ここから本文です
石川幸夫の教育・子育てブログ
教育評論家・教育研究家 石川教育研究所 代表の独り言

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

子育てと躾

「誰もが至る躾と虐待の境目」

 先ほど、赤坂にあるTBSから番組「ビビット」の出演を終え返って来ました。国分さんの番組の生出演は「ビビット」になってからは初めです。相変わらず、目をしっかり見て紳士的に挨拶される国分太一さんでした。本番前、定位置に座っていると、後ろから「石川先生、宜しくお願いします。」と真矢みきさんから挨拶され、お世辞抜きであまりの美しさに、挨拶する声が上ずってしまいました。スタッフの方からも気軽に声を掛けて頂き、子育て中のお母さんスタッフからも、「小学3年生の息子がいて…」今も見つからない、田野岡大和君とダブらせていらっしゃいました。番組スタッフの挨拶から感じる温かな雰囲気が伝わるスタジオでした。

 今回の事件は、子育て中のご両親であればけして人ごとでは無いはずです。自分でもお越し兼ねない事件です。勿論、夕方の5時、山林に子供を置き去りにするする躾などあってはいけない行為です。ただ、今更、「躾とは!」と言って、一般論を述べても、子育て中のご両親にとっては、その大変さに打ち消され、あまり参考にならないのかもしれません。理屈で子育てはできないからです。

 でも、子供達の事を知ることは大切です。今回の大和君は、番組でも紹介した丁度ギャングエイジと呼ばれる年齢で、親に対し、または、教師に対しても反抗的な態度を示す年齢です。お母さん方に取って最も苦労の絶えないイヤイヤ期を過ぎ、幼稚園に入園する頃から始まる反抗期、そして、今回のようなギャングエイジと、両親に対し畳み掛けてくるように子育ての大変な時期がやってきます。

 子供達の精神的発達はことばを覚える事から始まります。人と人との結びつきを、ことばを通して行う事ができるように、表現できるように学習するのです。ようやく幾つかのことばを覚え、会話の中でお母さんに伝え始めます。でも上手く表現ができません。すると成長家庭の中で現れてきた自己主張する行動が先になります。存知の「イヤイヤ期」です。この頃の子供は、心が未分化で、また、語彙数の少なさから、泣いたり、座り込んだり、地団駄を踏んだりと親を困らせるのです。

 ギャングエイジの子供達も同じです。身体が大きくなると、親も、大人に話すようなことばで接しがちになります。「ことばで言ってきかせればわかる」その通りなのですが、思考力の基となる語彙数の少ない中、自我に目覚め、自己主張の始まっている子には「説教」のようなことばだけでは通じない場合が多いはずです。彼らの語彙力はまだまだ低いのです。つまり、考える力がまだ整っていません。大人は、簡単に「考えろ」と言い放ちます。でも、考えられるほど、内言(心のことば)はまだ発達していません。大多数の大人が、子供に対しわかったつもりにさせてしまうのです。「わかったかの強要」です。大人でも、「わかりましたか!」と5回も言うと大抵は頷いてしまいます。問題が起きてからの「しつけ」は効果的ではありません。とりあえずの対処法しか通用しないでしょう。

 親も、子育てについて学ぶ必要があるようですね。今日も、スタジオ内では「親が学ぶ必要がある」ということばが飛び交っていました。番組では、時間の関係で突っ込んだ話しはできませんでした。レギュラーの方々も沢山の意見をお持ちでした。番組では、事件の経過報告、現状、そして、子育ての中の「躾」と年齢による子育ての難しさについての事実を述べるに留めました。考えるべきは、今子育て中のご両親だからです。子供達は大人顔負けのことばを使い話してきますが、それは、表面的に使う場合が多く、中学生になっても思考するために使われる内言(心のことば)はまだまだ足りません。子供達が、何となく感覚で使う大人言葉の数々は、意味を理解して使用していると言うより、まだ大人の模倣というレベルです。対等に話すというより、分かり易くかみ砕く必要があるでしょう。

 「しつけ」では、やってはいけないこと、しなければならないこと、いってはいけないことば、いってよいことば等の区別と理解の為、子供達には学習して貰います。躾は学習、教育だと申し上げました。教育や学習に暴力的対応は当てはまりません。それ故、繰り返し教えます。しっかり両手を握り、子供目線になる。そして、語りかけます。この時、問題を起こした直後であれば、少し、互いに冷静になる時間が必要です。そして、「なんでこんな事をしたの?」と聞き、子供の心を読んで下さい。心の中にある思いを、お母さんやお父さんが言葉に換えてあげます。次に、何故やってはいけないかを話して効かせます。次に、「今度同じような事が起ころうとしたら、今日お母さんが話した思い出してね。」子供の気持ちになること、自分自身も通って来た道です。お子さんと一緒に悩みます。こうした子供との共有が、「躾学習」です。

 大和君は、まだ、山中にいるのでしょうか、早く無事に見つかって欲しいと願わずにはいられません。人に迷惑をかけさせない為に行った躾が、逆に多くの人に迷惑をかける結果となりました。何とも言いようのない事件です。

この記事に

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事