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熊本市といえば熊本城が有名です。熊本城を築城したのは、加藤清正です。 熊本城は、大阪城、名古屋城とともに日本の三名城の一つに選ばれています。 加藤清正が築城した熊本城の石垣は、地面付近は勾配がゆるく、上に行くにしたがって、勾配がきつくなる独特な武者返しで有名です。 加藤清正は、熊本市民に清正公(せいしょうこう)の敬称で親しまれています。 ここでは、加藤清正の甲冑(かっちゅう)と長烏帽子(ながえぼし)姿を、観光客が どなたでも変身できます。 熊本城の近くには、熊本城を守る加藤清正公像があります。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設から、2月29日で9年45日を迎えました。ブログ開設10周年まで、あと320日です。
加藤清正が築城した熊本城の石垣は、地面付近は勾配がゆるく、上に行くにしたがって、勾配がきつくなる独特な武者返しで有名です。 この熊本城では、観光客がどなたでも加藤清正になれます(再掲)。 こちらは、熊本城の近くにある加藤清正公像です。 加藤清正は、清正公(せいしょうこう)の敬称で親しまれています。 加藤清正公像の近くに城彩苑があります。ここは熊本城桜馬場 桜の小路です くまモンが、お出迎えです。 これが1本120円の馬肉ウインナー串です。 このときは、この馬肉コロッケにしました。 馬肉コロッケは、香料で何とも言えない味わいでした。 馬刺しも売られていました。 こちらは、ホテルの朝食で食べた馬のモツ煮です。 馬のソーセージです。 馬肉のメンチカツです。 馬肉が少し硬めも美味しかったです。 馬肉タルタル(洋風ユッケ)です。 ユッケは好き好きです。 馬モツとひよこ豆のトマトソース煮です。 馬モツの癖を感じさせないトマトソース煮が、美味しかったです。
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熊本県
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熊本市内で市役所など古そうな建物を探して歩いていたとき、最初に見つけたのが日本郵政グループ熊本ビルの前にある丸型ポストでした。 熊本市内には丸型ポストが、16基ほどあるようです。馬明は街歩きをしながら、偶然に出会うのが本望ですので、どこへ行っても事前調査はしていません。 丸型ポストがある道路筋を歩くと、ホテル日航熊本前の上通アーケード入口に、熊本民謡「おてもやん」を郵便差出箱12号に乗せた郵便ポストがありました。 おてもやんポストは、ユートピア構想モデル都市に指定を受けた目的から、設置されたものです。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設から、11月18日で8年308日を迎えました。ブログ開設10周年まで1年57日です。
おてもやんポストは、ユートピア構想モデル都市に指定を受けた目的から、平成元年に設置されたものです。 おてもやんが、〒マーク付き赤い台座の上で、踊る様子は微笑ましいです。 おてもやんの銅像は、熊本市のパブリックアートです。 こちらは、「肥後てまりをつく少女」の銅像です。 この銅像が、道路の中央分離帯にあるのは、はなはだ疑問に感じました。 熊本城を3時間ほど見学し終えてから、このランチを食べにお店を探していたときに、 出会ったのが、この「お城ポスト」でした。 お城ポストを正面から、ご覧ください。 この郵便ポストは、1992(平成4)年3月吉日に(有)天明鋳機で製作されたものです。 ここに、手紙を投函するのも楽しそうです。 近くには、 肥後六花の一つ肥後椿をデザインしたカラーマンホールの蓋を見ました。 肥後椿は、熊本市が1974(昭和49)年10月9日に選定した「市の花」です。
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熊本市内で市役所など古そうな建物を探して歩いていたときに、日本郵政グループ熊本ビルの前で、割りときれいな丸型ポストを見つけました。 熊本市内には丸型ポストが、16基ほどあるようです。馬明は街歩きをしながら、偶然に出会うのが本望ですので、どこへ行っても事前調査はしていません。 この丸型ポスト(郵便差出箱1号丸型)は、珍しい二段書きでした。メーカーは「三谷」で、製造年は第二次世界大戦後の1949(昭和24)年でした。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設から、11月16日で8年306日を迎えました。ブログ開設10周年まで1年59日です。
1949(昭和24)年から新しい鉄製ポストして実用化された、丸型ポスト(郵便差出箱1号丸型)が見えました。 中央前方奥に見える緑青屋根の建物は、熊本城稲荷神社です。 赤い丸型ポストをご覧ください(再掲含む)。 この丸型ポストは、今でも現役で活躍しています。 この丸型ポストは、珍しい二段書きでした。 メーカーは「三谷」で、製造年は第二次世界大戦後の1949(昭和24)年でした。 丸型ポストがある目立たない裏手には、郵便制度100年記念と「郵便は世界を結ぶ」を記された興味深いオブジェがありました。 エンゼルマークのエンゼルが立った彫像です。 翼が生えた男の子のエンゼルが、郵便制度100年記念を祝う表現をした様子でしょう。
これは、肥後手まり唄(あんたがたどこさ)にでてくる船場山の狸です。 狸の頭をなでれば 学運・霊運、お腹をなでれば 福運・安産、金の玉をなでれば 金運・玉運…があると言い伝えられている大変ありがたい狸像です。 狸は、船場橋に隣接する熊本中央郵便局のポストの上にも、「せんば郵太」と名付けられた狸像があります。 たぬきポストを正面からご覧ください。 このたぬきポストの「せんば郵太」は、ハロウィンで飾られていました。 季節の行事に合わせた衣装を着て、楽しませてくれる姿は、微笑ましいです。
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古い木造家屋の軒先には、ガス・電気・水道などのインフラ系プレートや、NHKの カラー受信章などが貼られています。 これは、熊本市内で初めて見た西部ガスの琺瑯製ガスプレートです。 長崎市内では東邦ガスの琺瑯製プレートを見ましたしたが、この西部ガスの琺瑯製プレートは見ていません。 九州初のガス会社で、1902(明治35)年に最初に誕生したのが長崎瓦斯です。 長崎瓦斯は、1913(大正2)年に熊本瓦斯、博多瓦斯、佐世保瓦斯、小倉瓦斯と合併し、西部合同瓦斯を設立しましたが、その後も合併や分離が繰り返され、1927(昭和2)年3月に西部合同瓦斯の事業は、東邦瓦斯に譲受されました。 西部瓦斯は1930(昭和5)年12月1日に東邦瓦斯から再び分離独立し、設立しました。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設から、10月23日で8年282日を迎えました。ブログ開設10周年まで1年83日です。
西部ガスの琺瑯製ガスプレートを熊本で、お屋敷の裏口で初めて見ました。 琺瑯製の西部ガスプレートをご覧ください。 琺瑯製とはいえ、長い年月で腐食していましたが、割合きれいな状態でした。 Gの周りのデザインは、西部の「西」をイメージデザインしたものと思われます。 こちらも、他の場所で見た西部ガスの琺瑯製ガスプレートです。 ガスプレートは、引き戸に挟まれた状態で全体像が見えませんでした。 こちらの西部ガスプレートは、材質が琺瑯ではなくアルミ板でしょう。 赤い線が、かろうじて見えます。 これよりも状態の良いプレートを、長崎市内で見ました。 ガスプレートが貼られた場所の環境で、ここまで差が出てきます。 熊本市内でも、東邦ガスの琺瑯製プレートを見つけました。 こちらの琺瑯製ガスプレートの方が、長崎市で見つけたプレートよりも、全体像が鮮明でした。 これは東邦ガスプレートの白色タイプで、もう一つは水色タイプもあります。 東邦ガスのガスプレートは、1927(昭和2)年3月から1930(昭和5)年11月30日まで、長崎市内で使われていましたので、熊本でも同じような年代かと、思われます。
熊本駅でくまモンのフィギュアに迎えられました。 駅弁代わりに、あなごのセイロむしを買いました。穴子はニュージーランド産でした。 本当は、ここで鰻のセイロむしを買いたかったのですが、原産地が中国で止めました。
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熊本市内で古い水道蓋を探索中に、廃木造家屋で森永牛乳の木製牛乳箱を見つけました。これは森永牛乳の黄色地木箱で薄っすら「森永カルダス」と記されていました。 昨年9月にも「森永カルダス」と記された木製牛乳箱を、小樽市内で見つけました。 熊本と小樽の二つの木製牛乳箱を比較すると、木箱正面の左右側面に記された文字に大きな違いがあり、熊本市は「販売店名と電話番号」を、小樽市は「森永A牛乳」でした。 この他に、一番大きな違いは熊本の木製牛乳箱には、小樽にはなかったエンゼルマークがありました。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設から、10月21日で8年280日を迎えました。ブログ開設10周年まで1年85日です。
・1927(昭和2)年9月に入って、森永製菓株式会社煉乳部から分離して、森永煉乳株式会社が新たに設立されました。 ・1941(昭和16)年5月に森永煉乳株式会社を改称し、森永乳業株式会社となりました。 ・その後、再び森永製菓と合併し、社名を改称して、1949(昭和24)年4月13日に 森永食糧工業株式会社から森永乳業株式会社が設立しました。 ・森永乳業の商品は1929(昭和4)年12月に森永牛乳、1933(昭和8)年9月に森永チーズ、1937(昭和12)年7月に森永ヨーグルト、1947(昭和22)年6月に森永アイスクリームをそれぞれ発売しました。 森永牛乳の木製牛乳箱を、熊本市で初めて見つけました。 ここは2階建て木造家屋で、玄関窓の装飾や照明がちょっとお洒落です。 郵便ポストが閉鎖されたように、ここは住んでいない廃家でした。 色あせた木製牛乳箱をご覧ください。 木製牛乳箱の正面下部に「森永カルダス」と記され、その上にはかなり薄れて、わかりにくいですがエンゼルマークがあります。 木製牛乳箱の正面右側面をご覧ください。本山販売店と電話番号があります(再掲)。 左側面をご覧ください。同じく本山販売店と電話番号でした。 こちらは、熊本市にあった森永牛乳木製牛乳箱と比較するため、小樽市で見つけた森永カルダスと記され木製牛乳箱です。 木製牛乳箱↑は、全国的に珍しい黄色と赤のツートンカラー消火栓を探索したとき、 坂道の途中にある木造家屋で、黄色い木製牛乳箱を見つけました。 このお宅は、現在も住んでいらっしゃる様子です。
こちらは、小樽の木製牛乳箱です。 左右側面には、1958(昭和33)年1月発売の森永A牛乳と記されていました。 正面が同じ森永カルダスの木製牛乳箱でも、デザインがまったく違います。 熊本では紫外線などで退色して、ほとんど見えない森永牛乳のロゴマーク”エンゼル”をご覧ください。
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