よく、人と人は支え合って生きていると言います。 過去のことですが、 私の部下であった男性は、 とても素晴らしくて、多くの社員からも好かれていました。 いつもにこにこと人当たりがよく面倒見もよい青年でした。 だからでしょうが、他部署の社員からも頼まれごとがあると、 いつも引き受けていましたから、深夜の帰宅や会社に泊まることも多かったのです。 彼は、元々身体が悪いものですから、いつも心配していました。 私が気付いた時は(私は別オフィスでもあり、部下が多かった為) 早く帰らせたりもしていました。 「アイツに言っておいたら、いいじゃない。アイツ馬鹿だから、調子に乗ってやるよ」と 他の社員が面白おかしく話していること、他の部下からも聞いていましたから、 ある時、彼に言いました。 「人という字は、人と人が支え合って出来ているというが、それは嘘ですよ」 「確かに、「人」という字は、活字で書くとそう見えますね」
「でも、書いてみなさい」 「そうではないでしょう」
数年前に会社は自己破産申請しましたが、 私は、その苦しい決断をした当の本人でありますから、 多くの社員の再就職先を確保して、彼もまたそちらに行かせておりました。 それから、数年を経ていますが、 その間、別の元部下より、 「彼は、連日連夜こき使われています」 「その上司も一切配慮がないので、毎月の検査を受けることがままならいようです」 と聞かされていました。 そして、 とうとう病状が悪化して、退職を余儀なくされたとのことです。 世の中には、それ以上の苦しみを背負わされている人がいます。 今も、苦しい思いをさせられている人がたくさんいます。
※記事と画像は関係ありません。 [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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2010年05月22日
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何もしてくれるわけじゃないのに、 ただ、そばにいて 聴いてくれるのが嬉しかった。 「聴く」ということは形ではありません いくら相手の目をみつめ、 話にうなずいていても、 共感することなく、 「そんなふうに考えることはないじゃないか」 などと思っていると、 それは相手に伝わってしまうのです。 大切なのはテクニックや形ではなく、 「ただ聴く」ということなのでしょう。 相手の話を聴く、ということは 相手をうけいれるということに通じるものです。 それがなければ、人は次第に話そうとする意欲を失ってしまいます。 身近な人が心や体の調子を崩したとき、 アドバイスしたり励ましたりする人が多いのですが、 それは、相手にとって負担になることがあります。 アドバイスより大切なことがあるのです。 海原純子著『海原純子のハートの医学』講談社より抜粋させて頂きました。 ただ、聴いてもらえていますか。 ただ、聴いてあげていますか。 [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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