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黙って言うとおりにしなさい!
素人のあなたにわかるはずがない!

先生と呼ばれている人、
資格を持っている人ほど、
人を否定してしまいがちです。

そこには、
人間はみな未熟である
ということの謙虚さを忘れ、
ただ、慢心だけが存在するからですね。

(※慢心=おごり高ぶる。うぬぼれる。)



※先生と呼ばれている私は、大したことのない人間の一人ですが、
中には、大変ご立派な方も存在します。

しかし、
どのような職業の方であれ、
とりわけ、「聖職」と呼ばれる職業についておられる方であっても、
中には、「悪人」としか思えない人もいることは自明の理とさえ言えますね。

この記事は、
たとえそういう職業の人々から否定をされたからと言って、
それはその職業の方から否定されたというのではなく、

おごり高ぶって、
うぬぼれている大したことのない人間から
否定されたということに過ぎませんから、

そのことに対して、
一向に苦しまれる必要はない
ということをお伝えしたい目的から、書かせて頂いたものです。
 
 
嵐風人
 
 
 
 
 

心配と不安の境界線

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1231122/img_1231122_58691915_0?20121005213530

人間は不安感に襲われるとどうしようもなくなります。
人は、「心配するなよ」と言います。
そんな簡単なものではないのですね。
そもそも「心配」と「不安」は異なるものなのですから…。

「心配する」と言いますが、
「不安する」とは言いません。

何故だかわからないが、
「不安」なんですね。
自らの意思で、
「心配しよう」はあっても、
「不安しよう」はあり得ません。

直接的理由=直接的な対象がないのが「不安」です。
言葉上においては、若干の混同はあります。

「電車に間に合うか不安だ」と言うこともあるでしょう。
対象が、「電車の時間」ということだけではなく、
「遅れることによる影響」への不安もありますから、
一概に否定は出来ないとも言えます。

けれども、
それが解決出来ることであれば、
その「不安」はすぐに解消されるものです。

本来の「不安」というのは、
対象がないものです。
そうたやすく解消するものではないのです。
「何故だか不安」「不安で不安で、苦しくなる」
このような心理は、経験のある方、
経験がなくとも、デリカシーのある方には理解出来ると思います。

人間には、心の波があるように、
生物においても、自然においても「波」はあるものです。

すべての人間にとって、
「不安感」というものも、
神が与えた必要なる感情の一つですが、
それが、程度を超えて、
心を徹底的に痛めつける「不安」は、
とてつもなく苦しいものです。







[天邪鬼のひとり言] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/63/f6/arasi_fuuto/folder/1231015/img_1231015_55335962_0?20121005203225


こんなところに咲いていたんだね。

でも、とっても綺麗だよ。。。







花も人もココロも…

[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

転載元転載元: 天邪鬼のひとり言

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