先日、電車の中で本を読んでいましたら、 突然電車が止まりました。
快速電車であるにもかかわらず、発車してすぐのことでしたから、
「何かあったのだろう」と顔を上げました。
ざわめく乗客の一部から舌打ちが聞こえました。
家路に急いでいる人、約束のある人などは、到着時間が遅れるのですから当然でしょう。
現代人は、特別な予定がなくても、遅れるということにはとても敏感です。
私たち現代人は、それほど時間に振り回されているのでしょうか。
しばらくして、 「急病者が現れたので、急停車したこと。救急車で搬送した」ことの車内アナウンスがあり、何事もなかったように電車は動き出しました。
そろそろ、 次の停車駅に近付こうかという時。
「乗務員に知らせるため、順番に伝えて下さい」
という声が隣の車両から聞こえてきました。
人が変わり、その声は段々近付いて来ました。
どうやら、また急病人のようです。
午後9時台とはいえ、歩いて乗務員室に辿り着くには、人を押しのけないと通ることが困難な混みようだったので、言葉のリレーしているのです。
ある 若い女性にその伝言が届きました。
その女性も同じように
| 「倒れられた方がおられます。車掌さんに知らせるため、順番に伝えて下さい」 |
ところが、それを言われた 男性は、無言のままです。
そこで、その女性は、 首を伸ばして私に同じことを伝えました。
私も同じように、それを伝えるために、顔を反対側に向けました。
目を伏せる人、顔を背ける人が多い中、一人だけ(私が気付いたのは)が私の目を見たので、その人に同じように伝えました。
「車掌さんに伝えてもらえますか」
その人も同じように言葉のバトンを受け取ってくれました。
そうこうしていると、ある男性が、乗務員室に通じるインターフォンを見つけ、
「急病人だそうです」「もしもし…」と。
でも、反応がありません。
そこで、多分その方だろうと思うのですが、
| 電車を急停止させるボタンを押して、電車を止めました |
すると、またあちらこちらで、 舌打ちが聞こえました。
中でも、ある人は
「ボケか…。○○駅(快速停車駅)はすぐそこではないか。何を考えているのだ」と聞こえよがしに言っていました。
これ、急病の方を思っての一言ではないですね。
かなり急いでいたのでしょう。
一度ならず、二度までも緊急停車で時間が遅れることに憤慨しているのです。
遅れることを正当化しているだけのことであり、 責任転嫁しているだけのことです。
使い分けの悪い事例です。
身勝手な発言なのです。
それならば何故、 言葉のリレーが近付いている時に、その旨を言わないのですか。
ただの傍観者ではなかったのですか。
言葉のリレーが近付いて、 その事実を知ったときに、自分の順番に来なくても、何故、隣に伝えなかったのか。
隣でなくてもいいわけで、大声で伝えれば、心ある方は、その順番でなくとも、動いてくれたはずです。
初動が遅すぎました。
そうこうしていると、車掌さんが人を掻き分けるようにして、その車両に向って行きました。
結局、「また、急病の方が現れました。次の停車駅に手配しましたので、このまま出発します。列車が遅れたことをお詫びいたします」
という車内アナウンスののち、電車は再び動き出しました。
そういう身勝手な発言があって、しばらく気まずい空気が車内に残っていました。
勇気を振り絞って、私に伝えた女性や緊急停止ボタンを押した男性もそれぞれ、ご自分の降車駅で降りていかれました。
| このお二人だけでなく、ご協力された皆さん |
| ありがとうございました。 |
そして、長文をお読み頂き、ありがとうございました。
※画像は関係ありません。
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