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三国志とは、中国の200年頃に、中国を3分した「魏」・「呉」・「蜀」の興亡史です。 作家により色々あるようですが、芝居や講談で人気の高かった劉備・関羽・張飛・孔明らを善玉として、当時の最大実力者‐曹操(魏)を悪玉として、蜀(劉備軍)の立場から書かれています。 邪馬台国の卑弥呼が受けた「親魏倭王」の金印はこの「魏」の国から授かったものです。 三国志からは、多くのことわざが生まれ、現代においても使われています。 代表的なものを記しますと、 三顧の礼 泣いて馬謖を斬る 背水の陣 水魚の交わり 苦肉の策 など等です。 三国志は、今もって人気があり、多くの読者を得ています。 中でも、蜀(劉備軍)の国の軍師、「諸葛孔明」は絶大な人気です。 名参謀「諸葛孔明」は、当代随一の戦略家であり、信賞必罰の公平さもあり、実生活においても質素で、他よりも抜きん出ていたとは言えない、蜀の皇帝に礼を尽くし、死んでいきました。 ところが、米国では、相手方である「魏」の国の王、曹操に人気があると言います。 曹操は、『孔明と同じく当代一流の戦略家であり、戦いでは常に陣頭にあって将兵と勝敗をともにした。また、彼は人使いの天才であり、これはと思う才能の人間は、敵方でもスカウトして重用した。 曹操のリーダーシップの要諦は、信賞必罰と率先垂範である。このために、鼎立していた呉と蜀に比べると魏には人材がそろっていた。これが、魏が天下を制覇する要因となったのである。 曹操が英雄ではなく、姦雄と称されるのは、その冷静非情な性格による。「たとえ人を裏切っても、人に裏切られてはならない」とは曹操のことばとして有名である。目的達成のためには手段を選ばないからこそ、戦国の乱世にあって天下を取れたのである。』(『』内は他からの引用です) 米国人は、「それだけの頭脳・才能があるのであれば、なぜ「魏」の国の皇帝、曹操の参謀にならずに、劉備(蜀の皇帝)の参謀になったのか」と言うそうです。 義を重んじる日本人と米国人の違い こういうところは同じ日本人として、大事にして行きたいと思います。 しかし、昨今は政治・経済そして人の心までもが、目的達成ためには手段を選ばない風潮に変質しつつあるような気がしてなりません。 日本人が米国人と同化することは不可能です。日本人が日本人としての本質を忘れてしまうと、この国は滅びてしまうのではないかと思います。
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2005年11月10日
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