馬明の路上文化遺産

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これが江戸川上水の水止栓!





これはマンホールウォークの第113弾です。



馬明はブログで江戸川上水町村組合の路上文化遺産を、9回報告しています。

1回江戸川上水の止水栓、2回江戸川上水の量水器、3回江戸川上水の水止栓、4回江戸川上水の水止栓2、5回江戸川上水の単口消火栓、6回江戸川上水の量水器2 、7回江戸川上水の水止栓3、8回江戸川上水の量水器3、9回江戸川上水の水止栓4に続く、今回10回目は『江戸川上水の水止栓を平井7丁目で発見』です。


★1 江戸川上水町村組合★
江戸川上水町村組合(以下、「江戸川上水」と略する。)は1920(大正9)年2月に工事の設計に着手、同年8月に設計を完了、1921(大正10)年11月28日に認可されました。

1922(大正11)年3月18日に工事実施設計及び一部工事変更の認可指令あり、同年4月9日に工事を着手しました。

江戸川上水は水源を、江戸川右岸葛飾区内常磐線鉄橋下流地点に取水塔を設けました。
その取水塔から江戸川の水を取水し、金町浄水場で浄化した水を、1926(大正15)年8月1日に南葛飾郡砂町・隅田・寺島・吾嬬・亀戸・大島・小松川の7町、南足立郡千住町、北豊島郡南千住・三河島・日暮里・尾久の4町、合計3郡12町へ一部給水を開始しました。

江戸川上水は1932(昭和7)年10月1日に東京市によって、2町村組合(江戸川上水、荒玉水道)経営及び8単独町営(澁谷町、目黒町、淀橋町、大久保町、戸塚町、代々幡町、井荻町、千駄ヶ谷町)の計10水道事業の一つとして併合経営されました。  


★2 江戸川上水の水止栓★
江戸川上水の蓋は、路上文化遺産DB“江戸川上水町村組合”に登録されています。


江戸川上水の蓋探しをするときに、前々から気が付いたのは江戸川区で該当の蓋がまだ見つかっていないことでした。

そこで、今回の江戸川区散策で地図を改めて調べたところ、平井7丁目に天照皇大神を祭る天祖神社の存在が非常に気になりました。
 
ここが天祖神社の鳥居です。
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天祖神社の境内には水神社と八紘一宇と刻まれた石標があります。
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八紘一宇の言葉は、第二次世界大戦中に大東亜共栄圏の建設の標語の一つとして用いられてきました。
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戦後、GHQは八紘一宇の使用禁止、石標から八紘一宇を削り取る命令を下したので、この石標は運よくGHQの手から免れたのでしょう。

今回、江戸川区で初めて江戸川上水の水止栓を天祖神社の手前で見つけました。
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蓋にある江戸川上水の紋章と文字もある程度摩耗はしていました。

江戸川区内で初めて見つかった江戸川上水の水止栓をご覧ください。
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蓋を見て、紋章と刻まれた文字から江戸川上水の水止栓と判別できました。

蓋の紋章をご覧ください。
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やはり紋章自体はかなりの摩耗度でした。

江戸川上水“水止栓”の寸法を、恒例の竹製物差しと100円硬貨でご覧ください。
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今回、この蓋が容易に見つかったのは“天祖神社”のご加護があったためでしょう。

この場所で末永く余生を送っていただきたいです。



皆さん、『江戸川上水の蓋』を見ませんか?!

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