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人間って、勝手なものです。 「もう、いない」と実感した時に、大きな存在であったことにはじめて気がつきます。 私は、“愛”犬と呼べるほど、かまってやってはいませんでした。 もう数年も前からフィラリアにかかっていました。 それで、最近また、お腹に水が溜まって苦しそうだったので、今週、動物病院に連れて行くつもりでした。 前日の夜は、いつもと違い食欲があったので、「まさか」という気持ちです。 もう少し、早めに連れて行けばよかったか。と、思ったものです。 出生から16年でしたから、人間で言えば80歳くらいなのでしょうか。 タムは、午前9時頃にはもう、手のひらに温もりは伝わって来ませんでした。 ※上の画像は記事とは直接関係ありません。(散歩の折、よく立ち寄る寺院です) ※下の画像は、霊園内の動物慰霊碑です。
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犠牲
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被害者遺族のご心中は察するに余りある山口母子殺害、当時18歳被告に死刑の公算▼山口県光市のアパートで99年、会社員本村洋さん(30)の妻子が殺害された事件で、殺人などの罪に問われた男性被告(25=事件当時18)の上告審判決で、最高裁第3小法廷は20日、無期懲役の2審広島高裁判決を破棄、審理を広島高裁に差し戻した。 ▼「2審が死刑を選択しなかったことに十分な理由はない。責任は誠に重大で、特に酌むべき事情がない限り死刑を選択するほかない」との判断を示した。差し戻し審で被告に死刑が言い渡される公算が大きくなった。 ▼本村さんの妻弥生さん(当時23)と長女夕夏ちゃん(同11カ月)を殺害するなどした犯行は「女性暴行目的に端を発し、極めて悪質で結果も重大。動機に酌むべき事情はみじんもなく、非人間的所業だ」として死刑を適用すべき事件と認定した。 [2006年6月20日23時59分]【nikkansports.com】より抜粋 私は、ここでも『死刑の是非』について論じようとするものではありません。 本村洋さんの深い悲しみだけでなく、その姿勢に感銘を受けたものです。 家族を守れなかった自分を責め続け、無期懲役の一審判決では、「少年法の適用を受けるのは、悔しい。許せない」と言われていました。 その事件に関連する被害者が2人から3人になれば、司法も動くだろうと、自らの死を選択しようとされたこともあるようですが、知人に諭され思い留まれたとのことです。 そして、ある検察官が目を真っ赤にして、「これに続く被害者の方々の裁判も、これが判例となってしまいます。控訴しましょう」と言われ闘う決心がついたそうです。 この7年間、犯罪者の権利確保を目指した活動の先頭にも立って来られています。 いずれ月日が流れれば、最高裁で死刑判決がなされるでしょう。 本村洋さんには、その時点から新しい第一歩を踏み出して頂きたいと切に思うものです。 |
年間、3万人超の自殺者▼数年前、古い友人が自殺した。報を聞いて、「まさか」と「ああ、やはり」が交錯した。
▼「最近よく眠れますかと、ちょっと声をかけるだけでも自殺予備軍の発見につながる」と秋田大学医学部教授の清水徹男さんはアドバイスしているという。 ▼とはいえ、親しい人間がたまたま身近にいない人もいる。 ▼気軽な相談窓口があり、弱音を吐けるだけでも救われる人は多いのではないか。 ▼今国会、閉会まぎわに自殺対策基本法が成立した。自殺防止を個人の問題ではなく社会的課題とし、国、自治体、企業に対策を義務づける内容だ。 ▼日本の自殺者は8年連続で3万人を超す。神奈川県茅ヶ崎市クラスの街が一つ消えた計算だ。 ▼未遂者や遺族を含めると「自殺問題」に悩むのは年間200万人ともいわれる。 ▼現状3万人の自殺者を10年間で2万5千人に減らすのが政府の目標だそうだ。 ▼少しのんき過ぎないか。 【日本経済新聞6月17日付朝刊『春秋』より抜粋】 「まさか」「ああ、やはり」私も、身内が自殺をして、「まさか」「ああ、やはり」でした。しかし、仮に私が自殺すれば、身内・知人とも「まさか」「ああ、やはり」と思うに違いがありません。 人間誰しも、悩みや悲しみを抱えているものです。明るく振る舞える時があれば、深く落ち込む時もあります。 時々の振る舞いや態度から、「ああ、やはり」と思えますし、誰しも真の深い悲しみ、心の奥底を、打ち明けるものではありませんから、「まさか」と思うのも頷けます。 とても、難しいものです。たとえ、それを感じ声をかけても、その深い心の奥底にまで、響いていないこともあります。 そう感じる時は、とても悲しくなります。声をかけることが、かえって苦しませているのではないかと口を噤んでしまいます。 汚れた心を持つ私が接することは、崇高なる心をお持ちに方への冒瀆でしかありません。 でも、生きてほしい。そう願わずにはおれません。 少しのんき過ぎないか「気軽な相談室」それが、どこにあるのでしょう。ただ、注意しなければならないのは、親身になって相談に対応している方がいらっしゃるという事実です。このことは決して、忘れてはいけないことですが、問題はこのような方が極めて少ないという事実です。 これは、本記事に関係する相談室だけではありません。 藁をもすがる気持ちで、ご相談に行かれた方が、肩を落として帰られることがとても多いということです。 『個人の問題ではなく社会的課題』とすることも大切なことです。 しかし、それ以前に何の為の相談室なのか?をもう一度考えてほしいです。 相談員の資質の問題が大きいですね。その相談機関が意味のないものであれば、閉鎖すればどうですか?その方がよほど財政再建とやらに貢献するのではないかと思うくらいです。 相談員の対応が、他の役所の窓口担当の対応と全く変わらないでは、意味がありません。 【 天邪鬼のひとり言 】 嵐風人
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幼稚園側「みんなと一緒に卒園させてあげたい」?????? |



