全体表示

[ リスト ]

イメージ 1 イメージ 2 イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5 イメージ 6 イメージ 7 イメージ 8 イメージ 9

イメージ 9

こんにちわ。しばしパソコンの前に座れなくなるので、今日はちょっと長いです。ハラハラしどおしだった一年を振り返ります。
愛知万博のグローバルハウスに関係する展示をいろいろ考える仕事に、およそ一年前から加わった。ディスプレイには、ムットーニのからくりボックスとかスイスのジャケ=ドロがつくった文字書き人形などを使いたいと思っていたけれども、からくり儀右衛門の万年時計が出ることになって大喜び。さらに、本当に発掘できるかどうか定かでなかったマンモスが無事に発掘され、これで何とかなるナーーと安心したのが3月だった。そのころの会場夜景は空気がさえていたせいか、とてもきれいだった。
雪がちらつくなか行われた開会式は、寒い、サムイ、と連呼しながらも、最初の万博みやげをいただいた。グローバルハウスでvip用にこしらえた非売品スーヴニールもいただいた。これらがなんと同じ「からくり目覚まし」だったのには、ちょっとおどろいた。画像にあるように、シルバーのボディーにオレンジの縞がはいった時計なのだが、この縞があっという間にブルーに変わるのだ。何でだろう、といろいろいじっているうちに秘密を発見。これは、中を開いて文字盤と写真を見ているだけではわからない。これを外に開いて丸い背と背をあわせて一回りさせると、銀色の部分(じつは縞の裏側)が別の色の縞に変わる。手品にある仕掛けだ。でも、うれしいスーヴニールといえる。ぜんぶで4個いただいた。モリゾー、キッコロの絵も付いてるのだ。
いよいよ会期も終了というときに、ぜんぶで3本のソフトをながしてるという長久手日本館の地球の部屋を見に行った。360度の継ぎ目なき完全球形映像を体験させるアトラクショウで、ぼくのお気に入りである。まだ見ていなかった新作をうまく見ることができた。おどろいたのは、卵の内側にいて親鳥が外からからを砕いてくれるのを見上げる体験だった。球形のスクリーンなので、見るぼくらは、完全に雛ドリ
となる。いやーー、見られて、よかった、よかった。
とおもっていたら、ネットオークションでバトルしていたアイテムが落札できたので、すぐオンライン送金をすませた。19世紀最後の万博「1900年パリ万博」で配られたメダルだ。この万博は、アトラクションとして第二回近代オリンピックを共催したことで知られる。オリンピックを「おまけ」につけるとはけしからん、という意見もあったが、とにかくオリンピックを甦らせたことは大きい。このオリンピックに関わった人すべてにプレゼントされたのが、このメダルだという。金・銀・銅メダルの原型は、万博でだされた商品競争の記念品にあるわけで、いまは競技の勝者しかもらえない。オリジナルの函まで付いているので、ビッドして手にいれた。結構お高かったけれど、オリンピックのおまけだったかと思うとおもしろくなる。それにしても、パリで開かれた最大の祭、1900年万博のスーヴニールは、知らないものがいくらでも出てくる。この分だと晩年も退屈せずに暮らせそう。
書き忘れそうになったので、一気に書いておく。ぼくの2005年万博は、まだ終っていないのだ。11月27日まで群馬県立自然史博物館(富岡のそばです)で「ニッポン・ヴンダーカマー 荒俣宏の驚異宝物館」という催しを開催している。ぜんぶ、日大芸術学部の学生とコラボレーション、はじめは挨拶もできなかったみんなが半年の制作期間のあいだに博物館の方々とちゃんと意見交換できるまでに成長し、いろんな意味で画期的な展示をつくりあげた。入り口には90体もの人造生物キマイラがならぶ。画像のようないろっぽいキマイラもあって、いいですよ。画像参照のこと。会場には、博物・本草時代の薬屋さんを再現、ユニコーンの角、ミイラ、そして犀角などの珍品秘薬と出会える。また、埋もれた4人の博物学者の事跡をオリジナルアニメで紹介。解剖模型の部屋には、京都の島津製作所から独立した模型の老舗、京都科学の製作品を陳列してある。とくに珍しいのが、明治時代につくられた紙製の解剖模型(キュンストレーキ)。あの衛生博覧会のイメージも盛り込んだ。最初期の博物館にあふれていたワンダーを再現するため、3D画像なども仕掛けました。「学術廃棄物」の再評価をめざして、今日も往く! 

この記事に


.


みんなの更新記事