千住は江戸から日光道に入る初宿である“千住宿”は、江戸四宿として繁栄した町です。 千住3丁目では寸法が縦横42cmの石縁付き角蓋と、馬明が見つけた縦横約35cmのタイプ↓でした。 馬明はこの2枚以外に千住仲町でも、新たに外された蓋を2012年9月14日に見つけていました。 この蓋は小さめタイプで、違うのは鍵穴の位置が紋章の下でなく左側に、紋章に穴が開いている点でした。 紋章をご覧ください。 角蓋をはじめに千住町?と考えたのは、千住町徽章と違うこと、旧千住町で見つかった角蓋も3枚(外された蓋1枚を含め。)と、2012年10月時点では残存数が少ない点からでした。
千住仲町では最初に小さめな石縁付き角蓋を3枚見つけました。 これら角蓋3枚の寸法は縦横約36cm、鍵穴位置は紋章の下と、千住3丁目の角蓋の小さなタイプと同じで、違いはすべてが石縁付きで、紋章に穴が開いている点でした。 この角蓋1枚だけは、紋章に穴が開いていないタイプでした。 紋章は千住3丁目と同じく”千”が3つ描かれています。 この同じ日に、千住仲町の別の場所でも大きめの石縁付き角蓋を1枚見つけました。 この角蓋の寸法は縦横約42cmと千住3丁目の大きめの蓋と同じですが、違いは鍵穴が紋章の左側にある千住仲町で見つかった穴が開いた紋章タイプでした。 ※ この角蓋はその後、撤去され外された蓋を同所で確認しました。 紋章をご覧ください。 千住町角蓋と思われた蓋はその後の調査を含めても、都内ではこれに該当する角蓋が確認されないこと、この角蓋は旧千住町3箇所で5枚が現存し、蓋だけ見つかった2枚を入れる(その後外された1枚を含め。)と、この角蓋は間違いなく“千住町角蓋”と考えられます。 角蓋だけには丸蓋と違った千住町の別バージョンの紋章を採用したのでしょう。 この千住町角蓋は周辺環境を見ると、汚水桝としての使用と思われます。
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千住町
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千住は江戸から日光道に入る初宿である“千住宿”は、江戸四宿として繁栄した町です。 千住町らしい角蓋は千住地区の私道にありました。 この千住町らしき角蓋は、rzekaさんが発見した石縁付き角蓋(↓画像)とは別物です。 角蓋にある紋章は、名古屋市型マンホールにある千住町の紋章とも異なります。 これはrzekaさんが見解されたように、千住町章の別バージョンかと思われます。 今回見つけた角蓋は、石縁付き角蓋と比べると蓋の地紋や紋章も同じですが、違いをいえば蓋の大きさが異なります。 この角蓋の寸法は縦横約35cmでした。一方、石縁付き角蓋の寸法は縦横42cmなので、こちらは一回り小さな角蓋でした。
馬明は小さな千住町らしい角蓋を、9月14日に別の場所でも発見しました。
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