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脳死を考える


   脳死は本当に人の死なのか?

突然の事故で脳死状態になれば、人間の五感により知りうる情報はすべてストップし、
自分が今どのような状況下に置かれているのかが全然解らないのです。

そんな状態の中で医師に、この方は脳死で「死んだ」と、宣言されても脳死者は臨死
状態の中で、ただ私は死んでいないぞと叫んでいるだけです。

なぜ自分の声が誰にも聞こえていないのかと、はがゆくまたもどかしく思いながら。

でありながら脳死者には、どんな生体検査をしても検査反応はまったくありません。

そうなれば近親者は、脳死はもう考えることも人の言葉も聞こえていないと思いますが、
そうではなく本人はすべてをちゃんと聞き取っているし、はっきり見えてもいるのです。

それは臨死体験をしない限り、生きては絶対理解できない不可解な部分なのです。

臨死状態とは肉体が霊界の入り口まで行った状況下の魂でありながら、自分の体が今
どんなにされつつあるのかを魂は、ちゃんと見ておりそれを詳しく知っているのです。

それが理解できれば移植手術をすることの善、悪は別にして、臓器移植は考えさせられ
る問題があるのではと思えてなりません。

その問題の何故かとは、あとでその事実の現象をお話しせねばなりません。

それでも臓器移植で、命の救われる人がこれからも確かにいることは事実なのです。

一方魂はまだ肉体に存在して自分自身をしっかり見つめている状況下で、臓器と云う
心臓や肝臓、膵臓等摘出の施術が行われます。

医者は医学的には死んだとしていますが、魂は動くに動かれずの状態で脳死者の体の
中に、どうする事もできないまま、存在しているのですから難しい問題だと思います。

脳死という臨死の状況で内臓器官が摘出され、他の人に移植が行われるのです。

臓器は単なる物質ではなく、しかもそれに霊的意識までがあるといわれますからね。

本人がまだ充分に理解していない段階で心臓が摘出され、他の人に移植されたとすれ
ば、その霊的な一部まで一緒に移植されてしまうことになります。

それは、あるいは提拠者の(因縁)まで、一緒に相手の方に持ち込むことになるかも
知れないことを意味しています。

この事は移植を受けた人の魂と、臓器を提拠した見知らぬ者同士の一部が突然合体し、
共存状態になる事から始まります。

それは将来、未知なる不可解な事象が現れると云うことで、その結果に拒絶反応の
強弱が形で現れるとも言われますが解かりません。現在研究中と聞きます。

但し真偽のほどは移植を受けた方の、その後の人生の追跡調査を待つしかありません。
     
    あしたは胸が空洞になって 旅立つ臓器提拠者

転載元転載元: 霊界に遊ぶ

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★彡【霊界に遊ぶ】の goodya220さんより転載させて頂きました。goodya220さん、ありがとうございました。嵐風人

2006/10/14(土) 午前 5:50 嵐風人(arasi fuuto)

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