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広尾小学校の澁谷町水道蓋は、関東大震災後の小学校震災復興末期に1930(昭和5)年11月2日から建設され、移転した1932(昭和7)年4月29日以前に設置した蓋と思われます。 広尾小学校のL字型校舎東北隅部には、かつて併設された警視庁消防部上智消防署の 望楼もあります。 澁谷町水道蓋は2枚組角蓋で、右蓋に縦書き二段で澁谷水道と記されています。左蓋にあるのは澁谷町の町章です。これは「澁」の字をデザイン化したものです。 馬明(まーみん:Mamin)の路上文化遺産と投資のブログをご訪問くださいまして、大変ありがとうございます。 ブログ開設は今日11月17日で7年307日を迎えました。目標のブログ開設10周年まで2年58日です。
澁谷町会は東京市水道拡張工事が戦時諸物価暴騰のため実施工事が1923(大正12)年に延期、市外給水も見込みない状況から、単独経営が得策となり1917(大正6)年10月21日に水道敷設調査委員を選定しました。 澁谷町会は中島鋭治、西大條覚の両博士に実施計画の精査を委嘱し、調査の結果、水源を北多摩郡砧村字宇奈根先の多摩川に決定しました。 澁谷町水道は1920(大正9)年6月に水道全般の実施設計を完了、同年12月11日に工事施工認可、1921(大正10)年5月8日に工事起工、1923(大正12)年5月1日に同水道が砧下浄水場通水、同年7月より町内一部給水を開始しました。 澁谷町水道は1932(昭和7)年10月1日に東京市によって、8単独町営(澁谷町、目黒町、淀橋町、大久保町、戸塚町、代々幡町、井荻町、千駄ヶ谷町)及び2町村組合(江戸川上水、荒玉水道)経営の計10水道事業の一つとして併合経営されました。
緑色矢印の建屋は、屋上で1947(昭和22)年まで使用された渋谷消防署上智出張所の望楼(高さ23メートル)です。 澁谷町水道蓋にある紋章、即ち澁谷町章をご覧ください。 この紋章は澁谷町の「澁」の字をデザイン化したものです。 澁谷町水道蓋の寸法を、恒例の竹製物差しと100円硬貨でご覧ください。 角蓋はおよそ横47cm×縦62cmの2枚組でした。
このアサガオは8月から11月まで咲く西洋アサガオのヘブンリーブルーのようです。 アサガオの花言葉は、「愛情」「愛情の絆」「短い愛」「明日もさわやかに」「はかない恋」
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澁谷町水道
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小蓋シリーズは、第1回横浜の右書き瓦斯、2回藤沢の右書き制水弇、3回右書き制水弇、4回右書き瓦斯中蓋、5回レアな阻水弇、6回右書き止水栓、7回目武蔵野の制水弇・制水弁、8回板橋宿の荒玉止水栓、9回北区の荒玉水止栓、10回荒玉制水辨、11回中野で荒玉止水栓2枚、12回横浜最古の仕切弁 、13回武蔵野の止水栓 、14回中華街の量水器 、15回阻水弇の発見、16回高円寺北の荒玉止水栓、17回阿佐谷南の荒玉止水栓、18回川崎市の止水栓、19回宮内省の制水弇、20回謎を秘めた桜小蓋と桜、21回代々幡町水道制水弇 、22回代々幡町水道の制水弇を発見!、23回千駄ヶ谷町水道の止水栓を発見!、24回工水 排水弁と右書き量水器、25回玉川水道株式会社の止水栓、26回玉川水道株式会社の量水器を発見!、27回明瞭な玉川水道株式会社の量水器を発見!、28回現役で活躍する玉川水道株式会社の量水器を発見!、29回日本水道株式会社の止水栓を発見!、30回三軒茶屋で日本水道の止水栓を発見!、31回大久保町水道の水止栓を大久保1丁目で発見!、32回横浜で明治・大正時代に使われた量水器、33回横浜水道記章入り右書き量水器、34回大久保町水道止水栓を百人町1丁目で発見!に続く、35回が『澁谷町水道の蓋を円山町で発見』です。
澁谷町会は東京市水道拡張工事が戦時諸物価暴騰のため実施工事が1923(大正12)年に延期、市外給水も見込みない状況から、単独経営が得策となり1917(大正6)年10月21日に水道敷設調査委員を選定しました。 澁谷町会は中島鋭治、西大條覚の両博士に実施計画の精査を委嘱し、調査の結果、水源を北多摩郡砧村字宇奈根先の多摩川に決定しました。 澁谷町水道は1920(大正9)年6月に水道全般の実施設計を完了、同年12月11日に工事施工認可、1921(大正10)年5月8日に工事起工、1923(大正12)年5月1日に同水道が砧下浄水場通水、同年7月より町内一部給水を開始しました。 澁谷町水道は1932(昭和7)年10月1日に東京市によって、8単独町営(澁谷町、目黒町、淀橋町、大久保町、戸塚町、代々幡町、井荻町、千駄ヶ谷町)及び2町村組合(江戸川上水、荒玉水道)経営の計10水道事業の一つとして併合経営されました。 上のリンクから、蓋の良好な渋谷区の円山町(2010年2月19日撮影)画像をクリックして紋章と文字をご覧ください。 澁谷町水道の紋章は、蓋の中央上端にあります。 この紋章は澁谷町の「澁」の字をデザイン化したものです。 摩耗した下段3文字は“水止栓”と読めます。 この良好な蓋は道路拡幅工事で撤去されましたが、これとデザインが同じと思われる蓋を7月26日に円山町で発見しました。 この蓋を現場でお聞きしましたら、相当古い蓋だと仰っていました。 この蓋は昭和初頭に設置されたように思えます。 澁谷町水道の蓋は神泉町にも一つ残存しています。こちらです。 この蓋も相当摩耗しています。 今回、円山町で見つけた蓋↓は、↑の神泉町の蓋とデザイン的に同じに見えます。 円山町で見つけた蓋は、澁谷町水道の“止水栓”又は“水止栓”かと思えます。 ※ 世田谷区弦巻2丁目に澁谷町水道を給水した駒沢給水所があります。 ご参考までに、第2配水塔東側でEkikaraManholeさんが撮影された澁谷町阻水弇(路上文化遺産DBから引用)をご覧ください。 阻水弇の紋章は場内に残存していたのに拘らず、意外に不鮮明な状態です。
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