南朝の地

清少納言「枕草子」 第28段に「寺は壺阪。笠置。法輪。」とあり・・ その歴史は古いです 不思議な形だなぁ・・ どうやってそうなった? 切り通しの先は・・ 蛇行する木津川 対岸の集落 この眺めを 昔の人たちも眺めたんだろうなぁ 南北朝時代 後醍醐天皇と鎌倉幕府との攻防戦の舞台となり 全山焼失 こんな穏やかな眺めなのに・・ 何百年の昔に ツワモノどもが この山を駆け抜けて行ったのだろうか? ちゃんと歴史を学んどかないと ただの小さい集落とか、そんな風にしか みられない 自分の無知さに笑えてきたり 縁もゆかりもない訳じゃないのに と、気づけた1日でありました すべて表示すべて表示

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