この事業仕分けに対して
いずれにしても、おっしゃる通りです。 しかし、 政府から認定され障害者支援団体として設立されていたところが、実は、郵便料金を少なくするためのものであったという事件もありました。 ○○支援団体・○○支援機構など、文化・芸術・スポーツ・学術・ボランティア団体・弱者保護団体が、理不尽にも国民の税金を不正に懐にしていることが少なくありません。 立派な活動をしていたとしても、どんぶり勘定ではどうでしょうか。 政府認定公益法人であった日本漢字能力検定協会の不正問題がありました。 日本人としての文化である漢字というものに日本人の関心を集めたことには、大変大きな意義を持つ団体でもあるのです。 また、五輪メダルを獲得したことのある先生は、「奥さんに、行かせてほしいと頼んで、自費で旅費を捻出した我々のことをわかっているのか」と言われました。 卑近な例えではありますが、 夫が妻に(逆の場合もあるでしょうが…) 「付き合いのために、お金がいるんだ」と言います。 妻としては、家計が厳しくなっていることから、「何故、必要なの?」と尋ねます。 夫が要領を得ない説明では、お金を渡せないです。 当然なことですね。 経済が、家計が、逼迫しているからこそ、その中身を見ないといけないのです。 そして、大切なことは、説明です。 このご主人は、納得させるだけの説明が出来ていないのです。 問題は、この事業仕分けで納得させることの出来ない説明しか出来なかったほうであると言えるのであって、事業仕分け人に対する批判はあたらないと思います。
批判する相手を間違ってはいけません。 そして、要請や陳情することは何らおかしことではありません。 ことの真意は理解していますが、説明が下手な息子のことを、「何とかしてやってほしい」と息子の妻に言うのが、「政治判断」なのです。 私は、ここで民主党への援護射撃をしているつもりはありません。 民主党のある閣僚でさえ、「仕分けの基準が不明確だ」と仕分け人を批判しているのですから…。 ※そうではないと思っておりますが、とりあえず「政治」という書庫に入れさせて頂きました。 ※1)事業仕分けは、基本的には政治ではないということです。 (が、払拭できない側面もあるにはありますが…) ※2)その後の政治決断・決着が、「政治」であるということです。 ※3)初の試みであるということ、そして、仕分けしている人も人間であるということです。職務に忠実な余り、感情が出てしまうこともあるでしょう。 ※4)あえて、憎まれ役となることも時に必要ですね。何事も… [天邪鬼のひとり言] 嵐風人
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政治
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※あくまで、職責ということから書かせて頂いています。個人的には、波長の合わない方、接することで、自分の心と身体に影響を与える人であれば、「無視」することなどは一概に否定できるものではありませんね。。 |
※(ご参考) 「隣の芝生はよく見える」について 本来のことわざは、類語も含めて、
「隣の花は赤い(=他人の物は何でもよく見えて、うらやましくなるということ。 隣家の垣に咲くバラはひときわ赤く見え、庭の芝生も青々と見える) 「よその花は赤い」 「隣の牡丹餅は大きく見える」 「隣の芝生は青く見える」 「隣の飯はうまい」 「隣の薔薇は赤く見える」 |
先般の福田総理の突然の辞任会見に対し、国民の怒りと批判の声が多くあります。 しかし、福田総理個人に対しての「政権のほうり投げ」、「無責任」などの批判は正しいでしょうか。 連立与党の中では、総選挙が迫ってきている今日、「福田総理には、早く辞めてほしい」との声が大勢を占めていたとのことです。 「総理大臣は人事権があるのであるから、小泉総理のように方法論があるのではないか」 という指摘は当たりません。 自民党の連立パートナーが、事実上の「ノー」を突き付けている現実を見るとき、 いくらリーダーシップを発揮しようとしても、 数がものをいう国会において(参議院では、野党が第一党ですが、衆議院では依然として、与党が第一党です) ある一纏まりのグループが反旗を翻している現状では、 政策遂行は困難であるどころか、 全く己の信念を通せないことになります。 そうなると全くのお飾りでしかありません。 お飾りだけの地位がその役割を果たしていた日本の歴史も存在はしますが… 新聞は、事実を伝えるが真実は伝えないものです。 これは、人間関係においても同じことが言えます。 その真意を汲み取ることが出来ないと、親しい関係には発展しません。 マスコミ等からの情報は、常に「本当だろうか」と考えながら得ることが大切なんですね。 批判するならば、 福田総理を実現させた政権与党ではないでしょうか。 支持率が高ければ、こういう流れにはなっていません。 日本を取り巻く世界情勢や国民の将来への不安、国家財政等々問題は山積している状況の中、 こういう結末を迎えさせた政権与党にこそ問題があるのではないでしょうか。 真実を何も語らなかった福田総理の美学とさえ言えるのかも知れません。 そういうことを考えるならば、 「私は自分を客観的に見れるのです。あなたとは違うのです」 という記者の問いに多少の感情を見せたことを云々かんぬんすることは、 とても小さいことだと言えますね。 意見や考えを述べるにあたっては、 まず、その人の立場になって考えるとよくわかるものです。 自分が福田総理であったら、どうするのか、どう思うのか。 誰もついてこないボスざるであったなら… お前は福田総理のシンパか? 総選挙において野党の勝利を目論んでいるのか、というご批判に対しては、 ここでは、議論の矮小化だと言わせて頂きたいと思います。 私が申し上げたいことは、 何事においても真実を見極める目が必要ということに加え、 異なる意見であっても、その意味するところを理解する柔軟性をもあわせ持つことが必要だということです。 ※関連記事です。 【第三次小泉改造内閣発足 ★大衆とは】 【一億総評論家☆批判反論だけでは?】 【偽善とは?☆相手の立場になっているか☆上から見下ろしていないか】 【感情のままに行動することは愚の骨頂】 偉そうなこと言いまして恐縮です。 [ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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(敬称略) 内外問わず、諸問題が山積していますね。
[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人
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