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九州鉄道記念館

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 「キハ07型」は、1935(昭和10)年から61両が製造された気動車です。
 当時は「キハ42000型」と呼ばれており、戦前を代表するガソリンエンジン車でした。

 流線型を採用したと言われていますが、上から見ると卵のような形になっています。
 また、曲面ではなく板ガラスを使用した関係で、独特の6枚窓が生まれています。

 戦時中の供出や戦災による廃車や、一部車両の「天然ガス動車」改造を経て、
 1951(昭和26)年から、43両がディーゼルエンジンへ換装されました。
 同時に「キハ42500型」への型式変更、欠番補充を兼ねた改番が実施されました。
 (この改造で「天然ガス動車」は消滅しました)

 又、「キハ42500型」として20両が追加製造されましたが、先に製造された車両とは
 ライトの形状や座席配置等が異なることから、便宜上「戦後型」と呼ばれることもあります。
 
 1957(昭和32)年の称号改正で、「キハ07型」となりました。
 この時点で「戦前型」を0番台、「戦後型」を100番台として区別しました。
 
 写真の「41号車」は、1969(昭和44)年に廃車となった後「豊後森機関区」で保存。
 後に「大分運転所」へ移り、2003(平成15)年に修復され「九州鉄道記念館」に移されました。
 国内に現存する「キハ07型」で唯一の、原型を保っている車両と言われています。
 ※インターネットで調べた情報を参考にしています。 

 この写真は、2007(平成19)年9月に撮影しました。

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 「ED72型」は、1961(昭和36)年から製造された電気機関車です。
 側面からみた形が「くの字」になっているのが特徴です。

 1・2号機(試作機)に続いて、3〜22号機(量産機)が製造されました。
 試作機と量産機では、前照灯やエアフィルターの形状、駆動方式に違いがみられます。
 
 軸重(車軸1本あたりの重量)の関係で、使用線区が限定されていたこともあり、
 九州北部を中心に活躍していましたが、1976(昭和51)年に試作機が廃車。
 1978(昭和53)年から量産機も廃車が始まり、1982(昭和57)年には
 全車が廃車となりました。

 写真の「1号機」は、1976(昭和51)年に廃車となった後、
 北九州市内の公園で保存されていました。「九州鉄道記念館」の開設
 に際して、現地に移されました。
 ※インターネットで調べた情報を参考にしています。 

 この写真は、2007(平成19)年9月に撮影しました。

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 「EF10型」は、1934(昭和9)年から製造された貨物用電気機関車です。
 
 先に製造された旅客用電気機関車「EF53型」をベースに、
 ギヤ比を速度→牽引力重視に変更しています。

 1942(昭和17)年の「関門海底トンネル」開通後は、
 同区間の列車牽引に従事するものもありましたが、海水が
 原因で「塩害」の影響を受け、車体等が錆に悩まされました。
 ※後に5両が、車体外板を「ステンレス板」に張り替え、
  1両を除いて、他車同様に塗装を施しました。
 
 1961(昭和36)年に、九州地方の交流電化が進んだ関係で、
 直流専用の本形式は転属となり、「関門海底トンネル」から撤退しました。

 写真の「35号機」は、1941(昭和16)年に製造されました。
 前述の「外板ステンレス化」を受けた5両のうちの1両です。
 1978(昭和53)年に「豊橋機関区」で廃車となった後、
 北九州市に寄贈され、門司区内の公園で保存されていました。
 「九州鉄道記念館」の開設に際して、現地に移されました。
 ※インターネットで調べた情報を参考にしています。 

 この写真は、2007(平成19)年9月に撮影しました。

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 「C59型」は、1941(昭和16)年に100両、
 1947(昭和22)年に73両が製造されました。
 (途中欠番のため、ラストナンバーは「196号」)

 写真の「1号機」は、1956(昭和31)年に「門司」、
 1962(昭和37)年に「熊本」へ配属されました。

 大型で軸重(車軸1本あたりの重量)が重く、転属先がないことから、
 1965(昭和40)年に「熊本」まで電化工事が完成した時点で
 廃車となり、「小倉工場」で保存されていました。その後、
 「九州鉄道記念館」の開設に際して、現地に移されました。
 ※インターネットで調べた情報を参考にしています。 

 この写真は、2007(平成19)年9月に撮影しました。

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 「九州鉄道記念館」の入口前で、最初に来館者を出迎えてくれるのが、
 「9600型蒸気機関車(通称:きゅうろく) 59634号」です。

 1913〜1926(大正2〜15)年にかけて、合計770両が製造されました。
 当時の機関車は、CやDといった「アルファベット表記」がなく、
 数字だけで「型式+製造番号」を表していたのが特徴です。

 「9600型」のトップナンバーは「9600」で、100番目が「9699」になります。
 101番目になると、先頭に1を追加した5桁「19600」という形で付番していくので、
 この「59634号」の場合は、9600型の535番目ということになります。

 出力の割に軸重(車軸1本あたりの重量)が軽く、日本全国で活躍しました。
 1976(昭和51)年3月、北海道の室蘭本線で使用されていた3両が引退、
 国鉄の線路上から(保存用を除いて)蒸気機関車が姿を消すことになりました。

 「59634号」は、1922(大正11)年に製造されました。
 車番の語呂から、「59634→ご苦労さんよ」と呼ばれていました。
 ※インターネットで調べた情報を参考にしています。 

 この写真は、2007(平成19)年9月に撮影しました。
 この記念館には、他にもいろいろな車両が保存・展示されています。
 写真の整理が済み次第、順次アップしていきます。 
 

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