遺書
◆「5年生になって、人から『キモイ』と言われ、とてもつらくなりました」
◆「6年生になって私がチクリだったのか差べつされるようになりました」
◆「それは、とても悲しくて苦しくて、たえられませんでした。なので私は自殺を考えました」
北海道滝川市で、去年9月、自殺した小学6年生の女の子の遺書です。
ご両親が言われるには、娘さんは、自殺の1ヶ月前の席替えの際に、担任の先生に相談していたそうです。
この先生は、クラスで注意はしたようです。
責任逃れ?
市教育委員会は、当時、市議会へ
「いじめはなかった」
と報告していたそうです。
これは、どういうことでしょう。
専門家は 「責任逃れではないか」と言っています。
先生に打ち明けると、その先生から「誰にも言うな」と言われたとする記事 【許せない…☆先生…☆虐め】 を書きましたが、同じことですね。
私は、この問題が真実であったならば、教育委員会というものは、何を業務としているのかと首を傾げざるを得ません。
幼い子どもの自殺
まだ、 幼い小学校6年生が自らの命を絶ったのです。
これは、 私たちにとって、大きな課題となるものです。
市教育委員会のレベルの問題ではありません。
社会と人の心の荒廃が原因ではないのかと何故、考えが及ばないでしょうか。
卑怯な私であっても、もし、その立場にいたならば、この問題においては、さずがに保身のことを考える前に、幼い子供が自殺をしたということに愕然とします。
何故、こういうことになったのか、そして、二度とこういうことが起きてはならないと何故、考えが及ばないのでしょうか。
理解に苦しみます。
子どもは、いじめの事実を親や先生に打ち明けません
ほとんどの子どもは、 親には話しません。
このご両親も 遺書で始めて、いじめがあったことをお知りになったようです。
この女の子は、担任の先生に話したようですが、ほとんどの子どもは、先生にも打ち明けません。
「学校は何をしているのか」に対して、
多くの方は、「親も一緒になって」と言われます。
これは当然のことですね。
ただ、現実的には親や先生には言わないことを十分認識する必要があると思います。
従いまして、如何にいじめがあることを捕捉するか、それをどのように最悪な結果に結び付かないようにするのか、です。
いじめは無くなりません
ということは、いじめが発生すると、 先生方の責任にするというのは、現実離れしています。
そのことも十分理解の上の対処が必要だと思うのです。
いじめの現場は、学校です
家庭よりも 学校のほうが、捕捉しやすいということです。
最悪の事態を防いだ実績をお持ちの先生方もたくさんおられます。
学校や教育委員会は、そのような先生の事例を取り上げているのでしょうか。
この担任の先生は、
クラスメートを注意したそうですが、子どもは無邪気ですから、残酷です。
悪気がないので、いじめはなくならないのです。
不謹慎なことを申し上げ恐縮ですが、先生ががんじがらめの教育環境の中で、いじめ問題を直視し対応していて、たとえ最悪の事態となったとしても、
遺書の最後に「先生、ありがとう」
と記されていれば、
文字でなくても、心にそういう思いがあるならば、誰も先生を批判することは出来ません。
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☆彡確かに、経験すれば、人の痛みがわかるようになります。でも、その経験はさせたくないですね。
2006/10/4(水) 午前 9:19
☆彡あくあさん、「あなた方のせいにしませんから、子どもたちのことを考えてください」と教育委員会にお願いしたいです。。。
2006/10/4(水) 午前 9:20
「いじめはなかった」…でも、あの手紙を公開されて誰もそうは思いませんよね。まだ小学生の子がどんな思い出 自ら命を絶ってしまったのか・・・。無念でなりません。いじめは注意したところで、なくなるのか…なくならないと思います。大人の世界にも「いじめ」に似たような光景はあるからです。心が痛みますね。
2006/10/4(水) 午前 11:08
☆彡yocoさん、大人の世界にもありますね。とても、悲しいことですね。
2006/10/5(木) 午前 8:43
☆彡○○さん、ありがとうございます。
2006/10/5(木) 午前 8:44
はじめまして。体をそして心を傷つけたらそれは「いじめ」ではなく暴行です。お金を取られたら「いじめ」ではなく恐喝です。「いじめ」その言葉に一括りするから、いじめる側の罪の意識が芽生えないんだと思います。小学校でも中学校でもそれは犯罪なのだということを徹底的に教えなければならないと思います。例え今法律で裁けるような年齢ではなくとも、「いじめ」とは犯罪なのだと自覚させることが大事です。それは教師にしても同じことです。「いじめ」を見過ごし隠すことは、犯罪行為を見過ごしているのと同じことです。
2006/10/5(木) 午後 6:20
苛める側と苛められる側の感覚の違いかもしれないですね・・・。苛める側は、「ただの遊び」でも、苛められた女の子は、死んだぐらい苦しんだ。私も消極的な性格で小学校の4年の時から苛められて自殺を考えていました。今でもそれはもっています。丁度その時期に親との関係も悪かったりと色々重なった結果なのですが・・・。相当悩んだのでしょうね・・・。どうか安らかに・・・。もう、誰にも苛められる事は無いのですから・・・。
2006/10/5(木) 午後 9:54
「子供は決して親に打ち明けない」…に関しては、個人差(性格)にもよるのかな??とも思います。あたしは現実に小1〜高校生まで大小様々なイジメに遭いましたが、親が学校に乗り込んで問題が大きくなったり、イジメがさらに酷くなったりもしましたが、その都度母には話していました。今のところ娘も息子も、学校でどんなことを言われて傷付いたなど、話してくれています。話すことで理解されたい、癒されたいと思う子供もいると思います。もちろん、話さない子は多いのかもしれませんが…。
2006/10/7(土) 午前 2:23
☆彡ぷんぷんさん、「いじめ」その言葉に一括りするから」それは、よい発想ですね。犯罪であることや、加害者であることは、↑にレスしていますが、表現をもう少し変えて、広く認識を新たにする必要がありますね。
2006/10/7(土) 午前 9:12
☆彡soranoao_uminomidoriさん、加害者・被害者の感覚の違いは大いにありますね。貴女もツライ経験をなさったのですね。。。
2006/10/7(土) 午前 9:14
☆彡流生さん、わかります。多くの今、現にイジメにあっている子どもたちを考えてのことでした。いずれにしても、なんとかして上げたい気持ちは同じですからね。
2006/10/7(土) 午前 9:16
小さい身体で、小さい頭で・・・いっぱい悩んだんでしょうね・・・。そんな子達を助けてあげたいけど・・・なかなか難しい・・・。
2006/10/12(木) 午後 3:36
苛められる子供の多くが親にも先生にも打ち明けないのが現実なのは、打ち明けると陰で虐めがひどくなるからです。スウェーデンでは虐めを止めさせる制度があるので、子供は打ち明けるそうです。このブログは虐め防止に役立つ情報が多いと思います。転載をお許し下さい。
2006/10/14(土) 午後 6:52 [ bos*t*uyo*de*o ]
☆彡とろさん、苦しかったのでしょうね。悲しかったのでしょうね。子どもたちにはそんな悲しい思いは二度とさせてくないですね。。。
2006/10/15(日) 午前 8:20
☆彡bosatsuyoideyoさん、スウェーデンではそういう制度があるのですか。一度調べてみますね。転載はご自由になさって下さい。
2006/10/15(日) 午前 8:21
コメントありがとうございました。こんごともよろしくです。
2006/10/16(月) 午後 0:10 [ vis*um*11*050* ]
イジメ ・・私にも子供がいるのでけして他人事ではない出来事です 日頃から子供達にはひとの嫌がることをするなと言ってはいますが やはり学校という特殊な閉ざされた空間の中親はすべてを把握できないのが現状だと思います だから子供の小さな変化にはいつも気をつけていますが実際にはやはり何も見えてはいないのかもしれないですね いじめる方もいじめられる方もどちらにもなってほしくないし もちろん傍観者にもなってほしくない 親のそんな我が儘な願いは子供たちには届いているのでしょうかね(-_-;)
2006/10/16(月) 午後 8:41 [ ちゃいまろ ]
☆彡viscum01150506さん、わざわざ、ありがとうございます。
2006/10/26(木) 午前 11:42
☆彡ちゃいまろさん、そうです。特殊な空間なのだということですね。貴女のお子さんには届いていますよ。
2006/10/26(木) 午前 11:43
自殺なんてよほどの事がなければできないです。よほど辛かったから。短い命を絶つしかなかった。自らの手で。そう思うときいじめの辛さが重くにしかかります。私も経験したことがあるから。余計わかります。転載お願いします。
2006/11/1(水) 午前 4:42