もう世の中は、すっかり忘れてしまったのだろうか。いやいやそんなことはないと思いたい。
平成19年2月6日、午後7時半頃、東京都板橋区南常盤台の東武東上線ときわ台駅のホーム前の線路で、男女2人が池袋発小川町行き急行電車にひかれた事故のことである。
一人は自殺願望の女性(39歳)、そしてもう一人は警視庁板橋署常盤台交番勤務の宮本邦彦巡査部長(53歳)であった。
この日、この時、おいらは銭湯めぐりの仲間、Sと常盤台の銭湯で肩まで湯船の中につかり、のんびり、二人で癒しの極地を楽しんでいた。
その銭湯に入る直前のことだが、サイレンの音がずいぶん騒がしいと思っていたのだが、後に、こんな大事故が起きていたのだとあらためて驚いたのであった。
この事故の詳細についてはどちらさんも周知のことゆえ、ここではなぞるつもりはないが、ここに書き記しておきたいことは、この「町のおまわりさん」のことである。
その前にまず、宮本巡査部長さんに「人として」最大の敬意を表し、また、彼の冥福と魂の平安を願い、ともに祈りを捧げたい。
おいらは、宮本さんはどちらかと言えば、警察官としての使命感からというより、「人として」常盤台という町で、警察官という立場を活用し、精一杯、社会につくしたのではないかと思っている。
常盤台の町の人からどれだけ信頼され、愛されていたかは、その後の報道からもよくわかる。
こういった、いわゆる「おまわりさん」は昭和30年代までは日本中、どこにでもいたのである。
彼はもともとそういう精神性を身に付けている「人」だったのではないかと思う。その家族も同様である。妻の礼子さんは「これも天命として受け入れようと努力しています。お父さんの行動を誇りに思います」と、健気に話したそうである。
つらいはずなのに…、苦しいはずなのに…、淋しいはずなのに…、今日も普通に帰ってきてほしかったのに…。
この短い言葉から、耐える力、乗り越える力、向き合う力。生き抜く力、決意、勇気を感じることができる。
「つらいことをつらいと…、苦しいことを苦しいと…、言ってもいいじゃぁないか。何でいっちゃぁいけないの…」という自分の気持ちを素直に出すことが普通にできるようになった今、これと鮮やかなコントラストを呈している。
念のために言っておくが、ここで言っていることは、精神病理学上の治療や施術の話ではない。
どちらがいいとか悪いとか言うつもりはないが、おいらはこの妻の礼子さんの言葉に深い精神性を感じるし、それに対する共感を抱いている。
おいらの百歳を越えたかぁちゃんに、この事故のことを話したら、きっと数日にわたって、「可哀想に! いたわしい!」と涙を流し続けることになるに違いないので、話さないことにしているが、かぁちゃんに言わせたら、これは「美談」なのであろう。
この年代の人にありがちな表現だが、その言いたいところは「人」としての身の処し方のことであり、覚悟の持ちようのことなのである。
ところでだ! この事故の顛末の事であるが、何か変なことが起きているような気がする。
と言うのも、日頃、他人のケツの穴の皺の数までも(下品でスマン)知らなけりゃ気が済まないマスコミの連中が、なぜか自殺願望の女性のことについてこれっぽちも書いていないということだ。
警察はその顛末についてはきちんと調書を取っているはずだし、マスコミ発表もそれなりにしていることであろう。
にもかかわらずだ、あの下品で体たらくなマスコミ、とくに昼のワイドショーなどでさえ、これには何も触れないのである。
「触れない」と書いたが、実は「触れることができない」と解釈すべきであろう。
それは現代の「タブー」がこの背景にあるということなのかも知れない。「闇」もあるのかも知れないと思っている。
と、思うにつけても、宮本さんの身を賭した「人として」の生きざまには及びもつかぬが、おいらもちったぁ真似ることから始めきゃぁならねぇと思っている。 合 掌
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はじめまして!!おっしゃる通りです。自殺志望者は自分のことしか考えない。このことによって周りにどんなに迷惑をかけたか考えて欲しいですね!
2007/3/21(水) 午前 11:38
たけし-SAN おでかけ頂いて有難う! ホント自分一人で生きてるって勘違いしてる連中が多くなったねぇ。人に迷惑かけなきゃぁ、何してもいいだろうって! そんな考えであれもこれもしでかして、結果、大迷惑のコンコンチキだ。おまけにきちんと始末をしたことなど、ついぞ聞いたことなんかありゃぁしねぇ。
2007/3/21(水) 午前 11:58