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桜の名所「高遠城」で、桜が見ごろを迎えたと聞いて、バイクでひとっ走り行ってきました。 混雑を想定して、早朝出発し、午前7時半に到着したのですが、車用の駐車場はほぼ満車の状態でした。 係りの人に聞いたところ、午前6時ころから、続々と詰めかけてきたそうです。 恐るべし、高遠の桜。 さっそく城址公園に登ると、一面の桜。ここにしかないというタカトオコヒガンザクラがお出迎えです。 明治時代に城が破却されたあと、明治8年から植え始めた桜が、樹林となり、名所に数えられるようになったそうです。まだ7〜8分咲きという感じでしょうか。 公園に建つ「天下第一の桜」の石碑です。 この城では、武田信玄の五男、仁科信盛(盛信とも)が、織田信忠に攻められて、3000の兵とともに討ち死を遂げた場所でもあります。織田家に攻められた武田家で、重臣が次々に寝返る中、最後の組織的抵抗とも言われています。タカトオコヒガンザクラの色がやや赤いのは、信盛たちの血の色と言い伝えられているそうです。なんとも壮絶な話です。 またこの城では、徳川秀忠の庶子で、会津の名君として知られる保科正之が育ったことでも知られています。 見た目の見事さだけではなく、「天下第一の桜」の名にふさわしいエピソードを持った城です。 |
日本百名城
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一宮めぐりのほうが離れた地域ばかり残って、なかなか進展しません。目的がないと、あちこち行ってもつまらないので、同時並行的に「日本百名城」でも回ってみることにしました。実は8割方訪問済みなのですが、信州だけでも5つありますし、この際、復習も兼ねてのんびりと訪れてみようと思います。 最初は、信州を代表する名城で、4つしかない国宝天守閣の一つ「松本城」です。 松本城は、戦国時代に小笠原氏が築いた「深志城」が始まり。小笠原氏が武田信玄に追い出され、その後、織田家の支配下に入りますが、本能寺の変で小笠原氏が回復し、松本城と名を改めます。 その後、小笠原氏が徳川家康について関東に移ると、石川数正が入り、その息子の康長が今の天守閣を造ったとされています。城主は、石川氏→小笠原氏→戸田氏→松平氏→堀田氏→水野氏と変遷し、戸田氏が再び入って、幕末を迎えます。 現存する12の天守閣の中で唯一の平城で、天守閣に櫓や乾小天守などがくっついた複合連結式という独特の構造です。大天守は層塔型の5重6階という作りです。みためはスマートですが、個人的にはどっしりした「望楼型天守」が好きなので、やや弱々しく感じてしまいます。
個人的趣味はともかく、明治時代に一度は競売に出された天守を買い戻し、修理をしたうえで、今に残してくれた松本の人たちの郷土の誇りを守ろうという強い心意気を感じさせる天下の名城であることについては、誰も異存がないと思います。 |
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