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長崎市の伊藤一長市長(当時)が銃撃され死亡された事件がありました。
とても残念なことでした。

犯人のその理由は、あくまで私利私欲にからんだ私怨であったことが
より悲しいものにしました。

再選を目指しての選挙中の出来事でした。

まだ、その市長が重態であった時に、
その放言でいつも物議をかもす
久間防衛大臣が、

「万一のことも考えなければならない」
と発言したことが、

まだ、生存中であることから、
「不謹慎だ」
との声が多く寄せられました。


確かに、その言葉だけを聞けばそう思います。
まして、放言癖のある大臣です。

しかし、この発言の前段として、こうあればどうでしょうか。

記者「長崎市長狙撃事件について、どう思われますか?」

大臣「あってはならないことだ」

記者「今、市長選挙の真っ只中ですが、もしもの時はどうされますか?」

そして、

大臣「万一のことも考えなければならない」




何事も同じことだと思います。

その言動だけで判断してはならないことが多いものだと思います。

私たちは本当に人の真意を理解出来ているのでしょうか。

私たちは真意を汲み取ってもらっているのでしょうか。

私たちは心を感じているでしょうか。

私たちは心を伝えることが出来ているのでしょうか。

新聞は、事実を伝えますが
真実は、伝えません。


小説は、行間を読まねば
筆者の真意はわかりません。

行間を読めるようにしたいものです。



耐えるのが偉いの?

病気と闘うことが偉いの?
痛くても、苦しくても弱音を吐かないのが偉いの?

「痛いとか苦しいとか、一言も言わずに弱音を吐かず病気と正面から向き合って偉い。」

私のことではありません。 そういう台詞をよく耳にします。 実話でも小説でもドラマでも。
美談のように語られますが、なぜ?

言ったところで痛いのがなくなったり、苦しさが消えたりしないから?
弱音を吐かないことで周囲の人間の気持ちを思いやってるから?

痛ければ痛い、苦しければ苦しい、こんなに辛いんだよ、もう嫌だよ。
思ったままに表現しちゃダメなの?

病気になっただけで痛くて、苦しくて、悲しくて、悔しくてどうしようもないのに。
痛いこと、苦しいこと、悲しいこと、悔しいこと、耐えていかなければいけないのに。
その上にまだ、痛いと言ってはだめ、苦しいと言ってはだめ、悲しい、悔しいと嘆いてはだめだなんて
あまりにも辛抱することばっかりじゃない?!

人はそれぞれ我慢にも、辛抱にも、忍耐力にも、その許容範囲が違う。
周囲から受けられる愛情や思いやりだって違う。

弱音を吐かず、前向きに病気と戦う姿を美しいとされたら
たった一人で何もかも背負い込んで生きていけって言われてる気がする。

病気の辛さに耐えてるんだから、気持ちぐらい好きにさせてよ。
立派でなくていいじゃない? 弱くていいじゃない? 
美しくなくていいじゃない? 偉くなくていいじゃない?
好きなだけ泣いていいでしょう? 
それでもちゃんと病気とは闘えるよ。 逃げずに向き合えるよ。

転載元転載元: 海のように広く深く♪

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