諦めは心の養生いつまでもくよくよ悔やまず割り切って諦めることは心の健康によい。 失敗や心配事などどうにもならないことは、気にしないで心を切り換えて前向きにいこう。という意味ですが、中々そう簡単なものではありません。 確かに、谷底にいる時に、何もせずにじっとしているだけであっても、長期間に渡れば、身体の変調が現れます。 胃の痛みを覚え、脈拍が140ほどに上昇し、長時間心臓が脈打っていることを感じたこともありました。 確かに、心と身体に影響はあるのでしょう。 『悩む』ということは、ツライですけれども、人間には必要なことなのかも知れません空を自由に飛ぶ鳥になりたいと思います。海の中をゆったり泳ぐ魚になりたいと思います。 本能のままに生きることが出来れば、これほど爽快なことはないでしょう。 しかし、神より考えることを与えられた人間は、本能のままに生きることが許されません。 私たちは、この人間界で社会生活を営むにあたり、重い鎧を身に纏わざるを得ません。 その鎧は、重く、時に疲れてしまいます。 ただ一人谷底深くにいる時は、重い鎧は脱いでしまっています。 鎧を身につけることを嫌悪していますが、谷底から這い上がったときには、重い鎧に袖を通します。 自然のままに生きることの出来ない人間は、その重い鎧のことを意識したときに、谷底に沈んでしまうのです。 それは、考える能力と引き換えに、本能のままに生きることが許されない人間に神が与えた、心の調整という休息時間なのかも知れません。 せめて、1時間でも数分でも数秒でも、ココロの波打ちを静める時間を持って頂きたいと思います。 ふと見上げると、こんなに綺麗な夕暮れが…。 その時間だけでも、何もかも忘れて頂けたらと思うものです。 “諦めは心の養生”が意味する、心の切り換えでなくとも、一瞬だけでも忘れる時間を…。 ※愚生過去記事ご参照:【落ち込んだ時☆小雨降る高速道路で…】 |
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2006年10月06日
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