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埼玉県の川越は、蔵の街・小江戸川越と親しまれ、平日でも観光客で賑わっています。 川越市内ではマンホールの蓋を探す路上散歩中でも、丸型ポストが楽しめます。 石畳の道にある菓子屋横丁では、昔ながらの飴菓子、焼き団子、駄菓子やサツマイモのお菓子を買って楽しめます。 菓子屋横丁に展示用の丸型ポストが、1基あります。 丸型ポストの製造メーカーは新東洋製で、昭和40年製造でした。 菓子屋横丁で珍しい蓋が見つかりました。それは、NTTのフィンガーホールです。
菓子屋横丁の各店にある照明灯は、小江戸菓子屋横丁に統一されています。 お店を照らす灯も、菓子屋横丁の風情を感じさせる仕掛けの一つです。 正面から丸型ポストを、ご覧ください。 丸型ポストは、展示用にきれいに塗られた形跡もなく、使われている体裁でした。 丸型ポストの製造メーカーは、新東洋で昭和40年製造。年代の割に古さを感じます。
この蓋は、都内でも見ていますが、その数は少ないです。 フィンガーホールとは、NTTが指を入れて作業する小さな蓋のことを呼んでいます。 こちらは、菓子屋横丁入口の石畳には、右書き制水弁がありました。 この蓋が、川越市内でも見かける右書き制水弁です。
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郵便ポスト
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鳩ケ谷へは越境した鎌倉町鉄蓋と、日光御成道にある古い丸型ポストと地上式消火栓を撮るために、埼玉県川口市(旧鳩ケ谷市)まで行きました。 日光御成道沿いの歩道には、丸型ポストが3基ありました。 この丸型ポストは、老舗の酒屋さんの前にあります。 丸型ポストの裏側にある製造年と製造メーカーは、厚塗り塗装で読めませんでした。 帰宅後、日光御成道には丸型ポストが4基あったことが判明しました。もう1基が現在もあるかは未確認です。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。
ブログの開設から、9月15日で9年244日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで残り121日です。
この丸型ポストは、郵便物の差入口の真下に取出し口がなく、右側の日光御成道にある変わった構造のポストでした。 丸型ポストの斜め右側前方に、古い地上式消火栓(以下、「消火栓」と略。)が見えます。 こちらは、消火栓側から見た丸型ポストです。 日光御成道沿い文具店の前にも、古めかしい丸型ポストがあります。 この丸型ポストは、郵便物の差入口の真下が取出し口でなく、後ろの日光御成道側にある変わったタイプでした。 丸型ポストの前方向の歩道沿いにも、消火栓があります。 この消火栓は、歩道正面にあるロゴマークと裏側に貼ってあるシリアルナンバープレートから、製造会社は埼玉県川口市の茂又鐵工所。茂又式地上不凍消火栓と名付けられ、実用新案登録がされていました。 この消火栓を製造した茂又鐵工所は、川口市内には現存していません。 旧鳩ケ谷市にある消火栓蓋は、旧鳩ケ谷市時代に設置された消火栓が圧倒的に多く、 一部に現川口市の可愛い消防夫が、デザインされた消火栓も見られます。 丸型ポストの3基目は、こちらです。 この丸型ポストは、設置された場所からも邸宅専用の郵便ポストみたいでした。 この丸型ポストは、かつて石造り蔵の前にありました。 今まで見てきた丸型ポストの中では、一番状態が良いものでした。 裏側に刻印されている製造年と製造会社を撮ったのが、こちらです。 昭和30年の吉村工業製でした。
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小田急線本厚木駅を下車して厚木瓦斯蓋を探索中に、お好み焼き居酒屋『ぼちぼち』の前に丸ポストがあるのを見つけました。 この居酒屋は、大阪下町の味「お好み焼き」を味わえるように、ソース、生地、焼きそばの麺など、こだわりのあるお店のようです。 ここの店構えは、昭和30年代の大阪下町をテーマにした、レトロ感をプンプン感じさせる木造家屋にトタン屋根、店の前には丸ポストや、質屋の琺瑯看板を付けた木製電柱もありました。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログの開設から、1月26日で8年12日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで1年353日です。
このように、厚木で大阪のお好み焼きを食べながら、アルコールを飲める居酒屋はレトロ感あふれる店構えでした。 丸ポストをご覧ください。 丸ポストがある雰囲気は映画のロケ現場のようでした。 この丸ポストが、一体どの場所から運ばれてきたかは不明です。 丸ポストのまわりにも琺瑯看板がありました。 これは郵便がらみの懐かしい看板です。 こちらの琺瑯看板は、丸型ポストの後ろにあったアデカ石鹸です。 アデカ(ADEKA)は1917(大正6)年1月27日に設立した旧・旭電化工業株式会社の頭文字から命名されました。 この丸型ポストは、昭和28年の製造会社はどうも昭和工業製のようでした。 丸ポストの近くには、質屋の琺瑯看板を付けた木製電柱もありました。 こちらは、マッサンのなかにも出てきた、1907(明治40)年4月に発売された赤玉ポートワインの琺瑯看板で、厚木市内で捨てられているような状態で見つかりました。 これは、居酒屋に飾るのにはふさわしい琺瑯看板です。 厚木市内では、丸型ポスト以外にも1951(昭和26)年に郵便物の増加に伴い収容量の 大きいポストとして登場した、郵便差出箱3号角型もありました。 街を散策すると、珍しい郵便ポストや琺瑯看板に出会える楽しみが待っています。
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鶴ヶ峰幼稚園に丸型ポストがあるのを、相鉄線に乗車した時に車窓から見つけました。 丸型ポストは幼稚園からの設置要望を、当時の郵政省が快諾し、無償で運搬・据え付けられました。 丁度、幼稚園生が帰る時間帯に着いのが幸いし、門が開けられていました。幼稚園関係者に丸型ポスト撮影のお願いと、ブログ掲載時に幼稚園名を入れても良いとの快い回答をいただきました。 馬明の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設は10月19日で7年278日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで2年87日です。
この写真からも鶴ヶ峰幼稚園(以下、「幼稚園」と略。)の前を相鉄線が走行しているのがわかります。 幼稚園の丸型ポストをご覧ください。 正面からこのポストをご覧ください。 この丸型ポストは昭和39年の新東洋製でした。 丸型ポストの撮影を終えて、鶴ヶ峰駅に向かう途中でリンゴの樹を見かけました。 このように毎年、ふじが数百個実るようです。 大和駅まで歩く途中で出会った「おすい蓋」は、大和市の「市の花」野菊をデザイン したカラーマンホールです。これのモノクロ版もあります。 可愛い図柄のマンホールでした。
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馬明は、秦野市内にある丸ポストをすべて撮影する目的は持っていません。 マンホールウォークで右往左往しながら、丸ポストと偶然に出会えば、それだけで十分満足しています。 この日も秦野町水道の蓋を探しに、小田急小田原線秦野駅で下車し、県道705号線沿いをマンホールウォークしていたときに、丸ポストを見つけました。 丸ポストは、本町3丁目の台町交差点右側方面にあるタバコ屋の前にありました。 正面から丸ポストをご覧ください。 この丸ポストは手入れが行き届いていて、きれいでした。 この丸ポストはもちろん現役です。集荷回数は少なめでした。 丸ポストの製造時期と製造会社をご覧ください。 これは昭和33年新東洋製でしょうか。 前に桜が満開な時季に撮った川崎小学校の丸ポストを紹介しました。 1985(昭和60)年8月12日に起きた日本航空123便墜落事故で亡くなられた坂本九ちゃんが通った川崎小学校正門前にあるこの丸ポストは、2006(平成18)年3月に秦野市にあった丸ポストを譲り受けて、設置されたものです。
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