輝いている目 「どこが好き?」 優しい心 「どこが好き?」 男(女)らしさ 部分的にも言うことが出来ますね。 その部分がいくつもある場合、数えることも出来ますね。 (愛・恋は通常数えることが出来ません) 異性だけでないですね。 ※この異性という意味は、『心』の異性です。心と身体が異なって生まれて来られた方もおられます。『性』は『心』で判断すべきものです。以下同じです。 同性に対しても、思いますね。 「好き」が照れくさいので、「嫌いじゃない」という表現を使うことも多いです。 愛や恋に比べ、かなり緩やかな思いなのかも知れません。 許されない恋があっても、祝福されない好き・許されない好きはありません。 これは、自分が思う気持ちの表現、それだけなのですね。 見返りなんか期待も考えもしていないのです。
とは聞きません。 気持ちが揺れ動き、いつもの自分ではないと感じます。 これは素直な感情です。 心のときめきなんですね。 自然発生的なもので、どの部分とかいうものではありません。 ある時に、ハッと「恋?」と気付くものです。 そこには自分だけなのですね。 良い悪いではないですよ。 「恋」を感ずると、もうその気持ちを否定出来ないのです。 これは、通常、異性に対してのみです。 恋に落ちると心と身体が微妙に反応してしまうのです。 この身体というのは、心が揺れ動き、不安定なために、顔を赤らめたり、その人の前では、口を噤んでしまったりです。 この心の揺れを止めたいと思います。 それには、相手からの答えを求めようとします。 結果を求めるのですね。 この心の揺れを表現して、『恋は甘く切ない』というのです。
「何故、愛?」 こちらは答えやすいことがあります。 自分の分身だから 血を分けているから 多くの人のために尽くしている人だから・安らぎを与えている人だから 対象は、異性に限りませんね。 答えやすいと言ったのは、対象が広いからです。 代表的なのが親子の愛でしょう。 動物に対する愛もあります。 愛は、自分本意ではないのですね。 見返りを求めるのではなく、捧げるものであって、捧げるその行為そのものが、過程であり結果なのです。
これは、捧げる愛だからですね。 自分よりも相手を優先しているということです。 心のすれ違いというものもあります。 お互いが遠慮するということもあります。 一緒になることが、相手を傷つけることになることもあるでしょう。 茨(いばら)の道に誘いたくないということもあるでしょう。 だからこそ、静かに身を引こうとするのです。 男女の性(サガ)の違いというものもあります。 これが、男女の妙であるのです。 頭でわかっていても、そうならない、そうなれない悲しさがあります。 だからこそ、詩(うた)があり、唄(うた)があり、歌(うた)があって、まさに酒と涙と男と女なのですね。 ですから、概念としては、愛は恋より広いですね。 でも、素直な心の持ちようというものを考える時、愛より恋の方が違う意味で幅広いとも言えます。 恋は、心が不安定となります。そう考えると冷静である時の判断の結果である、好きが一番的確であるのかも知れません。
それを探し求めて生きているとしか、言いようがないでしょう。 愛や恋というものは、五木寛之風に言うならば、 「なんちかんち、言いなんな。理屈じゃなかよ」 なんですね。 これ、文化と同じですね。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
◆転載の際は、【こちら】 から、お願いします。 私の記事は、著作権などがあるようなものではありません。 自由にして頂いて結構ですが、転載の転載は、とても重くなるのです。 ご理解下さい。 [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人 |
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2006年11月13日
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