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馬明の路上文化遺産と投資のブログ
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★雪印牛乳の木製牛乳箱★






これは牛乳箱シリーズの第19弾です。





★1 雪印乳業★
雪印乳業は、1925(大正14)年に有限責任北海道製酪販売組合として創立し、1926(大正15)年に北海道製酪販売組合連合会(酪連)に改組し、商標「雪印」としました。

・1950(昭和25)年に過度経済力集中排除法に抵触したため、北海道バター(のちのクロバー乳業)と企業分割し、雪印乳業が設立しました。

・1955(昭和30)年に雪印八雲工場脱脂粉乳食中毒事件が発生、2000(平成12)年に雪印集団食中毒事件が発生しました。

・2001(平成13)年に事業の分割が始まり、雪印乳業の市乳部門と全農・全酪連(ジャパンミルクネット)の市乳事業との事業統合により2003(平成15)年に日本ミルクコミュニティとして、営業開始しました。

・2009(平成21)年10月1日 に、雪印乳業と日本ミルクコミュニティと共同で、株式移転による共同持株会社・「雪印メグミルク株式会社」を設立して経営統合しました。

・雪印乳業の商品は北海道製酪販売組合連合会時代に、1928(昭和3)年にアイスクリーム、1933(昭和8)年にチーズ、1939(昭和14)年にマーガリンの乳製品製造販売を開始しました。

・雪印牛乳は雪印牛乳株式会社が発足した1953(昭和28)年11月以降から市乳製造販売を開始しました。

・馬明はつい最近ですが雪印メグミルクの超零細株主になりました。



★2 雪印牛乳の木製牛乳箱★
神田で神田區須田町一丁目の琺瑯板を見た後日に、雪印牛乳木製牛乳箱を見つけました。
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このように、雪印牛乳の木製牛乳箱が住宅の郵便箱の隣にありました。
雪印牛乳の木製牛乳箱の上には、何故か温度計もありました。

東京の下町は家が密集して建てられ、庭もほとんどないため、このような干し柿作りの家と同じように、
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植物が大好きな住人は、玄関先の歩道で植物を愛でています。
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こちらのお宅は道路で植木鉢を棚に整然と並べていました。

雪印牛乳の木製牛乳箱をご覧ください。
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ご覧のとおり、木製牛乳箱は雪印牛乳の特徴である黄色、雪印牛乳の赤い文字、雪印の社章は薄くなったものの残っていました。

この雪印牛乳木製牛乳箱は、上蓋方式の横型でした。
前回南千住で見つけた木製牛乳箱よりも、木箱の状態は若干悪いといえます。

この木製牛乳箱の左側面には、”雪印ヨーグルト フルーツサワー”と記されていました。
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木製牛乳箱の右側面をご覧ください。
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この写真では「小」が隠れていますが、販売店名”株式会社 小児牛乳”と2段書きされていました。

こちらは墨田区南千住で見つけた雪印牛乳の縦型上蓋方式の木製牛乳箱です。
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この木製牛乳箱の左側面には、神田の木箱と同じく”雪印ヨーグルト フルーツサワー”と記されていました。

こちらは鎌倉で見つけた木製牛乳箱も南千住と同じ縦型上蓋開閉方式で同じすが、上蓋がなく乳業商品の品目も一部異なっていました。
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この木製牛乳箱の左側面には、”雪印ヨーグルト 雪印バター”と記されていました。

本題の神田で見つけた雪印牛乳のロゴマークをご覧ください。
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このロゴマークは南千住や鎌倉で見つけたものよりは、紫外線と風雨で文字も社章も退色していました。


※ こちらで雪印牛乳の牛乳瓶の変遷をご覧になれます。



皆さん、『街角で雪印牛乳木製牛乳箱』をご覧になりませんか?



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