よしちゃん@しゃもじの荒川線ローズトラムブログ

こちらは都電荒川線(東京さくらトラム)などの関東の鉄道の話題を中心に触れていきます。

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早く宿泊したい

https://twitter.com/shamoji_tst0328/status/1161296624401780737?s=09

自分(しゃもじ)は今年中に宿泊したいと強く思っています。

今年中に宿泊出来なければ、来年1月1日に自分(しゃもじ)から重大発表します。

なので、早く泊まりたいと、京王ライナーのミュージックホーンに合わせて歌いました。

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7月26日は、御茶ノ水から東京までJR中央快速線のE233系のT24編成(中央線開業130周年記念ラッピング電車)に乗りました。

この時には、130周年記念ヘッドマークが、八王子駅開業130周年バージョンに変わっていたので、東京駅の2番線(中央快速線の高いホーム)で折り返しの快速高尾行きを撮影することが出来ました。

このラッピング電車は、今年4月11日に新宿〜立川間が開業130周年を迎えたことの記念により、4月8日から運転されているものであり、今日(8月11日)、立川〜八王子間も開業130周年を迎えたことによって、7月22日からヘッドマークが八王子駅開業130周年バージョンに変わったのであります。

今から130年前(甲武鉄道の時代)の1889(明治22)年8月11日の開業当時は、立川〜八王子間に駅がない状態でありました。

日野駅は、翌年の1890(明治23)年1月6日に、豊田駅は、1901(明治34)年2月22日にそれぞれ開業していたのであります。

新宿〜立川間は、1889年4月11日に中野、境(現、武蔵境)、国分寺の各駅と共に開業した区間であり、あれから4ヶ月後の8月11日に八王子まで延長されていました。

1908(明治41)年9月23日には横浜鉄道線(現在のJR横浜線)が、1931(昭和6)年12月10日に八高南線(現在のJR八高線)が八王子駅に乗り入れるようになり、乗換駅としての役割を果たすようになっています。

中央線のうち、甲武鉄道によって開拓された区間は、御茶ノ水〜新宿〜八王子間であり、1904(明治37)年12月31日に御茶ノ水まで延長されていました。

甲武鉄道は、1906(明治39)年10月1日に国有化され、1987(昭和62)年4月1日には中央本線の東京〜新宿〜塩尻間(中央東線)がJR東日本に、塩尻〜名古屋間(中央西線)がJR東海に継承されています。

御茶ノ水駅は構造の問題により、バリアフリー化が遅れているけど、今年1月29日にはエレベーターやエスカレーターが取り付けられていました。

駅周辺にある御茶ノ水の三大大学病院(東京医科歯科大学、順天堂大学、日本大学の各医学部附属病院)への最寄り駅でもあるので、バリアフリー化が求められているのもそのはずであります。

これらの大学病院のうち、最初に出来たのは、今から146年前の1873(明治6)年2月に下谷練塀町(現在の神田練塀町)に開院した大学病院の老舗である順天堂大学医学部附属順天堂医院であり、開院当時から順天堂病院ではなく、順天堂医院(醫院)が正式名称となっています。

順天堂が創立されたのは、今から181年前の1838(天保9)年のことであり、当時は蘭方医学塾と呼ばれていました。

現在の場所に移転されたのは、1875(明治8)年4月であり、現在は、東側の1号館と、道路を挟んで西側のB棟(順天堂大学の本郷キャンパス寄り)が中心(病床数1026床)となっています。

順天堂医院は、日本で最初に西洋医学が取り入れられた病院(特定機能病院)でもあり、医学塾で培われた信頼と実績のある医療が受け継がれています。

順天堂大学医学部附属の病院は、順天堂医院(東京都文京区)、静岡病院(静岡県伊豆の国市)、浦安病院(千葉県浦安市)、越谷病院(埼玉県越谷市)、練馬病院(東京都練馬区)、順天堂東京江東高齢者医療センター(東京都江東区)から成っており、そのうちの静岡病院は、1967(昭和42)年4月1日に伊豆長岡町立伊豆長岡病院が譲り受けられて開設されたものであります。

地下鉄丸ノ内線の御茶ノ水駅は、東京医科歯科大学(医学部と歯学部)の目の前の地下にあり、エレベーターが東京医科歯科大学にも直結しています。

その周辺には、2002年のFIFAワールドカップ記念で開設された日本サッカーミュージアム(日本サッカー協会ビル(JFAハウス)の中)があり、順天堂医院の手前のサッカー通りを通って行くことになります。

総武本線の御茶ノ水〜両国間の電車線が開業したのは、1932(昭和7)年7月1日のことであり、これを期に、中央線との直通運転が行われるようになっていました。

翌年の1933(昭和8)年には、御茶ノ水〜中野間の複々線化工事が完成し、中央線の複々線区間が、1966(昭和41)年4月28日には荻窪駅まで、1969(昭和44)年4月8日には三鷹駅まで延長されていました。

中央快速線が東京駅に乗り入れるようになったのは、1919(大正8)年3月1日のことであり、今年で100周年を迎えていたのであります。

中央快速線の御茶ノ水〜神田間には、万世橋駅の跡(mAAch ecute(マーチエキュート)神田万世橋)があることで有名であるけど、それ以前は、昌平橋という仮駅がありました。

万世橋は、1936(昭和11)年4月25日から2006(平成18)年5月14日までさいたま市にある鉄道博物館の前身である交通博物館があったことで有名であり、1943(昭和18)年11月1日に万世橋駅が休止→廃止されるまでの間、博物館口もありました。

交通博物館は、その名の通り、鉄道を中心とした交通関係を扱う博物館で、レトロな雰囲気があったけど、老朽化や手狭となったことだけでなく、エレベーターやエスカレーターがないことでバリアフリー化されていないことから、2006年5月14日に、さいたま市にある鉄道博物館(翌年の2007(平成19)年10月14日に開館していた)に譲る形で閉館(事実上の移転)されていました。

交通博物館の建物のほうは、閉館後も残されていたけど、2009(平成21)年頃に取り壊され、跡地にmAAch ecute神田万世橋が建設されていました。

ここには交通博物館時代の末期に特別公開されていた万世橋駅の遺構(階段跡)が常時公開されるようになっています。

交通博物館が閉館された後、万世橋駅の歴史を後世に残すことの出来る施設が出来ればいいなと思っていたけど、それが2013(平成25)年9月14日のmAAch ecute神田万世橋の開設により実現していました。

交通博物館があった頃の中央快速線は、T24編成のラッピングのモチーフとなったオレンジ色の201系(2010(平成22)年10月まで活躍していた)が当たり前となっていたので、あの頃が懐かしいです。

今年6月7日には、大阪環状線・JRゆめ咲線(桜島線)からオレンジ色の201系が引退していたので、201系は、大和路線(関西本線)・万葉まほろば線(桜井線)・和歌山線・おおさか東線のウグイス色の編成だけとなってしまいました。

後から複々線化された中野〜三鷹間のうち、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の各駅は、土休日に全ての快速列車が通過することになっているけど、この日(7月26日)は平日(金曜日)だったので、中野駅から各駅に停車していました。

八王子駅の中央快速線の乗り場は、4番線が下り(高尾、大月、甲府、松本方面)、3番線が上り(新宿、東京、千葉方面)となっていたけど、1999(平成11)年11月21日に中央快速線上りのメインホームが3番線から2番線(八高線ホームである1番線の向かい側)に変更され、3番線が八王子発着の上り列車(特急はちおうじ号、武蔵野線直通のむさしの号)、貨物列車の留置で使われるようになっています。

このように、八王子駅の中央快速線の上り列車のホームが3番線から2番線に変更された理由は、混雑緩和だけでなく、八高線から中央快速線の上り列車への乗り換えの利便性を向上させるからでもあります。

八王子駅の北東部には、日本オイルターミナルの八王子営業所(油層場)があるので、根岸駅(神奈川県横浜市磯子区)や竜王駅(山梨県甲斐市)などと同様にタンク車の出入りが多くなっています。

今日(8月11日)の八王子駅開業130周年当日は、記念イベントや記念グッズの販売が行われ、T24編成も土休日39T運用で運転されていました。

中央快速線のE233系のうち、4号車にトイレ(現在は使用不可となっている)が取り付けられた編成は、T37,39,41編成であり、4号車と6号車の入れ替えも行われていました。

新宿さざなみ1,4号(土休日運転)では、8月10〜12日にE257系0番台で運転されているけど、中央線特急あずさ、かいじ号の時代とは異なり、貫通扉付きの車両が新宿寄りと逆になっているので、違和感があります。

E233系のT24編成によるラッピング電車は8月31日(土)まで運転される予定となっています。

このように、東京駅の中央快速線の高いホームで、ヘッドマークが交換されたばかりのオレンジ色のラッピング電車であるE233系のT24編成を撮影することが出来て良かったです。

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こちらは、7月20日に、箱根登山鉄道の箱根湯本駅で撮影した、小田急電鉄60000形の60255Fによる、メトロはこね22号(地下鉄千代田線直通の北千住行き)です。

土休日のメトロはこね22号は、全区間60000形の6両編成による運転で、箱根湯本駅を17時50分に発車した後、途中、小田原、本厚木、町田、成城学園前、表参道、霞ケ関、大手町の各駅に停車してから北千住駅(足立区)へと向かう列車であり、北千住駅に到着した後に綾瀬駅区)まで一旦回送された後、北千住 20時35分発のメトロホームウェイ43号(途中、大手町、霞ケ関、表参道、成城学園前、新百合ヶ丘、町田、海老名の各駅に停車)で本厚木へと向かうことになります。

新百合ヶ丘駅停車のホームウェイ号やメトロホームウェイ号は、平日、土休日共に3番線(多摩線のホーム)着発となるので、4番線の多摩線(唐木田方面)の列車に乗り換えることが出来るので、唐木田行きのロマンスカーが廃止された後の穴埋めとなっています。

メトロ特急は、地下鉄千代田線の北千住、大手町、霞ケ関、表参道の各駅で、小田急線方面行きの下りが乗車専用、小田急線方面からの上りが降車専用(共に1,4,5,7,8,9号車(6両編成の場合は1,4,5号車)しかドアが開かない)であり、代々木上原駅では、乗務員交代及び保安装置の切り替えによる運転停車となっています。

メトロはこね号は、平日は1往復、土休日は3往復であり、そのうちの土休日の下り2本と上り1本は、北千住〜相模大野間で、片瀬江ノ島発着のメトロえのしま号(7号車から10号車の4両編成)と併結されています。

今日(8月1日)は、今から69年前の1950(昭和25)年に箱根登山鉄道線の小田原〜箱根湯本間の三線軌条化及び1500Vへの昇圧により、小田急の車両による新宿〜箱根湯本間の直通運転が開始された日であり、来年70周年を迎えます。

当時の有料特急は、初の特急専用車だった1910形(走る喫茶室付き)が使われていたけど、その翌年の1951(昭和26)年には、ロマンスカーシリーズの車両の礎となった、オール転換クロスシートの1700形が導入されていました。

これが、初代3000形SE車以降のロマンスカーシリーズの車両に結び付いていたのであります。

60000形MSEが、地下鉄千代田線直通ロマンスカーとしてデビューしたのは、2008(平成20)年3月15日のことであり、初の地下鉄直通の有料特急として話題になっていました。

箱根湯本直通列車が地下鉄千代田線直通特急にも結び付いたのは良いけど、入れ替わりに新宿〜箱根湯本間の直通急行が廃止され、ロマンスカー以外は小田原駅で乗り換えという残念な出来事もありました。

2016(平成28)年2月まで活躍していた京成電鉄のAE100形(2代目スカイライナー)は、都営浅草線と京急線に乗り入れた上で羽田、成田の両空港を結ぶスカイライナーに使われる計画があった為に貫通ドアが付いていたけど、それが諸事情により実現しなかったので、初の地下鉄直通の有料特急の座が、小田急60000形MSE車(千代田線直通ロマンスカー)に奪われていたのであります。

2012(平成24)年3月17日には、特急あさぎり号(現、ふじさん号(Mt.Fuji))の60000形MSEの6両編成への置き換えにより、JR東海御殿場線の松田〜御殿場間にも進出し、より多目的で使えるMulti Super Expressらしさが表れています。

60255Fは、2015(平成27)年10月に、60053Fと共に、翌年の2016年3月26日のメトロ特急の増発用として日本車輌製造で製造された60000形MSEの最終増備車であり、多摩線を除いた小田急線全線、箱根登山鉄道線の小田原〜箱根湯本間、地下鉄千代田線の代々木上原〜北千住間(北千住〜綾瀬、北綾瀬間の回送を含む)、御殿場線の松田〜御殿場間で活躍しています。

60000形MSEの定員は、4両編成で226席、6両編成で352席、10両編成で578席と、30000形EXEαと同じなので、10両編成の場合は、通勤特急にも適しています。

千代田線⇔小田急線直通列車の最西端は、伊勢原駅であるので、小田原、箱根湯本発着の千代田線直通ロマンスカーは、メトロはこね号だけとなっています。

小田原駅や箱根湯本駅で、メトロはこね号の北千住の表示を見られることは、土休日のメトロえのしま号の藤沢、片瀬江ノ島の両駅でも言えます。

メトロえのしま号は、大和駅通過となるので、注意が必要であります。

60000形MSEは、50000形VSEベースの車体であり、VSEから展望席を外したようなイメージがあるけど、定員が多く、通勤輸送に適している30000形EXEの要素も取り入れられているので、VSEとEXEが持つ長所が生かされた車両であります。

MSEのフェルメールブルー塗装は、地下鉄区間や夜間でも明るく見えるのが特徴であり、内装も明るくなっています。

自分(しゃもじ)は、あーにゃこと水湊あおひ氏に会えない長いトンネルから抜け出せない状態であるけど、Twitterのリプや、SHOWROOMでの返信でやり取りしているので、地下や夜間でも明るいMSEみたいな状態であります。

先月(7月)は、あーにゃに会えなかった月となってしまいました。

自分(しゃもじ)とあーにゃの一足早い再会を願っているけど、いきなり舞台となります。

日本車輌製造で、0系の時代から東海道・山陽新幹線の車両が盛んに製造されているのは、JR東海の子会社だけでなく、日本の新幹線の導入のきっかけとなった小田急ロマンスカーシリーズの車両の元祖である初代3000形から始まる全てのロマンスカーシリーズの車両が製造されたことの縁もあります。

このように、箱根湯本駅で、小田急60000形MSEを撮影することが出来て良かったです。

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7月28日は、東京クルーズターミナル駅前(旧、船の科学館駅前)から大井町駅西口まで、京浜急行バスのトヨタ(TOYOTA)SORA(燃料電池バスのM9901(品川232こ20-20)号車、ZE-MUM1NAE)による、井30系統(船の科学館線(お台場循環線))に乗りました。

トヨタ(TOYOTA)のSORA(ソラ)は、一昨年の東京モーターショーで試作車が展示され、昨年3月に、これまでのトヨタFCバスの後継ぎ車として発売された車両であり、子会社である日野自動車(HINO)との共同開発車となっています。

車体は、日野自動車(HINOブランド)のバスと同様にジェイ・バス(J BUS)製であり、トヨタのYouTube動画でその生産ラインが紹介されていました。

トヨタ(TOYOTA)のMIRAI(ミライ、水素で走る乗用車)と同様のトヨタ FCVシステムが生かされたバスであり、水素で発電された電気モーターで走るので、走行中に水だけ排出され、地球温暖化の原因となっている二酸化炭素(CO2)の排出が行われないので、地球温暖化対策にも貢献しています。

今日もひた走る猛暑猛烈超快速特急のように、地球温暖化による異常気象が慢性化しているのでそのはずであります。

トヨタ(TOYOTA)ブランドのバスと言えば、コースター(COASTER)というマイクロバス(日野自動車にリエッセ兇箸靴OEM供給されている)を思い出します。

トヨタのFCVシステムによって、コースターよりも上のクラスの大型バスであるFCバス→SORAが生み出されたのは、トラック・バスメーカーである子会社の日野自動車があるからこそであります。

後部やステアリングのホーンの部分にトヨタ自動車のTマークが描かれているのは、トヨタ(TOYOTA)ブランドの証であります。

SORAの由来は、Sky(スカイ)、Ocean(オーシャン)、River(リバー)、Air(エア)の頭文字で、空気と水の循環から成っているけど、日本語の空との関連もあると思っています。

トヨタのSORAは、都営バスに15台(うち、深川自動車営業所に10台、江戸川自動車営業所に5台)導入され、昨年3月29日に初期導入分の3台(深川所属)が、都05-2系統(東京駅南口〜東京ビッグサイト間)で営業運転入りしていました。

水素の充填は、深川所属車がイワタニ(Iwatani)水素ステーション有明(江東区有明)、江戸川所属車が新砂水素ステーション(江東区新砂)でそれぞれ行われているけど、京急の燃料電池バスは、大井町 14時15分(土曜・休日は14時30分)発テレコムセンター駅行きの後に、イワタニ水素ステーション有明まで回送された上で水素が充填されることになります。

京急の燃料電池バスであるM9901号車(大森営業所所属)は、今年3月1日に船の科学館線(お台場循環線)専用車として営業運転が開始されていました。

燃料電池バスは、都営、京急共に来年7月24日に開幕予定の東京オリンピック2020の開催の時までに増強される予定であり、羽田空港にも水素ステーションが設けられることになっています。

都営バスでは、一昨年3月21日に、リースによる先行導入されていたトヨタFCバス(B101,102号車)があったけど、現在は、知多乗合自動車(知多バス、トヨタの本拠地である愛知県の名鉄グループのバス会社)に譲渡され、今年6月26日から中部国際空港(セントレア)〜イオンモール常滑を結ぶシャトルバスで活躍しています。

2005(平成17)年3月25日から9月25日に愛知県の長久手、瀬戸エリアで行われていた愛・地球博(愛知万博)では、長久手会場と瀬戸会場を結ぶシャトルバスに燃料電池バスが使われていたので、こちらも協賛企業であるトヨタ自動車と日野自動車の縁となっていました。

京急バスの井30系統は、大井町駅西口→大井町駅東口→仙台坂→青物横丁駅→八潮団地入口→(東京港トンネル)→フジテレビ前→台場駅前→フジテレビ南口→東京テレポート駅→テレコムセンター駅前→東京港合同庁舎前→東京国際クルーズターミナル駅前(旧、船の科学館駅前)→台場駅前→フジテレビ南口→東京テレポート駅→(東京港トンネル)→八潮団地入口→青物横丁駅→仙台坂→大井町駅東口→大井町駅西口というルートで運転され、東京港トンネルでは、大井町発東京テレポート方面行きは首都高速、東京テレポート発大井町行きは一般道(側道)を通ることになります。

大井町(大森)駅発車時には、東京国際クルーズターミナル駅前行きの表示となっているけど、東京国際クルーズターミナル駅前で時間調整が行われた後に大井町駅(一部大森駅)行きとなるので、そのまま乗車することが出来ます。

大井町発テレコムセンター駅前行きは、井33系統であり、テレコムセンター駅前に到着した後に、水素の充填の為に、イワタニ水素ステーション有明まで回送されます。

東京港トンネルは、1976(昭和51)年8月12日の首都高速湾岸線の大井〜13号地(現、臨海副都心)間と共に開通した自動車専用トンネルであり、当時は一般道部分のトンネルが無かった為に、東京港トンネル経由の路線バスは、西行、東行共に高速部分を通っていました。

後に一般道部分のトンネル工事が行われ、2016(平成28)年3月26日には、西行部分が、今年6月3日には、東行部分がそれぞれ開通し、高速道路を通らなくても大井エリアと臨海副都心エリアの往き来が出来るようになっています。

京急の燃料電池バスが運転開始された当時は、東京港トンネルの一般道部分の東行区間が開通していなかった為に、大井町発東京テレポート方向が首都高速経由のままとなっているので、従来のいすゞ(ISUZU)エルガのお台場循環線対応車と同様に、ETCが取り付けられていると共に、シートベルトが付いていない為に60Km/h制限のステッカーが取り付けられています。

京急のお台場循環線の燃料電池バスの時刻

大井町駅西口発東京テレポート駅方面 平日 8時、9時17分、11時30分、14時15分(テレコムセンター駅前行き)、17時25分(折り返しは平和島駅経由大森駅行き)

土曜・休日 9時01分、10時45分、14時30分(テレコムセンター駅前行き)、17時43分、19時20分発

東京テレポート駅発大井町行き 平日 8時39分、9時58分、12時12分、16時20分、18時05分(平和島駅経由大森駅行き)

土曜・休日 9時40分、11時27分、16時45分、18時27分、20時02分

燃料電池バスは、M9901号車の1台しかない為に、点検・整備等により、従来型車両(ディーゼル車、いすゞエルガ)で代走される場合があります。

都営バスの燃料電池バスは、都営バスのラッピングバス検索で調べてから乗ったほうが良いけど、複数台あるので、乗るチャンスがあると思います。

今年5月19日に京急久里浜で行われていた京急ファミリー鉄道フェスタで、燃料電池バスのM9901号車が展示されていたけど、この日は当然のことながら、従来型車両(いすゞエルガ)による代走が行われていました。

2002(平成14)年12月1日にりんかい線が大崎まで開業した後も京急バスのお台場循環線が残されている理由は、りんかい線に駅のない青物横丁駅を通ることや、台場、テレコムセンター、東京国際クルーズターミナルを経由することもあります。

大井町駅発着のお台場循環線(井30系統)は、1時間に1〜2本程度であるけど、大森駅発着の森40系統は、大森海岸駅、平和島駅経由共に本数が少ないです。

今回は、お台場海浜公園を散策した後に東京国際クルーズターミナル駅前まで歩き、そこから乗ったけど、東京テレポート駅から乗っていたら、24日にデビューしたばかりの関東鉄道バスのスカニアアストロメガ(2階建てバス)によるお台場〜鹿島神宮線を撮影出来ていたのに、撮影出来なくて残念に思いました。

6月3日に東京港トンネルの東行きが開通した後も首都高速経由となっていることを考えると、次期の改正で一般道経由に変更されることが予想されているので、首都高を走る京急バスを体験するには今のうちということになります。

京浜急行バスの大森営業所は、はとバス(黄色い車体の観光バス会社)の本社営業所と同様に、大田区平和島にあり、大森営業所の車両が盛んに乗り入れている大森駅付近にいすゞ自動車(ISUZU)の本社があることの縁により、いすゞ車がメインとなっています。

大田区平和島は、京急の平和島駅付近にある人工島(東京モノレール羽田空港線の流通センター駅も入っている)であり、平和への祈りを込めて名付けられていたことがその由来であります。

はとバスは、新日本観光の時代の1949(昭和24)年3月19日に、上野駅からの定期観光バス(東京半日Aコース)として運転開始されていたので、今年で70周年という節目の年を迎えていました。

はとバスの由来である鳩マークは、平和のシンボルとして採用されたものであり、大田区平和島に本社営業所があることも、その縁であります。

はとと言えば、れんてつの避雷器はと氏を思い出すけど、こちらは、昔のはと号という特急列車が由来となっています。

この日は、松風氏とぶりと君、はと氏とみちまるくんの出会いもありました。

日本国内のトラック・バスメーカーは、日野自動車(HINO)、いすゞ自動車(ISUZU)、三菱ふそうトラック・バス(FUSO)、UDトラックス(旧、日産ディーゼル工業)の4社となっているけど、UDトラックスが国内のバス事業から撤退した為に、国内のバスメーカーが日野、いすゞ、三菱ふそうの3社(トヨタ自動車(TOYOTA)を含めれば4社)となっています。

トヨタ(TOYOTA)SORAの価格は、1台で1億円程度掛かるので、東京都や国土交通省の補助金が生かされています。

6月12日には、新橋駅から小滝橋車庫まで、都営バス橋63系統のスカニアボルグレン(フルフラットバス)のD920(練馬230あ・920)号車に乗ったので、今回もそれに続いて特殊な路線バスに乗ったことになりました。

燃料電池バスでは、大容量外部電源供給装置と(移動発電機)して活用することも出来るので、災害発生時に備えあれば患いなしということになります。

いつかはトヨタ(TOYOTA)の燃料電池バスに乗ってみたいと思っていたけど、今回のお台場からの帰りに実現していました。

このように、お台場からの帰りに、京浜急行バスによるトヨタ(TOYOTA)SORA(燃料電池バス)に初めて乗ることが出来て良かったです。

画像は、東京国際クルーズターミナル駅前、大井町駅西口、京急ファミリー鉄道フェスタ会場で撮影したものであり、大井町で見た夕日は綺麗でした。 

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こちらは、7月20日に、箱根登山鉄道の箱根湯本駅で撮影した、小田急電鉄の70000形ロマンスカーGSEの70051Fによる、はこね54号です。

はこね54号は、土休日のみ運転で、箱根湯本駅を15時08分に発車しため後、途中、小田原、伊勢原、海老名、町田の各駅に停車してから新宿へと向かう列車であり、3月16日の改正から、70000形GSEによる固定運用となっています。

丹沢大山エリア(大山ケーブル)への最寄り駅である伊勢原駅にも停車するロマンスカーは、平日は、さがみ61号、はこね53,50,52号(下り、上り共に2本ずつ)、土休日は、はこね51,53,55,57,50,52,54,56,58,60,62,64号(下り4本、上り8本)であります。

平日の場合は、はこね54号に近い時刻のはこね26号(箱根湯本 15時12分発、途中、小田原、海老名、町田の各駅に停車)が運転されることになるけど、こちらは、50000形VSEまたは70000形GSEのどちらかが使われることになります。

70051Fは、7000形LSEの7003Fの置き換え用として、一昨年(2017(平成29)年)の末に日本車輌製造(愛知県豊川市)で製造され、翌年(昨年)の2018(平成30)年3月17日(小田急線の複々線化の完成に伴うダイヤ改正)に営業運転入りしていました。

当初は、昨年3月17日の改正でGSEを2本入れて7000形LSEを一斉に置き換える予定となっていたけど、7000形LSE(7004Fが最後まで残されていた)との共演を実現させる為に70052Fの導入が7月まで延期されていたのであります。

自分(しゃもじ)が70000形GSEに初めて乗ったのは、昨年4月12日のホームウェイ81号(相模大野→片瀬江ノ島間)と、折り返しのえのしま2号(片瀬江ノ島→新宿間)のことであり、音が静かで乗り心地が良かったな!と思っていました。

今年3月26日に、飯能から池袋まで、西武鉄道の話題の新型特急である001系Laview(ラビュー)に初めて乗った時に、音が静かで乗り心地が良いということを実感していたので、新型特急はいいなと思ったのであります。

友人のつか氏も、GSEとラビューはどちらも乗り心地が良かったとことを語っていました。

行きは、新宿から相模大野まで、30000形EXE(オリジナルEXE)の30255Fによるえのしま5号に乗ったけど、EXEα化が進められていることにより、本数が少なくなっている現在だからこそ乗ってみたい車両だから乗ったのであります。

30000形EXEによるえのしま5号については、後日触れていきたいと思います。

展望席付きロマンスカーの運用は、平日3編成、土休日4編成のフル稼働となっているけど、土休日に展望席付き車両が1編成使えない場合には、30000形EXE(EXEα)か60000形MSEによる代走が行われています。

土休日の展望席付きロマンスカーでは、はこね2号→スーパーはこね7号→はこね12号→はこね21号→はこね54号→はこね35号→はこね28号→ホームウェイ11号→(小田原駅到着後、箱根湯本駅まで回送)→はこね72号がGSE固定(小田急電鉄発行のロマンスカー時刻表でGと表示されている)であり、この日は70051Fが使われていました。

一方の70052Fは、モーニングウェイ74号→スーパーはこね5号→はこね82号→はこね17号→はこね20号→はこね31号→はこね26号→ホームウェイ7号→はこね70号に使われていたけど、入生田でのサンナナさよならイベントで、横を通過していたはこね17→20号を見ることが出来ました。

この日の50000形VSEと70000形GSEの運用は、小田急電鉄のホームページの展望席付きロマンスカー運用予定表で調べることが出来るけど、8月分まで出ています。

箱根湯本駅でのロマンスカーの停止位置は、新宿(北千住)寄りでギリギリに停車するので、前方の1号車側(改札口側)でしか前面を撮影することが出来ない状態となっています。

箱根湯本駅のある足柄下郡箱根町は、1956(昭和31)年9月30日に、湯本町、温泉村、宮城野村、仙石原村とこれまでの箱根町の合併により出来た町であり、日本国内の北海道虻田郡洞爺湖町(旧、虻田町)のほか、カナダ🇨🇦のジャスパー市、ニュージーランド🇳🇿のタウポ市、箱根登山電車サン・モリッツ号の由来となった、スイス🇨🇭のサン・モリッツ市と姉妹都市提携が行われています。

サン・モリッツ市は、北海道虻田郡倶知安(くっちゃん)町と姉妹提携が結ばれているけど、2014(平成26)年11月2日には、箱根町とサン・モリッツ市による友好都市提携が結ばれていたのであります。

その前日の2014年11月1日にデビューした箱根登山電車の新型車両であるアレグラ号は、日本とスイスの国交樹立150周年及び箱根登山鉄道とスイスのレーティッシュ鉄道の提携35周年記念によるものであり、箱根町とサン・モリッツ市の友好都市提携の縁もあると思います。

箱根町の町役場は、箱根湯本駅付近にあるので、箱根湯本駅が箱根町を代表する駅であることが分かります。

強羅駅は、スイスの山小屋風の駅舎が特徴であり、2番線にレーティッシュ鉄道から贈られていた友好のカウベルがあることで、スイスに来たような雰囲気があります。

小田急70000形GSEは、50000形VSE、60000形MSE、箱根登山鉄道の3000形アレグラ号と同様に、岡部憲明氏によってデザインされた車両であり、箱根湯本で岡部憲明氏デザインの車両同士を乗り継ぐことも出来ます。

2015(平成27)年から使われている大山観光電鉄大山ケーブルの現在の車両も、岡部憲明氏によるデザインとなっているので、小田急グループの縁もあると思っています。

今年5月19日からは、箱根の大涌谷付近の噴火警戒レベルが2に引き上げられているので、箱根ロープウェイ(早雲山〜大涌谷〜桃源台間)が全線で運休となり、代行バスによる運行(立ち入り禁止となっている大涌谷エリアは通過)となっています。

2015(平成27)年5月にも、噴火警戒レベルが2に上がっていたことで箱根ロープウェイが運休になっていたことがあったけど、同年6月30日には、噴火警戒レベルが3になり、9月14日に2に下がっていたことがありました。

11月20日には噴火警戒レベルが1になり、翌年の2016(平成28)年4月23日に早雲山〜大涌谷間が、7月6日に大涌谷〜桃源台間がそれぞれ再開されていたけど、今年になってから再び噴火警戒レベルが2になってしまったことで、箱根への観光にダメージを受けてしまいました。

自分(しゃもじ)は、2016年9月19日に箱根ロープウェイに乗り、大涌谷に行っておいて正解だったと思っています。

噴火警戒レベルが3になった時には、代行バスが迂回ルートとなり、早雲山〜桃源台、桃源台〜姥子間に分けられていました。

箱根登山電車のサンナナ編成の107号車は、風祭駅付近にある鈴廣かまぼこで展示されることになるけど、一方の103号車が埼玉県南埼玉郡宮代町(東武動物公園駅付近)にある、日本工業大学の宮代キャンパス(工業技術博物館)に教材用てして寄贈されるという朗報がありました。

これにより、サンナナ編成が共に解体を免れて保存されることになり、箱根の名車を後世に語り継ぐことが出来るようになります。

今回箱根に行った目的は、箱根登山電車のほか、70000形GSEや30000形EXEαであり、GSEを箱根湯本駅で撮影してみたいという願いが、デビューから1年4ヶ月後に実現していたのであります。

このように、小田急ロマンスカーの70000形GSEを箱根湯本駅で初めて撮影することが出来て良かったです。

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