馬明の路上文化遺産

ブログは2019年4月3日から、毎週水曜日11時9分に更新します。ご訪問有難うございます。

横浜市水道

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保土ヶ谷町水道の水止栓が、戸塚からの路上散歩中に旧東海道沿いで見つかりました。

保土ヶ谷町水道は、保土ヶ谷町の発展を支えるインフラ整備として、横浜市から分水の承諾を1920(大正9)年に得て、鉄管布設に着手し、同年12月に敷設、1921(大正10)年3月から町営水道の給水を開始しました。
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保土ヶ谷町は町の全域が、1927(昭和2)年4月1日に、横浜市に編入されたことを受けて、保土ケ谷町水道を廃止しました。

この保土ヶ谷町水道の水止栓は、道路工事からも撤去されにくい場所にあったことが幸いし、少なくとも90年以上に亘って、この場所で町の近代化を見守っていました。


ブログ開設10周年では、皆様から温かなコメントと激励を頂戴し、大変ありがとうございました。
当ブログを今後とも宜しくお願い致します。



馬明(まーみん:Mamin)の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。


これは横浜市水道の第14弾です。
『保土ヶ谷町水道の水止栓』です。


★1 横浜水道の歴史★
横浜水道の歴史の幕開けは、神奈川県令 沖守固(官選初代知事)が英国工兵中佐H.S.パーマーを顧問に迎えたときから始まりました。
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パーマーが相模川上流に水源を求め、設計・監督で1885(明治18)年4月に近代水道の建設を着手し、ここ野毛山配水池から、
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わが国最初の近代水道(当時の人口10万人に対し計画給水人口7万人、計画一日最大給水量5,720トン)が、1887(明治20)年9月に完成し、同年10月17日から給水を開始しれました。

水道事業は、1890(明治23)年2月12日の水道条例制定に伴い、市町村が水道事業を経営することとなり、神奈川県から横浜市へ1890(明治23)年4月から移管しました。

保土ヶ谷町は、横浜市から分水の承諾を1920(大正9)年に得て、鉄管布設に着手し、同年12月に敷設し、1921(大正10)年3月から町営水道の給水を開始しました。

保土ヶ谷町は町の全域が、1927(昭和2)年4月1日に、横浜市に編入されたことを受けて、保土ケ谷町水道を廃止しました。


★2 保土ヶ谷町水道の水止栓★
保土ヶ谷町水道の水止栓(以下、「水止栓」と略する。)の蓋をご覧ください。
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この水止栓は、秦野町水道の水止栓と大変似ています。
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この水止栓が、長い年月に亘って撤去されなかったのは、設置された場所が秦野町水道の水止栓があった場所と大変似ている理由からです。

この場所で、水止栓が見つかりました。
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このように設置された場所が幸いし、道路工事でも撤去される恐れがなかったのです。
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水止栓の紋章をご覧ください。
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水止栓の寸法をご覧ください。
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保土ヶ谷町水道の水止栓は少なくとも、ここに90年以上に亘って、町の近代化を見守っていました。

これは、横浜市の古い止水栓である横水です。
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こちらは、道路などで見られる止水栓です。
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この止水栓は、すべて左書きです。

このお店は、フィンランド料理店のporo珈琲です。
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ここでのランチをご覧ください。
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ドイツパンのアボカド&チキンサンドイッチと、サーモンスープです。





皆さん、『保土ヶ谷町水道の水止栓』で、水道の歴史を堪能されましたか!?



はまピョンは人気者

はまピョンは、横浜市水道局のキャラクターです。誕生日は平成7年6月1日らしい。

はまピョンの誕生は、横浜水道の水源林がある山梨県道志村のきれいな川のそば。
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はまピョンは、小学生用リーフレット「よこはまの水道」の表紙モデルで活躍中。

はまピョンは、壁紙カレンダー、スクリーンセーバー、ペーパークラフトもあって、お子様の人気キャラクターです。


ブログ開設から、7月11日で9年178日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで残り187日です。



馬明(まーみん:Mamin)の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。


これは横浜市水道の第13弾です。
今回は『はまピョンは人気者』です。


★1 横浜水道の歴史★
横浜水道の歴史の幕開けは、神奈川県令 沖守固(官選初代知事)が英国工兵中佐H.S.パーマーを顧問に迎えたときから始まりました。
イメージ 2

パーマーが相模川上流に水源を求め、設計・監督で1885(明治18)年4月に近代水道の建設を着手し、ここ野毛山配水池から、
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わが国最初の近代水道(当時の人口10万人に対し計画給水人口7万人、計画一日最大給水量5,720トン)が、1887(明治20)年9月に完成し、同年10月17日に給水が開始されました。

水道事業は、1890(明治23)年2月12日の水道条例制定に伴い、市町村が水道事業を経営することとなり、神奈川県から横浜市へ1890(明治23)年4月から移管しました。


★2 はまピョンは人気者★
はまピョンは、横浜市水道局キャラクターです。
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これは、横浜市水道局のイベントに参加したときにいただきました。

横浜市水道局の施設には、はまピョンがいます。
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はまピョンの四季折々の活躍をご覧ください。

春 はまピョンがお花見。
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夏 かき氷・花火・お祭り。
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秋 運動会・赤トンボ・ハイキング。
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一年中 美味しい水。
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皆さん、『はまピョン』を見ませんか!?



鶴見配水池の桜と道標

鶴見配水池は、飲料水を高台まで送るために、1937(昭和12)年に建設されました。

配水塔の大きさは、内径8.5m、ドーム頂の高さ約26m、総水量1,283立方mで「ねぎ坊主」の愛称で親しまれています。

鶴見配水池の敷地では、ソメイヨシノが咲いていて、丁度見頃でした。
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鶴見配水池の近くで、古い道標を見つけました。そこには、北寺尾別所、西北寺尾、南東寺尾、東鶴見総持寺などと記されていました。



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ブログ開設から、4月4日で9年80日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで残り285日です。

みなさん、3月はご訪問ありがとうございました。4月もどうぞ宜しくお願い致します。



記事は横浜市水道の第11弾&桜の花の第12弾です。
今回は『鶴見配水池の桜と道標』です。 


★1 鶴見配水池の桜★
馬明は鶴見駅西口にある総持寺で桜と消火栓のコラボを撮影後に、鶴見獅子ヶ谷通りを歩きました。

この道が鶴見獅子ヶ谷通りで、前方に見える陸橋は第二京浜国道に架かる響橋(通称:眼鏡橋)です。
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響橋を渡って、左折すると水道道に入ります。
水道道沿いの建物に、不二家キャラクターで有名なペコちゃんを飾っていました。
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この先に、鶴見給水塔が遠くに見えましたので、思わず望遠で撮りました。
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ここの正式名称は、鶴見配水塔と言います。 

信号の鶴見貯水池前まで歩くと、鶴見配水塔が直ぐ目の前です。
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横浜市水道局鶴見配水池には、ソメイヨシノが咲いていて、丁度見頃でした。

鶴見配水池の桜をご覧ください。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/65/89/xxxaoiaxxx/folder/1553976/img_1553976_47250574_97?1238674304.gif
鶴見配水池は、飲料水を高台まで送るために、1937(昭和12)年に建設されました。
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配水塔の構造は、鉄筋コンクリート造りと鉄骨です。
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規模は、内径8.5m、ドーム頂の高さ約26m、総水量1,283立方mです。
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配水塔は遠くからも見えて、周辺住民のランドマークです。
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配水塔は、ねぎ坊主の愛称で親しまれています。
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春は満開な桜で、ねぎ坊主がきれいにコーディネートされています。
ソメイヨシノの花言葉は、「純潔」「優れた美人」

配水池の有効貯水量は22,000立方mで、横浜市内にある配水池23カ所中では14番目の規模です。
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★2 鶴見の道標★
鶴見配水池から三ツ池公園へ行くときに、坂上交差点で道標を見つけました。
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道標には、北寺尾別所、西北寺尾などと記されていました。
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こちら側も南東寺尾、東鶴見総持寺などと記されていました。
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みなさん、『鶴見で春の散策』を楽しみませんか!?



横浜市の風光明媚な山手にある『えの木てい』では、チェリーサンドが有名です。

えの木ていの入口近くでは、近代水道ができた当時に市内の道路に設置された獅子頭共用栓も見てきました。
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えの木ていのチェリーサンドは、美味しく評判が高いお菓子です。ここでバラの花びらでお洒落なスィートロールケーキを賞味してきました。



馬明(まーみん:Mamin)の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。

ブログ開設から、3月17日で9年62日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで残り303日です。




これは横浜市水道の第10弾です。
今回は『えの木ていの獅子頭共用栓とスィートロールケーキ』です。 




★1 えの木ていの獅子頭共用栓★
横浜市山手にあるえの木ていは、チェリーサンドが有名です。

先日、ここでバラの花びらでお洒落なスィートロールケーキを賞味してきました。

ここが、えの木ていです。
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「えの木てい」の「えの木」は、庭にエノキの大木があることから名付けられました。エノキの花言葉は、「力を合わせる」

えの木ていで最初に出迎えるのは、獅子頭の水道共用栓です。
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獅子頭共用栓の右手後方には、桜の種類らしき花が咲いていました。
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獅子頭共用栓を正面からご覧ください。
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これが、獅子頭と言われる名前の由来です。
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この獅子頭共用栓は、ライオンの水道として横浜市民に親しまれていました。

獅子頭共用栓の下部は、日本語と英語表記です。
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水横とは、横浜水道のことです。

水横の小蓋は、開港広場沿いの歩道で見られます。
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★2 えの木ていのスィートロールケーキ★
えの木ていで食べたスィートロールケーキをご覧ください。
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スィートロールケーキは、バラの蕾が美しいアクセントでした。
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バラの香りは、あまり感じられませんでしたが、一度は賞味したくなるロールケーキでした。
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皆さん、『えの木てい』で楽しみませんか!?



横浜市水道は、第1回横浜水道の右書き消火栓、2回横浜最古の仕切弁!?、3回横浜中華街の古い量水器、4回横浜で明治・大正時代に使われた量水器 、5回横浜水道記章入り右書き量水器、6回[大正時代の横浜市水道消火栓蓋]、7回座り込み禁止のビルと消火栓蓋の確認、8回民家の葡萄と小判型消火栓蓋の撤去、9回横浜市小判型消火栓蓋の新たな残存です。
※ こちらの記事も、併せてご覧になってください。
馬明は横浜市内を全てくまなく歩いていませんので、この小判型消火栓蓋が市内唯一の存在とは言えませんが、大変貴重なマンホールの蓋には間違いありません。

この地下式消火栓蓋は、情報を得て知ったもので今年の秋に撮ってきました。
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これまで、何度も見てきた寿町の小判型消火栓蓋が、撤去されたというツイター情報を知って、今年8月21日に残存を確認してきました。

しかし、1か月後の9月21日に消火栓の残存を再確認しに行ったときには、消火栓が水道管の耐震化工事ですでに撤去されていました。




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ブログ開設から、11月27日で8年317日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで1年48日です。



ブログの休み中には、皆様から温かなお祝いコメント&ナイス!を頂戴致しました。この場で厚くお礼を申し上げます。


※お願い お友だち登録は受付けていません。お気に入り登録とブログリンクをされましたら、記事にコメントをお願いします。


これは消火栓蓋の第9弾です。
今回は『横浜市小判型消火栓蓋の新たな残存』です。



1 寿町の消火栓蓋
横浜の寿町は、東京の山谷、大阪市の釜ヶ崎と並ぶ日雇い労働者が、簡易宿泊所に住むドヤ街です。
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この寿町へ行ったのは、小判型消火栓蓋(以下、「消火栓」という。)が撤去されたらしいことをツイターで知ったからです。

8月21日時点では、この消火栓は撤去されていませんでした。
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しかし、水道工事が近場で行われた形跡が見られ、消火栓が何時撤去されても不思議ではありません。
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この予想が運悪く、当たってしまいました。
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9月21日に消火栓の残存を確認しに行ったときには、水道管の耐震化工事で消火栓(赤紫色矢印)が撤去されていました。

2 本牧の消火栓蓋
このような本牧の場所で、新たな消火栓の残存が確認できました。
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この消火栓をご覧ください。
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消火栓は、撤去された消火栓よりも良い状態ではありませんでした。

消火栓2枚の寸法を比較してご覧ください。
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マンホールの蓋の大きさは、撤去された蓋の方が若干大きそうです。 

消火栓に陽刻されたフォントの違いをご覧ください。
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フォントはユニークで明らかに異なり、これは製造メーカーが違うからでしょう。

これは、帰りがけに見たコンクリート製ゴミ箱です。
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このような朽ち果てたコンクリート製ゴミ箱を、古い木造家屋で見ました。

これは、電柱に貼ったペット(犬)を散歩させる愛犬家へのマナー喚起です。
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この種のお手製ものは、割と珍しいです。

こちらは、横浜市の注意喚起と似た看板も見受けられます。
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皆さん、『古い消火栓蓋』を見ませんか?


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