よしちゃん@しゃもじの荒川線ローズトラムブログ

こちらは都電荒川線(東京さくらトラム)などの関東の鉄道の話題を中心に触れていきます。

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早く宿泊したい

https://twitter.com/shamoji_tst0328/status/1161296624401780737?s=09

自分(しゃもじ)は今年中に宿泊したいと強く思っています。

今年中に宿泊出来なければ、来年1月1日に自分(しゃもじ)から重大発表します。

なので、早く泊まりたいと、京王ライナーのミュージックホーンに合わせて歌いました。

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7月26日は、御茶ノ水から東京までJR中央快速線のE233系のT24編成(中央線開業130周年記念ラッピング電車)に乗りました。

この時には、130周年記念ヘッドマークが、八王子駅開業130周年バージョンに変わっていたので、東京駅の2番線(中央快速線の高いホーム)で折り返しの快速高尾行きを撮影することが出来ました。

このラッピング電車は、今年4月11日に新宿〜立川間が開業130周年を迎えたことの記念により、4月8日から運転されているものであり、今日(8月11日)、立川〜八王子間も開業130周年を迎えたことによって、7月22日からヘッドマークが八王子駅開業130周年バージョンに変わったのであります。

今から130年前(甲武鉄道の時代)の1889(明治22)年8月11日の開業当時は、立川〜八王子間に駅がない状態でありました。

日野駅は、翌年の1890(明治23)年1月6日に、豊田駅は、1901(明治34)年2月22日にそれぞれ開業していたのであります。

新宿〜立川間は、1889年4月11日に中野、境(現、武蔵境)、国分寺の各駅と共に開業した区間であり、あれから4ヶ月後の8月11日に八王子まで延長されていました。

1908(明治41)年9月23日には横浜鉄道線(現在のJR横浜線)が、1931(昭和6)年12月10日に八高南線(現在のJR八高線)が八王子駅に乗り入れるようになり、乗換駅としての役割を果たすようになっています。

中央線のうち、甲武鉄道によって開拓された区間は、御茶ノ水〜新宿〜八王子間であり、1904(明治37)年12月31日に御茶ノ水まで延長されていました。

甲武鉄道は、1906(明治39)年10月1日に国有化され、1987(昭和62)年4月1日には中央本線の東京〜新宿〜塩尻間(中央東線)がJR東日本に、塩尻〜名古屋間(中央西線)がJR東海に継承されています。

御茶ノ水駅は構造の問題により、バリアフリー化が遅れているけど、今年1月29日にはエレベーターやエスカレーターが取り付けられていました。

駅周辺にある御茶ノ水の三大大学病院(東京医科歯科大学、順天堂大学、日本大学の各医学部附属病院)への最寄り駅でもあるので、バリアフリー化が求められているのもそのはずであります。

これらの大学病院のうち、最初に出来たのは、今から146年前の1873(明治6)年2月に下谷練塀町(現在の神田練塀町)に開院した大学病院の老舗である順天堂大学医学部附属順天堂医院であり、開院当時から順天堂病院ではなく、順天堂医院(醫院)が正式名称となっています。

順天堂が創立されたのは、今から181年前の1838(天保9)年のことであり、当時は蘭方医学塾と呼ばれていました。

現在の場所に移転されたのは、1875(明治8)年4月であり、現在は、東側の1号館と、道路を挟んで西側のB棟(順天堂大学の本郷キャンパス寄り)が中心(病床数1026床)となっています。

順天堂医院は、日本で最初に西洋医学が取り入れられた病院(特定機能病院)でもあり、医学塾で培われた信頼と実績のある医療が受け継がれています。

順天堂大学医学部附属の病院は、順天堂医院(東京都文京区)、静岡病院(静岡県伊豆の国市)、浦安病院(千葉県浦安市)、越谷病院(埼玉県越谷市)、練馬病院(東京都練馬区)、順天堂東京江東高齢者医療センター(東京都江東区)から成っており、そのうちの静岡病院は、1967(昭和42)年4月1日に伊豆長岡町立伊豆長岡病院が譲り受けられて開設されたものであります。

地下鉄丸ノ内線の御茶ノ水駅は、東京医科歯科大学(医学部と歯学部)の目の前の地下にあり、エレベーターが東京医科歯科大学にも直結しています。

その周辺には、2002年のFIFAワールドカップ記念で開設された日本サッカーミュージアム(日本サッカー協会ビル(JFAハウス)の中)があり、順天堂医院の手前のサッカー通りを通って行くことになります。

総武本線の御茶ノ水〜両国間の電車線が開業したのは、1932(昭和7)年7月1日のことであり、これを期に、中央線との直通運転が行われるようになっていました。

翌年の1933(昭和8)年には、御茶ノ水〜中野間の複々線化工事が完成し、中央線の複々線区間が、1966(昭和41)年4月28日には荻窪駅まで、1969(昭和44)年4月8日には三鷹駅まで延長されていました。

中央快速線が東京駅に乗り入れるようになったのは、1919(大正8)年3月1日のことであり、今年で100周年を迎えていたのであります。

中央快速線の御茶ノ水〜神田間には、万世橋駅の跡(mAAch ecute(マーチエキュート)神田万世橋)があることで有名であるけど、それ以前は、昌平橋という仮駅がありました。

万世橋は、1936(昭和11)年4月25日から2006(平成18)年5月14日までさいたま市にある鉄道博物館の前身である交通博物館があったことで有名であり、1943(昭和18)年11月1日に万世橋駅が休止→廃止されるまでの間、博物館口もありました。

交通博物館は、その名の通り、鉄道を中心とした交通関係を扱う博物館で、レトロな雰囲気があったけど、老朽化や手狭となったことだけでなく、エレベーターやエスカレーターがないことでバリアフリー化されていないことから、2006年5月14日に、さいたま市にある鉄道博物館(翌年の2007(平成19)年10月14日に開館していた)に譲る形で閉館(事実上の移転)されていました。

交通博物館の建物のほうは、閉館後も残されていたけど、2009(平成21)年頃に取り壊され、跡地にmAAch ecute神田万世橋が建設されていました。

ここには交通博物館時代の末期に特別公開されていた万世橋駅の遺構(階段跡)が常時公開されるようになっています。

交通博物館が閉館された後、万世橋駅の歴史を後世に残すことの出来る施設が出来ればいいなと思っていたけど、それが2013(平成25)年9月14日のmAAch ecute神田万世橋の開設により実現していました。

交通博物館があった頃の中央快速線は、T24編成のラッピングのモチーフとなったオレンジ色の201系(2010(平成22)年10月まで活躍していた)が当たり前となっていたので、あの頃が懐かしいです。

今年6月7日には、大阪環状線・JRゆめ咲線(桜島線)からオレンジ色の201系が引退していたので、201系は、大和路線(関西本線)・万葉まほろば線(桜井線)・和歌山線・おおさか東線のウグイス色の編成だけとなってしまいました。

後から複々線化された中野〜三鷹間のうち、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の各駅は、土休日に全ての快速列車が通過することになっているけど、この日(7月26日)は平日(金曜日)だったので、中野駅から各駅に停車していました。

八王子駅の中央快速線の乗り場は、4番線が下り(高尾、大月、甲府、松本方面)、3番線が上り(新宿、東京、千葉方面)となっていたけど、1999(平成11)年11月21日に中央快速線上りのメインホームが3番線から2番線(八高線ホームである1番線の向かい側)に変更され、3番線が八王子発着の上り列車(特急はちおうじ号、武蔵野線直通のむさしの号)、貨物列車の留置で使われるようになっています。

このように、八王子駅の中央快速線の上り列車のホームが3番線から2番線に変更された理由は、混雑緩和だけでなく、八高線から中央快速線の上り列車への乗り換えの利便性を向上させるからでもあります。

八王子駅の北東部には、日本オイルターミナルの八王子営業所(油層場)があるので、根岸駅(神奈川県横浜市磯子区)や竜王駅(山梨県甲斐市)などと同様にタンク車の出入りが多くなっています。

今日(8月11日)の八王子駅開業130周年当日は、記念イベントや記念グッズの販売が行われ、T24編成も土休日39T運用で運転されていました。

中央快速線のE233系のうち、4号車にトイレ(現在は使用不可となっている)が取り付けられた編成は、T37,39,41編成であり、4号車と6号車の入れ替えも行われていました。

新宿さざなみ1,4号(土休日運転)では、8月10〜12日にE257系0番台で運転されているけど、中央線特急あずさ、かいじ号の時代とは異なり、貫通扉付きの車両が新宿寄りと逆になっているので、違和感があります。

E233系のT24編成によるラッピング電車は8月31日(土)まで運転される予定となっています。

このように、東京駅の中央快速線の高いホームで、ヘッドマークが交換されたばかりのオレンジ色のラッピング電車であるE233系のT24編成を撮影することが出来て良かったです。

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こちらは、7月20日に、箱根登山鉄道の箱根湯本駅で撮影した、小田急電鉄60000形の60255Fによる、メトロはこね22号(地下鉄千代田線直通の北千住行き)です。

土休日のメトロはこね22号は、全区間60000形の6両編成による運転で、箱根湯本駅を17時50分に発車した後、途中、小田原、本厚木、町田、成城学園前、表参道、霞ケ関、大手町の各駅に停車してから北千住駅(足立区)へと向かう列車であり、北千住駅に到着した後に綾瀬駅区)まで一旦回送された後、北千住 20時35分発のメトロホームウェイ43号(途中、大手町、霞ケ関、表参道、成城学園前、新百合ヶ丘、町田、海老名の各駅に停車)で本厚木へと向かうことになります。

新百合ヶ丘駅停車のホームウェイ号やメトロホームウェイ号は、平日、土休日共に3番線(多摩線のホーム)着発となるので、4番線の多摩線(唐木田方面)の列車に乗り換えることが出来るので、唐木田行きのロマンスカーが廃止された後の穴埋めとなっています。

メトロ特急は、地下鉄千代田線の北千住、大手町、霞ケ関、表参道の各駅で、小田急線方面行きの下りが乗車専用、小田急線方面からの上りが降車専用(共に1,4,5,7,8,9号車(6両編成の場合は1,4,5号車)しかドアが開かない)であり、代々木上原駅では、乗務員交代及び保安装置の切り替えによる運転停車となっています。

メトロはこね号は、平日は1往復、土休日は3往復であり、そのうちの土休日の下り2本と上り1本は、北千住〜相模大野間で、片瀬江ノ島発着のメトロえのしま号(7号車から10号車の4両編成)と併結されています。

今日(8月1日)は、今から69年前の1950(昭和25)年に箱根登山鉄道線の小田原〜箱根湯本間の三線軌条化及び1500Vへの昇圧により、小田急の車両による新宿〜箱根湯本間の直通運転が開始された日であり、来年70周年を迎えます。

当時の有料特急は、初の特急専用車だった1910形(走る喫茶室付き)が使われていたけど、その翌年の1951(昭和26)年には、ロマンスカーシリーズの車両の礎となった、オール転換クロスシートの1700形が導入されていました。

これが、初代3000形SE車以降のロマンスカーシリーズの車両に結び付いていたのであります。

60000形MSEが、地下鉄千代田線直通ロマンスカーとしてデビューしたのは、2008(平成20)年3月15日のことであり、初の地下鉄直通の有料特急として話題になっていました。

箱根湯本直通列車が地下鉄千代田線直通特急にも結び付いたのは良いけど、入れ替わりに新宿〜箱根湯本間の直通急行が廃止され、ロマンスカー以外は小田原駅で乗り換えという残念な出来事もありました。

2016(平成28)年2月まで活躍していた京成電鉄のAE100形(2代目スカイライナー)は、都営浅草線と京急線に乗り入れた上で羽田、成田の両空港を結ぶスカイライナーに使われる計画があった為に貫通ドアが付いていたけど、それが諸事情により実現しなかったので、初の地下鉄直通の有料特急の座が、小田急60000形MSE車(千代田線直通ロマンスカー)に奪われていたのであります。

2012(平成24)年3月17日には、特急あさぎり号(現、ふじさん号(Mt.Fuji))の60000形MSEの6両編成への置き換えにより、JR東海御殿場線の松田〜御殿場間にも進出し、より多目的で使えるMulti Super Expressらしさが表れています。

60255Fは、2015(平成27)年10月に、60053Fと共に、翌年の2016年3月26日のメトロ特急の増発用として日本車輌製造で製造された60000形MSEの最終増備車であり、多摩線を除いた小田急線全線、箱根登山鉄道線の小田原〜箱根湯本間、地下鉄千代田線の代々木上原〜北千住間(北千住〜綾瀬、北綾瀬間の回送を含む)、御殿場線の松田〜御殿場間で活躍しています。

60000形MSEの定員は、4両編成で226席、6両編成で352席、10両編成で578席と、30000形EXEαと同じなので、10両編成の場合は、通勤特急にも適しています。

千代田線⇔小田急線直通列車の最西端は、伊勢原駅であるので、小田原、箱根湯本発着の千代田線直通ロマンスカーは、メトロはこね号だけとなっています。

小田原駅や箱根湯本駅で、メトロはこね号の北千住の表示を見られることは、土休日のメトロえのしま号の藤沢、片瀬江ノ島の両駅でも言えます。

メトロえのしま号は、大和駅通過となるので、注意が必要であります。

60000形MSEは、50000形VSEベースの車体であり、VSEから展望席を外したようなイメージがあるけど、定員が多く、通勤輸送に適している30000形EXEの要素も取り入れられているので、VSEとEXEが持つ長所が生かされた車両であります。

MSEのフェルメールブルー塗装は、地下鉄区間や夜間でも明るく見えるのが特徴であり、内装も明るくなっています。

自分(しゃもじ)は、あーにゃこと水湊あおひ氏に会えない長いトンネルから抜け出せない状態であるけど、Twitterのリプや、SHOWROOMでの返信でやり取りしているので、地下や夜間でも明るいMSEみたいな状態であります。

先月(7月)は、あーにゃに会えなかった月となってしまいました。

自分(しゃもじ)とあーにゃの一足早い再会を願っているけど、いきなり舞台となります。

日本車輌製造で、0系の時代から東海道・山陽新幹線の車両が盛んに製造されているのは、JR東海の子会社だけでなく、日本の新幹線の導入のきっかけとなった小田急ロマンスカーシリーズの車両の元祖である初代3000形から始まる全てのロマンスカーシリーズの車両が製造されたことの縁もあります。

このように、箱根湯本駅で、小田急60000形MSEを撮影することが出来て良かったです。

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こちらは、2月23日に、東京メトロ丸ノ内線の池袋駅で撮影した、02系の02-144Fによる新宿行きです。

明後日(7月5日(金))からは、中野坂上駅での乗り換えが必要だった、方南町支線の方南町駅から、新宿、池袋方面への直通運転が、新宿発着からの変更により開始されるので、新宿行きの列車が、始終発及び平日の朝ラッシュ時しか見られなくなってしまいます。

日中の新宿発着の列車は、20分間隔であり、それがそのまま方南町まで延長され、新宿〜中野坂上間及び中野坂上〜方南町間の列車が増えることになります。

方南町への乗り入れは、方南町支線専用の02系80番台(3両編成)のほか、本線の02系0番台や新型の2000系も加わることになるけど、これに伴う80番台の動向が気になります。

このことは、今年3月16日に、千代田線の北綾瀬駅(北綾瀬支線)に、本線から(へ)の直通列車(10両編成)も加わったことと同様であり、今年になってから、東京メトロの支線との直通プロジェクトが実現したことになりました。

方南町駅のホームは、110mと、他の駅の120mよりも短い状態であったので、それがネックで6両編成の列車が乗り入れることが出来なかったけど、改良工事により、西側に延長させたことで解決していました。

中野新橋、中野富士見町の両駅は、中野富士見町発着の出入庫列車がある絡みにより、既に6両編成対応となっています。

方南町から新宿まで直通する交通機関は、京王バスの宿33系統(新宿駅西口〜方南町経由〜永福町間、永福町営業所所属)、都営バスの宿91系統(新宿駅西口〜新代田駅間、小滝橋自動車営業所杉並支所所属、方南八幡通りバス停)しかなかったけど、これからは渋滞の心配もない方南町支線の直通列車でも乗り換えなしで行けるようになります。

改良前の方南町駅は、西口(北西側)と東口の1ヶ所ずつしかなかったけど、改良工事により、西口の出入口が南西側にも増設され、増設側の出入口にエスカレーターやエレベーターも設置されたことで、バリアフリー対応となったのであります。

改良工事前のトイレ(個室は和式しかなかった)や駅務室(どちらも改札外)は、ホーム延長工事の支障となっていたけど、どちらも移設され、トイレに関しては個室が全て洋式化されていました。

東京メトロでは、今年度中(来年3月までの間)に全駅の和式トイレの洋式化が完了する予定となっており、方南町駅もそれに含まれています。

ホームの延伸、改良工事は、2番線→1番線の順で行われていたので、その間は1面1線となっていました。

中野坂上駅で、方南町からの2番線到着の列車から乗り換える場合は、新宿、池袋方面(3番線)が左側、荻窪方面(1番線)が右側から出なければならないけど、池袋行きの直通列車の場合は、新宿、池袋方面に向かう時にその必要がなくなるので、中野坂上駅の混雑が緩和されます。

02系から新型の2000系への置き換えが進められているけど、現在までに、148F→132F→130F→134F→124F→126F→128F→129Fの順に運用離脱されているので、中期型または後期型の大規模改修が行われていない編成から廃車となっていることが分かります。

02-129Fの廃車により、奇数番の編成にも廃車の波が押し寄せてきていました。

これらの編成は、中野富士見町から富山県高岡市伏木にある日本総合リサイクルまで陸送されて解体されているけど、ゆりかもめで活躍していた7000系や銀座線で活躍していた01系もここで解体されていました。

01系は初期の段階では北館林荷扱所(群馬県館林市)で解体されていたけど、途中から高岡市での解体に切り替えられていたのであります。

これにより、2000系が8編成に増えていました。

北館林では、日比谷線で活躍していた03系の解体が進められているけど、小田急2200形のデハ2202号車(保存車両の整理の対象となっていた)も解体されていました。

小田急の海老名車両基地で、旧3000形SE車が大切に保管されていた格納庫には、2200形で解体を免れたデハ2201号車、2600形のクハ2670号車、9000形のデハ9001号車が所蔵されています。

かつて日中の丸ノ内線の池袋〜新宿間では、荻窪発着と新宿発着が交互に運転されていたけど、新宿発着の一部が荻窪発着に変更され、20分に1本残された新宿行きが方南町行きとなります。

今回の改正では、新宿行きが方南町(一部、荻窪)発着となるけど、全てが無くなる訳ではないです。

丸ノ内線の新宿発着の列車は、中野坂上方面に行く時のガッカリ列車であるけど、新宿駅から始発で座っていける列車が無くなるという残念な点もあります。

丸ノ内線の02系の行先表示は、初期型の大規模改修の完了により、全てLED化されたけど、前面の日本語表示しかないという不満があります。

丸ノ内線のダイヤ改正が明後日に迫ったので、このことを話題にしました。

このように、丸ノ内線で大幅に削減される新宿行きを撮影することが出来て良かったです。

おまけの画像は、3月10日に丸ノ内線の池袋駅で撮影した、02-145Fによる新宿行き、2月24日に中野坂上駅で撮影した、方南町支線専用車である02-184Fです。

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こちらは、昨日(6月30日)、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の浅草駅ととうきょうスカイツリー駅で撮影した、東武鉄道の100系スペーシアの雅(江戸紫)塗装の102Fによる特急スペーシアけごん51号(浅草発東武日光行きの最終特急)です。

102Fは、1990(平成2)年3月に東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造され、同年6月1日にデビューした、東武(102)の語呂合わせの編成であり、2012(平成24)年5月22日の東京スカイツリーのグランドオープンにより、そのライトアップに準じた雅編成(江戸紫色)となっています。

4人用個室車両となっている102-1号車は、東武一番と言った感じの番号であり、個室で寛げば、東武一番と言えるような最高のひとときを実感することが出来ると思います。

スペーシアけごん51号は、浅草駅の3番線(特急ホーム)を21時ちょうどに発車し、途中、とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、杉戸高野台、栃木、新鹿沼、下今市に停車してから東武日光へと向かう浅草発下り東武日光行きの最終特急であり、東武日光 18時11分のスペーシアけごん46号の折り返しでもあります。

浅草 18時以降に発車する東武日光線系統の特急は、18時20分発の特急しもつけ283号(東武宇都宮行き、350系で運転)を含めて杉戸高野台駅に停車するけど、上りは全て通過となるので、注意が必要であります。

杉戸高野台駅は、1986(昭和61)年8月26日に、南栗橋駅と共に開業した駅であり、これらの駅が出来るまでの間は、東武動物公園(旧、杉戸)〜栗橋間の中間駅が、幸手駅しかなかったです。

東武動物公園〜南栗橋間は、東武日光線の一部だけど、一昨年4月21日の改正から、南栗橋駅で運転系統が分割されているので、伊勢崎線の東武動物公園〜久喜間と同様に、東武スカイツリーラインの延長部分のイメージが強いです。

浅草から館林、太田への直通の列車(区間急行または区間準急)が、朝と夜に残されているけど、東武日光線では、南栗橋駅で完全に系統分割された為に、浅草方面から新栃木方面へと向かう場合に、特急以外全て南栗橋駅での乗り換えが必要となってきます。

100系スペーシアは、1990年から1991(平成3)年に掛けて、6連9本54両がアルナ工機(現、アルナ車両)と東急車輛製造で製造され、1720系デラックスロマンスカー(DRC)の全てが置き換えられていました。

ロマンスカーと言えば小田急というイメージが非常に強いけど、昔は東武や京阪にもロマンスカーと呼ばれる車両があったのであります。

ロマンスカーの由来は、2人掛けの座席が映画館のロマンスシートに似ていることであり、東武のロマンスカーも、2人掛けの座席となっていました。

ロマンスカーは、現在小田急電鉄による商標登録となっているけど、スペーシアやリバティは、東武鉄道による商標登録となっています。

100系スペーシアは、リニューアル化後、101,108,109Fが水色の粋編成、102,105,107Fが江戸紫色の雅編成、103,106Fが金色の日光詣編成(金スペ、サニーコーラルオレンジから変更)、104Fがオリジナルのイメージに近いサニーコーラルオレンジ編成となり、そのうちの106,107,108Fの3編成(いずれも1991年製)は、JR線直通対応編成であり、普段は新宿〜鬼怒川温泉間のスペーシアきぬがわ号に使われています。

昨日(6月30日)は、大宮〜那須塩原間で、スペーシア那須野号が1往復運転されていたけど、雅編成の107Fが使われていました。

この列車は、3年間に渡って行われていた本物の出会い、栃木デスティネーションキャンペーン(今年はアフターデスティネーションキャンペーンだった)のトリを飾っていたものであり、大宮〜那須塩原間(途中、久喜、小山、宇都宮、宝積寺の各駅に停車していた)での運転により、東武線を走らなかったスペーシアで、JRに貸し出された形となっていました。

一昨年6月24日のプレデスティネーションキャンペーンの時にも、スペーシア那須野号が運転されていたけど、当時は106F(日光詣編成、金スペ)
自分(しゃもじ)が100系スペーシアに初めて乗ったのは、1999(平成11)年7月4日の北千住→鬼怒川温泉間のことであり、あれから20年経ちます。

当時は春日部駅に停車しなかったことに加え、特急料金がJR並みに高かったので、自分(しゃもじ)にとって憧れの列車でありました。

東武特急スペーシアが、春日部駅にも停車するようになったのは、1999年3月16日のことであり、2001(平成13)年3月28日には、全列車が停車するようになっています。

200系によるりょうもう号が急行から特急に格上げされたのは、1999年3月16日のことで、あれから20年経っていました。

200系りょうもうに初めて乗ったのは、特急化されて間もない1999年6月のことであり、当時関東の駅百選スタンプラリーに行っていたので、あの頃が懐かしいなと思いました。

この日は、上野公園水上音楽堂で行われた対バンライブで、運行(活動)が再開されていたステーション♪と、れんてつを見ていました。

ステーション♪のほうは、中谷亜優、瀬尾かのん、篠川亜衣各氏の3両編成(3人)で、松島佳乃、北川愛莉、大塚朱里各氏が運休(欠席)していました。

最初は、7月15日のあゆゆこと中谷亜優氏の生誕祭で再会する予定となっていたけど、前倒しで再会することが出来て良かったです。

自分(しゃもじ)は、れんてつでは、軌条あさま氏が1推しであります。

れんてつの渡り板みやび氏は、スペーシアの雅編成が由来であり、この日に雅編成が那須塩原まで乗り入れていたことで話題になっていました。

残念なことに、渡り板みやび氏がスペーシアに1度も乗ったことがないことを聞いたので、浅草、とうきょうスカイツリー、北千住〜春日部間だけでも乗れることを教えてあげました。

浅草、とうきょうスカイツリー、北千住〜春日部間での利用客が多いことにより、通勤時間帯に100系スペーシアまたさ500系リバティによるスカイツリーライナーが運転されています。

とうきょうスカイツリー駅の特急停車は、2012(平成24)年3月17日に業平橋(なりひらばし)駅からとうきょうスカイツリー駅に改称された時からであり、当時下り特急の一部が通過となっていました。

とうきょうスカイツリー駅に下りを含めた全ての特急列車が停車するようになったのは、一昨年4月21日のことであります。

TRAIN SUITE(トランスイート)四季島の3泊4日コースでは、上野駅発着で東北、北海道、日本海側を回ることになるけど、そのツアーに参加していた鈴川絢子氏ご夫妻は、車内で東の鉄道動画王(YouTuber)である、スーツ氏と偶然出会ったというサプライズな出来事があったことを聞きました。

ツアー初日は、宇都宮からJR日光線を通って日光へと向かっていたので、日光繋がりで話題にしました。

日光線では、日光杉並木を通ることでも有名であります。

青函トンネルでは、トランスイート四季島からの前面展望が出来るので、鈴川絢子氏とスーツ氏の双方それぞれの動画で話題になっていたけど、四季島の車両がE001形ということで、西武鉄道の新型特急であるLaview(ラビュー)こと001系で、前面展望が可能であることを思い出しました。

スーツ氏は、横浜港から中国(CHINA)の上海(シャンハイ)までのクルーズで、西の航空動画王である、おのだ氏と韓国以来、2度目の再会していたので、同じ3泊4日のクルーズ同士の出会いであることが分かりました。

東武の有料特急では、500系リバティを含めて運転台後部に窓がない状態(西武のレッドアローでも言える)である為に、Laviewのような前面展望が出来ないのが残念であります。

634型(6050系改)によるスカイツリートレインでは、例外的に前面展望が出来るけど、乗れる機会が減ってしまったのが惜しまれます。

自分(しゃもじ)もトランスイート四季島に乗りたい!あー乗りたい!あーにゃ乗りたい!と言いたくなるけど、残念ながら乗れそうもありません。

鈴川絢子氏によるトランスイート四季島の動画は、最初から最後まで1本に纏められています。

今年(2019)年になってから早くも半分を過ぎ、下半期に突入したけど、平成から令和になってから2ヶ月経ちました。

うぶちゃんこと桜田初姫氏がステーション♪を卒業してから今日(7月1日)で1年経ったので、昨日の出来事のように感じてしまいます。

このように、浅草駅ととうきょうスカイツリー駅で、東武番の102F(雅塗装)による、スペーシアけごん51号を撮影することが出来て良かったです。

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