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馬明の路上文化遺産と投資のブログ
ブログは4月12日から、毎週水曜日の11時9分に更新です。ご訪問ありがとうございます。

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親切第一の蓋は私設蓋で、都内でマンホールウォーク中に駐車場で見つけました。
この蓋には、右書きで会社のキャッチフレーズ「一第切親」と、社名の「店商水清」が陽刻されていました。
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江戸東京たてもの園の東ゾーンでは、親切第一の琺瑯看板を撮りました。
この「親切第一」は、星製薬を創業した星一の座右の銘です。


馬明(まーみん:Mamin)の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。

ブログを開設してから、4月3日で8年79日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで1年286日です。



これはマンホールウォークの226弾&琺瑯看板第12弾です。
今回は『親切第一の蓋と琺瑯看板』です。 




★1 私設蓋★
私道や私有地にはメーカー品の私設蓋がよく設置されています。
この私設蓋の真ん中にメーカーをデザインした紋章が、蓋には社名入りも見られます。

このほか、私道では越境蓋をたまに見かけます。
一例を上げると、杉並区の私道では八王子、三鷹、武蔵野のコンクリート製蓋を、施工業者の在庫蓋を私設蓋の如く取り扱っていました。

はじめに、ブログで取り上げた私設蓋を2種類ご覧ください。

これは、私設用下水蓋の旭角蓋です。
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旭角蓋の四隅は、旭日が7本燦々と輝く見ごたえあるデザインでした。
旭の周りを取り囲むデザインは、明治44年10月26日に公布された「東京市下水改良事務所徽章」と似ています。


こちらのマンホールは東華工業所の石縁付きです。
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蓋の真ん中にある紋章は、桜の花弁と東のデザインでした。
蓋の下側には右書きで社名の「所業工華東」が陽刻されていました。


★2 親切第一の蓋★
この親切第一と陽刻されたマンホールの蓋は、駐車場にありました。
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上段の文字は、わかりにくいですが、右書きで会社のキャッチフレーズ「一第切親」と陽刻されていました(写真再掲)。
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「親切第一」で直ぐに思い浮かべるのは、1906(明治39)年に星製薬所を、1911(明治44)年に星製薬と名称変更した創業者・星一の座右の銘です。
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星一は、社内に教育部門として星薬科大学の前身を1911(明治44)年に創立しました。

下段も同じく、右書きで社名の「店商水清」と陽刻されていました。
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蓋の真ん中にある◇の中の文字はK.Sでした。
清水商店の略称ならば、S.Sになります。これは蓋の製造メーカとして、岸本産業のKSが考えられますが、岸本産業は倒産し仔細は不明です。


★3 親切第一の琺瑯看板★
琺瑯看板(ホーロー看板)は、かつて屋外広告で使用された看板です。

この親切第一の琺瑯看板は、都内でも有数な桜の名所である都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園の東ゾーンで撮りました。
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星製薬の琺瑯看板をご覧ください。
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創業者「星一」の長男が、1926(大正15)年9月6日に誕生したSF作家の星新一です。新一の名は親切第一の略が由来です。

これは、「黒い花びら」で第1回日本レコード大賞を受賞した、水原弘の大塚グループアース製薬の強力殺虫剤ハイアースの琺瑯看板です。
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木塀の左手には、武田薬品の疲労に強力メタボリン(ビタミンB1製剤)の琺瑯看板もありました。
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皆様、『親切第一の蓋と琺瑯看板』を見ませんか!?




私設蓋シリーズは、第1回華やかな旭角蓋、2回築地本願寺の角蓋、3回岩本町の角蓋、4回東華工業所の蓋があります。

琺瑯看板シリーズは、第1回懐かしの琺瑯看板、2回お好み焼き屋の琺瑯看板、3回秦野市内の琺瑯看板、4回琺瑯電話板、5回お好み焼き居酒屋の丸ポストと琺瑯看板、6回中華ソバ屋の琺瑯看板、7回不用になった宅配便系琺瑯看板、8回塩の琺瑯看板、9回ランプの琺瑯看板、10回函館の琺瑯看板、11回サッポロビールの琺瑯看板があります。
こちらの記事も併せてご覧ください。 




★株投資情報★
★1 香港株投資銘柄ツール★
上海IさんのPFメーカーの企画に賛同して、馬明が99銘柄からなる香港4号(期待株)を作成しましたので、
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