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善意はときに、悪意よりも恐ろしい

たしかにあの人は「いい人」なんだろうけど……。
ときに悪意よりも恐ろしい、善意の人との疲れない〈つきあい方〉

1. 善意は何をもたらすか
2. 「知らない」ことの不幸
3. 不完全のすすめ
4. 矛盾を抱えてこそ人生
5. どうすれば自分を失わないでいられるか
6. 図(はか)らずも心が救われるとき
7. 傷ついた人にしかわからないことがある
8. 生きることの厳しさを教えられる親になるために

善意の人々は、自分の好み、自分の思想、が正しいのだから、それは世間にとってもいいことだ、と疑ったこともない。

たとえ正しいことでも、世間では、その正しさが相手を苦しめることもあるなどとは夢想だにしないのである。

もちろん家族や世間を困らせるのは、いわゆる犯罪であり、悪意や憎悪である。

しかし善意もまた、時には油断がならない。

【出版社 / 著者からの内容紹介】

さきほど、Amazon.co.jpからネット注文しました
感じるところが多いです。

それで、読みたいと思ったのです。

でも、該当するところが出てくるだろうと、少し怖いです。

善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか 救心録 曽野綾子/著
出版社名 祥伝社 
出版年月 2006年3月価格: ¥1,575 (税込)

※ご参照
【Amazon.co.jp】

※画像:ムンク≪不安≫1894年

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☆彡えりっちさん。「…こちらが罪悪感の感情を持つ瞬間が多い」なるほど。それはよくわかります。ぜひお読み下さい^^;

2006/5/1(月) 午前 6:19 嵐風人(arasi fuuto)

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善意とは他に対する善なのでしょうか、中国に「積善の家に余慶有り」という言葉があります。つまり陰徳を積むことを薦めています。善とは自分の行いに対して課すべき範律なのですから、そもそも他者に対して押し付けることではないのではないでしょうか。

2006/5/2(火) 午後 5:49 kuu

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もうひとつ、大善は非情に似たり、小善は大悪に似たり。という言葉があります。私利私欲を捨て去ったところに見えてくるものが正しい選択であることが多いと思いますが、今相手から感謝されることを期待しての善の施しは自分を成長させません。善は成すはじから自分の中では忘れ去られるべきものだからです。誰にも知られず誰にも感謝されず、しかしこう有るべきという信念を貫き通したいものです。

2006/5/2(火) 午後 6:00 kuu

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☆彡silverhairさん。お説ごもっともです。私は、樺美智子の遺稿集の『人知れず、微笑まん』という言葉が好きです。ただ、ここでは受け取る側はどのように感じるのかを考えるべきかだと言っているように思います。先般、「頑張って」の一言で傷つく人がいることも記事にしました。善意の押し付けや、一方的な考えに凝り固まっている人の説教地味た言葉は害以外何ものでもありません。

2006/5/3(水) 午前 9:00 嵐風人(arasi fuuto)

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☆彡感謝されることを目的としなくとも、何とか勇気付けたいとの気持ちはわかりますが、相手にとっては苦痛でしかないことが多いということを表しているものと思います。

2006/5/3(水) 午前 9:01 嵐風人(arasi fuuto)

あたしは今まで人のためにやってきたことで、善意でやったことが多い気がします・・・けれど、それは必ずしもその人にとってありがたいことじゃないこともあるんですね><よく考えればわかることなのに、それに気づきもしませんでした。知らないところでいっぱい人を傷付けたんだろうなって思います(^-^;)

2006/5/3(水) 午後 9:19 [ mi_**_jp ]

この本、いつもの如く立ち読みしてきました。内容的にはなかなかおもしろい視点で書かれていると思いますが、あまりにも疑心で書かれていて読み疲れしてしまいましたw。善意とか悪意とか、やっぱり受け取り側の問題ではないかと思います。。難しいけどもっとも簡単な、もっと勝手に生きても罰は当たらない的考えかと思いました。

2006/5/4(木) 午前 3:34 [ - ]

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☆彡mi_31_jpさん。難しいことです。でも、あなたは少なくとも私より人を傷つけてはいないですよ^^;

2006/5/4(木) 午前 9:47 嵐風人(arasi fuuto)

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☆彡七海さん。そういう見方もありますね。あまり考えすぎると萎縮してしまいますね。自然な振る舞いということでしょうか。。。

2006/5/4(木) 午前 9:49 嵐風人(arasi fuuto)

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始めまして。「論理のすり替え」があるのではないでしょうか?話の前提が抜けています。例えば、9・11以後のアメリカの主張は納得できます。しかし、彼等(テロリスト)が代表する人々の「生きよう」とするもがきを察知する「博愛」が欠落していなかったのではないでしょうか?その前提として。傷つけられる人自身、その前に人を傷つけていませんか?知らないで。気ずかずに。

2006/5/30(火) 午前 11:52 sw5491

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問題は自分達の不幸に気づかずに幸せを享受している自分たちなのです。価値観・世界観が狭いのです。其れを指摘されて、不幸にされた、という姿勢は間違っていると思いませんか?指摘する人は当然神ではありません。結果は孤立します。其れでも主張するのは何故でしょう?どちらが愛情ある、責任感ある、前向きな、正しい態度でしょう?彼は自分の発言に責任をもっていませんか?どちらが無責任でしょう?

2006/5/30(火) 午後 0:03 sw5491

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「善」は「悪」と戦うべき義務があります。現代日本は倫理・道徳が崩壊しています。袖手傍観してはなりません。自分の為に、家族の為に、将来の社会のために、自分も含めた「社会悪」と戦いましょう。

2006/5/30(火) 午後 0:08 sw5491

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☆彡SWさん。ありがとうございます。全く同感ですよ。私の他の記事では、あなたとほぼ同じ論調で統一していると思います。ただ、このタイトルと紹介文に感じるところがあったものですから記事にさせて頂いた次第です。

2006/6/1(木) 午前 8:33 嵐風人(arasi fuuto)

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☆彡内容を読む前に記事にしたことは早計であったと言えるでしょう。しかし、同じ一言が受け取る側によって、励ましにもなったり傷つけるようになることがあるのです。相手の立場に立っての言動が如何に大切なことかを主張したかったのです。

2006/6/1(木) 午前 8:35 嵐風人(arasi fuuto)

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曽野綾子さんの著書にこんなタイトルがあったんですね(らしいですね。笑)。読んでみます。

2006/8/22(火) 午後 1:38 [ mat**mati*a10 ]

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☆彡mathematica10さん、ドッキとするタイトルですね。。。

2006/9/13(水) 午前 7:42 嵐風人(arasi fuuto)

私も、善人ぶる偽善者なのかな?でも仕事をしてる時お年寄りに何かをしてあげてる気持ちでは少なからずしてまませんが気をつけます。はい、耳が痛いです。

2006/11/2(木) 午前 4:44 raburin

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☆彡らぶりんさん、貴女はそうではないですよ。今のままでいいのですよ。。。

2006/11/12(日) 午前 10:26 嵐風人(arasi fuuto)

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この記事は、気になっていましたが。どう、コメントを入れたらよいのやら。。 過去の友人との「亀裂」等。。
現在も「人間関係に悩んでいます」家庭の中も、人間関係です。
勿論、他の人との付き合い方。。
相手の心の状態や、相手が望んでいる事に。私は、「どこまで気づいているのだろうか。。」と。。。
そう、思ってしまいました。
知らぬ間に「傷つけていたり。。」多分にあると思う。
傷つけるのも、傷つくのも。もう、嫌で。逃避しようとしている、自分がいます。怖いです。

2007/10/27(土) 午後 0:22 [ かおり ]

そうなんですよ。善意の人ほどたちの悪いものはない、と思ってました。

2007/10/28(日) 午前 3:25 みゆぅ


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