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石川幸夫の教育・子育てブログ
教育評論家・教育研究家 石川教育研究所 代表の独り言

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躾と虐待の境目

「躾は学習であり教育」

 北海道で発生した父親らが小学2年生の男の子(7)を山中置き去りにした事件、まだ男の子が見つかっていません。注目されるのは、男の子の安否と、これが躾に値するか否かです。

 最近、「躾」という名目で子供に対する暴力が目立っています。まず、申し上げておきたいことは、躾として許される暴力は無いと言うことです。両親、法律的に親権者には、子どもをしつける権利があり、監護・教育に必要な範囲内で子どもを懲戒すること、つまり懲らしめることも認められています(民法822条)。一般的に、懲らしめること=暴力、精神的恐怖、言葉による威圧と捉えられているように思います。これは、児童保護の立場に反する大人の行為で、断じてこれを躾とは言いません。児童は全ての面で大人の保護下にあり、大人には適わないからです

 躾には、大人としての教育的判断が求められます。躾は、子育てとして学習であり、教育です。その為、親が手本を示す、模倣をさせることで学んで貰うのです。また、今回の子は7歳です。一般的には言葉で説明すればわかるとお考えでしょうが、まだ心も未分化で、自分の行為や考え方などを表現できる語彙数や思考力は持ち合わせていません。だとすれば、子供の心を理解し、親が言葉に置き換えてあげるという、子供に寄り添うことが必要になります。男の子は特に言葉が遅いので、こうした親の行為は、子供の成長発達に欠かせないでしょう。

 躾と虐待の境目は、暴力、精神的恐怖、言葉による威圧、そして、食事を与えない等の行為に入ったところで判断されます。大人として、親として、我が身に置き換え、この境目についてイメージしていくことが大切です。

 
 

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