馬明の路上文化遺産

ブログは2019年4月3日から、毎週水曜日11時9分に更新します。ご訪問有難うございます。

水準点

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これが大日本帝國陸軍の水準點!



大日本帝國陸軍の水準點です。


これは水準点の第6弾です。



水準点シリーズは、第1回浅間神社の水準点、2回日本水準原点標庫のなかには日本水準原点が!、3回日本水準原点と一等水準点の関係、4回横浜の小三角點、5回澁谷町水道の水準点標石を駒沢給水所で発見!に続く、6回が『大日本帝國陸軍の一等水準點』です。
※ 點は点の旧字体です。
 

★1参謀本部陸地測量部の歴史★
参謀本部大日本帝国陸軍の軍令を司った機関です。

この帝國陸軍参謀本部の外局に陸地測量部があります。


★2 大日本帝國陸軍の水準點★
今回、大日本帝國陸軍の水準點を取り上げた動機は、昨年12月26日に登録された路上文化遺産DB林文庫にある水準点の地紋でした。
この地紋は大日本帝國陸軍の星章でした。

そこで、馬明はその場所に残存しているかを調べするため、亀戸7丁目へ行きました。 
この水準點の蓋は現在もありました!
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水準點の蓋に書かれた“3377”は一等基準点名です。

この一等水準點があった場所は、首都高速7号小松川線近くにかつて元佐倉道と呼ばれた旧千葉街道でした。
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この道は成田参詣で昔賑わったところにあり、林丈二氏が撮影した2006年11月当時とほぼ変わらぬ状態で残存していました。
当時との違いを言えば、“(3377)”と番号が振られた点でしょう。

水準點の蓋をご覧ください。
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この水準點の蓋は大正13年に当時の参謀本部陸地測量部が設置した一等水準點です。
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この水準點は国土地理院が管理する現役の蓋です。

蓋の地紋は、五光星から構成されています。
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この蓋で描かれた五光星は、馬明が撮った大日本帝國陸軍制水弇の紋章と同じでした。
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蓋の真ん中には縦書きで記された“水準點”があり、これは素晴らしい字体です。
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“點”は点の旧字体です。 

大日本帝國陸軍“水準點”の寸法を、恒例の竹製物差しと100円硬貨でご覧ください。
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※ 路上文化遺産DBに登録された大日本帝國陸軍もご覧ください。





皆さん、『大日本帝國陸軍の水準點』を見ませんか?!

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澁谷町水道の水準点標石を発見!



澁谷町水道の水準点標石です。


これは水準点の第5弾です。



水準点シリーズは、第1回浅間神社の水準点、2回日本水準原点標庫のなかには日本水準原点が!、3回日本水準原点と一等水準点の関係、4回横浜の小三角點に続く、第5回が『澁谷町水道の水準点標石を駒沢給水所で発見』です。
※ 點は点の旧字体です。


★1 澁谷町水道の歴史★
澁谷町は1913(大正2)年7月に永松達吾外9名より澁谷町外1町2箇村に私設水道敷設を計画しましたが、この単独経営は東京市水道拡張工事の実施で不利と見られ、計画を中止しました。

澁谷町会は東京市水道拡張工事が戦時諸物価暴騰のため実施工事が1923(大正12)年に延期、市外給水も見込みない状況から、単独経営が得策となり1917(大正6)年10月21日に水道敷設調査委員を選定しました。
澁谷町会は中島鋭治、西大條覚の両博士に実施計画の精査を委嘱し、調査の結果、水源を北多摩郡砧村字大藏先の多摩川に決定しました。

澁谷町水道は1920(大正9)年6月に水道全般の実施設計を完了、同年12月11日に工事施工認可、1921(大正10)年5月8日に工事起工、1923(大正12)年5月1日に同水道が砧下浄水場通水、同年7月より町内一部給水を開始しました。

澁谷町水道は1932(昭和7)年10月1日に東京市によって、8単独町営(澁谷町、目黒町、淀橋町、大久保町、戸塚町、代々幡町、井荻町、千駄ヶ谷町)及び2町村組合(江戸川上水、荒玉水道)経営の計10水道事業の一つとして統合経営されました。 

 
澁谷町水道の蓋を円山町で発見の記事もご覧ください。



★2 澁谷町水道の水準点標石★
馬明が澁谷町水道の水準点標石を発見したのは、偶然にも三軒茶屋で日本水道の止水栓を見つけた日でした。

この日は三軒茶屋から玉川通りを歩いて、世田谷区弦巻2丁目41番地にある駒沢給水所(当時:荏原郡駒澤町字弦巻)付近でも日本水道株式会社の止水栓を探していました。

ここが駒沢給水所の入口です。
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この周囲を歩いたとき、駒沢給水所の敷地外から水準点標石らしき柱石を見つけました。
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この柱石の上面には半球状の突起があります。
この半球状の突起は“球分体”でその頂点が“水準点”です。

球分体の上に標尺を乗せて水準儀で標高を測量します。
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このことから、敷地内にあった柱石は水準点標石と確認できました。

水準点標石の中央に彫られたマークは、澁谷町水道の紋章です。
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この紋章は澁谷町の「澁」の字をデザイン化したものです。

違った角度から澁谷町水道の水準点標石をご覧ください。
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拡大して見るよりも澁谷町水道の紋章がわかりやすいようです。


★3 澁谷町水道の水準点標石の重要性★
澁谷町水道は、北多摩郡砧村字大藏先の多摩川の伏流水を取水し、砧下浄水場の緩速濾過地で浄化後に、駒澤給水場の配水塔二基に送り、ここから自然流下で澁谷町に給水していました。

駒澤給水場の配水塔から自然流下で澁谷町給水地区へ配水するためには、澁谷町の最高標高地よりも、標高が高い場所に配水塔を建設しなければなりません。

駒澤給水場の場所は駒澤町のなかでも標高が高い場所で、その標高を測量するために、設置されたのが“澁谷町水道の水準点標石”でした。

駒澤給水所にある澁谷町水道の水準点標石は、駒澤給水場の建設を示す路上文化遺産です。



皆さん、澁谷町水道の水準点標石を見ませんか?!

横浜の小三角點

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横浜の土木遺産“小三角點”



横浜の貴重な小三角點です。


これは水準点の第4弾です。


水準点シリーズは、第1回浅間神社の水準点、2回日本水準原点標庫のなかには日本水準原点が!、3回日本水準原点と一等水準点の関係に続く、4回が『横浜の小三角點』です。
※ 點は点の旧字体です。


★横浜の小三角點★
横浜の小三角點は、昭和63年10月発行した「都市の記憶 横浜の土木遺産」63頁のホールカバーに掲載されていて、前から一度は見てみたい蓋でした。

三角點は三角測量をするときの“位置の基準点”となるものです。

今年の5月に横浜の代表的観光地である“山手”で、お目当ての小三角點を見つけました。
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この場所に小三角點の蓋がありました。
小三角點の蓋は、歩道の石畳に溶け込んでいました。
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拡大した小三角點の蓋をご覧ください。蓋を開けると測量標石があります。
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小三角點の紋章は、ハマの2字をデザインした“横浜市き章”です。

この横浜市徽章は、明治42年の開港50周年を記念して、同年6月5日に公示されたものですから、この小三角點の蓋は明治末から大正時代にかけての設置かもしれません。

小三角點の蓋は、もう1か所ありました。
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こちらは外人墓地がある歩道にありました。
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大きさもデザインも同じものです。
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この小三角點の蓋は、本に記載があるとおり、横浜の歴史的地下埋蔵物の所在を示す重要な土木遺産です。

ご覧のとおり、横浜は東京では見られない珍しいにも出会えます。


皆さん、横浜の小三角點をご覧になりませんか!?
 

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一等水準点乙の位置



日本水準原点と一等水準点の関係です。


これは水準点の第3弾です。


水準点シリーズは、第1回浅間神社の水準点、2回日本水準原点標庫のなかには日本水準原点が!に続く、3回が『日本水準原点と一等水準点の関係』です。


★日本水準原点標庫★
日本の高低測量の基準点となる日本水準原点は、国会前庭洋式庭園内の日本水準原点標庫のなかにあります。

最初の写真は堅剛な日本水準原点標庫です。
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日本水準原点標庫は大変立派な石造りの建物で、日本水準原点は菊花の御紋がある扉を外した場所にあります。


★一等水準点 甲・乙・丙・丁・戊★
一等水準点 甲は日本水準原点標庫の真向いにあります。
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これが一等水準点 甲です。蓋には国土地理院と表記されています。
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つぎから順番に残りの一等水準点を紹介します。これは一等水準点 乙です。
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一等水準点 丙は日本水準原点標庫の一番近くにあります。
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こちらは日本水準原点標庫から一番遠くにある一等水準点 丁です。
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これは前回も紹介しましたが、鉄の蓋ではありません。
国会前庭洋式庭園の入口近くにあります。

こちらは一等水準点の戊です。
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最後に日本水準原点と一等水準点の関係を図でおおよそ示しました。
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この図を参考になさって、日本水準原点標庫と一等水準点5つをご覧になってくださいませ。

国会前庭洋式庭園には特有のマンホールもありますので、後日紹介させていただきます。


皆さん、日本水準原点標庫と一等水準点を見ませんか!?
 

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立派な日本水準原点標庫




日本水準原点です。


これは水準点の第2弾です。


水準点シリーズは、第1回浅間神社の水準点に続く、2回が『日本水準原点』です。


★日本水準原点標庫★
日本の高低測量の基準点となる日本水準原点が、国会前庭洋式庭園内の日本水準原点標庫のなかにあります。

最初の写真は堅剛な日本水準原点標庫です。
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日本水準原点標庫は大変立派な石造りの建物で、日本水準原点は菊花の御紋がある扉を外したなかにあります。

建物を拡大すると、銘盤に右書きで“水準原点”と、その上の帯状部分には右書きで“大日本帝国”と彫られています。
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歴史を感じますね。そのはずです。この日本水準原点標庫は1891年5月に建設されました。

建物は平成8年3月18日付けで東京都指定有形文化財(建造物)に指定されています。
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日本水準原点標庫から50m離れた二方向の場所には、国土地理院の水準基標No1と水準基標No2があります。
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これらは日本水準原点標庫の近くを通る営団地下鉄8号線工事が、日本水準原点への影響を監視するために、かって設置したものです。

このほかに最近では、国土地理院が3月11日に発生した東日本大震災後の水平・上下変動を調べました。

国会前庭洋式庭園内には、他にも立派な一等水準点があります。
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日本水準原点の周囲には、一等水準点甲、乙、丙などの蓋があります。
こちらは後日紹介させていただきます。


皆さん、『日本水準原点標庫』を見ませんか!?
 

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