一方、荒玉水道の家庭用量水器については、@KMB_ojiさんが2012年6月に赤羽で初めて確認されました。 その後も@rzeka_52さんが同じ量水器を、馬明が座間の向日葵祭 新田宿会場へ行った同年8月21日に中野で確認され、私も同月23日に荒玉水道家庭用量水器↓の残存を確認しました。 この量水器には荒玉水道町村組合の紋章が二つあり、蓋も摩耗が少ないきれいな状態でした。
この写真からもわかるように、蓋は相当な摩耗と腐食された状態でした。 下記の量水器↓では荒玉水道町村組合の紋章が二つに対し、今回見つけた量水器↑は紋章が一つでした。 量水器の地紋も異なります。 地紋は"縦型ダイヤ"↑から横型ダイヤ↓に、文字も個別に四角に囲まれた↓新たなタイプでした。 この写真からは不鮮明でわかりにくいですが、蓋は右から”器水量”と記され、その上に荒玉水道町村組合の紋章があります。 拡大した量水器の紋章部分をご覧ください。 この量水器はここに設置されてから、およそ80年以上経ちます。 蓋の紋章も文字も相当な摩耗と腐食でしたが、紋章は荒玉水道町村組合であると確認できました。 荒玉水道の右書き量水器の寸法を、恒例の竹製物差しと100円硬貨で比較した写真をご覧ください。 荒玉水道の蓋は、路上文化遺産DB“荒玉水道町村組合”に登録されています。
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荒玉水道町村組合
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これらが取り上げられなかった理由は推測ですが、このバイブル本が出版された当時では、割と至る所で止水栓や水止栓が見つかる存在だったからでしょう。 馬明が初めて荒玉水道の止水栓を見つけたのは、昨年7月3日に青梅街道沿い中野で荒玉水道町村組合の止水栓を2枚発見!でした。 私が生まれ育った故郷・中野区で荒玉水道の止水栓を見つけたのは大きな喜びでした。 今回は中野で、西武新宿線沼袋駅近くで荒玉水道泥吐室のマンホールを発見!を再現させるため、早稲田通り界隈を散策しました。
荒玉水道の水止栓があった周辺環境です。蓋の前にはコンビニがありました。 荒玉水道の水止栓は、北区ではよく見られますが、中野区内にあったのは珍しい事例といえます。 これが荒玉水道の水止栓です。 水止栓の蓋は摩耗があるものの良い状態で残存していました。 水止栓の紋章をご覧ください。 荒玉水道の紋章は、長い年月が経過した割には、識別できる状態でした。 ここでは恒例の寸法を、竹製物差しと100円硬貨で調べていませんが、次回行った際に撮ってきます。
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止水栓が取り上げられなかった理由は推測ですが、このバイブル本が出版された当時では、割と至る所で止水栓が見つかる存在だったからでしょう。 馬明が初めて荒玉水道の止水栓を見つけたのは、昨年7月3日に青梅街道沿い中野で荒玉水道町村組合の止水栓を2枚発見!でした。 その後、中野区内で止水栓を見つける散策をしましたが、中野駅北口方面では確認できませんでした。 中野駅北口方面で日頃見つけたいと思った止水栓が、偶然にも荒玉水道の量水器を見つけ日に、西武新宿線新井薬師前駅近くにありました。 今回は初めて、中野区内の駅北口方面で、荒玉水道の止水栓を見つけました。 新井薬師前駅近くの歩道で古い蓋があるのに気が付き、それが念願の荒玉水道の止水栓だったのです。 この場所に荒玉水道の止水栓がありました。 これは馬明が中野駅以北で見つけた荒玉水道の止水栓です。 止水栓の蓋は右側に亀裂が入り、腐食も相当進んでいました。 止水栓の紋章をご覧ください。 荒玉水道の止水栓の寸法は、恒例の竹製物差しと100円硬貨でご覧ください。 またどこかで、同じように荒玉水道の蓋を計測したいですね。
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桃園川は流域の宅地化に伴う洪水対策や、下水道幹線として、すべて暗渠化されて現在は桃園川緑道として整備されています。 桃園川緑道には随所に絵タイルやオブジェが配置されています。 このように桃園川緑道は四季の花に触れ、散歩など区民の憩いの場となっています。
荒玉水道泥吐室には、河川などの水道管埋設工事で発生した汚水や水垢を吐き出す維持管理用の泥吐弁が設置されています 桃園川緑道沿い荒玉水道泥吐室のマンホールは、1月2日に杉並区天沼1丁目で見つけました。 これより以前、昨年12月に見つけたのが、今回取り上げる旧馬橋にある荒玉水道泥吐室のマンホールです。 このマンホールが、2008年からブログに掲載されたのを知ったのは昨年でした。 しかし、昨年12月に1回目を探したときは場所を読み違えてわからず、同じ12月に2度目の探索でやっと見つかりました。 あった場所は桃園川緑道の旧馬橋そばでした。 拡大したマンホールの表記部分をご覧ください。 荒玉水道泥吐室のマンホールは、右横書き旧字体で表記されていました。 荒玉水道泥吐室の字体は難しく、“道”・“室”は単独では読めないかもしれません。 この荒玉水道泥吐室のマンホールは、荒玉水道町村組合が砧浄水場を造った昭和3年以降の設置でしょう。
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馬明はこの超お宝な複合蓋を見つけるため、本で紹介された豊島区千早町1丁目27番地の“牛込グリル”を探しに行きました。 しかし、近所の方のお話で住所は地番変更され、“牛込グリル”のオーナーも亡くなり該当地にはお店もありませんでした。目的の蓋もすでに撤去されていました。 一方、@KMB_ojiさんが去年6月中旬に赤羽で荒玉水道の家庭用量水器を最初に発見していました。 9月2日の天気予報では雨天ということでしたが、馬明の今は亡き父が子供のころ育ったところでもある赤羽へ朝早く湘南新宿ライナーで出かけました。 荒玉水道の量水器がある場所は、@KMB_ojiさんから事前に教えていただきましたので、中野とは違って直ぐにわかりました。 荒玉水道の量水器があった詳細な場所は私有地のため、省略しますが赤羽駅付近にあります。 これが赤羽で最初に発見された荒玉水道の量水器です。 父はこの荒玉水道の量水器から出た水を飲んで、赤羽で子供時代を過ごしました。 これは馬明が中野で見つけた荒玉水道の量水器と、寸法もデザインも同じでした。 量水器の文字と紋章をご覧ください。 この日は雨天なので、量水器の蓋はきれいに撮れませんでした。
赤羽小学校の正門は、創立100周年を記念して、北区が昭和50年に当時のまま復元したものです。 この直ぐ近く赤羽1番街にあるまるます家で食事をしました。 ここは赤羽で有名な居酒屋です。店内は大盛況でほとんどの人が、昼間からお酒を美味しく飲んでいました。 私が注文したのは、肝吸い付き“鶴重”1500円です。 平日はお得なランチメニューもあります。
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