「ヒステリック社会の被害者」 お盆に福島県喜多方市に帰省していた。江戸っ子の私に、結婚して始めて田舎をもてた、その嬉しさは簡単には表現できない。10日の午後、家を出て常磐道を通り、磐越道を一路会津若松へとひた走った。その午前中に事件は起きていた。あの、「常磐道あおり事件」だ。このニュースの扱い方に疑問をもった。そして、その疑問は直ぐに怒りに変わった。それは、暴力シーンを繰り返し繰り返し、何度も放映したのだ。アンパンマンの「アンパンチ」がネットで問題になっているが、アニメではなく、実際の暴力映像だ。夏休みでもあり、親子でニュース番組を見る家庭も多いだろう。顔にモザイクを掛けるより、暴力シーンにモザイクを掛けないことに違和感を感じた。これは、いくら番組内で暴力を批判しても、この映像を見せられると、テレビ局側の暴力容認と映ってしまう。それほど生理的に不快になる映像だった。そして、扱い方だった。
見たい、聞きたいは人の心理だ。だから、こうした画像の扱いに注意を払う必要がテレビ局側にはある。テレビというメディアの影響力は計り知れない。
「クリティカル・シンキング」という言葉がある。直訳すると「批判的思考」となるがそうではない。報道や情報をそのまま鵜呑みにせず、「それは本当に正しいのか」と疑問を持ち、じっくり考察した上で結論を出すことを意味している。正に、今の時代、「クリティカル・シンキング」を大切にしなければならない。実際、SNS上で、先の「常磐道あおり事件」で、何の関係もない方が、同乗者の加害者女性と間違えられ、会社経営にも、そして、なにより精神的にも大きな苦痛を強いられた。感情のまま、考えもせず行動する。生徒は、このことにも憤りを感じていた。子供の目の方が確かである。今は、まさに「ヒステリック社会」だ。そして、この被害は、次第に弱者に向かっていく。気をつけなければならない。
ヒステリック社会は、知らず知らず子供を追い込む場合がある。親や教師に余裕がなく子供の悩みなどを受け止められない場合、子供自身が問題を背負うことになる。
無関心も「見えない暴力」だ。子供にとって、近親者に関心を持たれないことは、話す相手がいないことを意味する。こうした、見えない暴力を容認してはならない。
東京は来週月曜日から学校が始まる。埼玉では今日で夏休みが終わる。正に、子供たちの行動に気をつけなければいけない時期を迎えた。子供をしっかり見ていて欲しい。言葉や態度に何か違和感を感じたら、まずは、子供の話に耳を傾けて貰いたい。何の前触れもなく体調が悪くなることもある。その時は、「どうしたの?何か悩み事があるの?」と優しく接して欲しい。聞き出すと言うより、「口を開くのを待つ」が子供を追い込まずに済む。そして、じっくり聞いて上げて欲しい。励ますより、共感が大切だ。そして、最も気をつける時期がきた。9月1日、この日の前後に中高生の自殺が目立っている。また、近年、小学生では11月30日前後が多くなっている。原因は意外だが「いじめ」ではなく「成績不振」「親子関係」「入試の悩み」などが上位を占めている。子供達のSOSは、30日前ほどから見せ始めるので、子供との密なる関係が求められる。
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