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これは、1969年東京大学安田講堂に立てこもった全学共闘会議の学生が、壁に書き残したものです。 35時間の攻防戦を指揮した警察側の一方の当事者が、危機管理の第一人者「佐々淳行」さんです。 思想や考えを抜きにして、よくもまぁ二十歳前後の青年が、こういう言葉を書き残したものです。 その時、20歳だとするとその人は、現在56歳ということになります。 私は、人間関係において躓きを覚えたときは、この言葉を思い出します。 自分の行為を正しいと信ずるならば、如何に挫折をしても、如何に理不尽な仕打ちを受けようとも、自分を見失ってはならないと戒めています。 人にどんなに笑われ、蔑まれようと、孤高の崇高でいたいと念じています。 善悪は別としても、小泉さんのように、大衆人気を得ようとすることは、目的でなく手段でありますから、該当はしません。 しかし、信ずるところからブレないという姿勢は学ぶところがあるでしょう。 中には、如何に良い言葉を述べようとも、その人を嫌悪するあまり、その言葉さえ否定する人もいますが、良いことは良いで、構わないと思います。 崇高なる目標があり、多少、人に迎合することが手段であれば、目標とする結果を目指すことに批判は出来ないことでもあります。 連帯を求めて孤立を恐れず‥すばらしい意味だと思います。 学生が占拠する東大安田講堂の最後の放送が、 「我々に代わって闘う同志の諸君が、この放送を再開する日まで、一時、放送を中断します」 だったそうです。 ※くどいですが、私は決して、その行為を認めているものではありませんので、よろしくお願いします。
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そう小泉氏は、手段が目的化それだけの存在ですね。
2005/11/14(月) 午後 11:14 [ どん ]
学生運動に参加していたという上司がいます。かなりエネルギッシュで、やはり違うなあと感じている今日、この頃…です
2005/11/15(火) 午前 7:25 [ なのP ]
その域に達することは、並大抵ではありませんね。日々学習。。。
2005/12/1(木) 午後 6:25
この一文には、深く感銘受けました。「中には、如何に良い言葉を述べようとも、その人を嫌悪するあまり、その言葉さえ否定する人もいますが、良いことは良いで、構わないと思います。」・・・実際、こういう方が多くいらしゃいますが、多少の価値観の違いでその人を否定するのではなく、価値観の違いを理解しあい、認め合っていく努力をすべきだと思います。
2006/9/13(水) 午前 9:24
☆彡流生さん、おっしゃる通りですね。だいたい、人間は完璧でないのですからね。批判だけの方は、そのことをご理解されていないのでしょう。
2006/10/9(月) 午前 7:54
☆彡○○さん、そうでしたか。実は私もそういうことしてましたよ。
2006/10/9(月) 午前 7:54
最後まで残って居られた方に、お二方面識があります。
医学部6年と院生だったのでもう少し御年は上ですが
戦い方は変化していますが、お二方とも今でも現役です。
2012/2/29(水) 午前 1:02 [ mikun ]