馬明の路上文化遺産

ブログは2019年4月3日から、毎週水曜日11時9分に更新します。ご訪問有難うございます。

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これはマンホールウォークの第92弾です。


小蓋シリーズは、1回横浜の右書き瓦斯、2回藤沢の右書き制水弇、3回右書き制水弇、4回右書き瓦斯中蓋、5回レアな阻水弇、6回右書き止水栓、7回目武蔵野の制水弇・制水弁、8回板橋宿の荒玉止水栓、9回北区の荒玉水止栓、10回荒玉制水辨、11回中野で荒玉止水栓2枚、12回横浜最古の仕切弁 、13回武蔵野の止水栓 、14回中華街の量水器 、15回阻水弇の発見、16回高円寺北の荒玉止水栓、17回阿佐谷南の荒玉止水栓、18回川崎市の止水栓、19回宮内省の制水弇、20回謎を秘めた桜小蓋と桜、21回代々幡町水道制水弇 、22回代々幡町水道の制水弇を発見!、23回千駄ヶ谷町水道の止水栓を発見!、24回工水 排水弁と右書き量水器、25回玉川水道株式会社の止水栓、26回玉川水道株式会社の量水器を発見!、27回明瞭な玉川水道株式会社の量水器を発見!、28回現役で活躍する玉川水道株式会社の量水器を発見!、29回日本水道株式会社の止水栓を発見!、30回三軒茶屋で日本水道の止水栓を発見!、31回大久保町水道の水止栓を大久保1丁目で発見!、32回横浜で明治・大正時代に使われた量水器、33回横浜水道記章入り右書き量水器、34回大久保町水道止水栓を百人町1丁目で発見!、35回澁谷町水道の蓋を円山町で発見!、36回江戸川上水町村組合の止水栓を発見、37回東京都コンクリート制水弁、38回東京都水道局WTBの蓋に続く、39回目は『江戸川上水町村組合の量水器』です。


★1 江戸川上水町村組合★
江戸川上水町村組合は1920(大正9)年2月に工事の設計に着手、同年8月に設計を完了、1921(大正10)年11月28日に認可されました。

1922(大正11)年3月18日に工事実施設計及び一部工事変更の認可指令あり、同年4月9日に工事を着手しました。

江戸川上水町村組合は水源を江戸川右岸葛飾区内常磐線鉄橋下流地点に取水塔を設け取水し、金町浄水場通水浄化後の1926(大正15)年8月1日に南葛飾郡砂町・隅田・寺島・吾嬬・亀戸・大島・小松川の7町、南足立郡千住町、北豊島郡南千住・三河島・日暮里・尾久の4町、合計3郡12町へ給水を一部開始しました。

江戸川上水町村組合(「江戸川上水」と略)は1932(昭和7)年10月1日に東京市によって、2町村組合(江戸川上水、荒玉水道)経営及び8単独町営(澁谷町、目黒町、淀橋町、大久保町、戸塚町、代々幡町、井荻町、千駄ヶ谷町)の計10水道事業の一つとして併合経営されました。  

★2 江戸川上水の量水器★
江戸川上水の蓋は、路上文化遺産データベースの江戸川上水町村組合に登録されています。

この路上文化遺産データベースで最初に登録された荒川区西尾久2丁目の量水器は、場所が私有地にあるため、地図は公開されていません。
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江戸川上水の右書き量水器は、この場所にありました。周辺環境は省略しました。
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江戸川上水の右書き量水器は、東京都の右書き量水器に比べて、紋章や量水器の文字が大きめで立派でした。
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次に示す江戸川上水の右書き量水器は、同区西尾久1丁目で見つけました。
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これは後日、馬明が地図非公開で路上文化遺産データベース登録をしました。
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江戸川上水“量水器”の紋章をご覧ください。
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この紋章は摩耗と白い汚れで少しわかりにくいですが、下の画像をご覧いただくと、上端に‘エ’、下端に‘ト’、周囲が‘川’、中央に‘水’の字をデザイン化したのがわかります。
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2枚見つかった江戸川上水“量水器”の寸法を、恒例の竹製物差しと100円硬貨でご覧ください。
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江戸川上水“量水器”2枚とも、寸法はほぼ同じでした。



皆さん、『江戸川上水の蓋』を見ませんか?!


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