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			<title>石川幸夫の教育・子育てブログ</title>
			<description>出産から育児、子どもの学習と学力・躾け・受験・幼児教育・塾・親の悩み・子の悩み・指導法・脳科学・体罰・虐め・ネグレクト・落ちこぼれ・学習方法・教育問題等々、教育現場４０年の実績と教育評論家として語る様々な角度から教育を捉えた教育ブログ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>石川幸夫の教育・子育てブログ</title>
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			<description>出産から育児、子どもの学習と学力・躾け・受験・幼児教育・塾・親の悩み・子の悩み・指導法・脳科学・体罰・虐め・ネグレクト・落ちこぼれ・学習方法・教育問題等々、教育現場４０年の実績と教育評論家として語る様々な角度から教育を捉えた教育ブログ。</description>
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		<item>
			<title>遊び脳から学習脳へ！</title>
			<description>&lt;h1&gt;「夏休み明け、明日から学校！」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;　&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/08/36949208/img_0_m?1567303860&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;481&quot; height=&quot;340&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_481_340&quot; style=&quot;width:275px;height:196px;&quot;/&gt;学校が始まるおよそ２週間前、我が教室内は、学習への厳しさを増す時期に入ります。長い夏休みが明け、それまでの意識から学習へ意識を向けて貰う為です。二期制の学校では、夏休み明けに定期テストが組み込まれています。正に、彼らの、頭の中のスイッチを学習に切り替えなければなりません。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　今夏、自分の課題を達成した子が多く出ました。ひとり一人違う課題を夏休み前に話しておきました。特に小学生には、スマホ使用の自己管理、自分で考える”思考”を大切にすることの２点でした。自分自身が認めていた、スマホの長時間使用について取り組んだ子は、ゲーム時間の短縮に挑み、４時間もしていたゲームを、１時間以内に縮める事が出来ました。スマホの長時間使用がもたらす悪影響についての話しが、目覚めたきっかけだそうです。「スマホの話しは、上から目線で、”すまほをやめろ！”と言われるより、自分にとってとてもショックで、”もう病気になっているかもしれない”と思いました。でも、今なら、そして、自分から計画的に時間を少なくすれば大丈夫と言われ、頑張ろうと思いました。」とある男児が語ってくれました。今では、スマホでのゲーム時間は大幅に短縮され、家族がそれを認め始めています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　自分で考える”思考”を大切にするでは、考える為に，「問題文を何度も読み返すようになった。」と話してくれた子がいます。お盆明けの授業では、その効果が出始め、課題プリントに夢中で取り組むようになりました。「自分考えがあっていると凄く嬉しい！」と、問題を解く喜びを感じ取ったようです。こうした、子供の自律は、少しの変化も見逃さない、家族や，教育関係者の｢目」が大切です。結果より努力を誉める。その努力が，次の段階で成果として現れてきます。考える事が苦手で、面倒くさがっていた子が、自分で考え始めると、集中という意味を理解できたと言いました。この気付きは大きく、思考と集中は、相互に影響し合った人の持つ最大の能力になります。保護者の方にも、余りにも教えすぎは良くない。自分で考えることを伸ばしていくので！と、協力を仰いでいました。教えない指導を徹底し、子供の，思考を整理し板書したり、メモで書いたり、考え方を”まとめる”という学習法も伝えました。授業で行ったテストでは、予想以上に手中して取り組み、大幅に解答率が上がりました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　この頃から、彼らの脳は、徐々に学習モードへと切り替わっています。思考と集中がそれを後押ししてくれます。スマホ依存を恐れた子は、スマホでその日その日のニュースを調べ始めました。「今日のニュース」は今も続いており、子供達の視野が広がるのを肌で感じています。既に、学校が始まっている子供達もいるのですが、お盆明けの夏休み授業は、学校が始まる前のウオーミングアップとしてかなりの効果を上げたのだと思います。つまり、遊び脳から、学習脳への切り替えは、彼ら自身が行ったと言えます。正に、自律学習ですね。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　本日、NEWSポストセブンから「置き勉」についての記事が配信されました。宜しければお読み下さい。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36949208.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Sep 2019 11:11:00 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>独り言：「自律学習に向けて！」</title>
			<description>&lt;h1&gt;「依存社会の中の新たな依存『学習依存』」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;　&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/25/36948925/img_0_m?1567227918&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;375&quot; height=&quot;281&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_375_281&quot; style=&quot;width:214px;height:163px;&quot;/&gt;私の祖父は宮大工の頭領だった。関東の神社仏閣にその祖父の”作品”がある。宮大工は、弟子に教えることはなく、皆、頭領や兄弟子の仕事を見て覚えるという。意識にない者に教えることほど難しいことはなく、自らが学ぶ姿勢を持って初めて、その仕事を見せて貰えるのだそうだ。掃除も大切な仕事で、兄弟子の”かんなくず”を拾い、その薄さを手本にしたと聞いた。もっと、もっと祖父の話を聞きたかったと、今更ながら思う。祖父に対して、｢江戸の頭領」という言い方を幼い頃何度も聞いた。弟子も多くいたようで、ＤＮＡが騒ぐのか、宮大工を扱った番組を見ていると胸が熱くなる。（写真は、祖父の手による日光東照宮にある二荒山神社）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　先日書き上げた原稿の中に、&lt;font color=&quot;#00007f&quot;&gt;&lt;strong&gt;「自ら学んで得た学習の質と重み、そこから得られる充実感は、教え込まれた学習とは比べものにならない程大きい。」&lt;/strong&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;と、書いた。教育格差が叫ばれて久しいが、自ら学ぶ姿勢を示す生徒と、指示や命令に従っている生徒の差は歴然としている。実は、意識を持って学習に臨むことはさほど難しくない。自ら学ぶ姿勢を示す生徒は、ごく自然に学習状態に入る。短いながらも、その生徒の人生が、意識を持って臨むことを体感し、それによって得られる達成感を感じているのかもしれない。楽することを幼い頃から覚えてしまった子は、概ね努力には背を向ける。最早、能力とは関係なく、楽という無自覚な生活からは怠惰という言葉しか思い浮かばない。よく、大人は子供の頃の遊びは大切だと言う。しかし、その遊びにも「質」がある。今の遊びを想像すると、それが大切だとはなかなか胸を張って言えないところがある。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　何故、多くの人達がゲームにはまるのか、それは、ゲームの構造が人の心理を巧みに突いているからだ。それを「ツァイガルニック効果」と呼ばれている。つまり、未完のタスクに人ははまりやすいのだ。ゲームにきりがないのはこのためだ。だから、完了してしまうと，そのゲームへの興味は直ぐに薄らぎ，次へと意識が向いていく。そして、長時間のゲームとなり，気がつくとゲーム依存という病的疾患に陥っている。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　モノに頼る、人に頼るなど、何かに頼ることが多くなってきた。最近ではアルコール依存、薬物依存など、人々の心の成長が気になる。実際、私達は何かに頼り切っている。それは、災害が起こると実感できる。&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;停電などすると、電気に頼っていることを実感し、断水になると、水に頼っていることを実感する。便利な世の中だから、つい”楽”をしてしまっている。教育の現場を見てみると、幼稚園や保育園では、箸の持ち方から、トイレトレーニングまで先生に頼っている。何度、このブログでも話しをさせて貰ったが、学習においても、自ら学ぶ生徒と、先生などの指導に頼る生徒に二分される。この両者に入らない生徒は、初めから学ぶ事を拒否している。学習依存と呼ばれ、誰かの指導に頼る生徒は、せっかく指導しても、それを記憶せず、記憶できず、また聞けば良いと安易な考え方を持つ。だから、一向に成績が上がっていかない。誰かがまた教えてくれるからだ。&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;自ら学ぶ生徒は、この部分が大きく違っている。自律学習のできる生徒は「わからない」という結論を出すまでの道のりで大きな違いを見せる。そこには、様々な思考を巡らせ、幾つもの考え方で問題に切り込んでいく葛藤がある。だから、その生徒から質問が来たとき、私自身、身構えて聞く事にしている。直ぐにヒントを出すような、解答を導くようなことはけしてしない。それは、生徒に失礼だからだ。まずは、問題文を何度か読んで貰い、どのような考え方をしたのか尋ねる事にしている。その際にも、生徒は思考を重ねている。だから、聞き方が違う。こうして、問題についてやりとりをしているとき、自らヒントを導き出し、自力で解いていく。ここで、この生徒はまた大きくステップアップしていく。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　学習依存の子は、直ぐに「わかりません」という禁断の言葉を口にする。塾の先生など、指導しても「わかりません」という言葉を聞くと直ぐに反応する先生が多い。問題文を読みもせず，問題の内容を考えもせず、”見た”だけで、直ぐに「わかりません」という子は、学習依存に近づいている。「教えない指導」難しいが、それが理想だろう。人の持つ「志」という言葉が眩しく見える。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;font color=&quot;#00007f&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36948925.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Aug 2019 14:05:18 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>”意見”からか、混乱する子供たち？</title>
			<description>&lt;h1&gt;「表記や数式への様々な解釈が……」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/41/36948741/img_0_m?1567139441&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;450&quot; height=&quot;297&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_450_297&quot; style=&quot;width:299px;height:198px;&quot;/&gt;　｢秋の日はつるべ落とし」と言いますが、気がつくと外は真っ暗に、いつの間にか日が落ちるのが早くなっています。昨夜も熱帯夜にも関わらず、外では虫の音が聞こえています。温暖化の影響も、自然からの悲鳴だと思うと、こうした季節の移り変わりは、今まで通りの自然を感じさせてくれます。大切にしなくては！&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　子供たちと授業をしていて、小数計算の表記や、かけ算式の表記などに一貫性の無さを感じました。どこで習ってきたのか、小数では「０」を線で消したり、また、そのままにしたり、時には消しゴムで消していたり、小学生の算数指導では、「０」は省くときと、補うときがあると指導しますが、理科で扱う場合は、少数以下の記述も正確さを求めるために大切だと言われています。ところが、小学生が学ぶ算数では、先程のように、省いたり、補ったり、筆算指導の中で行われています。「０」は省かず、そのままにしておくのが良いという意見は、ここ数年で聞くようになってきました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　また、以前にも取り上げましたが、２×３も３×２も答えは同じなのだから、どちらでも良いという考え方を示される方がいます。交換法則では、足し算、かけ算はどちらの数を置き換えても答えは変わりません。こうした事から、細かく式の順序を教え込まなくても良いのではという”意見”になります。同時に、その方が”合理的”という意見もありました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　そして、、最近では、平行の捉え方で、間違いを指摘され、改めて教科書に書かれている表記を読み返し、「先生の言っていることは間違っています。」と自分の考えを主張してきた子供に対し、その確認をしたのは保護者であることがわかりました。つまり、教科書に書かれている説明文の読解に誤りがあったのです。子供は、当然ですが戸惑い、自分で判断できない状態に陥っています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/41/36948741/img_1_m?1567139441&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; width=&quot;275&quot; height=&quot;183&quot; class=&quot;alignRight popup_img_275_183&quot;/&gt;　小学校などで行う学習指導とは何なのでしょうか。例えば、小学２年生に対し、合理的な指導と何でしょう。加法、減法、そして、乗法と指導が進み、数の概念形成では第２の出発点という指導です。足し算でも、引き算でも、それぞれの中に幾つかの概念があり、その問題解決の中で、足し算を選択したり、引き算を選択します。算数は積み重ねの学習であることを忘れてはいけません。能力の高い子であれば、交換法則も理解するかも知れません。しかし、現行の指導体制では、こうした意見は返って子供たちが判断に迷ったり、正しい認識を持てない中で育ってしまいます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　つまり、積み重ねの学習であると言うことは、系統性を重視し、子供の成長に合わせた指導が展開されているのです。各個人に併せた到達度を設定し、指導を行うことが教育上理想的な姿ですが、それを今の教育現場に押しつけても解決は難しいでしょう。すると、こうした大人の意見が、教育現場とかみ合わず、最終的に巡り巡って子供たちの学習理解に大きな影響を及ぼすのです。教科書の説明文を読解できなかったことなどは論外ですが、実は、教育現場では、こうした被害に遭う子供たちが多いと聞きます。中受験の子に、方程式で指導したりすることもその一つかもしれません。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　学校でも指導に疑問を感じる。それは確かにあることなのですが、学習指導に関しては慎重であるべきだと思います。これは、家庭学習が重視されて始めていることから、今後、こうした悩みを持つ子供が増えるのではないかと想像するからです。家庭では親が指導をする、こうした当たり前の光景の中に、実は多くの親が悩んでいます。この問題をどう教えて良いのか？今後、子供だけでなく、悩める親も増えてくるのでは……&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36948741.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 Aug 2019 13:30:41 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>「塾に行っても成績が上がらない！」</title>
			<description>&lt;h1&gt;「何で成績が上がらないの？」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/82/36948582/img_0_m?1567054973&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;399&quot; height=&quot;253&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_399_253&quot;/&gt;　世の中では、あちらこちらでクレームの嵐です。何かにつけ、文句を言ってくる人が多いそうです。テレビでも取り上げられている、孤独老人の問題行動が今朝のニュース番組でも取り上げられていました。でも、クレームが絶えないのは、教育機関なのかもしれません。最近、学校に対する見方が変化し、学校はサービス業だという認識の人が出てきました。それは、塾に関してもそうです。ただ、最近でこそ、文科省も塾の存在価値を認めていますが、以前は、取り合って貰えず、始めて上場を果たした塾は、その担当が現在の経済産業省だったと聞いています。それ故、塾はサービス業という位置づけがされています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　先日連絡を頂いた塾の先生から、「こんなクレームが多くなってきましたと」嘆いていました。それは、「せっかく高いお金を払って塾に行かせているのに、成績が上がってないじゃないですか！」というクレームだそうです。その際、以前、セミナーで聞いた私の話を思い出したと言います。それは、子供の学習に対する姿勢の変化と親の変化です。塾で講師のアルバイトをしている教え子も、「僕たちの頃とずいぶん変わってきました。とても教えづらいです。」と、その変化を感じていたようです。特に、男の子は、話しても言葉が返ってこない場合が多く、「ノートやプリントを見て、理解しているかどうかを見定めるしかない。」と言っていました。また、こちらが何か指示をしなければ何もせず、テキストや筆記具も出さない有様だとも。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　成績は、本人の意思によるものが大で、「水飲み場まで連れて行くことはできるが、水を飲むかどうかは本人次第」という言葉がありますが、「成績を上げたい！」と本気で思う場合と、ただ、親に言われたから来ていると言う状態では、自ずと成績にその結果が出てしまいます。ベテランの先生も、学力がなくても、｢やる気」さえあれば伸ばすことができると言いますが、その「やる気」が持てないのです。ある中学生が試験前、遅くまで勉強をしていると、「何遅くまでやってんの！」と親に叱られたそうです。こうした話しは良く聞くようになってきました。どこかで、親子して学習の優先順が落ち始めているのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　以前、塾ブームが起きたとき、フランチャイズの塾が流行り、教育には縁のない人たちまでが塾経営をしたという時代がありました。そして、最近では、個人経営の塾が少なくなり、大手塾がその数を増やしています。そんな中、講師の人数が足らない状況が出てきました。更に、せっかく獲得でき講師の質が取り沙汰されています。現在、講師の殆どは大学生などでまかなわれていますが、その大学生の学力が下がっているというのです。次第に、塾もAI化され、講師のいない塾も出てくる可能性があります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　学力を上げるには、学校や塾だけではなく、家庭の協力も必要です。そして、何より、子供自信のやる気です。来年度から新たな指導要領で出発する教育界。そして、大学受験の変革も行われます。教育界は、新たな学力時代を迎えます。大学改革は、まだ全容が明らかでなく、英語判定について未定や疑問のところが多く、予断を許しません。学力時代に突入し始めている教育界です。子供達も学習について意識を持って取り組むことが求められています。塾に入れておけばという安易な考えでは、これからの社会に適応できない子供として育ってしまいます。自ら学ぶ子供を社会が求めているからです。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36948582.html</link>
			<pubDate>Thu, 29 Aug 2019 14:02:53 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>こんな所に現れる学力差</title>
			<description>&lt;h1&gt;「登校日前日に焦り始める子」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/03/36948403/img_0_m?1566968229&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;450&quot; height=&quot;277&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_450_277&quot; style=&quot;width:301px;height:185px;&quot;/&gt;　長い夏休みも今週いっぱい、ところが、聞こえてくるのは「宿題が終わらない！」と焦る子供たちの声。家庭では親も必死で我が子の手伝い、「誰の為の手伝いなの？」と思ってしまうほど。しかし、要注意です。子供たちの学力は、こんな宿題の扱い方にも出ているのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　学力の高い子、計画性のある子は、夏休み前から準備し、ほぼ１週間で殆どの宿題をやり終えます。ところが、まだ大丈夫と余裕すら見せる子は、１週間前になっても「まだ１週間もある！」とポジティブに捉えています。同じ１週間の過ごし方でも、早めに、そして計画的に宿題を終える子とは大きな違いです。中には、ラストの１週間で全ての宿題を終えるという、逆バージョンの子もいるのですが、大半は、宿題量とそれに費やす時間を計算できない子は、最悪の場合、幾つかの宿題を未提出という醜態を見せてしまいます。調べてみると、提出日前まで半ば徹夜状態で仕上げる子の学力は低く、また、物事について計画的に行えないという結果が出ています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　私も、昨日、記事原稿を仕上げ送りましたが、連載や、取材記事など、期日のある原稿の執筆が重なると、計画していても、突発的な取材が多いので、どうしても狂わされてしまいます。昨日は原稿用紙１０枚ほどになってしまい、ようやく締め切りに間に合いました。教室の生徒にも、学習の計画性を伝えています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/03/36948403/img_1_m?1566968229&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; width=&quot;275&quot; height=&quot;206&quot; class=&quot;alignRight popup_img_275_206&quot;/&gt;音読学習に効果があると実感した生徒たちに、学習の習慣付けの為、毎日の音読を指示しています。特に、休み明けの２週間後に定期テストがある東京の中学生は、学校開始後、直ぐに授業姿勢が整うよう、テスト対策と共に音読の指示を出しています。学習計画は、来年の教育改革を前に、子供たちが自覚し、進めていかなければならない課題になります。ところが、夏休みに建てた子供の学習計画を壊してしまうのが、意外にも両親である家庭が増えています。海だ、山だ、キャンプだと、なんと、この夏休みに１３回も旅行に行ったという家族まであります。どうしたら１３回も行けるのか不思議でなりません。これでは、計画的に宿題をこなすことは不可能でしょう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　勿論、家の中だけで過ごすよりも、開放的な海や山で過ごすことも大切です。それでも、学力の高い子は、環境が変わっても、読書の時間を設けたり、学習の時間を作るなど、歯を磨き、顔を洗う習慣と同じ感覚で学習を日課としています。旅行先では、旅行先でしかできない学習も工夫するようです。「朝早く起き、お風呂でさっぱりした後に学習をしたら、とてもはかどった。」という子供もいました。また、夜、都会では普段は見ることができない星を観察してしてきた子供もいました。デネブ・アルタイル・ベガの夏の大三角形や、天の川、北極星、カシオペア座等、本にある星達がその形をしていることに感動したと話してくれました。また、流れ星を幾つも見る事ができたと目を輝かせていました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　学力差は、普段の何気ない事の積み重ねで生じます。その差は、年々広がっていきます。特に、夏休みのように長期間の休みの後は、その差ははっきりと成績に現れてきます。夏休みに入る前、ネット配信されている「ポストセブン」に夏休みの宿題についての記事を書かせて頂きました。その中で、「長期間学習から遠ざかる子は、学習姿勢を回復するのに、同じ時間を要する！」という内容から、危機感を感じ、逆に毎日の学習を習慣づけられましたと、嬉しいご連絡を頂きました。休みの過ごし方、今更ですが大切ですね。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36948403.html</link>
			<pubDate>Wed, 28 Aug 2019 13:57:09 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>独り言「暴力の容認」</title>
			<description>&lt;h1&gt;「ヒステリック社会の被害者」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/12/36948212/img_0_m?1566878882&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;284&quot; height=&quot;177&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_284_177&quot;/&gt;　生徒の一人が、「最近の世の中おかしいですね？」と一言言い放った。「どこが？」と聞き返すと、「争いばかりです！」その通りかもしれない。日韓問題も、その本質を捉え判断しなければならず、精査不可能な情報を鵜呑みにすると過剰なナショナリズムになりかねない。ましてや、政治が感情で左右されてはならない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　お盆に福島県喜多方市に帰省していた。江戸っ子の私に、結婚して始めて田舎をもてた、その嬉しさは簡単には表現できない。１０日の午後、家を出て常磐道を通り、磐越道を一路会津若松へとひた走った。その午前中に事件は起きていた。あの、「常磐道あおり事件」だ。このニュースの扱い方に疑問をもった。そして、その疑問は直ぐに怒りに変わった。それは、暴力シーンを繰り返し繰り返し、何度も放映したのだ。アンパンマンの「アンパンチ」がネットで問題になっているが、アニメではなく、実際の暴力映像だ。夏休みでもあり、親子でニュース番組を見る家庭も多いだろう。顔にモザイクを掛けるより、暴力シーンにモザイクを掛けないことに違和感を感じた。これは、いくら番組内で暴力を批判しても、この映像を見せられると、テレビ局側の暴力容認と映ってしまう。それほど生理的に不快になる映像だった。そして、扱い方だった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　見たい、聞きたいは人の心理だ。だから、こうした画像の扱いに注意を払う必要がテレビ局側にはある。テレビというメディアの影響力は計り知れない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　「クリティカル・シンキング」という言葉がある。直訳すると「批判的思考」となるがそうではない。報道や情報をそのまま鵜呑みにせず、「それは本当に正しいのか」と疑問を持ち、じっくり考察した上で結論を出すことを意味している。正に、今の時代、「クリティカル・シンキング」を大切にしなければならない。実際、SNS上で、先の「常磐道あおり事件」で、何の関係もない方が、同乗者の加害者女性と間違えられ、会社経営にも、そして、なにより精神的にも大きな苦痛を強いられた。感情のまま、考えもせず行動する。生徒は、このことにも憤りを感じていた。子供の目の方が確かである。今は、まさに「ヒステリック社会」だ。そして、この被害は、次第に弱者に向かっていく。気をつけなければならない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　ヒステリック社会は、知らず知らず子供を追い込む場合がある。親や教師に余裕がなく子供の悩みなどを受け止められない場合、子供自身が問題を背負うことになる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;無関心も「見えない暴力」だ。子供にとって、近親者に関心を持たれないことは、話す相手がいないことを意味する。こうした、見えない暴力を容認してはならない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　東京は来週月曜日から学校が始まる。埼玉では今日で夏休みが終わる。正に、子供たちの行動に気をつけなければいけない時期を迎えた。子供をしっかり見ていて欲しい。言葉や態度に何か違和感を感じたら、まずは、子供の話に耳を傾けて貰いたい。何の前触れもなく体調が悪くなることもある。その時は、「どうしたの？何か悩み事があるの？」と優しく接して欲しい。聞き出すと言うより、「口を開くのを待つ」が子供を追い込まずに済む。そして、じっくり聞いて上げて欲しい。励ますより、共感が大切だ。そして、最も気をつける時期がきた。９月１日、この日の前後に中高生の自殺が目立っている。また、近年、小学生では１１月３０日前後が多くなっている。原因は意外だが「いじめ」ではなく「成績不振」｢親子関係」｢入試の悩み」などが上位を占めている。子供達のSOSは、３０日前ほどから見せ始めるので、子供との密なる関係が求められる。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36948212.html</link>
			<pubDate>Tue, 27 Aug 2019 13:08:02 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>遊びから発達する知的能力！</title>
			<description>&lt;h1&gt;「幼児期に与える玩具から！」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/55/36948055/img_0_m?1566793186&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;168&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_300_168&quot;/&gt;　今まで、何度かテレビ番組で「子供の能力を伸ばす玩具」というサブタイトルで、幾つかの番組でコメントさせて頂きました。また、将棋のプロ棋士である藤井７段の、幼い頃好んで遊んでいた積み木についても、幼児教育の立場から分析し、話しをさせて頂きました。幼児教育の視点で、子供達に与える玩具が、その後の子供の能力にどのように関係してくるのかはとても興味がわきます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　幼児期の遊びは、その後の知性発達に様々な影響を与えます。遊びが、子供の知性の下地になっていることはかなり以前から言われていました。そして、特に興味のわくデータとして、優秀な子供に見られる共通点があります。子供に与える玩具の代表的なものに、ブロック、積み木、パズルがあります。これら定番の玩具を与える家庭と、キャラクターものや、大人でも目を引く電動玩具などを与える家庭があります。最近では、早くからゲームを与える家庭もあります。この両者の大きな違いにお気づきでしょうか。ブロック･積み木･パズルは未完成品です。つまり、子供の頭の中にあるもの、創造したモノを自らの手で作るという点は、完成品の玩具と大きな違いがあります。ブロックや積み木、パズルで遊んできた子供に、完成品を与えると、興味は玩具以上に、この中はどうなっているんだろう？という、メカニック的な部分に興味を持ち、分解する子が多くいます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/55/36948055/img_1_m?1566793186&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; width=&quot;225&quot; height=&quot;225&quot; class=&quot;alignRight popup_img_225_225&quot;/&gt;幼児期は、まず言語的知性が芽生え、言葉の獲得と共に、次第に、考える事のできる脳、記憶出来る脳へと発達していきます。幼児は、お座りができ、ハイハイができるようになると、興味のあるものを片っ端から五感を駆使し、情報収集に動き回ります。そして、次第に手先指先を使い始めます。手先指先は突き出た大脳と言われ、脳以外では最も神経が多く集まっているところです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　脳が進化し、見たものを脳内で想像できるようになると、絵に表したり、積み木やパズルを使って表現するようになります。空間的知性が高まっていきます。空間認知が高まってくると、ブロック･積み木･パズルで作る内容に変化が出てきます。藤井７段が興味をもった積み木には、動きが加わり、小さな球体が積み木の中を通ったり、球体の動きを想像するようになります。つまり「先を読む」ようになるのです。組み合わせにより様々な動きを見せる、すると、経験から来る発想を表現するようになってきます。発想や想像、多面的な見方、思考、没頭から集中へ、遊びの中に潜む、これら能力の下地は、幼児期の大切な経験です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/55/36948055/img_2_m?1566793186&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 3&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;472&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_919_775&quot; style=&quot;width:247px;height:211px;&quot;/&gt;幼児教室に、ブロックや積み木、パズルがあるのもこの為です。そして、数の指導でも、ブロックやタイルを使用します。数を量的に把握し、操作できることから、自然にタイル指導が身に付いていきます。数字を中心に指導するにとは違い、タイルという空間認知脳を活かした指導が、論理数学的知性として、算数や数学の能力を高めることは、想像や発想、そして、思考力を促します。例えば、「７＋５」の繰り上がりの計算でも、空間的知性が働き、タイルを頭の中で想像します。すると、５と５で１０が脳内で映像化され、残りの２を想像することで、容易に１２という答えを脳内の映像としてイメージできます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　イメージできる数学習は、文章問題でも発揮され、その場のイメージから、数の流れや進行を想像し、抽象的な数字で表していきます。子供にとって、幼児期の遊びは、物事の流れや過程を学ぶことにつながり、積み木などを組み立てていく過程は。正に思考の過程、道筋でもあります。私は「遊びのアルゴリズム」と呼び、幼児期の遊びの大切さを痛感しています。遊びは思考の場であり、模倣の場です。そして、更に想像の場であり、創造の場でもあるのです。そして、ここで、絵本の読み聞かせが加わることで、言葉の想像や、言葉の記憶が、子供の知的能力を支える大切な下地になっていきます。安易に完成品された玩具を与えず、子供が楽しく遊びながら考えを巡らせる、こんな所に、子供の思考力を育てる場があるのです。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36948055.html</link>
			<pubDate>Mon, 26 Aug 2019 13:19:46 +0900</pubDate>
			<category>幼児教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>「親が甘い！」子供達の声</title>
			<description>&lt;h1&gt;「親が甘すぎるんです！まるで子供！」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/01/36947901/img_0_m?1566700848&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_800_600&quot; style=&quot;width:182px;height:138px;&quot;/&gt;　子供達の口から，冒頭のテーマのような声が多く聞こえてくるようになりました。それは、昨年辺りから親に対する批判的な意見が目立ち始めたのですが、ある中学生が「親の言うことがコロコロ変わる。」「スマホばかりいじってないで、勉強しなさいと言っているそばから、スマホを見ている。」こうした、声は、思春期を迎えた子供達に見られる反発や、反抗期から来るものだと思っていました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　所が、受験を控えた中学生からの声から、親側に、子供から言われる原因があるのかもしれないと思うようになりました。ある生徒は、家で厳しく仕付けられたので、年上の人に対する言葉遣い、よその家に行ったときの振る舞い、挨拶など、常識的なことを”理解”し、友人とも接していました。所が、その友人との付き合いに疲れてきたと言うのです。その友人達の親への言葉遣いや、態度を見るにつけ、「我が家であれば大変なことになる。親に逆らうなんて考えられません。親に対して、命令口調で言うなんて…」一度、その友人達を家に招いたとき、親から、あの子達、二度と家に連れてこないようにと言われた走です。食べっぱなし、散らかしっぱなし、挨拶もせず帰って行ったそうです。逆に、その友人の家に行ったとき、親を、まるで使用人みたい扱う姿から、「この子達とはもうつきあえない！」と思ったそうです。生徒曰く、「あの子達を、あんな風に育てた親が悪い、親が甘すぎる！」と言い放ちました。その言葉に、私はただ聞き入るのみでした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　そして、また、夏休みの後半になった先日、同じような言葉が聞こえてきました。「うちの親は甘い。甘すぎる。」「まるで子供と同じ、それも、玩具を買って貰った子供のようだ！」そして、「何だか、手本になる大人がいないですよ！特に親は悪い手本でしかない！」と言い切ったのです。「大人になりきれない大人」と表現するのでしょうか。彼らからの言葉は、私自身に向けられているともとり，じっくり耳を傾けました。彼らは、親に、そして、大人に何を求めているのでしょうか。「あおり運転」で常軌を逸した大人の行動、これも、別の角度から見ると、被害者が、追い越し車線を長い間走っていたとの報道もあります。つまり、互いに大人としてのルールを守ること、自分さえ良ければという利己主義にならないよう努めるべき所を怠ったとも考えられ、子供達からも、「原因があるのでは？」と、とても冷静な見方がされていました。「煽りすぎは、テレビなどのマスコミではないか！」との言葉に、教育評論家としてマスコミに出る私にも向けられているのではと思う程でした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　子供達と会話を重ねていくと、彼らなりの「理想の親の姿」があるように感じました。特に、自分自身が成長していくとき、親からの厳しい躾や教えを求めていると強く感じました。子供は、子供なりに悩みを抱えています。特に思春期に入ると、自分自身をコントロール出来ない事や、自分の思いを上手く伝えられないこともあり、つい反抗的になったりします。その時こそ、我が子を包み込み、抱きしめ、受け止められる親であって欲しいと。彼らは「厳しさを求めている！」、それは、暴力や，威圧的態度ではなく、大地と太陽のような両親の存在なのかもしれません。子供を明るく照らす太陽であり、子供をしっかり受け止めてくれる大地のような存在なのでしょう。彼らは、確かに成長している。人の後ろ姿もしっかり捉えている。私は、おそるおそる、私自身の評価を聞いてみました。すると、最初は”太りすぎ”であるとか、”話しが脱線しすぎ”と揶揄されたのですが、時折、恐くなるほど厳しい面があると評していました。そして、「言うことは言うが、自分でしていない大人が多いが、先生は、毎日休まずブログを更新している。そこが違うんじゃないですか！」と、直接的な言葉は避けたものの、どこかでホッとした自分がありました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　子供の声に、耳を傾ける事も大切ですね！&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;、&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36947901.html</link>
			<pubDate>Sun, 25 Aug 2019 11:40:48 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>「言葉のふれあい・肌のふれあい」</title>
			<description>&lt;h1&gt;「言葉の後れと、内言の未発達」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/29/36947729/img_0_m?1566623424&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;510&quot; height=&quot;340&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_510_340&quot; style=&quot;width:291px;height:195px;&quot;/&gt;　このブログを読まれるテレビや雑誌などの方は意外と多いようで，紹介の際に「先生を紹介する際、教育評論家で宜しいのですか？」という質問が多く、「どうしてですか？」と逆質問をすると、「まだ、現役で生徒さんを指導されていますし、ブログを読ませて頂いても、先生方の指導に役立つ専門的内容が多いので…」、言われてみれば、そうですね。教育に関する事件や問題についてより、教育研究から発する内容が多いようですね。今も、来週公開予定の記事をまとめていますが、マスコミでは、教育全般の評論活動になっていますね。その為、名詞には「教育評論家・教育研究家」の二つが仲良く並んでいます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　知人を通し、もうすぐ３歳になる女の子について相談を受けました。お母さんも働いているので、保育園に通っているとのとことでした。実際にあってみると、活発な女の子で、まだオムツが取れていません。お母さんが心配されるように、やはり、言葉が遅いようで、自分の要求を「うぅーん」という喃語に近い言葉を多く使っています。年齢から言って、やはり、言葉の獲得が遅いようです。ただ、沢山話しかけ、遊んであげると、オウム返しに言葉を返してきます。また、こちらの言っていることがわかるようで、「積み木をとって」というと、ちゃんと積み木をとってくれます。行動を見ていると、身の回りにあるものを、何かに見立てて遊んでいるようで、知能面の発達は順調のようです。やはり、お母さんは、スマホを見ている時間が多く、子供との接触時間が限られているように拝見しました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　この女の子は、こちらの反応に素早く応えてくれます。また、膝の上に乗って同じ遊びをするように促してきます。そこで、お母さんに質問をして見ました。「Ａちゃんは、お風呂に入って頭を洗うのを嫌うでしょう？」と聞いてみると、「えっ！なんでわかるんですか？」と不思議そうな顔をしました。子供とのふれあいは、２通りあって、一つは「言葉のふれあい」、そして、「肌のふれあい」です。いわゆる「肌のふれあい」はスキンシップのことです。子供の身体に触れる、それも、意識的に触るときと、無意識で触ることがあります。背中をさすられたり、寝るときにトントンと背中を叩かれたり、痛いところを「痛いの、痛いの飛んでいけー！」と言いながら撫でたり、子供に触れる事はとても大切です。これは、私達の皮膚に、快感と感じる神経があるからです。痛いところをさすって上げると不思議と痛さが遠のくことがあります。それは、皮膚の快感を感じる感覚が、痛さを伝えるスピードに勝るからです。何気なくしていることでも、科学的な根拠があることに驚きを感じます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　そして、「言葉のふれあい」です。子供との何気ない会話、読み聞かせ、もっともっとお母さんの素敵な声を聞かせてあげることがとても大切です。忙しいでしょうが、５～１０分、会話や読み聞かせの時間は取れるはずです。保育園に預けていると、我が子の成長に気付かない事があります。また、我が子の成長の遅さに気付かない事もあるのです。家で行わなければならないことは多く、全てを保育園の先生に任せることは避けましょう。少しでも、子供の成長に関わりを持たなければ、親としてそれはとても恥ずかしいことです。「言葉のふれあい」は一緒に遊んであげる事も含まれます。「時にはじゃれ合ったり、子供と接する時間を大切にしてあげて下さい。」と、知人とお母さんに伝えました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　同時に、とてもおしゃべりな男の子（５歳）のことでも相談を受けました。おしゃべりの多い子の特徴として、人の話を聞かないことがあります。小学生でも見かけますが、一見してよく話すと言うことで、頭の良い子とし見られることもあります。しかし、先程の特徴である、人の話を聞けないことが、この子のある部分の成長が十分ではないことを表しています。それが、今まで何度かお話をしてきた「内言」という、心の中で使う言葉の未発達です。内言は、思考力、判断力、想像力などに関係するので、考える為の指導や、アプローチが必要になる場合があります。それは、難しいことではなく、考える場を作る事です。「どうしてだと思う？」｢なぜだと思う？」という問いかけ、「○○ちゃんはどう思う？」などの言葉がけを意識して行います。また、記憶遊びも良いでしょう。カラーの積み木などを使い、まずは３色ぐらいから順番に並べ、３秒数えて隠し、それを思いだし並べて貰います。これを少しずつ数を増やし、並べ方を工夫して行います。記憶を辿る、こうした刺激から、少しずつ考える力がついてきます。それと同時に、心の中で言葉を操る「思考」へと発達していきます。小学生でも，内言の未発達な子は多く、よく、「思考力を育てる云々」とよく聞きますが、「内言」と「外言」の作用を熟知していないと簡単にはいかないと思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　やはり、今日も教育研究家でした。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36947729.html</link>
			<pubDate>Sat, 24 Aug 2019 14:10:24 +0900</pubDate>
			<category>幼児教育</category>
		</item>
		<item>
			<title>形骸化している読書感想文</title>
			<description>&lt;h1&gt;「学校で必要な読書指導」&lt;/h1&gt;
&lt;div&gt;　&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-89-45/apple_ishikawa/folder/990355/53/36947553/img_0_m?1566535820&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;275&quot; height=&quot;206&quot; class=&quot;alignLeft popup_img_275_206&quot;/&gt;子供達から、夏休みに出されている読書感想文の宿題で、あらすじを書き、感想を書くようにという指示があったそうです。これは、本を全部読まずに感想を書いてくる子供達が多いことからのことだと想像しました。こうした指示や指導による読書感想文にどんな意味があるのでしょうか。私は、結果として子供達から本を遠ざける一つの要因になるかもしれないと思うのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　まずは、読書をしない子には、本を読む手前で、文章を読み進める指導が大切だと思うのです。読む事の楽しさ、文章を読み進めていく時のワクワク感、ドキドキ感など、幼い頃から文章に慣れ親しむ機会を数多く与えて上げたいと思います。その為には、まず読み聞かせになるのですが、夏になると、子供達からリクエストが来ます。それが「本当にあった怖い話」です。まずは、「耳で読む」を行います。この話しは、宇宙の話しになったり、自然の話になったり。話しをしながら考えて貰う内容も盛り込み、昨日は「ゾウのいない動物園」の話しをしました。戦時中に合った実話ですが、戦争に巻き込まれ苦悩する動物園での話しです。話しの中で、心に残るものがあり、一度、実際に本を読んでみようという気持ちになります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　また、授業で短い物語をA4用紙数枚にわけて丸写しし、そのプリントを読みながら、その物語の先を想像させていく、国語版仮説実験授業を行うこともあります。題材は、「椋鳩十」さんであったり、「新美南吉」さんであったり、動物や昔話を題材に行います。１冊の本にまとまると、その量故に子供達も手が出せないのですが、１枚のA4プリントであれば量的な抵抗はありません。挿絵もなく、殺風景なプリントですが、返って想像を膨らます効果があります。「月の輪グマ｣｢金色のあしあと」などをこれまで行ってきたのですが、その先を知りたいと、プリントを奪うように持って行きます。指導は、まるで、テレビドラマのようで、良いところで「又来週」のように進みます。さてこの続きはどうなるのか、その予想を書いて貰います。また、その場面を絵に表して貰います。最後に、予想で書いた文章をまとめると、原作とは違った物語になる事も多く、また、逆に、原作に近い内容になったり、文章を読み解く学習につながります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　多くの子供達は学校などで、読書感想文の書き方指導を受けていないのではないでしょうか。場合によっては、心に残ったこと、感じた事をそのまま書けば良いなどの指導で済まされている場合が多いのではないでしょうか。心に残ったこと、感じた事をそのまま書くことはとても難しい事です。それは、文字に表したり、声に出すなどの言葉と、心の中の言葉が違うからです。小学生などでは、普段から書くことに慣れていなければ、感想を書くことは至難の業です。今回、あらすじを書いてきなさい。その後、感想を書きなさい。と、読書の大切さを思うのなら、こうした指導は避けるべきだと思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　私は、算数・数学を指導する立場なのですが、どうも、感想文の書き方に不満を持っていたので、子供達に、感想文の書き方を指導したことがあります。題材は誰もが読める「モチモチの木」でした。既に、「月の輪グマ」の指導の時、主題について学習を重ねていたので、感想文では主題を掴むことが大切だと言うことを伝えています。子供達は、直ぐに「勇気」という二文字を探し当てました。臆病だった主人公が、暗い夜の山道を、病気で倒れたお爺ちゃんのために、勇気を出して麓の所まで、お医者さんを呼びに行きます。そこで「勇気とは」という、問い掛ける感想文の題が浮かび上がってきました。ここまで、一文一文大切に読んできました。短いからではなく、その一文に込められた作者の思いを大切にする、そんな思いを伝えたかったのです。つまり、一文を大切に扱うことで、文を通し読みこなし、考えることができるようになっていたのです。考える事がとても多かったのでしょう。感想文に入ると、自分の中にある「勇気」が、考えた量だけ文章になっていきました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　これは、私流の読書感想文指導です。形を変えれば、家庭でもできる事だと思います。子供達には沢山の本を読んで貰いたいそう願っています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;hr&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　先程、同じ教育評論家の｢夜回り先生」こと水谷修先生が、「もう、つかれました。さようなら。」とHPを閉鎖されたことをマスコミの方から連絡を受けました。ました。直接の面識はございませんが、様々な方の相談を受けるということは、思う以上に体力と気力と精神力が必要になります。「つかれた」という言葉の重み、先生の著書にあるように、どうぞ、今は無になることで、ご自身を解放させてあげて下さい。　&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/apple_ishikawa/36947553.html</link>
			<pubDate>Fri, 23 Aug 2019 13:50:20 +0900</pubDate>
			<category>その他教育</category>
		</item>
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