ここカトンにあるカラフルなパステルカラーのテラスは、欧米列強が植民地とした時代に、マレー半島に移住した主に中国人やインド人と、マレー人女性との間の子孫・プラナカンが住んでいた建物です。 建物ごとに色、装飾品、門柱の絵タイルなどに分かれているのが特徴的です。 こちらはカラフルなショップハウスやレストランです。 このようにセブンイレブンもお洒落な建物の1階で営業しています。隣りはカフェです。 こちらはリトル・インディア界隈で野菜などを売るお店です。 建物はカトンと同じようにカラフルです。
この場所でSWWと記されたマンホールを見つけました。 これはシンガポールの水道部署が管理しているマンホールです。 横浜でいえば横浜市水道局に該当します。 歩道には地上式消火栓が置かれ、この近くに消火栓の水を制御している仕切弁(制水弁)の蓋があります。 このSWWと記された角蓋をご覧ください。1976は蓋を製造(設置)した年代です。 地上式消火栓にはPUBと記された角蓋も見られます。 このPUBとは、シンガポールの水道事業を担う公益事業庁(PUB:Public Utilities Board)のことです。 PUBの蓋には鉄蓋以外にコンクリート製蓋もありました。
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シンガポール
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このアート作品は朝日新聞GLOBE6.15発行で紹介されていました。 そのこともあって、16か月ぶりにシンガポールの路上アートを取り上げました。 ここでは女性や女のお子さまが記念撮影をされるカラフルな路上アートの場所でした。 この近くには高島屋ショッピングセンターなどもあります。
子どもが楽しそうに水遊びをする光景です。 これは日本風に言えば、郡上八幡の新橋飛び込みのような遊びでしょうか。 他のブロンズもご覧ください。 ブロンズのなかに、多民族国家として独立したシンガポールの歴史が感じられます。 これらのブロンズには、それぞれに意味があると思いますが、仔細は不明です。
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このような庶民的なお店で、地元の人はもちろんのこと、観光客がチキンライスを目当てに立ち寄る有名店です。 ここは行列でテーブル席を取るも一苦労でした。 これがお目当てのチキンライスです。 このチキンライスの値段は、7%内税0.23シンガポールドルを含む3.50シンガポールドルでした。日本円にして約240円です。 茹でたチキンは味わい深かったです。次回はもう一度家族連れで行きたいお店です。 このあとは別のスイーツ店で杏仁豆腐のかき氷をいただきました。 ここでは2組の日本女性がマンゴーかき氷を分け合って食べていました。
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喜臨門大飯店のペーパーチキンは、エリザベス女王も絶賛した有名店です。 この庶民的なお店に入ろうとすると、歩道側の椅子に座っていた男性が急に立ち上がってきて店内に案内されました。予約をしていないと伝え、2階へ案内されました。 案内された2階席は時間が早くお客は全くいませんでした。 この写真は食事中に撮ったものです。 この2階席では日本人企業戦士が数組、また日本人の家族連れもきて、日本人企業戦士らはお疲れ様とビールで乾杯しながら食事をしていました。
これがペーパーチキンです。ミシュランの3つ星に匹敵する味わいと評価されてます。 ペーパーチキンはお店の秘伝のたれ(醤油・紹興酒・ごま油など)に漬け込んだ鶏肉を、パラフィン紙に包んで油で揚げます。 紙をはがすと香り高い鶏の味と、濃縮したジューシーな柔らかな鶏肉でした。 ここで食べた料理を二つ紹介します。 これは芝エビが入った炒飯です。タイ米でぱさぱさした薄味の食べやすい炒飯でした。 こちらは蟹玉オムレツです。 台北で食べたオムレツのように良い味わいでした。
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これはリトル・インディアにあるメインストリートのセラングーン・ロードの街並みです。 セラングーン・ロードにあった飾り付けは、ヒンズー教のお祭りがあったためでしょう。 リトル・インディア界隈のお店には、祭壇に供える花や果物が売られていました。
屋根の上にインドの神様の彫像が沢山並ぶ様子は壮観でした。 スリー・ビーラマカリアマン寺院の見学は自由ですが、サルタン・モスクと同じく内部は土足禁止です。靴は入口で脱ぎます。 寺院内部は天井の装飾も見ごたえありました。 正面の祭壇にはヒンズー教の様々な神様が祭られています。上半身裸の人が僧侶です。 お参りした信者には食事とミネラルウォーターが配られていました。 食事はきれいに洗った「浄」の右手で食べていました。
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