※記事と画像は、関係ありません。 ※関連記事です。 【負の言葉は負を呼び込まない】 >> http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/58596190.html/ 【愚痴を言うことの大切さ☆生きる上には…】 >> http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/46318427.html/ 【「その位のことは、悩みでもなんでもない」☆言われたことないですか…】 >> http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/58658760.html/ 【あなたを苦しめる人のいいところを見てはなりません☆心の蟻地獄】 >> http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/58530204.html/ 【わからない人には、わからない☆あきらめることが自分を守る】 >> http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/58467243.html/ 【理解されない精神的虐待☆モラハラ・セクハラ・パワハラ】 >> http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/59724067.html/ [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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2010年08月13日
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この実質的というのは、その男女間の合意に加え、共同生活の実態など事実上、婚姻関係と同様の関係にある場合のことです。 そういう意味においては、ただ単なる共同生活(同棲)などとは異なり、社会的正当なる男女関係だといえます。
法律婚の場合と同様に、内縁関係においても、同居義務・共同扶助義務・貞操義務があります。
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◇【精神疾患と偏見☆精神科医はいらない?】は、連載です。少しずつでも、ご一読いただければ幸甚です。 ◇下記は、実際に入院された、ブログ【♪ 1%の奇跡〜今 おだやかに〜】のわこさんの記事です。一部割愛させて頂いておりますが、原文通りです。わこさん、ありがとうございました。 わこさんのブログをどうぞご訪問ください。嵐風人 治療のされない精神病院に入院した私精神病院と呼ばれる所に何故転院となったのかは、のちに知ったことだが、私が、窓の外を今にも落ちそうな体勢で、覗いていたので落ちたら・・つまり自殺してしまうのでは、と思われたらしい。が、私の頭の中は何にもなかった。自分が、生きていることもわかってはいないし,考えすらなかった。 6階の重症患者の部屋に案内した看護婦が、ジャラジャラといっぱいある鍵の一本で、そのドアを開けようとしたが、何故か、その上のインターホンで中の看護婦を呼び、「ちょっと、どけて!」といった。ガラスごしに看護婦が、ドアの目の前の患者をどけて、私を招きいれた。そして、鍵をかけた。 病室は、20人位が一緒で、カーテンなどという仕切りはなく、プライバシーはいっさいない。廊下との間にある引戸も開け放たれていた。何人もの患者が、話しかけてきた。「どしたの?」「これあげる。」「入院何回目?」などと質問攻めだったが、みな、どこが、どう悪くて、ここにいるのか、まったくわからない人ばかりであった。その日の夕食は、長いテーブルで、みんなで食べた。夕食は、窓まで取りに行く。少しカラダの不自由な私をかばい、「とってきてあげるよ。」「ここすわりなよ。」と、みんなやさしかった。しかし、少しづつ私は刑務所のようなその病院をみて、疑問を感じるようになる。 夕飯が終わると、「水をくんでならんで」と声がかかる。といっせいにコップだけを持った列ができた。なんだろう?と思っていると、看護婦の前で一人一人が、口をあける。その中に薬をほおりこむと、持っている水で、自分が流し込むというわけだ。それが、終わるとそれぞれが、好きなことをしている。 床に寝転がり、いつも煙草を吸っている女が、「ねえ、なんできたの?私はね〜精神分裂病で、22年入院してるの〜」といった。 「じゃあ、もう治ってるんじゃないんですか?」というと、「いまさら、働けないでしょう?生活保護もらってるし、おこづかいは、ここだいたい1万位しかくれないけどさ。煙草買うだけ」といった。驚きだった。ここの病院は、治療は投げ出しているのか?と・・・ その日、消灯前の薬があった。また、列でならび薬をほおリこまれた。しかし、入院初日、私は思いもよらない経験をした。夜中トイレに行きたくなったのだと思う。立ち上がろうとすると、転び這いつくばっても中々前に進めない。やっとの思いで、廊下に出た、しかし記憶は途切れ途切れ何度も転び這っては、やっとの思いで、トイレについた。そこまで、どれくらいかかっただろうか、トイレに入ってからも、トイレで転び、また、這いつくばって、部屋にかえった・・と思うが憶えてはいない。しかし、目覚めたのはベッドの上。私は、何を飲まされたのだろう? 午後、院長が現れた。そこでは、診察というものはほとんどおこなわない。だが、ナースステーションにききにいった。「昨日飲んだ、私の薬はなんですか?」と院長は「あ、軽い睡眠薬ね。」「何錠ですか?」「えっと、5錠だよ。でもね、軽いから大丈夫。」「私、昨日トイレにもまともにいけない位、フラフラでした。かるくても、5錠は多くないですか?」というと、「じゃあ、今日から、少し減らそうね」といった。 私は、いま思えば、そこでは特におかしかった。煙草を吸うようになっていた。もちろん、私の脳血管障害からして、煙草は絶対にいけないものなのだが、そこではそうせずにはいられなかった。 「ね〜1本頂戴よ〜」と最初の女が、あちら、こちらから煙草をねだる。ものすごく太っていて、めがねをかけて、汚い床に寝転がっていると、とても醜いものに見えた。 他にも、なぜか、長ぐつを履いて、両手に紙袋をさげて、2時間以上もじっと、入り口の前で、たっているものもいれば、1時間以上、ハンカチを洗い続けてるもの、お化粧をして綺麗な細身の女性が、急に走りだして、看護婦3人に押さえられ、薬を口に無理やり入れられていたが、それをバーっと、吐き出す光景も見た。 そのうちの落ち着いた感じの、女性が、話しかけてきた。「もう、まともな人もいるのよ。私も、おかしくないけど、精神病院ってことで、身内すら、もうこない。引き取り手がないと退院できないのよ。弟が、たまに来て、差し入れしてくれるけど、入ってくる生活保護は、この病院が受け取り、薬も飲んでいないけど、ここにいる。もう、23年よ。あなたも早く引き取り手がいるうち出ないと大変なことになるわよ。」といった。 「あの押さえられた女性ね・・中学校の先生だったの。綺麗な人でしょ?入院当初は、あんなんでなかったのに・・どうしてかしらね。」といった。窓は、ほとんど開かない、太い鉄格子が、張り巡らされ、個室が、二つあった。暴れたり抵抗するものをいれるらしい。個室は、刑務所と同じで、トイレの便器の隣に、ベッドが、あり、向こう側に、鉄格子その下から、看護婦が、食事を入れる窓があった。 ここで、違う自分が、目覚めたのを感じた。 入浴の日が、週に3回あった。看護婦が、「もう、あの人1ヶ月入ってないから、いれなきゃ。」といって着替えをいやがるものもいれば、歯を磨かないものなどは、何人もいた。 「あいたら、どんどん入って!」と言うので、私も服を脱いだ。浴室は、10畳位の広さだったが「みんな、はやくはいってよ。」という怒鳴り声で、湯船につかると、そのお湯の汚さは、垢がいっぱいで、入ったら余計きたなくなるんじゃないかと思うくらいだった。 風呂から、でると、素っ裸で走っているものもいれば、シャンプーしながら、廊下にいるものなど、風呂の日は、すさまじかった。 私の面会に、幼馴染がきた。彼はアメリカに住み精神科医をやっている。何故か子供の頃から、1番仲の良い友達で、医師ということもあり、私の病には理解があった。 「ここは、なんで、鍵かかるんだろうね、日本はおかしいね。」といった。私は、何故この病院に来たかが、やっとわかった。前の病院では、鍵がかからない・・つまり自殺しそうなものは、面倒が、みれない。ここで、自分が生きていることに気がついた。「帰るよ。」と私は、彼に言った。彼は「お母さんと迎えにくるよ」といってくれた。 次の日、院長がきたので、お話しがあります。といい、ナースステーションで「ありがとうございました。退院します。」というと、院長は一瞬驚いた顔をしたが、「誰かくるの?お母さんか・まぁ、君の場合は来てくれる人が、いるから・・退院していいですよ。」といった。 そして、その日のうちに退院したのである。私は、この精神病院の出来事を聞いて欲しかった。ほとんど診察せず、なんの薬を、みんな飲まされているのかわかっていない。汚い風呂、トイレまったく、プライバシーのない部屋。院長の傲慢さ。大理石の玄関・・・これが何をものがたっているのか・・・20年以上も入院している患者が、話した言葉も・・ 私はここにいた、29日間を忘れない。 ※関連記事です。 【鬱病☆特殊な病気ではない☆精神疾患と偏見☆精神科医はいらない?】《その2》 【鬱病☆神経症状のあることは、健常者のあかし☆精神科医はいらない?】《その3》 【鬱病☆医師の水準とひきこもり☆精神科医はいらない?】《その4》 【鬱病☆「悲劇のヒロインを演じているの?」☆精神科医はいらない(5)】 【苦しくなるカウンセリングは意味がない☆心の蟻地獄☆精神科医はいらない(6)】 【精神科医ですが、わりと人間が苦手です☆心がわからぬ精神科医、カウンセラー、宗教家なんて…】 [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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お彼岸というのは、春分の日・秋分の日と前後3日を合わせて7日間のことです。その間に家族揃って、お墓参りをするしきたりです。 確かに、各寺院はお彼岸(彼岸会)の法要を営み、各家庭では、おはぎや彼岸団子を仏壇にお供えし、先祖を供養し、お墓参りに行きます。 元は、仏教(インドの原始仏教ではなく、道教・儒教などから影響された中国大陸の仏教)から来たものですが、日本古来の土着信仰などとも結び付き、季節の変わり目に生活のくぎりをつけ、先祖に感謝をお伝えするのに、年間を通して一番よい季節でもあることから広く庶民にも伝わったと言われています。 文化と伝統この文化と伝統は、幾度も記事にさせて頂いておりますが、お祭りもそうです。お祭りも宗教儀式の流れを汲みます。また、時の為政者(権力者)が庶民のストレスを発散させ、一揆など不満が暴発しないように取り入れたものもあります。日本人の多くがお参りする初詣。お寺や神社に行きますね。でも、宗教心からではないようです。中には、お寺で、柏手を打つ方も見受けられます。 しかし、この文化と伝統が薄れてきています。日本人の心が失われてきているように思います。 核家族化が進み、コンクリートジャングルに住み、まさに個の時代となっているように思います。 お正月もそうですし、冠婚葬祭もそうでしょう。 これらは、親族の社交場でもあります。お正月、お盆、お彼岸には、皆が顔をそろえ、喜びも悲しみもともに過ごして来て、今日、生あることを感謝しあう。 このようなことがとても大切なことだと思います。 かく言う、私もそういう意味では、決して文化的生活を送ることが出来ていません。 現代の日本において、文化と伝統とともに生活されておられる方々には、憧憬の念です。 「彼岸」と言うのは、古代インドの言語である梵語(サンスクリット語)のパラミータの漢訳「到彼岸」の略です。 現在、私達が存在する煩悩の世界が此岸、つまりこちら。 涅槃の世界が彼岸、つまりあちらです。 到彼岸とは、あちらに渡る(到る)という意味を持ちます。 仏教本来の目的は、彼岸に到達することです。 渡彼岸は、「さとりの境地に到達すること」であり、渡りきって、彼岸(阿弥陀仏の極楽浄土などの浄土)に到達することです。 即ち、他宗教と異なる大きなところは、仏教とは仏になる教えなのです。 般若というのは、日本の般若とは関係がなく、サンスクリット語で、パーニャと言い、「智慧(ちえ)」の意味です。 先ほど申しました。パラミータは、波羅蜜多のことです。 パーラムは、彼岸のことで、 イ・タは、渡るということです。 それが、パーラム・イタ→パラミータと発音され、その音写で 波羅蜜多という字を当てられたというわけです。 般若波羅蜜多心経というのは、智慧で彼岸へ渡る教えを説いた経典という意味になります。 ※般若波羅蜜多心経は大乗仏教の重要な法典ですが、日本にはほとんどが大乗仏教ですが、小乗仏教(=上座部仏教)の宗派も存在しています。 ※大乗仏教でも、浄土系のように般若波羅蜜多心経を用いない宗派もあります。 ※宗派やお経でなく、般若波羅蜜多という言葉をご紹介するために、般若波羅蜜多心経を使ったに過ぎません。 彼岸の中日です、日本の文化と伝統そして先祖に思いを馳せましょう。 ※仏像は、私が好きな東大寺三月堂の不空羂索観音立像です。(記事と直接関係しません) [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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