合わないものもありますが)
(写真、ベルメゾン:8秒間のハグより)
そのストレートな回答に、知人は驚いたようですが、その後の説明に、なるほどと感心したそうです。「お子さんの行動を見ていると、人の、特にお母さんの気を引く行動が目立ちます。お母さん、こっちを見て!という合図だと思います!」実際、その子に全員の目が向き、その子の話題になると、静かになり聞き耳を立てるような仕草になってきたと知人が話してくれました。そして、「先生はどう思いますか?」と私にその時の話しを詳しく話してくれたのです。
私にも同じような経験が沢山あります。私が私見を述べる前、知人は、「こうして、相談してくる人は自分の答えを持っている人が多く、それぞれ違うのですが、今回の方は、自分が正しい!自分は悪くない!と思われているようでした。」今度は、私が知人の話に「なるほど」と、聴き入ってしまいました。「子供は親の行動や言動をしっかり見ています。この場で、お母さんが叱らないことを知っています。だから、イタズラをするし、何を言ってもやめません。子供を見ていると、真剣に叱られた事がないのでは?と思いました。」
ただ、知人が言っていたように、我が子を「叱る」ことはとても大切です。ここで言う「叱る」ということは、感情的に怒鳴ったり、時にはお尻を叩いたりする事ではありません。多くの場合「叱る」より「怒る」の方が勝っているのではないでしょうか。そこで「だめなものはだめ!」という親の教育です。「駄々をこねれば親が根負けして、ものを買ってくれたりする!」「外で泣いたり叫んだりすれば、最後には”しょうがない”と許してくれる!」子供も学習しています。その学習が、外に出向いたときに現れます。しかし、親が毅然として「だめなものはだめ」という姿勢を貫くことで、子供も諦めます。ここは根比べです。そして、知能が高まるにつれ、事の善悪がわかるようになり、自分で良い悪いの判断をするようになります。しかし、この過程で父親が「たまにはいいじゃないか!」と例外を作ると、そこまでの「しつけ」「おしえ」が台無しになってしまいます。これは、祖父母にも言える事です。子育ては広い意味で「教育」そのものです。
今の時代、ストレートにものが言えなくなりました。そこで、例え話を交えながら話すのですが、残念なことに大人の方に「読解力」がなくなってきました。話しを最後まで聞くことができない大人は思う以上に多いようです。私も、最近はストレートな言い方が増えてきました。まずは、大切なことを伝えようと!冒頭で、「親の愛情が足らないのでは?」という指摘がありました。愛情の中で最も尊いと言われているのが「無償の愛」です。相手のことを思い、不快を快に、不安を安心に、不信を信用に変える、先程のお母さんは、子供よりスマホを見ている事の方が多かったと気付いたそうです。当初、「愛情が足りない!」と言われたことに「ムッ」としたそうですが、その後の話で、我に返ったそうです。ある意味、ショック療法だったのかもしれません。ストレートにものを言った方は保育士さんだったそうです。
|
全体表示






