あらいぐま君のブログ

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【バドミントン】桃田は「ポイントを稼ぐ国際大会に出られない」…バド協会に聞く

スポーツ報知 4月11日(月)7時3分配信
 
 日本バドミントン協会は10日、都内で緊急理事会を開き、違法カジノ店で賭博行為をした日本代表の桃田賢斗(21)=NTT東日本=の代表指定解除と無期限の試合出場停止処分を科した。このため、桃田のリオ五輪出場はなくなった。常習性が高く、今回の主導的立場だったロンドン五輪代表の田児賢一(26)は無期限の登録抹消。協会は桃田の将来的な復帰へ、更生プログラムなどを実施する可能性を示した。

 Q 出場停止で今後できないことは?

 A 出場停止で制限されるのは公式戦の試合出場が中心。練習や指導などに影響はないが、公式戦に出られないため日本代表や五輪出場に必要なポイントを稼ぐ国際大会には出られない。無期限の桃田は、試合復帰には理事会承認が必要。

 Q 桃田のリオ代表剥奪で、代替選手は選べる?

 A 現状では、桃田が国際連盟から五輪出場資格を付与された場合、代わりの選手を選ぶのは不可能。ただ、日本協会は2番手で世界26位の佐々木翔(トナミ運輸)をリオに派遣したい考え。桃田の出場停止期間中だけ、国際連盟の登録を抹消することが可能なら、世界17位以下でも1人を選べるため同連盟に確認中だ。

 Q NTTの社内処分を待たずに処分したのは?

 A 協会は迅速な対応が必要と判断したほか、社内調査は弁護士も参加して行われたため「信用できる」と判断した。NTTも週明けには決定する見込み。

 Q 処分の差は?

 A 賭博行為に関わった回数、金額などで判断。主導的立場だった田児が最も重かった。報告書によると、代表でない選手は、頻度も賭けた金額も少ないため、相対的に処分が軽い。




リオに関して桃田選手が出場できないのはやはり残念ですね。
金メダルの可能性も大いにあり得たと思いますし。

しかし、『ギャンブル好き』な人間にそのような名誉が与えられるのも、何となく抵抗はあります。
もっとも、個人的には『違法』でさえなければ『ギャンブル』そのものが好きだろうがなんだろうが、そんなことは自由だとは思いますけどね。

そもそも、商売をするなどということはギャンブル以上のギャンブルです。

もっとも、桃田選手らの場合は『会社員』という『守られた立場』でもあるのですから、『リスク』は明らかに少ないでしょうが、、、、
そもそも、彼らを『アマチュア』と見る方がどうかしていると思います。

つまり、オリンピックそのものの概念に理解できない部分がかなりあるのです。

ところで、『ギャンブル狂』で有名だった『ドストエフスキー』の言葉だったと思いますが、こんなのがあるそうです。

『人は目の前に可能性がある場合、それを看過することは困難である』

正確な言い回しなどは忘れましたが、このような意味だったと思います。
ギャンブル依存症の心理をこれほどまでに見事に表現するとは流石に文学者と言えるでしょうね。

単純な解釈ですが、ギャンブル依存症に陥る過程は多くの場合『一発で負けを無くせる可能性がある』と考える点にあるようです。
そして、不思議な事に『勝ち続ける』とギャンブルって、それほど『面白くない』のです。
少なくとも、『小さな勝ち』では満足できなくなってしまうのです。

ギャンブルというのは元々が『お金儲けの為にする』のではありません。
『勝った瞬間の高揚感』が欲しくてやってるのです。

その結果、どんな人でも絶対に最後には『負ける』のです。

商売もある意味では『ギャンブル』と言えますが、能動的に動ける部分が多い点はちょっと異なります。
『運』も大きな要素ですが、『努力』が入り込む余地が大いにあるんですね。

『努力』というのは大変ですから、その結果で『勝った』としても、それほど大きな勝ちとはなりません。
大した努力をせずに勝つ可能性があるからこそ『ギャンブル』なのです。

では、桃田選手の場合の『バトミントン』はどうでしょう?
『世界ランキング第二位』になる為にはどんなに才能があるとしても『努力』無しに達成できるとは思えません。

つまり、彼は『努力の大切さ』を充分に知っている筈なのです。
それなのに『ギャンブル』に嵌ってしまいました。

『大変な努力をして、やっと手に入れられる』のと『大した努力無しに大金を手に入れる可能性のあるギャンブル』を比較した場合、人間は『ギャンブル』の方を面白いと感じるのかもしれませんね。

今回の事件に関して協会などは『教育が足りなかった』などと言っていますが、それは間違いです。
幾ら教育をしても、犯罪者ではありませんから『部屋に閉じ込めてギャンブルさせないようにする』ことなど到底不可能だからです。

また、誰かが『言って聞かせて』ギャンブルから逃げられるというほど単純な問題とは思えません。

よく考えると『練習をしている時間』は非常に長く、『栄光の瞬間』というのは文字通り『短い時間』でしかありません。
そう考えるとバトミントンで得た栄光なども、一瞬のものでしかないのです。

しかも、毎回必ず得られるものでもないでしょうしね。
つまり、バトミントン云々とは直接的には無関係な、何かのストレスを大きく感じていて、その発散方法が見つからなかったのではないのでしょうか?

これは別に桃田選手のみの問題ではありません。
我々にも同じことがいえると思います。

『発散方法が何か?』は人それぞれでしょう。

『撮り鉄』の人もいれば『SNS依存症』『ゲーム依存症』の人もいるでしょうね。
何故か、『露出狂』の人もいるようですし、、、、
勿論、『アル中』など山のようにいます。

まぁ、『違法行為や経済的な破綻、他人に迷惑を掛けない』のであれば、自由だと思います。
でも、何か釈然としない感じがありませんか???

これは『心の病』のシリーズでもっと勉強し考えて行きたいと思っています。


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ムヒカ氏の言葉 6.

ムヒカ氏の言葉 6.


東京市場でも107円台=1年5カ月ぶり、株下落

時事通信 4月11日(月)9時29分配信
 
 週明け11日午前の東京外国為替市場では、米国の利上げ観測後退などを背景に円買い・ドル売りが加速し、1ドル=107円台に上昇した。東京市場での107円台は2014年10月29日以来約1年5カ月ぶり。東京株式市場は、円高を受けて日経平均株価が下落した。

 5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)前に議長国の日本は市場介入に踏み切れないとの見方が広がっていることも円買いを誘った。午前9時30分現在は108円00〜01銭と、前週末比1円05銭の円高・ドル安。7日の海外市場では既に107円台を付けている。

 円相場の上昇を受けて株式市場では、輸出企業の業績が悪化するとの懸念が高まった。自動車や電気機器を中心に幅広い銘柄が売られ、日経平均の下げ幅は前週末に比べ、一時230円を超えた。午前9時30分現在は、188円11銭安の1万5633円41銭。 




ムヒカ氏が言われた言葉を日本流に言い換えると『足るを知る』ということかもしれません。

少なくとも人間が生きていくために必要なのは、まずは『空気、水、食べ物』です。
しかも、それらは『安全で綺麗』でなければなりません。

ところで、ワタクシは高校時代から『キャンプ』をしており、大学の時にはご縁があって『キャンプ部』というのに入部しました。
最近はやっていませんが、サーフィンなどへ行く際には宿泊費の倹約のためにテントで寝たりします。

一応、キャンプ用の色々な道具を持ってはいますが、サーフィンの際にはご飯を作るようなことも無いので、テントと少しの道具しか持って行きません。
まぁ、非常にシンプルです。

テントなんて『ただの布切れ』ですが、それでも一応、雨風は凌げますし、不思議な事にテントの中に入るとちょっと安心できて、しかも、楽しいものです。

そんな時にいつも思い出すのが『立って半畳、寝て一畳』という言葉です。
若い方などにはご存じない人もいるでしょうから、簡単にご説明します。

『人間など、立っている時に必要なスペースなど畳半分くらいで充分。寝る時だって畳一枚分程度のもんですよ。』

というような意味です。

これは物理的に『必要なものは少ないですよ。』というのもありますが、それ以前に『人間なんて大したことはありませんよ。』と言っているのです。

ワタクシ達は生まれれば、必ずいつかは死にます。
平均寿命まで生きるという保証もなければ、その辺りで死ぬ、と決まっているものでもありません。

しかし、いつかは『必ず死ぬ』のです。

この『必ず死ぬ』ということを非常に恐れる人も多いと思います。
まぁ、それは当然ですよね。

しかし、どんなに足掻いても、何をしても、最期には必ず死ぬのです。

ということは、少なくとも『今』ワタクシは『生きている』のです。
その『生きている』というのは大変な『驚異』なのです。

科学的に考えると、人間なんて『生きている方が不思議』なくらいなんですからね。
『何故、生きているのか?』というのを理論的に考えた場合、『死んでいなければならない』というくらいのバランスで生きているだけなのです。

まぁ、『足るを知る』『立って半畳、寝て一畳』というのは間違いのないことでしょうね。
ムヒカ氏も同じようなことを言いたいのでしょう。

しかし、本音を言えば『お金持ちになりたい』『人に自慢したい』などとも思うのが人間です。
ワタクシはそこまで否定する気にはなりません。
それはそれで、『それをも含めた姿』こそが『人間』だと思うからです。

さて、上の記事では『円高』が進んで『株価の下落』が起こりそうで心配だ、と言っているわけですよね。
そこで頭の悪い『政府』は規制緩和だ何だかんだと言いながら『市場介入』をしたりします。

アベノミクスで、そのようなことを実際に行いましたよね。
過去にも政府の市場介入は何度も行われました。

そして、その度に『失敗』しているのです。
というか、結局のところ、『為替』などは非常に多くのファクターが密接に絡み合うので、予想など不可能なのですからね。

それをあたかも『予想が可能』であるが如く『市場介入』をするのです。
まぁ、一時的な効果はある程度見られる場合もあります。
しかし、ごく短期間でしかなく、思ったほど望む結果にはなっていません。

先日の『マイナス金利政策』なども無意味でしたよね。
日銀は今後も、その方向で色々とやるつもりかもしれませんが、無駄で無意味なのです。

人間は意外なくらいシンプルに生活する方が幸せなのかもしれません。
しかし、同時に『欲』があるのも事実ですし、それを否定してしまうのもちょっと違うような気がします。

まぁ、ムヒカ氏も『欲を無くせ』と言っているのではありませんけどね。

単純な話『株価を上げたい』のであれば、『業績を上げればいい』のです。
為替やその他の『政策』などで、仮に一時的に『株価の上昇』が見られたとしても『良い商品、良いサービス』などを提供できない企業は潰れるべきなのです。

そこで『何を基準に良い悪いを判断するのか?』という基準として『足るを知る』という考え方が重要になってきます。

物を作っている企業が消費者にとっては『必要の無いもの』をどんどん作り出して、どんどん売っていれば、相対的に『資源の無駄使い』となってしまうのは当然です。
こうして、為替や株価の変動に一喜一憂することが『人生』ではありませんし、『商売』でさえもありません。

これらは単なる『投機』でしかないのです。

勿論、『投機』でお金を稼ぐ方法は現実にあるでしょう。
しかし、そのお金そのものが『兌換』でしかありません。

モノはその金額で価値が決まるのではありません。
何故なら、我々は全員必ず、いつかは死ぬのですから。


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【激怒】トンカツの衣をわざわざ剥がして食べる男にトンカツ屋の店長がブチ切れ!

ヨメルモ トリビアニュース / 2016年4月6日 6時0分
ジューシーな豚肉が衣に包まれている料理といえばトンカツだ。揚げたてのトンカツを食べると、サクサクとした衣の食感とともに、中からジワーッと溢れ出す肉汁。ソースの味とも相性が良く、何杯でもご飯が食べられるような、最高のごちそうのひとつだろう。

トンカツ屋の店長が激怒
飲食店を経営していれば、迷惑だったり、変わったお客さんの一人や二人は必ずいるもの。マナーの悪いお客さんに対して上手に対応していくのも飲食店経営者のスキルのひとつだと言える。

ところが、都内でとんかつ店を経営する足立さん(56歳)は先日、どうしても許せないお客さんと出会ったという。その怒りのエピソードを語ってくれた。

衣を全部剥がしてから食べる
http://images.yomerumo.jp/trivia/2016/04/05_01.jpg 
「トンカツは肉と衣を油で揚げるだけのシンプルな料理。だからこそ味の違いを出すためには素材や調理法で差をつけるしかないわけ。調理人のセンスや技術の差がハッキリと出る料理なんだよ。

ところがどっこい。この前来た客は本っ当に驚いた。アベックで来て、2人共ロースカツ定食を頼んできたもんで、いつも通りおいしく作って提供したわけさ。そしたら男の客のほうが、なかなか食べないでモゾモゾしてんなと思ったら、トンカツの衣を全部剥がしてやんの!! ズル剥けにされた豚肉だけを食べているわけさ!」

衣にもこだわって揚げていた
足立さんの怒りは全く収まらない。さらにヒートアップしながらで話を続けた。

「ウチはパン粉にだってこだわってるし、最高の食感で食べられるように、秒単位で揚げる時間を計っているわけ。それなのに衣を全部剥がすなんてあんまりじゃねえか!! トンカツ屋でトンカツを食べる意味あんのかよ!!

しかも、一緒に連れてきた女にウンチクを語り出すわけさ。『衣を剥がすのが通の食べ方だよ〜』とか『こんな油まみれの衣なんか食べたらすぐ太っちゃうからね〜』とか言い出して、女に衣の剥がし方まで教えはじめやがった。ふざけんじゃねぇよな!!」

なぜ衣を剥がすのか?
http://images.yomerumo.jp/trivia/2016/04/05_03.jpg 
その後、問題の男女はしっかりトンカツの豚肉だけを食べ、衣は皿の上に山のようにして残されていたという。足立さんが怒るのは大いに理解できるが、個人的にはその男女の食べ方が何より気になってしまう。

豚肉だけ食べたいのであれば、焼肉屋で豚肉でも注文すればいいのではないだろうか。せっかくなので、その男女がしていた食べ方を実際に試してみることにした。

衣は案外剥がしにくい
最寄りのとんかつチェーン店に足を運び、同様にロースカツ定食を注文。箸をつかって衣を剥がそうとしてみるが……むむっ。なかなかキレイに剥がれてくれないぞ。

http://images.yomerumo.jp/trivia/2016/04/05_04.jpg 
安いお弁当やお惣菜で売られているトンカツなら衣がほとんど剥がれていたりするので簡単に剥がせそうな気がするが、揚げたてのトンカツだからかなかなかキレイに剥がすのは難しい。その問題の客はおそらく何度もトンカツの衣を剥がし、経験を積んでいたのだろう。

どうにか3切れ衣を剥がす
そしてなかなかの時間を費やし、どうにか3切れ分の衣を剥がすことができた。あまりにも残念な、無残な状態のトンカツである。剥がされた衣の山も哀愁が漂う。絶対そのまま食べたほうがウマいよな……。

http://images.yomerumo.jp/trivia/2016/04/05_05.jpg 
思いのほか悪くない?
そして中身がむき出しになったトンカツを食してみる。通常通りソースをかけ、まずひと口食べてみると……。うーむ。当然だがサクサクの食感がないので寂しいが、別の料理だと思えば悪くはない。

http://images.yomerumo.jp/trivia/2016/04/05_06.jpg 
豚肉のジューシーさが失われるわけではないのだ。アツアツの柔らかい豚肉にソースをかけて食べる。ただただそんな感じの料理である。ご飯との相性は悪くないし、トンカツだと思わなければまあアリなのかもしれないが……。

食後、あることに気がつく
どうせだったら普通にトンカツを食べたかったな……と思いつつも食べ終え、そのまま帰宅。食べ終えた直後はなんとも消化不良な感じがあったが、時間の経過とともに気付くことがあった。

全然胃がもたれてこないのである。普段ならトンカツを食べると胃にズシッとくる感覚があるが、今回はまったくない。ヘビーじゃないのだ。

ダイエット効果はありそう
胃がもたれなかった理由は、間違いなくとんかつの衣を食べなかったからだろう。衣はサクサクでおいしいかわりに、やはりそれだけの油を吸収しているのだ。衣を剥がす食べ方はダイエットをしていて油分の摂取を控えたいという方や、胃もたれが気になるという方には合理的な食べ方なのかもしれない……。

マナー違反になるのか?
http://images.yomerumo.jp/trivia/2016/04/05_07.jpg 
とはいえ、トンカツ屋の店主が精魂込めて作ったトンカツの衣を剥がして食べるという行為は、店主にしてみれば残念な話だろう。寿司屋でシャリを食べない、ラーメン屋で麺を食べないという行為をするのと同レベルに思える。

ただし、マナー違反なのかといえば微妙なところだ。まわりのお客さんに迷惑をかける行為ではないのである。とはいえ、食べ方はお金を払っているお客さんの自由だとも考えられるが、店主の心は傷つけてしまうかもしれない。できれば自宅で食べる時以外は衣を剥がして食べるのは避けたほうが無難だろう。

■執筆・監修:Mr. Fox
執筆、撮影、編集家。日本生まれ、生年不詳、トレードマークはキツネの顔。世界各国を回りながら、メディアに関わる仕事をしてます。人のアイデアを転がします! コンコン。https://twitter.com/im_mr_fox/

ここの大将の気持ちは痛いほど判ります。
しかし、『食べ物』というのは『食べなければならないもの』という大前提があるのです。
当たり前ですが、、、、、、、
だから、過度な『お作法』などにこだわりすぎるのもどうかとは思います。
これが『お酒』だったら、『別に無くてもいいもの』だからこそ、『作法』や『マナー』にこだわらねばなりません。
ワタクシの個人的な意見ですが、『ウィスキー』などはお酒の中でも特に『必要の無いもの』なのですが、だからこそ、『マナーを大事にすべき』なんです。
ワインや日本酒は何処まで行っても『食べ物があってこそ』という存在ですから、ある程度まではスタイルは自由でも構いません。
何を言っているのか判り難いでしょうが、本来、『ものを食べる姿』というのは『恥ずかしい行為』を見せることですからね。
最近の若い人にはそういう感覚が薄くなっていると思うのですが、だから『下品』に見えてしまうんです。
因みに『いい男』が嫌うのは『馬鹿な女』とかではなく『下品な女』ですよ!!
それにしても、『とんかつ』美味しそうですね。
ガッツリ行きたいと思いませんか?
その感覚こそが『その商品の立ち位置を決めている』のです。
さて、貴女の『立ち位置』とは???


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台湾総統、尖閣領有権を主張「伝統的な漁場」

朝日新聞デジタル 4月10日(日)7時46分配信
 
除幕した記念碑を背に関係者とやりとりする台湾の馬英九総統=9日、彭佳嶼、鵜飼啓撮影

 台湾の馬英九(マーインチウ)総統は9日、台湾最北端の島、彭佳嶼を視察し、尖閣諸島の領有権を改めて主張する一方で、東シナ海の平和を訴えた。視察は尖閣周辺での台湾漁船の操業を認めた日台漁業協定の締結3周年記念との位置づけだが、5月に退任を控えた馬氏の功績アピールが狙いとみられる。

【写真】彭佳嶼に設置された灯台を訪れた台湾の馬英九総統(中央)=9日、鵜飼啓撮影

 彭佳嶼は尖閣諸島から約140キロ西にある広さ約1・1平方キロの島。海岸巡防署(海上保安庁に相当)などの約20人が駐留し、台湾の有人島では尖閣に最も近い。馬氏は視察で、日台漁業協定を「40年来の漁業紛争を解決した」と評価しつつ、尖閣については「台湾漁民の伝統的な漁場だった」などとして「当然我々のものだ」と強調。退任後も関心を払い続けるとした。

 馬氏は、東シナ海や南シナ海で主権争いを棚上げして資源を共同開発しようという「平和イニシアチブ」を提唱しており、「東シナ海や南シナ海など(台湾)周辺の海域の平和を希望する」とも訴えた。この日は島に設置した記念碑の除幕も行った。

 馬氏はこのところ、周辺海域での台湾の領有権をめぐる主張を強めており、1月には南シナ海で台湾が実効支配する太平島を訪問。今月8日には自らが出席して外交部(外務省)で南シナ海をめぐる講習会を開き、台湾の立場の対外発信の強化を求めた。(彭佳嶼=鵜飼啓)




なんや?このおっさん???
総統選挙で大敗を喫して、人気も後僅かです。

馬さんは『中国寄りの政策』を打ち出したのですが、一部の『老人』の支持を得ただけで、得に若い人たちから『総スカン』を食らったのです。
結果、総統選挙で祭さんに『初の女性総統』という結果を齎したのです。

まぁ、上の記事の発言などは『最後っ屁』みたいなものでしょうが、日本から見て気分の良いものではありませんよね。
このような発言は国際関係を悪くするだけで、メリットは何処にも無いものです。

こういう人物は『国のこと』を考えずに『自分のこと』だけなんでしょうね。

しかし、こういう『無意味なこと』に何故か情熱を注ぐ人って居ますよね。
別にお前のことなんか気にもしてないんだって!!


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ムヒカ氏の言葉 5.

ムヒカ氏の言葉 5.


しぜんかがく【自然科学 natural science】

自然現象を対象とする科学。
自然界において本質的に重要な現象を見出し,現象の把握に有効な概念を確立し,現象を支配する法則を発見する。
これにより多様な自然現象間の相互関連を明らかにし,また未発見の事物や現象を予言する。



通常、『自然科学』は単に『科学』と表現されることが多いようです。
そして、『自然科学』の対語として良く挙げられるのが『人文科学,社会科学』などです。


じんぶんかがく【人文科学 cultural sciences】

学問分類上の一名称。
古典文学や哲学の研究を〈人文学humanities〉と呼ぶのは,ルネサンス期の古典研究と〈人間性研究humaniora〉の系譜をひく。
日本で人文科学と呼ばれているのは,文学部,教育学部などの学科中,自然科学と社会科学とに属しないもの,すなわち広義の哲学,文学,史学の総称であり,実質的には文化科学から社会科学の大部分を除いた部分の総括である。
人文科学は広義の文学,人文学と等義であり,人間の文化を創造する真の人間性と,人間を客体化し対象化する科学・技術をもその契機とする真に人間的な事柄とに関する,基礎的諸学と解すべきであろう。



辞書ですから例の如く、判り難い表現がされています。
それを大雑把に書いてしまうと『自然科学は自然を元とした学問』であり『人文科学』などは『人間社会などを元とした学問』という風に言えると思います。

つまり、『自然』と『人工』という風な分け方をしているのです。


しかし、我々が『人工』と考えているものは一体何なんでしょう?
そもそも、我々は『自然の産物』なのでしょうか、それとも『何かの産物』なのでしょうか?

この『何か』というのは『神が』という風に考えられてはいないでしょうか?

ワタクシの理解では『神』というのは『大自然そのもの』だと考えています。
事実、我々の『思考』というか『精神世界』などを作り出しているのも、主に『脳みそ』などの『モノ』でしかありません。

『精神世界』などを『特別なもの』と定義するから『神』も『超自然のもの』と考えざるを得ないだけでは無いのでしょうか?

要するに『自然科学』だとか『人文科学、文学』などというのは、我々が『主観』で勝手に区別しているだけなのです。
その証拠に『脳みそに機能不全』が起こってしまうと『神も仏も無いこと』を起こしてしまうのです。


5年前に日本は『東北大震災』という大きな災害に見舞われました。
その時、多くの方が『人間は自然には絶対に敵わない』と実感した筈です。

しかし、もう片一方で以って、今でも『原発は完全にコントロールできる』と言って憚らない人も居ます。
そして、それに同調する人もね。

我々人間は『自然』と『人工』を無理矢理区別することによって、あたかも『自然を人工でコントロールできる』と思い込んではいないでしょうか?

そのくせ、『一週間後の天気』を正確に予想することも、コントロールすることも出来ません。
出来ることは『自然破壊』くらいのものです。


もう一度、良く考えてください。
『人間は自然に打ち勝つことが出来るでしょうか?』

そもそも、『人工』と『自然』を別のものと区別するのは正しいのでしょうか?
我々自身も『大自然の一部』と考える方が『現実』にフィットしてはいませんか?


さて、ムヒカ氏はこう述べられています。

『  ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。
 
  息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。

  同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を、世界の70億?80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか? 』

これは『理屈』でも何でもありません。
『議論する余地』など何処にもありません。

『地球』には『太陽光』などの自然の恵みが常に降り注いでいます。
そのお陰で『温かい世界』で居られるのです。

もっとも、それだけでは地球の温度はどんどん上がってしまいます。
宇宙はほぼ『絶対零度(マイナス約237,15度)』ですので、地球は宇宙によってどんどん冷えているのです。

実はこの『太陽などによって供給される温度』と『失われている温度』がほぼ同じなので、大体一定の『温かさ』が維持されているのです。
結果的には『地球は閉じられた系』と言えます。

『閉じられた系』では『エネルギー保存の法則』が働きます。

アナタが台の上に登ったとします。
その時、アナタの身体はエネルギーを生み出し、それを消費して『登る』という行為を行っているのです。

『台の上に登った』というのは『位置のエネルギー』を得たということです。
対戦相手のレスラーの体の上に飛び降りれば、アナタの体重にプラスされて『落下の加速度』分の衝撃が相手に伝わります。

しかし、この『位置のエネルギー』というのを得る為にアナタは『台に登る』という『エネルギーを消費している』のです。

結局、エネルギーは増減などしていません。
『台の上に登る』ために筋肉を動かす、そのために食べ物などを燃やして得たエネルギーが消費されているのです。

そして、それで得た『位置のエネルギー』で以って相手に大きな衝撃を与えたとしたら、相手の身体に熱などが発生し、それがまた、自然に帰るのです。
そのエネルギーが食べ物などに蓄積されて、それを活動のエネルギーに返還しているだけです。

ムヒカ氏の言葉はこの『エネルギー保存の法則』に支えられているのです。
要するに 地球のエネルギー量には限界がある、ということです。


インド人だけでも10億人余り居るそうですし、中国人も14億人近くの人口です。
この二国だけでも『約24億人』も存在するのです。

現状で既に多くのエネルギーを消費している先進国の人工に加えて、彼らまでもが同じ量のエネルギーを消費するということは『地球の持つエネルギー量』を遥かに超えてしまうことは間違いありません。
勿論、そんなことは『エネルギー保存の法則』から考えても絶対に不可能です。

つまり、その結果は『人類滅亡』以外にはあり得ないのです。

では、インドや中国の人たちに『貧しいままで居ろ!!』と命令できるでしょうか?
勿論、そんなことは不可能です。

ムヒカ氏の言葉のように、

『ハイパー消費が世界を壊している』

のは間違いのない事実であり、その消費できるエネルギー量には限界があることも間違いが無いのです。
(エネルギー不足になるのではなくて、エネルギーの変換過程において人間にとってマイナスとなる『無駄』が生じるということです。)

ですから、結論としては『ハイパー消費をやめる』しかないのです。
他に人類が生き残れる道はありません。

何故なら、それが『自然のルール』だからです。

過去、人類は『自然の驚異』に何度も晒されてきました。
しかし、まだ余裕があったから現在があるのです。
使えるエネルギーに余裕があったということです。

しかし、人間は『人工』という勘違いで、地球のエネルギーを『有効活用』出来ずに目先の利益だけを追いかけてきたのです。
そして、現在では『自分で自分の首を絞める』という段階にまで来ています。

どう考えても『人間も自然の一部』ですから、このままでは自然は容赦なく『人類を滅ぼす』でしょうね。

ワタクシはムヒカ氏の言葉をそのように理解しています。



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