人間には、 バイオリズムのように、心の波があります。 バイオリズムのように、と言いますのは、 私は、若干異なるものだと思っているからです。 持って生まれたもの、 生い立ち、 現在の取り巻く環境と苦しみ、 それぞれの自己の意志・感性などによって、 個人差がとても(それ以上に)大きいと 思うのもその理由の一つです。 悩みに上下というものはなく、 その人の背負っている苦しみ・悲しみは、 他の人には、すべて理解することなど困難なことです。 心電図と同じように、心の波は、常に波打っています。 「心の波」図というものがあるとするならば、 縦目盛りは、0から始まって上に、数を重ねていきます。 仮に0から100までとして、 こういう方は極めて少ないと思いますが、 平均値が70〜90までの人がいるならば、 その人は、とても自分勝手で傲慢ではなかろうかと思いますし、 どなたであっても、上が、100を超えれば、 様々な問題が生じるものだと思います。 また、全体の平均が30〜80までの間の波の振幅だとした場合 私は、多くの苦しい方に比べちっぽけな悩みでしかありませんが、 持って生まれたもの、 過去のトラウマ、 今日までの歩いた道のり、 そして、現状から、 はしゃいだり、騒いだりすることがありません。 それは、 調子がいい時(心の波が高い時)ほど、 その後のリバウンドとしての 心の落ち込みを経験則としていますから、 そんな時ほど、怖いのです。 過去、人を傷付けてきたことも そういう時が多かったように思います。 それで、「謙虚・慎重・平常心」なのです。 滅多にない、いいときほど、不安が募るのです。 そこで私は、 私の心の波の平均値を、20〜30としています。 過去のある時期、 10の目盛りを切ろうとすることが続いたことがあります。 これは自分としての危険水域なんですね。 心の波が、0になってしまった 身内や知人などがたくさんいますから、 そうならないために、 「ちょっぴりよければそれでよし」と思うようにしています。 「それで良し」ではないのです。 「それでよし」なんです。 良いことなんて何もない、 つらかった昨日より、 「ちょっぴりよければそれでよし」なんです。 ただし、 私としての危険水域である、10台前後になると、 「ちょっぴりよければそれでよし」 など思えるような心境ではありません。 自己否定と自己嫌悪と「もういいや」という厭世観です。 ですから、 そうならないように念じているというところでしょうか。 とにかく、 波の底が少しでも深くならないように、 底から底までの周期が少しでも長くなるようにと、 今日は、20だな、25だなと 毎日、自己分析して過ごしているのです。 生物の活動にみられる一定の周期的な変動のことで、 人間で言えば、 心臓拍動、呼吸のリズム 睡眠と覚醒の繰返し、女性の月経など、 植物では開花の年周期など、動物では冬眠や季節移動の周期性などであって、 人間の体のリズムは、 身体のリズム、感情のリズム、知性のリズム、の3つがあり、 これらは一定の周期で、高調期と低調期を繰り返しています。 [ 天邪鬼のひとり言 ]
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