馬明の路上文化遺産

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永井荷風も踏んだ?!江戸川上水水止栓






これはマンホールウォークの第145弾です。




※ 江戸川上水の蓋は路上文化遺産DB江戸川上水町村組合に登録されています。


★1 江戸川上水町村組合★
江戸川上水町村組合(以下、「江戸川上水」と略する。)は1920(大正9)年2月に工事の設計に着手、同年8月に設計を完了、1921(大正10)年11月28日に認可されました。

1922(大正11)年3月18日に工事実施設計及び一部工事変更の認可指令あり、同年4月9日に工事を着手しました。

江戸川上水は水源を、江戸川右岸葛飾区内常磐線鉄橋下流地点に取水塔を設けました。
その取水塔から江戸川の水を取水し、金町浄水場で浄化した水を、1926(大正15)年8月1日に南葛飾郡砂町・隅田・寺島・吾嬬・亀戸・大島・小松川の7町、南足立郡千住町、北豊島郡南千住・三河島・日暮里・尾久の4町、合計3郡12町へ一部給水を開始しました。

江戸川上水は1932(昭和7)年10月1日に東京市によって、2町村組合(江戸川上水、荒玉水道)経営及び8単独町営(澁谷町、目黒町、淀橋町、大久保町、戸塚町、代々幡町、井荻町、千駄ヶ谷町)の計10水道事業の一つとして併合経営されました。  


★2 江戸川上水の水止栓★
玉の井いろは通りを探し求めて、行く途中、東武伊勢崎線の東向島駅で表示板に“旧玉ノ井”と書かれているのを見かけました。
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そこで、東向島駅の駅員に花街玉の井いろは通りの場所を聞きましたが、知らないですと言われてしまった。

東武伊勢崎線のガード下を暫く歩くと、右手に見えたのが “いろは通り”入口でした。
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ここ玉の井は永井荷風の小説『濹東綺譚』で描かれた赤線地帯です。矢印の場所に今日の話題が。

玉の井いろは通りは小規模ながら豆腐屋、花屋、衣料品店、医院、洋装店、寝具店、美容院、魚屋など生活に欠かせないお店は全てありました。
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↑の写真は出口から撮った“いろは通り”です。

本題に入ります。いろは通り入口近くで江戸川上水の水止栓を発見しました。
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こちらです。左側から栓止水と書かれ、栓の字はかなりの摩耗で字も削り取られていました。
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文豪の永井荷風もこの水止栓を踏んだかもしれません?!


蓋の紋章をご覧ください。
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紋章は摩耗があるものの江戸川上水組合の徽章のエ、川がおおよそわかります。

江戸川上水“水止栓”の寸法を、恒例の竹製物差しと100円硬貨でご覧ください。
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この場所で末永く余生を送っていただきたいです。



皆さん、『江戸川上水の蓋』を見ませんか?!




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