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記:こうもり |
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ども、 廿八号のブログを知っている人なら、 知っていると思いますけど、 その昔、松本サリン事件が起きたとき、長野県警を始め、 日本中のマスコミがひとりの無実の人を犯人と決めつけていた頃、 在日アメリカ(軍)人には、無差別テロの予行練習の可能性が高いので、 人が多く集まる劇場や大型商業施設にはなるべく行かない方がいい。 と言う通達が出てたわけですよね。 さすがですね。 [[attached(2,center)]] でね、 ふとしたことで最近知ったのですが、1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故の際、 夜に名前もないような山の尾根に墜落したせいで、 救助活動が翌日になってしまい、 結果瀕死の重症を負った多くの方が現場で亡くなられ、奇跡的に非番の客室乗務員をはじめ4名の方が救助されたに過ぎないわけですが、 ここでも在日米軍は、速やかに現場を特定、1時間後に現地上空に米軍機が到着の上詳細な位置を確認、 2時間後には救助ヘリが現地に到着し救助命令を待ったことを知りました。 しかし、当時日本にはなかった暗闇でも活動できる機能を持ったそのヘリは、 その能力を発揮することはなく、 現場を立ち去らなくてはなりませんでした。 生存者の一人、当時12歳の少女は語っています。 「(暗闇の中)ヘリコプターの音が聞こえて来て、赤い明かりも見えて、真上迄来て止まってホバリングみたいにして・・・。『ああーこれで助かるわ。』って皆で言ってたら、ヘリは引き返した。『これで場所が判ったから、又皆で沢山来て助けてくれる。』と話したけど、それきりで来ん様になった。その内、皆話さなくなった・・・。」 [[attached(3,center)]] 実際に救助が開始されたのは、12時間後。 残念ですが やはり戦争を国技とするだけあって、危機管理能力の差は、話になりません。 別にアメリカを見習えと言うのではもちろんありませんよ。 私どもの国では、学校で銃を乱射する生徒はいませんからね。 また救助でもっとも活躍した自衛隊の皆さんにも、 もちろん何の責任もありません。 彼らがベストをつくす以上の働きをしたことは、疑う余地もありません。 しかしこの事故の場合、まだまだ明らかになっていないことが多すぎませんか。 いまだに圧力隔壁の金属疲労による事故でいいんですかね。 金属疲労の引金になったとされる、墜落7年前の同機体のしりもち事故の機長は、 なぜ自らの命を絶たなければならなかったのでしょうか。 垂直尾翼がなぜ落下したのか、ちゃんと調べた方がいいのではないですかね。 大事なことは、だれの責任も問わないことをみんなで確認し、 その代わり、すべてを明らかにすることだと思うんですが。 言うだけなら、とても簡単ですんませんけど。 |
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