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嵐風人部長が憎いです
私が一番悪いですね…

【言ってはならないこと…】

私は自分の心と身体を守るために、辞めたいと考えていました。
しかし、部下が苦しむことがわかっていましたので、逡巡していましたが、
部下の「他人ごとです〜」という一言で、決断した、と書かせて頂きました。

辞めてから半年経っていますが、
下記は元部下のSさんからの最近のメールです。


From: S
To: 【嵐風人宛です】
Subject: ***です。Fw: 転送です。Fw: 業態管理について
Date: Tue, 12 Aug 2008 09:54:51

今日は休日出勤しています。静かだし、誰もいないし、落ち着くわ。

下記のメールね、かなり前になるけど社長と言い争って私が泣いて2〜3日ずーと険悪な状態になった時の怒りのメールでした。

このメールの前に色々あったけどね。「退職された嵐風人部長が憎い」と書いた気持ちは本当の気持ち。
嵐風人部長が退職したい為、私を採用したと思っていましたからね。
だから嵐風人部長在籍中は本気になって私は仕事していなかった。
私が早く仕事を覚えれば嵐風人部長は退職すると思っていましたからね。
イヤ嵐風人部長からではなく、会社が辞めさせるようにもっていくと感じていたから。

嵐風人部長の入社は「嵐風人部長は外見からでもこの会社には合わない人。
別世界の人。住む世界が違うと感じる人。こんな会社にどうして」と不思議に皆、
感じていたそうです。「嵐風人部長の退職は皆、やっぱりね。」という声が多かったですよ。

社長から私へのメールね腹立つでしょ。
(略)
結局、社長の勘違いでね。私は正しかったわけ。

(以下略)


From: S
To: ***取締役様 ; ***顧問様 ; ***部長様
Sent: Thursday, July 24, 2008 10:34 AM
Subject: 転送です。Fw: 業態管理について

***取締役様 ***顧問様 ***部長様

お疲れ様です。
下記に書かれている事(注:転送メールは、略しています)は経理ではなく事務の基本です。
私は仕事をしながら日商簿記2級まで所得しました。
また日商簿記1級も目指して勉強もしてきました。
あまりの忙しさで勉強する時間が持てませんから
受験して不合格となりましたが。

今更こんなメールを送られるのは不愉快です。

本当に退職願いを提出することを考えています。

(略)

退職された嵐風人部長が憎いです。




下記返信メールです。

Date: Wed, 13 Aug 2008 05:54:14
From: 嵐風人
Subject: Re:
To: S

そうですね。
私が一番悪いですね。
ごめんなさい。
ご苦労おかけしていますね。

嵐風人





[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人

梅咲けど うぐいす鳴けど 一人かな

小泉純一郎首相は十日、恒例となっている福岡県太宰府天満宮の「梅の使節」の表敬訪問を受けた際、自ら小林一茶の俳句を披露した。
俳句に託した気持ちを記者団から問われると「しんみりと何か心境に合致する、しみじみと味わう句だ」と解説。
国会審議などで追求を受ける孤独感を重ね合わせたかのようだった。

【2006年2月11日付日本経済新聞朝刊より】

時の為政者や経営者、時代を遡れば、戦国武将など、組織のリーダーや参謀と言われる地位の人は、孤独だと言われます。

その域に達してはおりませんが、労働組合の役員や経営者そして社会運動のリーダーの経験を持つ私でさえ、孤独との闘いでした。
短い期間ですが、水商売での小集団リーダーの時でもそのような覚えがあります。

・議論百出の時は、決断を下さねばならない。
・己の考えと異なる意見集約であれば、それを決定し、自らそれを実行せねばならない。
・皆の意見と食い違っても、己の信ずる道が正しいと判断すれば、己の考えを行動に移さねばならない。
・自らの信念を通そうと思えば、その権限のある立場にならねばならない。
・自問自答し、正しい信念であると判断すれば、そのために多少の風見鶏にならねばならない時もある。
・味方から、騙さなければならないこともある。
・どんなに親しい間柄であっても、たとえ親兄弟であっても、語ってはならないことがある。
・個人的関係は無視しなければならない。
・時には、排除の論理も振りかざさなければならない。
・あえて、敵を作らねばならないこともある。


組織のリーダーでいますと、危機的状況に突然、遭遇することがあります。
そんな時ほど、動じることなく、指示命令を出さねばなりません。
過去経験したことのない出来事にも落ち着いて対応しなければなりません。
そんな中、その逆境に押し潰されてしまった人を幾人も見てきました。
それほど、リーダーとは厳しいものです。

政策や政治姿勢はここでは置くとして、小泉首相もそうでしょう。
しかし、本来リーダーとは、弱みを見せたり、本音を語るものではありません。
ところが、小泉さんの場合は自然にみえちゃうのですねぇ。

過去、赤坂の料亭で、弱音をはいたことから政局となり、総理退陣まで発展した事例があるくらいですから。

私は、過去記事(2005年11月14日『連帯を求めて孤立を恐れず☆東大安田講堂』:http://blogs.yahoo.co.jp/arasi_fuuto/16340815.html
にもしましたが、1969年に東京大学安田講堂に立てこもった全学共闘会議の学生が、壁に書き残した、

連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力及ばずして挫けることを拒否する

という言葉が好きですね。

行き詰まった時、よくこの言葉を思い出したものです。

しかし、

梅咲けど うぐいす鳴けど 一人かな

今は、リーダーでもなんでもありませんがこの句、心に染みます。

天下り自体は、悪ではないが…

(長めの文章で、恐縮です)
防衛施設庁の官製談合事件で、現職幹部3人が逮捕
既に、報道されていますが、防衛庁の外局(財務省の国税庁、厚生労働省の社会保険庁などと思っていただければ良いです)である防衛施設庁が、自衛隊中央病院の新設建築工事や、浄水施設新設等土木工事などを発注するにあたり、形式だけ入札を実施しているものの、特定の業者が、その仕事を受注できるように裏で、便宜を図っていたものです。

同庁の工事を受注希望する一般の業者は、自由競争であると信じて入札しますが、決して、その仕事を受注出来ない不当な行為です。

建設業界の「談合」は、「必要悪」的な側面もあったことも事実ですが、民間を監督指導する、自ら律するべき立場の官僚が、手を汚していたことは、本末転倒と言わざるを得ません。

自らの退職後の待遇が良いか、悪いかで発注業者を選定

東京地検特捜部は、施設庁OBの天下り実績を基準に工事配分を決めていたとされ、悪質な官製談合とみています。

高ポストや高収入であるほど数値が高くなる「計算式」まで作っていたと言いますから、空いた口が塞がりません。

50歳前後で、追い出される官僚
人生70年80年と言われる今日、50歳では壮年とさえ言える年齢ではないでしょうか。
年金支給開始年齢が、65歳となり今日の年金問題を考えると、支給年齢の繰り下げは考えられても、繰り上げなんて望むべくもありません。

民間企業もほとんどが、60歳定年を採用していますが、これすら早いのではないかと思うくらいです。

誰しも、中途退職を考える場合、次の仕事が気にかかるのは当然のことです。

多くの金融機関も50歳前後で、お声がかかります。しかし、金融機関もそれらの人を、子会社や取引先などに就職斡旋しています。(再建会社に送り出す場合は、意味合いが異なります)
これは、天下りと同じことです。

従いまして、天下り自体は、決して悪くはないのです。

私が官僚でしたら、天下りを希望しますよ。

そこに、癒着を生じさせることが悪いのです。

お役人や銀行出身者は使いものにならない
(現職の方、OBの方すみません)
これは、民間企業ではよく言われるものです。

お役人はその体質が抜けきれず、銀行出身者ではその経験を生かせることがほとんどないのです。
何度かご一緒に仕事をさせて頂きましたが、やはりという印象でしかありませんでした。

しかし、柔軟性を持った方もたくさんおられることも付け加えさせて頂きます。

それで、関連業種以外の企業の受け皿が少ないということから、官庁や銀行側が就職斡旋をするものなのです。

官僚は、2年間は天下り禁止
ただし、出身官庁と癒着が生じやすい企業に限定はされています。

そこで、防衛施設庁のOBは、施設庁所管の公益法人「防衛施設技術協会」などに2年間超在籍し、民間会社に就職しています。

このことを持って、「規制の抜け道」と報道されていますが、これも別におかしいことではありません。

官僚は、エリートも多いわけですが、決して待遇は良いことはありません。中には、濡れ手で泡の人もおられるようではありますが、どうして、2年超の間どこへも就職せずに食べていけるのでしょか?退職金などは、住宅ローンの返済に一部充当して終りでしょう。

これもその後、民間会社に就職し、不正を働くことが問題なのです。

公務員は、公僕であるとの使命感と世論の批判から、若年令で退職し、再就職せずにギリギリの生活をされている方だっているのです。

やはり、改善策として官僚はすべて、60歳以上まで勤めることが出来るようにすること。加えて、高齢化社会ということを考えれば、民間会社も65歳定年制を考えざるを得ないでしょう。

綺麗な身の処し方、佐々淳行さん

危機管理の第一人者で、初代内閣安全保障室長であり防衛施設庁長官を経験された佐々淳行さんをご紹介させて頂きたいと思います。

防衛庁へ出向
1954年、東大法学部を卒業した、佐々さんは警察庁に入庁
1969年の東大安田講堂事件、1972年のあさま山荘事件などの処理を経て、
1975年三重県警本部長。その後、警察庁に戻り、
1977年、防衛庁出向を命じられた。

同年に、「成田空港中核派鉄塔倒し警備」の翌日、時の警察庁長官や警備局長が「戦勝ゴルフコンペ」を催そうとした際、佐々さんは、「とんでもない。翌日こそ決戦です。ゴルフを中止して、警備体制を強化するべきです」と強硬に反対したことが、原因の一つだそうです。
(佐々さんの危機予想通り、総反撃により手薄な警備陣は大打撃を受け、死者一名と多数の重軽傷者が出た)

佐々さんは、一時辞職を決意されたようですが、暖かい励ましや負傷警察官たちを慰問訪問したときに、「忍の一字」で防衛庁出向をすることにしたそうです。

1984年防衛施設庁長官就任
この人事は、警察庁OBたちの話題となったそうです。
佐々さんが、当然のように防衛庁防衛局長・防衛庁次官のコースを歩むだろうと思われていたからです。
この頃、防衛庁では、大蔵省、警察庁・自治省、防衛庁生え抜きの防衛次官レースがくりひろげられていました。

このいじましいポスト争いで、佐々さんは、防衛庁次官コースを外され、防衛庁の外局である防衛施設庁の長官に就任しました。

1986年防衛施設庁退職
好き嫌い人事の激しい、K防衛庁長官(愚生注:○○の乱の衆議院議員)の部下、そして、佐々さんを辞めさせるための防衛庁幹部の秘密会合などあまりに低劣な権力闘争に嫌気をさして辞任

「6月10日付」という、退職金が多くならないように計算したとしか考えられない、よこしまな人事だった。

これを聞いた後藤田官房長官(当時)「私怨、私欲、省利・省略の邪悪な人事。公職をあたかも世襲財産のように扱う大蔵省の私利私欲侵略人事」と厳しく批判したそうです。

就職斡旋を断固拒否
国家公務員共済組合連合会の理事にという就職斡旋を断固拒否して綺麗サッパリ野に下った」

その同じ年、佐々さんは当時の内閣官房長官である後藤田氏より初代内閣安全保障室長に任命され、1989年退官します。

「佐々さん、なんでも好きな公団名、大企業名、いって。建設省のだろうが運輸省のだろうが、すぐ副総裁のポストとるから。大企業の常任顧問、どこでもいいよ。あなたほど働いた人を就職の世話もしなければ“面倒見の竹下”の名にかかわる」

「中曽根さんが世界平和問題研究所にほしいといっているから、行ったらどうか」

「次の国政選挙で立候補すればどうか?とりあえず自民党顧問は?今はないが作るんだよ」
と様々なご好意があった。

『大浪人』と書け
これまでの私の人生行路に口出ししたことのなかった妻が、初めて強く反対した。

「本当に来月から、毎月の決まったもの頂けないんですか?

「浪人だから、ないよ」

「お願いだから公団でも企業でも天下りして下さい。みなさん、そうしてるじゃないですか?自費で退職金の半分使って事務所開くなんて、老後、これからどうなさる気?

三男もいう
「就職のときの書類に『父親の職業欄』なんて書けばいいの?『無職』なんていやだよ」

私は答えた。
「『大浪人』と書け。」

「そんなあ…」

※佐々淳行著「わが上司 後藤田正晴」文藝春秋より

故後藤田副総理のお別れ会


小泉自民党が圧勝したその余韻が覚めやらぬ、
10月31日14時ホテルニューオータニで、
故後藤田正晴元副総理のお別れ会がありました。

午前に、自民党三役人事を終え、夕刻から小泉内閣改造内閣の組閣人事が着手されるという、まさにその日その時間に行われました。

哲学と信念の政治家と言われた後藤田元副総理は、小泉自民党の圧勝を見届け、その数日後に他界しました。

お別れ会は、冒頭述べた第三次小泉改造内閣発足のその日となったことは、偶然ではないように感じます。

後藤田五訓


後藤田元総理が語った言葉で、大変有名なものが後藤田五訓です。

危機管理の第一人者佐々淳行元初代内閣安全保障室長の著書で、有名になりました。
当の後藤田元総理が、来訪者より「後藤田五訓を色紙に書いてもらえませんか」と言われ、何のことだと当時の部下である、佐々淳行氏に確かめたという逸話もあります。

後藤田五訓というのは、当時官房長官であった後藤田氏が、内閣五室制度発足の式典における初訓示のことです。

内閣五室というのは、
1.内閣内政審議室長 的場順三(大蔵省出身)
2.内閣外政審議室長 国広道彦(外務省出身)
3.内閣安全保障室長 佐々淳行(警察・防衛庁出身)
4.内閣情報調査室長 谷口守正(警察庁出身)
5.内閣広報官室長  宮脇磊介(警察庁出向)

◆後藤田五訓の教え
以後、諸君は大蔵省出身だろうが、外務、警察出身だろうが出身省庁の省益を図るなかれ、「省益ヲ忘レ、国益ヲ想エ」。省益を図ったものは即刻更迭する。

次に、私が聞きたくもないような、「悪イ、本当ノ事実ヲ報告セヨ」

第三に「勇気ヲ以ッテ意見具申セヨ」「こういうことが起きました、総理、官房長官、どうしましょう」などというな。そんなこといわれても神様ではない我々、何していいかわからん。そんな時は「私が総理なら、官房長官ならこうします」と対策を進言せよ。そのために君ら三十年選手を補佐官にしたのだ。地獄の底までついてくる覚悟で意見具申せよ。

第四に、「自分ノ仕事デナイトイウ勿レ」オレの仕事だといって争え(積極的権限争議)、領海侵犯をし合え、(テキサスヒットを打たれないよう)お互いにカバーし合え。

第五に、「決定が下ッタラ従イ、命令ハ実行セヨ」大いに意見はいえ、しかし一旦決定が下ったらとやかくいうな。そしてワシがやれというたら来週やれということではないぞ、いますぐやれというとるんじゃ、ええか。

(略)
「後藤田五訓」は私たち五室長を拘束すると同時に「両刃の剣」で、いい出した後藤田官房長官自身をも拘束することになった。
(以上佐々淳行著「わが上司 後藤田正晴」より)

ビジネスにも当てはまる


後藤田五訓は、どのような社会にも生かせるものです。

次元は余りにも違いますが、私も部下の数名に話したことがあります。

1.所属する部署だけの利益を考えるな。会社全体そして、社会に与える影響まで考えるべき。私利私欲ではいけない。それで行動することが自分にも返ってくるものでもある。

2.私が不機嫌になることも遠慮はするな。上っ面だけの報告では、会社は滅亡する。

3.評論家ではいけない何事も相手の立場になって考えろ。自分ならどうするのか。批判・反論だけでいけない。

4.おかしいと思ったら、他の部署のことでも意見を言え。遠慮しているうちに終わってしまう。

5.確かに、上司にもよると思うが、指示・命令には即座に反応しろ。(疑問に思う上司であれば、優先順位を考えろ)

佐々氏が言われている通り、こういうことを話せば自分自身をも拘束することになって、確かに「しんどい」ものです。

ウチに来られるのは迷惑じゃ


当時の佐々淳行内閣安全保障室長が日本の安全保障上の重大な問題発生についての報告をするために、日曜日に自宅で、休養中の後藤田官房長官への電話をかけました。

電話口に出た後藤田長官は不機嫌の塊で、
「電話でいえんのか。日曜日の午後昼寝するのはワシにとって健康上大事な日課じゃ。ウチに来られるのは迷惑じゃ」と言ったそうです。

カミソリ後藤田と異名を取った人が、時にはこのような対応をする。人間味を感じてホッとします。

ここまで言われて、諦めないところが佐々淳行氏です。国家の一大事ですから、諦めるようでは論外ですね。

自宅に訪問して、まさに不機嫌を絵に描いたような渋い顔の寝起きの悪い後藤田官房長官に事態の報告をし、対応方の協議が終わると、

「よおくわかった。佐々君、御苦労でした。早速総理と連絡して急いで対処方針を決めよう」

※ちなみに当時、後藤田正晴官房長官 73歳  佐々淳行内閣安全保障室長 57歳




[ 天邪鬼のひとり言 ] 嵐風人


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