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「自分は偽善者でなかろうか」と思われる方、
人から偽善者だと指摘され、苦しんでおられる方、
周りがすべて偽善者で、ご自分は善人という立場にいると思われる方、
人を偽善者だと思われる方。


しかし、よく考えてみますと、人間はそもそも未熟な存在なのですね。
決して、神や仏ではありません。

私たちは、
法に触れたことがないでしょうか。
倫理道徳の規範に反する行為=ルールやモラルを忘れたことはないでしょうか。
様々な欲も持っています。

未熟な人間は、聖人君子になどなれるはずがないのです。



「あの人は、良い人」と言ったりします。
人間の性格には、長所短所があります。

「あの人は、良い人」と言うのは、その人にとって短所より長所がよく見えているに過ぎません。
多くの人からそのように言われる人であっても、極めて少ないだけで、短所は必ずあります。
すべての人に短所はあるということです。

善人と言えば、短所や欠点が全くないように考えてしまうのです。
人を批判しようと思えばいくらでも出来ます。
人間には欠点が必ずあるものですから、当然といえば当然ですね。

良い人=善人
悪い人=偽善者
と、受け取ることが出来ないので、誤解が生じるものだと思います。

良い人・悪い人・好きな人・嫌いな人。これらの判断には、理性よりも感情が左右されることがほとんどです。
相性というものもあるでしょう。
従いまして、人間を善人と偽善者の真二つに分けることには無理があるように思います。



「私は、口先だけの偽善者だ」と悩まれる必要もありません。

人間、立場によって限界もあります。現実の生活もあります。

『人を救うためには』⇒究極的には、人のために命を投げ出せるかというところにまで辿り着いてしまいます。
しかし、それはほとんどの人が出来るものではありませんし、命を投げ出せばそれでよいのかという議論もあります。



私が好きな大塩平八郎は、(江戸時代の)大坂奉行所の与力でしたが、苦しむ農民のために立ち上がりました。武士でありながら、農民のために蜂起したのです。このように階級を超えて立ち上がったことは史上初めてであると言われています。(1837年、大塩平八郎の乱)

(武士、農民など領民のために立ち上がった例は、あります。また、今とは、階級制度のある時代ですから、価値観も異なります。他の武士からは、(農民なんぞのために…)奇異な人と思われていたのです)

しかし、奉行所与力でありましたから、クリスチャン弾圧も行っていたのも事実です。
ただ、それをもって大塩平八郎を批判するのはたやすいです。



悩みを多く持たれる方と言うのは、実は謙虚で心やさしい方が多いのです。

未熟な人間の世です。批判・反論はつきものです。殊更に、悩み苦しむ必要はありません。


ただ、慢心はいけません。自惚れは、人間の敵ですね。
日々精進は、人間として忘れてはいけないことでもありますね。


よろしいではないですか、『行動する偽善者』で…。


『行動する偽善者』




[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

少し凹んでます。。

他のブログでお付き合いさせていただいている方の記事で
私的にかなりショックな内容のFLASH動画を見ました。。

その件については、別のブログで私の意見を掲載し、
その方々の理解を得ることができました。
(ありがたいことに、今も仲良くお付き合いさせていただいています。)

でも、このYahooブログでも、あちこちでそのFLASH動画を見かけるので、
内容はかぶりますが、ここでも私の認識というか意見を書かせていただきます。。

その内容というのは、あの名曲『島唄』の歌詞の意味を
沖縄戦になぞらえたものでした。

概要を説明すると。。

日本はアジアの国の独立のために戦争を始めた。
そしてアジアの国々を独立させた。
でも、極悪非道の米軍の攻撃の前にたたきのめされ、
アジアの国々から撤退。
そしてついに、米軍は沖縄にやってきた。
沖縄では、軍民協力して米軍と戦ったが、劣勢は如何ともしがたく、
「世界一強い」戦艦大和の出撃、および神風特別攻撃隊の奮闘も及ばず、
軍人、民間人ともに多大な犠牲をはらったあげく、敗れ去った。
劣勢にもかかわらず、勇敢に戦った英霊たちは靖国神社に祀られています。

と、そんな感じの内容です。
なにがおかしいのか解らない人、やっぱり多いのでしょうか。。

内容が、あまりにもあの戦争を美化しすぎているということ。
沖縄戦も軍隊と住民が共に団結して戦ったかのように表現されていること。
些細なことでは、「戦艦大和」が世界一強いと書いていること。
神風特別攻撃隊の現実。。
そしてそれを、名曲『島唄』の歌詞になぞらえて表現していること。

かなり、めまいがしてくる内容だと思うのですが。
どうでしょうか?(私だけなのかな。。)

もし、本当にあの唄がそういう意味で作られたのだとしたら。。。
何か大事なものに裏切られた。そう思えるくらいショックです。。

まずひとつは、太平洋戦争の開戦理由。

日本は、昭和16年12月8日に開戦した太平洋戦争のまえに、
すでに、中国で戦争を始めていました。(日中戦争)

そもそもは、帝政ロシア(後のソ連)に対する防衛意識から
中国北東部(いわゆる満州)を「国防の生命線」と位置づけ、
軍隊の進駐、そして満州事変(ま、戦争です。)を仕掛け
「満州国」なる傀儡国家を建国しました。

その後、何の意味があるのか良くわからない軍部の暴走により、
日華事変(日中戦争)が勃発します。

当初の目的であった、対ロシア(ソ連)戦用の戦略物資を消費しつつ。。

もちろん、太平洋および中国の市場を狙っている欧米各国(特にアメリカ)は
面白くありません。
当時の国際連盟(現在の国連とは違います)を通して、
日本に中国市場の開放および、中国全土からの撤兵の要求等、
さまざまな圧力をかけてきました。

しかし、軍の影響力が強かった当時の日本では、
外交で問題を解決する能力がなく、だんだん国際社会から孤立し、
「今の北朝鮮」みたいな立場に立たされたのです。
(その象徴が、国際連盟からの脱退。)

結果、アメリカを始めとする各国から経済制裁(ABCD包囲網)を受け、
ついには石油の禁輸措置をとられたため、
やむを得ず、アメリカとの開戦を決意、ハワイ真珠湾を攻撃したのです。
(勝算どころか、どうやって戦争の決着をつけるのかという戦略もないまま)

開戦の直前まで、日本陸軍は中国での戦いに精一杯で、
「アジアの国々」どころではありませんでした。
また海軍でも、南方資源地帯(いわゆるアジアの国々)を占領し、
長期持久戦を戦うという考えと、太平洋を進撃しハワイを占領、
そしてアメリカの戦意を挫いて、早期講和を図る短期決戦の考えがまとまらず、
最終的に国力の限界を超えた、同時作戦が進められることになりました。

つまり、「アジアの国々」に進出したのは、
石油をはじめとする資源が欲しかった
日本の勝手な都合だったわけです。

もちろん、それらの国の中には「同じアジア人」として、
日本の進出を歓迎する人々もいましたが。。
(本当に「解放」してくれるものと信じて。)
でも、決して、「アジアの国々のために戦う」ための戦争ではありませんでした。

そして、沖縄戦について。。

沖縄では、米軍が来襲するまえから、飛行場や陣地の建築、
そのたの作業で民間人が徴用されていました。
土地は接収され、成人男性は「郷土防衛隊」として、少年は「鉄血勤皇隊」、
少女は「ひめゆり隊」「白梅隊」等の看護隊として、強制的に召集されました。
それらの人の中には、当時の皇民化教育の影響で、より「日本人らしく」
生きなければならないと、純粋な思いで参加した方も多かったと聞きます。
そして、彼ら彼女らは激しい戦闘に巻き込まれ、
多くの犠牲者を出すことになりました。

さらに悲劇的だったのは、そのほかの一般住民です。
適切な指導もなく、ただ軍隊を信じて共に逃げ惑い、
挙句、「方言」をしゃべると、「わけのわからない言葉をしゃべった」
ということでスパイ容疑で処刑され。。
防空壕に隠れていると、「ここはこれからわが部隊が使用する」と、
激しい砲爆撃の中を強制的に追い出され、その壕の半径200m以内は、
遺体だらけになったという話とか。。
沖縄の戦争体験者の話では、「米軍よりも友軍(日本軍)が怖かった」
という話も多く聞きます。
日本軍とともに立てこもった壕内で、赤ん坊が泣き止まず、
「うるさい、敵に見つかる、これ以上泣かすと殺すぞ」と脅され、
赤ん坊お口を布でふさいだという話もよく聞きます。
食べ物もミルクもない状況で、腕の中で衰弱死した赤ん坊について、
泣きながら語るご婦人の話。
戦闘に巻き込まれ亡くなった母親の背中で泣いている赤ん坊の話。
目の前で撃たれた兄弟を助けられず、悔し涙を流すおじいさんの話。

そもそも、軍隊というのは自国を、つまり自国民を守るのが最優先の
任務であるはずです。
であれば、米軍上陸前に住民を北部方面に疎開させるとか、
戦闘に巻き込まれないよう、きちんと指導するとか、
そういうことをまずやるべきで、住民まで巻き込んで戦うというのは
あまりにも無責任ではないでしょうか。
(レジスタンスやパルチザンなどの例はまた別ですが。。)
まして、壕から追い出したり食料を奪ったりなど、もってのほかです。

また、沖縄戦の前にフィリピンが陥落していますが、
その時点で、南方資源地帯からの資源の輸入が完全に停止し、
日本には一切、資源が入らない状態になっていました。

つまり、沖縄戦の以前に太平洋戦争の勝敗は決定していたのです。
(資源がないと、戦争なんてできない。素人の私でもわかる。)

沖縄戦自体、軍隊と政府のくだらないメンツのために
なんの目的もなく実施された、「無意味な戦闘(つか、虐殺)」
だったのです。

よく言われるように、戦争は人を狂気に駆り立てます。
沖縄で戦った軍人たちも、絶望的な状況の中「国」のため
必死で戦ったことでしょう。
そして、「国」のため忠実に戦い、戦死された方々を
なんらかの方法で祀るのは当然過ぎるとこだと思います。

ただ、これまで書いてきたいろいろな事情があります。
中国や韓国、そしてアジアの国々に限らず、国内にも「靖国神社」問題に
敏感に反応する人々がいるのは、決して理由のないことではなく、
日本政府が「歴史」では教えようとしない、様々な事情があるからなのです。
(中国・韓国については、半分以上外交の道具として利用していますが。。)

どこに過ちがあり、何が悲劇で悲惨だったのか、
時々じっくりと考えてみるのもいいのではないでしょうか。

すみません。長々とエラそうなことを書いてしました。。
若干感情的になった部分もあり、読んでいて不愉快な思いをされた箇所もあるかも知れません。
申し訳ありません。。

転載元転載元: 沖縄出張所

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