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先月から今月にかけて、被災地応援の出張などでバタバタしていたこともあって、ブログの更新をさぼってしまいました。津波の被災地にわずか1週間ほど滞在しましたが、想像以上の言葉を失いました。阪神・淡路大震災でも同じ時期に入った経験があるのですが、次元がまったく違いました。京都に戻った後もしばらく仕事が手につきませんでした。 そうはいっても、京都でも観光地や夜の街の賑わいが震災以降激減しており、過度な自粛は国を滅ぼすと思いなおして、2か月ぶりにもらった休み(1日だけですが)を利用して、春の非公開文化財の特別公開に行ってきました。 今回の公開は15か所。 1上賀茂神社、2大徳寺本坊、3真珠庵、4妙蓮寺、5廬山寺、6清浄華院、7下鴨神社、8百万遍知恩寺、9金戒光明寺山門、10西方寺、11知恩院三門、12得浄明院、13六道珍皇寺、14大統院、15仁和寺金堂、観音堂です。 今年は法然上人800年大遠忌にあたるため、法然関係の公開が多いのが特徴です。 このうち、1,2,3,7,9,11,15は、もはや特別公開の常連さん。5はふだんも開けている。また4、10、14は去年も公開されたので、後回しにして、今回は6、8、12を訪ねてきました。 ■清浄華院 浄土宗8総大本山の1つで、御苑の東側にあります。 もとは円仁が作った宮中の仏殿だったものが、法然に下賜され、室町時代に等煕が足利義教の帰依を受け、浄土宗寺院の筆頭に数えられるまでになったそうです。 御所の近くという場所がら、皇室との結びつきも深く、境内には皇子皇女の陵墓も多くあります。寺の人の話では、これらの陵墓は宮内庁の管轄で「草一本も抜くな」と言われていて、宮内庁の人間が定期的に抜きに来るそうですが、寺の草は一本も抜いてくれないので、境界線のところでピッチリと草が抜かれているそうです。「やはり公務員さんですな」と面白おかしく話していました。 寺では、重要文化財の「泣不動縁起」が展示されています。師の病の身代わりになろうとする弟子の思いに感動した不動明王が涙を流して師弟を助けたという話です。その他、法然の舎利などさまざまな珍しいものが展示されていました。 ■百万遍知恩寺 京都大学のある「百万遍」の地名のもとになった寺です。浄土宗7本山の1つです。 京に疫病がはやった際、8世の善阿が後醍醐天皇の命で7日間、100万回念仏を唱えたところ、疫病はおさまったため、天皇から「百萬遍」の号をたまわったそうです。その時に贈られた数珠などが展示されています。また御影堂の中には130あるという世界最大の数珠がぐるりと懸けられています。快慶作の阿弥陀如来立像もあって見ごたえは十分です。 ■得浄明院 知恩院のすぐそばにあります。場所から考え知恩院の塔頭かと思いきや、信州の善光寺の京都別院として建てられた尼寺でした。信州まで行くのが遠いため、京都で善光寺如来と御縁と結んでもらおうと、善光寺大本願117世の誓圓尼が設立されたそうです。 ここのは善光寺と同じように「戒壇めぐり」があります。私は暗所恐怖症なので戒壇めぐりは苦手ですが、これが目玉なので、いやいやながら入ってきました。早く終わらせたかったので、早足で歩こうとしたのですが、中高年女性が前をゆっくり歩いていたので、何回もぶつかってしまいました。すみません。 寺の大きさからして仕方ないのですが、善光寺に比べると、規模はさほど大きくありませんでした。 境内はさすがに桜は終わっていましたが、アヤメがきれいに咲いていました。文化財的にはあまり見るべきものはありませんが、のんびりできるお寺さんでした。 この大型連休の間はほとんど仕事が入っていますが、もう1日くらい休みがもらえそうなので、また違うところにも行ってみようと思っています。
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京都の寺社
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仕事の合間を見計らって、念願の苔寺(西芳寺)に行ってきました。 大学に合格し、京都に住む少し前に、一般の拝観をやめてしまったため、行きたくてもなかなかチャンスがありませんでした。先日、拝観を申し込み、希望日はかないませんでしたが、この日の午後1時を指定され、喜び勇んで行ってきました。 阪急松尾駅から、西芳寺川をさかのぼるようにぶらぶら歩いて20分ほどのところに苔寺があります。 拝観を停止して以来、土産物屋が一気につぶれてしまったと聞きましたが、バス停の前に数件の店があり、「まだ開門前なのでゆっくりしていき」と客引きをしていました。指定の1時より30分ほど早く、拝観入り口の衆妙門に着くと、すでに2〜3人の人がいました。すぐにお寺の人が出てきて、「人数がそろい次第はがきを見せてください」と言われたので、見せると中の本堂の入り口で受け付けをするよう指示されました。いよいよ苔寺の境内へ。 門をくぐると意外に中が開けていて、道沿いを歩いて行くと、本堂の前に到着します。 西芳寺は、聖徳太子の別荘として建立されたといわれ、のちに聖武天皇の勅願で、行基が法相宗の寺つぃて開山しました。その後、法然により浄土宗に改宗、さらに鎌倉末期の名僧・夢想疎石が臨済宗の寺として中興させ、今に至っています。境内は、一時、荒廃し、江戸時代に規模を縮小して整えられたそうです。25年ほど前に、周辺からの苦情が多いとして拝観を停止し、今では、宗教行事への参加を名目に、事前にはがきで申し込んだ人だけ、庭の拝観が認められています。 本堂は意外に新しく、昭和44年に京大名誉教授だった村田治郎氏の設計による再建です。靴を脱いで中に入ると、そこが受け付けです。本堂の中は撮影禁止です。3000円を収めると、木札と般若心経、坐禅和讃、それ庭の説明を書いた紙を渡され、玄関の中で待つように指示されます。12時55分ごろに寺の人が現れ、「本堂に案内するのでついてきてください」というので、後について本堂内に入りました。 本堂では、硯と筆、それに紙などが置かれた小さな机が並べられていて、そこに座るよういわれます。座って待つと、お坊さんが現れ、全員で、般若心経を3回、坐禅和讃を1回唱和します。そして木札に願い事と自分の住所氏名を書き、ご本尊の前に置くようにいわれます。何を書いてよいのかわからなかったので、「家内安全」とだけ書いておきました。独身に「家内」も何もないのですが…。 書き終わると、本堂を出て、いよいよ庭園の拝観です。 寺の人に続いて、小さな門をくぐると、観音堂の前に出ます。目の前には黄金池、そして一面の苔です。ここで簡単に庭園の説明を受けます。 以前は、大きな池の周辺に回廊で結ばれた禅宗建築が立ち並び、白砂と石組が広がる、今よりも明るい池泉式の庭園だったようです。金閣や銀閣の庭も、ここをモデルにして造ったそうですから、まさに日本の禅宗庭園の元祖です。その後、寺勢が傾いたときに、山のふもとで日ざしが強くなく湿地といった条件から、苔の繁殖に適した条件のなかで、自然と一面の苔に覆い尽くされたとのことです。人間の造作と自然のコラボレーションで、こんな美しい姿になったのですね。庭に広がる苔の種類は120種類もあるそうです。 庭は2つに分かれていて、低いところが池泉回遊式庭園です。ここで心を洗い清めた後、高台にある枯山水の庭園で悟りを開くという構造になっているそうです。この池泉回遊式庭園では、池の周囲がすっぽりと苔に覆い尽くされてしまっています。全般に薄暗く、何とも神秘的な光景です。その周りを縫うように道が続いて、のんびりと歩いていきます。 途中には、千利休の二男の千少庵が作り、岩倉具視も滞在したという「湘南亭」といった建物が点在しています。 そして池を一周すると、「向上関」という小さな門があります。ここが禅の一歩。続いて「通宵路」という急な石段になり、禅の修行の厳しさを現わしているそうです。のぼりきったところが開山堂にあたる「指東庵」です。 「指東庵」の前には枯山水の庭園が広がります。枯山水としては日本最古になるそうです。 見えない水の流れを感じようと、しばしたたずんでいましたが、にわか仕込みでは悟りが開けるわけもなく、早々にあきらめて退散しました。 そこから降りて行くとすぐに出口です。一方通行で、池には戻れないので注意が必要です。もっとゆっくり見ればよかったと少し後悔しました。わずか30分ほどでしたが、世界遺産に指定されるだけあって、神秘的な別世界を味わえる庭でした。今は冬で葉が落ちていたので、次は青葉のころか、苔が生き生きとするという梅雨の時期に行ってみたいものです。3000円の価値はあると思いますよ。 苔寺のついでに、すぐ近くにある、一休さんゆかりの「竹の寺」、地蔵院にも寄り道しました。境内はほぼ貸し切り状態。静かな環境の中、苔と竹というグリーンのコラボレーションが楽しめます。地味ですがお勧めの寺の一つです。 なかなか充実した一日でした。
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今年最後の休みを利用して、来年の干支・ウサギの神社として知られる岡崎神社を参拝してきました。 丸太町通沿いの大きな神社ですが、道路からみるといたって普通です。 京都の東、京都大学の近くにある神社で、「岡崎」という地名の由来ともなっています。 素戔嗚尊、櫛稲田姫命、それに2神の子神の8神を祀っています。794年桓武天皇が平安京遷都の際に 王城守護のため、四方に建立した4社の1つ東天王社が始まりとされ、869年に清和天皇が播磨の広峯神社から祭神を移したということです。安産・方除けの神社と知られ、特に氏神として祀られるウサギが多産なことから、子授けの神としても信仰を集めています。 このためいったん境内に足を踏み入れると、たくさんのウサギの像が出迎えてくれます。 まずは鳥居の近くに置かれた提灯。文様はもちろんウサギです。 拝殿前にいる「狛ウサギ」。小さな石像ですが、狛犬と同じように、左が口を閉じた吽形、右が口を開けた阿形になっています。小さいためわかりにくいですが、右側は微妙に口を開けているのがわかるかと思います。干支に間に合わせるためか、ちょっと新しいのが気になりますが、狛犬よりかわいいですね。 こちらも遠くて見にくいかもしれませんが、拝殿の中には2羽の「招きウサギ」もいます。 また境内には、水をかけて祈願する子授厄除兎も鎮座されておられます。 来年は卯年。12年ぶりに脚光を浴びる年まであとわずか。つかの間の静かな時を味わっているようでした。私も今年はこの後、仕事なので、このブログの更新も今年最後になると思います。
皆様よいお年を!! |
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ここ2〜3週間、例年のように京都市内の道路という道路は、紅葉狩りの観光客で大混雑しています。 こういうときにはメジャーな観光地を避けていたのですが、今年はあえて混雑の真ん中に入って「穴場」を探してみました。 【嵯峨野・嵐山】 ■愛宕念仏寺 化野念仏寺からさらに奥にあります。創建は8世紀で由緒はあるのですが、今の場所には大正時代に六波羅から移転した比較的新しいお寺です。平成3年に完成した1200体の羅漢像が有名です。それからたかだか20年ですが、苔むしていい感じになっています。 羅漢さんは一般の参拝者が彫ったものだそうで、デザインもバットを持ったり、目覚まし時計を持ったりと、思い思いです。 観光コースからちょっと離れているので、タクシーの運転手さんは「穴場」として、お客さんをよく連れてくるようです。確かに化野念仏寺から下よりはすいてましたが、やはり日曜日、しかも境内は比較的狭いので、穴場と言うにはやや多いかな、と感じました。また下よりも標高が高い分、紅葉のピークも少し早目のようです。 ■直指庵 穴場と言うにはいささか失礼な「想い出草」という参拝者が思いを書き込むノートで有名なお寺です。嵯峨野の最も北にあるので、ちょっと足を伸ばさないといけないため、この時期であっても観光客は少ないだろうと思って行ってみました。境内は見事な紅葉でした。 境内では、昭和44年ごろ以降の「想い出草」ノートが公開されていました。書き込まれた方は今何をされているのでしょうか。 さすがに有名な寺だけあって、数グループの観光客はいましたが、境内が広いこともあって、すいていると感じました。ただ、紅葉のきれいな場所に陣取って写真ばかり取っているアマチュアカメラマンの姿が目立ちました。楽しみ方は自由とはいえ、ご本尊にも「想い出草」にもまったく目もくれず、ほかの参拝者の動線を遮ってまで、ひたすら写真を撮っている人たちを見ていると、あさましいというか、いったい何のために来たのかと、さすがに疑問に思いました。 嵐山・嵯峨野地区は、この時期、人をかき分けなければ動けませんが、そういう意味では、どちらの寺もかなり静かだとは思います。 【一乗寺・修学院】 しばらく前は穴場的な存在だったのに、いまや大混雑の詩仙堂周辺も回ってみました。 ■狸谷不動院 大混雑の詩仙堂の前を通り過ぎると、すぐに人が少なくなります。さらに急な坂を登っていくと突き当たりに狸谷不動院があります。車の安全祈願で有名な寺ですが、祈願所を抜けてさらに250段の階段を登ると本堂にたどり着きます。土曜日に行ったのですが、さすがに人はほとんどおらず、静かなもんでした。京都市の北部を一望できる景色は見事ですが、紅葉はまばらですので、「紅葉の穴場」とは言えないかもしれませんね。 ■野仏庵 ここは古美術愛好家の上田堪庵が創立した庵です。詩仙堂の駐車場のすぐ上にあるのに、なぜかほとんど人が来ません。 地味な入り口から、おそるおそる中に入っていくと、通路の脇には古い石仏が並べてあります。茶室の間を通って階段を登っていくと建物があり、入口で17世紀鋳造の仙台藩のキリシタン鐘を鳴らすと、家の人が出てきて拝観の受け付けをしてくれます。抹茶付で500円でした。 建物からは、きれいに整えられた庭がみえるほか、上田秋成ゆかりの茶室もあり、テープの案内を聞きながら、ゆっくりと過ごすことができます。ススキなどが植えられた静かな庭を散策すると、西園寺公望が隠棲していた丹波から移した茶室や石仏などを見ることができます。カエデやイチョウの紅葉が見事でした。詩仙堂周辺の喧騒がうそのように静けさでした。 私が散策している間、もう1グループが来ただけでした。本当の意味で「穴場」と言えると思います。 ただし週3回しか公開していないので、注意が必要です。 【清水寺】 いつ行っても混んでいる清水寺ですが、拝観時間は午前6時からなので、朝早く行くと、穴場的な静けさを味わえます。それなりに有名な話なので、知っている人は多いのですが、多くの観光客は前の晩においしいものをゆっくりと食べているためか、実際に来る人はさほど多くありません。さすがにこの時期だけは人が増えますが、境内が広いこともあって、下のような景色がストレスなく味わえます。 この日は見られませんでしたが、早く行くと、お堂で経を上げる僧侶やラジオ体操をしている団体にも出会えます。日中は大行列の音羽の滝でも、並ばずに水を飲めます。 団体客が来はじめるのは午前8時以降なので、その前に行けばすいていることは請け合います。ただし随求堂の胎内めぐりはできませんし、地主神社の授与所は開いてませんのでご注意ください。
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愛宕神社は全国に800余りある愛宕神社の総本社で、火伏の神さまとして信仰を集めています。 高さ924mの愛宕山の山頂にあり、参拝するには4キロの山道を歩いて登るしかありません。(昭和初期にはケーブルカーがあったようですが) 7月31日から8月1日は千日詣。1日お参りすると1000日お参りしたのと同じ御利益があるとのことです。本来なら夜にお参りするのですが、眺めが悪いのは苦手なので、早朝に行くことにしました。 朝7時前に京都駅を出る京都バスで出発しました。バスは超満員、太秦あたりからはお客さんを乗せられない状態でした。恐るべし千日詣。1時間ほどで登山口のある清滝に到着。近くの駐車場は満車で、大勢の人たちが歩き始めていました。 お茶屋さんの横を通って、5分ほどで登山口へ。入り口には小さな鳥居があります。いよいよ登山の開始です。朝8時過ぎだというのに、もう降りてくる方もちらほら。 すれ違う時に、降りてくる側は「お登りやす」、登る側が「お下りやす」と声を掛け合います。最初は知らなかったので「お早うございます」と挨拶していましたが、周りの人をみて「お下りやす」と言うようにしました。 表参道はほとんど階段があり、かなりきつい勾配です。途中100mごとに「12/40」と書かれた緊急用の黄色い看板があるので迷うことはありません。途中に、ベンチや東屋などもきちんと整備されています。夜の千日詣に備えて、電球もずっと設置されていました。 朝で涼しかったので、特に休憩も取らずに歩いたところ、1時間程で山頂付近に着きました。立派な門が見えてました。ここからが神社の境内です。周辺はもやがかかって涼しく、しかも何とも神秘的。 「やっと着いた」と油断すると、そこから険しい石段が・・・。 石段を登りきると、もうひとつ門があり、その奥が本殿です。すでに大勢の人が参拝しています。 お参りのあと、もう一つの目的「火迺要慎(ひのようじん)」のお札を探しました。京都の台所に大概貼ってあるあのお札です。社務所の前に20人ほどの人の列ができていたので、そこに並びました。大700円、小500円。周りの方たちは20枚とか30枚とか「大人買い」していくので、なんとなく気圧されて、小を5枚購入しました。どうやって折ったり汚したりせずに持って帰ろうかと考えていたら、神社の方が、手慣れたふうに、くるくると丸め、その上から和紙を巻いて、小さな筒状にしてくれました。これならよほどのことがなければつぶれません。 帰りは表参道を避け、ちょっと遠回りですが、月輪寺を経由して下山しました。こちらは表参道に比べてかなり急で、道も狭く、登りはきつそうです。登ってくる方も参拝者というよりハイカーの方で、挨拶は「こんにちは」でした。30分ほど下ると明智光秀ゆかりの月輪寺に着きます。 そこから1時間ほど降りると清滝に降りてきます。下に降りれば降りるほど気温が上がってくるのがよくわかり、早めに登り始めてよかったと思いました。 清滝でバスに乗ったのは11時過ぎ。早い時間で、かつ千日詣の臨時バスが出ていたため、行きと違ってすいていて、ゆっくり座って乗れました。 やはり本来、暑い時期に参拝する場所ではないと思うので、次は春先か紅葉の時期あたりに来てみたいですね。
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