みずがめ座の時代

笑い、希望、祈り、基督者のブログです

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ミッドウエー海戦アメリカ側

ミッドウエー海戦、勝ったアメリカ側はどうであったのだろうか、そこには生身のアメリカ兵がいた。
 
 
イメージ 1
アメリカ海軍ドーントレス艦上爆撃機
 
 
 
「海兵隊の英雄」ロフトン・ヘンダーソン海兵隊少佐
1903年オハイオ州クリーブランド生まれ。戦死時39歳、既婚。
ミッドウエー海戦6月4日、06:05 ヘンダーソンは16機の艦上爆撃機ドーントレス(ひるまないという意味)を指揮して、他の米軍機とともに日本海軍攻撃に飛び立った。
 
ヘンダーソン少佐は日本の二隻の空母を発見、その攻撃の指揮を執った。
海兵隊機は数の上でははるかに勝っていた。わが編隊は標的に向かって水平爆撃体制を取り、対空砲火の中へ突入した。ヘンダーソン機の左翼から火が出たのは攻撃開始後まもなくであった。零戦が指揮官搭乗機を集中的に狙ったのは確かだ。
被弾したのは零戦の攻撃によるものか、対空砲火によるものかは不明。
 
ヘンダーソン機はただちに空母突入の方向を取った。火は広がり、機の後方部より黒煙が尾を引いた。もはや回復不能であることは明らかだったが、機外への脱出はしなかった。ヘンダーソン少佐自身も負傷していた。彼はそのまま炎上する愛機と共に爆弾を抱えたまま、空母に体当たりを実行した。
この突撃は彼の意図的行為によるものであった・・・・友軍の証言。
 
 
母ヘンダーソン夫人の談話
婦人は背の高いほっそりとしたグレーの髪で、物静かな威厳と個性を備えた人だった。暖炉の上からロフトン・息子の額入りの写真を持って話を始めたとたん、突然泣き出し、感情を抑えようとして顔を手の中に埋めた。「とてもいい子でした。こんな思いをしているのは私だけではないことは分かっています。何百万人もの母親が私と同じ苦しみを味わっていることも知っています。でも辛いのです。彼がいないことに慣れるのはとても難しいことなのです・・・・・」
 
ロフトンには妻アデリンがいた。戦後しばらくはカルフォルニアにいたが、その後消息不明となる。子供はいなかった。
 
 
 
 
ラルフ・ホルトン 海軍少尉23歳、未婚
ラルフは珊瑚海海戦(ミッドウエー海戦の前にあった空母対空母の海戦、日米互角であった)で被弾炎上した空母レキシントンから、多くの友軍を助け出した英雄的行為で、海軍のネイビークロス賞を受賞。
 
ミッドウエー海戦で被爆した空母ヨークタウンに駆逐艦ハマンが横付けされていた。
当時、艦には水中爆雷が装備されていたが、ラルフは艦底に多くの乗員がおり、そのままでは何が起こるか知っていたので、退艦が手遅れになるまで艦に残り、水中爆雷除去作業を続けていた。
 
そこに日本海軍の潜水艦による魚雷攻撃があり空母、駆逐艦と共に海底深く沈んでいった。
 
ラルフの名誉をたたえて駆逐艦ホルトンが建造された。その式典に彼の両親が主賓として招待された。
母は胸に花を、父には米国旗が渡された。
 
私(ラルフの父)はその国旗を見てすぐに基地司令官に返しました。旗に「MADE IN JAPAN」と書いてあるのを見たら、息子のラルフは卒倒したでしょうから。
私は現在93歳で健康、2年前に妻を亡くしました。
「戦争に勝った者はいません。どちらの側の人々も、長い年月にわたって代償を支払うのです」
 
父・ラルフは、一人息子を若くして死なせた悲しみを、淡々と語った。
彼は成功者としての老後を送っており、戦死者への年金などは、一切受け取っていない。
 
 
 
 
帝国海軍・伊168号潜水艦、
米空母ヨークタウンと駆逐艦ラルフを撃沈。
 
イメージ 2
伊号潜水艦
 
第六艦隊、第三潜水戦隊に所属する伊168号潜水艦、艦長・田辺少佐は、被弾した敵空母ヨークタウンを発見。攻撃のために接近する。
周りには敵駆逐艦7隻がいた。潜水し接近、空母との距離900メートルの時に魚雷4本を二回に分けて発射。爆発音を確認しながら、ただちに急速潜行し、戦闘海域を離脱。
 
敵駆逐艦からの激しい爆雷攻撃にあう。一発の至近弾を受け、故障。
艦は後部から落下。モーター室に浸水。安全深度75メートル付近で、偶然にも浮上を開始した。
 
意思に反して潜水艦は敵海域で浮上してしまう。全員死を覚悟して、海上戦闘態勢を取る。ハッチを開け、砲員を始め全員が艦上に飛び出す。どうせ死ぬなら一発でも撃ってから死のうと決意したが、意外なことに敵駆逐艦からの追撃はなかった。
 
おそらく爆雷攻撃で潜水艦をしとめたと勘違いしたものと思われる。
命拾いした伊168号潜水艦は、いそいで浮上したまま敵海域を離脱した。
 
 
 
 
 
ミッドウエー海戦については多くのことが語られています。全容もほぼ解明されいますが、敵アメリカ軍のことはあまり知られていないので、今回記事にしました。
 
この海戦まで帝国海軍の方が物量、兵士の技量ともにアメリカ軍に勝っていました。
ミッドウエーでも圧倒的戦力を誇っていたのは帝国海軍の方。
一方、戦力で劣り、初年兵が多いアメリカ軍はまさに背水の陣で必死の戦いを挑んでいたのだ。
 
 
 
アメリカ軍はけっして楽に戦争をしたわけではない。

閉じる コメント(8)

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山本五十六は、「大和魂は不滅です」とはやる部下に、「敵にはヤンキー魂がある、侮ってはいけない」といさめたそうですが、まさにそういうことですね。

2010/8/29(日) 午前 8:35 無縛 返信する

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最初に特攻攻撃をやったのはアメリカ側でしょう。

恐るべし、敵もサムライです。

2010/8/29(日) 午前 9:36 みずがめ座 返信する

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こんばんは〜♪

戦時下において、美談や面白可笑しい話も伝えられていますが、やはり多くは悲劇なのですね・・・・
それは戦勝国、敗戦国を問わず。

開戦の理由の如何を問わず、戦争という手段は肯定されるべきものでは無いでしょう。

2010/8/29(日) 午後 7:22 [ 啼兎 ] 返信する

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「戦争は、血を流す政治、

政治は、血を流さない戦争」・・・・毛沢東


それにしても戦争を始めるときは、よくよく考えて始めなければ、買ったとしてもその代償は大きい。

2010/8/30(月) 午前 4:41 みずがめ座 返信する

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戦闘機だけでなく、アメリカでは、この頃既に空母も被弾時の被害拡大を防ぐための設備を備えていたのも大きな被害の差を出したと思いますよ!

2010/8/30(月) 午後 6:12 こかげ 返信する

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アメリカ軍のダメージコントロールはタイヘンすぐれていて、全ての軍艦にスプリンクラーが取り付けられていた。
日本側・・・なし。

そのほか、海戦の後の行方不明者の捜索も徹底的におおなわれた。
兵士を大切にするシステムがあったのだ。
特攻のような人間を消耗品にする考え方は無かったが、そのアメリカ側が、最初に体当たり攻撃を実行したのは、驚くのである。

2010/8/31(火) 午前 4:07 みずがめ座 返信する

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空母の燃料タンクに防爆装置が付いていたそうです。
飛行機、船、etc ・・・どんなものでも、燃料を使用すれば、燃料タンクには空きができます。その部分には空気が入ってきます。そして燃料が気化しますから、この部分には【混合気=空気と燃料の混合物】ができます。混合気は爆薬と同じですから、燃料の上に爆薬が乗っている構造になってしまいます。

ですから、ここに被弾すると爆発します。爆発すると燃料タンクが壊れ、処置なしの状態になります。混合気が無ければ、爆発はなく、単に流出した燃料が燃えるだけです。

タンクの空いた空間に空気ではなくて、不燃ガスを入れれば混合気ができませんから、防爆となるということです。

2010/8/31(火) 午前 8:33 こかげ 返信する

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たいしたもんです、アメリカさん、さすがです。

組織の運営が上手かった。
また人的資源・・という考え方の勝利でしょう。

ソレに対して、わが帝国海軍は、
『月月火水木金金』と、「軍人精神注入棒」と、往復ビンタでした。

2010/8/31(火) 午後 1:06 みずがめ座 返信する

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