|
こういう記事を書いていて、
http://blogs.yahoo.co.jp/aqua_nol/63656230.html
こういう記事に巡り会うと
http://maclalala2.wordpress.com/2012/11/19/イノベーションは闘いだ/
とても面白いなぁと思います。はっきり言ってこういうのがあるからブログを止められません。自分と同じようなことを考えている人がいるってのはとても面白いことです。それがなにかに「精通していた人(上記であればAppleにかつて勤めていた人)」の文章ならなおさら。自分の駄文もまんざらではないなぁと素直に「良い気分」になりますから。
いつもいつも一人だけ「浮いている」と思っていた学生時代には、だからこそ意識して浮いていた部分もたくさんあるし、高校時代などは自分自身そうとう嫌な人間になっていたので、馬鹿でもちょんでも大学とか、お前、学問に興味ないくせになんで大学なんだ?氏ねよ!的な態度を露骨に出していたりもしました。
だから高校時代は友達一人もいなかったし。
ものの見事に高校の同窓会には今の今までまったく一度も呼ばれてないし、僕自身、高校時代は本当に自分の歴史から抹消したいものです。笑
大学などにも行き、社会にも出て、なんとはなしに「自分は変わり者」とも思わなくなり(というか、忙しい日常でそれどころではなく)、そういうことをすっかり忘れ、いろいろ浮き沈みもあって、僕も普通の人と同じだと思ってたら、やっぱり相も変わらずちょっと変だよね?変わってるよねと言われ、もうどうにもならんと諦めの境地になり、現在に至ってます。
なにも女性のように「変わってる自分=特別(極端なプラス思考)」とか「変わってる自分=いらない子(極端なマイナス思考)」とかじゃあないんです。
もっとちっぽけなこと。
興味の対象が同じとか、考えていることが同じとか
そういうこと。そこがずれているのです。まぁたしかに中学生の頃から心理学の本を読んで元型がどうたらとか考えてたり、中世の銅版画のなんとも言えない奇妙な感覚にハマったりするのは、どう考えてもずれてますよね。学生時代なんてセックスとか車とかおしゃれとか芸能界とか、そういう感じでしょ?ムーにハマるまでならまだしも、その向こうの学問の世界にまでどっぷりハマるなんてのは、特に田舎では珍しいことだし不健全ですよ。いつか犯罪犯すんじゃないの?的な目で見られたり。
はっきり言って、同じ趣向の同士と話がしたいなぁと何度思ったことか。
そういう学問がしたくて、そういう大学に行って、それで電車の切符が買えないような世間知らずになってもなんの問題もないと思っていたのに、実際には世間をいやというほど味わうような世界に行ってしまって、まあそのおかげで人間的に若干は補正出来たってのもありますが(笑)、でも、結局は「同好の士」が欲しいなぁと思っているのです。今でも。
だから、ブログで似たような意見があったりすると素直に良い気分になるんですよね。なにも「自分は正しいんだ」ってことではなく「同じことを思ったり考えたりしている人がいるんだなぁ」って。
キリスト教(特に原始キリスト教)とかユングとか中世ヨーロッパの銅版画とか錬金術(学問的なアプローチで)とかオカルト(これも純粋に学問的アプローチで)とかダダイズムとか耽美主義とか神話学とかそういう方向が好きって人いないかな。「薔薇の名前」に出てくる異形の建物に所蔵してあった写本を片っ端から全部見たいよねぇと思えるような人とか。
そういう人とそれこそ飽きるまであれこれ話してみたいもんだと思うのです。
まあ3年くらいは飽きないとは思いますが。笑
でも、そういう人っていないんだよねぇ。
|